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続・奴隷商人ライブネクスト

煉獄の戦乙女


登場人物一覧

藤沢聖美 ごく普通のコスプレ少女。愛らしい顔と少し肉付きの良い肢体を持つ。加藤真実という恋人がいる。
加藤真実 聖美の恋人。無駄のない体つきをした青年。
須藤 謎の男達のリーダー格。体格がよく、低い声で相手を威圧する。
日吉 ゴリラ並の体格を持つ。見た目通り力が強く、身体も頑丈なボディーガード。
高江洲 もと医師を目指していた男。女性の身体の構造を知り尽くし、内部から奴隷化する。
飯島 謎の男。高い知性を持つ参謀役。女言葉でしゃべる男。
みなみ 偶然から、真実と知り合った少女。肩の辺りに切りそろえた髪型、背の低い少女。
北郷良治 聖美のマンションの隣に住む住人。引きこもりのダメ人間だが、彼の行動が新たな火を呼び起こす……。

・第一部のあらすじ

 藤沢聖美は、恋人とともに同人誌即売会に参加しようとするところを奴隷商人ライブネクストのメンバーに目を付けられる。
 一人で居るところを拉致され、想像に絶する性的拷問を受け、忠誠を誓わされる。
 聖美の恋人、加藤真実は異常に気付いたもののその対応策を立てることが出来ず、翌日、イベントの当日、彼女を追ってライブネクストのブースへと足を運ぶ。
 そこで、真実は最悪の事態を迎える。
 恋人である聖美を目の前で犯されたのだ。
 廃人同様となった真実は、殺される寸前に、前日に知り合った女性「沢渡みなみ」の手によって救出される。
 調教と薬剤で理性を麻痺させられた聖美が、ついに死を覚悟し、最後の力を振り絞ってライブネクストから逃れようとする。
 追っ手がかかり、まさに聖美が再びライブネクストの邪悪な顎にとらわれようとしたその時、みなみ達の協力を得た真実は彼女を救い出す。
 聖美の身体は、わずか3日の調教で惨たらしく作り替えられていた。禁断症状故に、ライブネクストの幹部達以外の性的刺激を拒まなくてはならないのに、身体は疼き、性的刺激を求めるようにされてしまう。
 その身体を治すために、聖美は真実とともに、対抗組織『グリーンジュエル』へと足を運ぶ……。


第一話  悪夢再来

「……んっ………ふぅっ………」

 指が、自然に下肢へと伸びる。
 唇を噛んで耐えていたのも、そろそろ限界に近づこうとしていた。

「………だ……め………だめっ……まだ、まだ………だめなの……っっ!!」

 苦しい息の下、彼女はそれでも耐え続けた。
 終わらない夜が終わることを、訪れない朝が訪れる事を、ただそれだけを祈り続けて、彼女はただ耐えていた。
 
 彼女は、蝕まれていた……。

「……聖美」

 目を開けると、目の前に真実の顔があった。彼女が目を周囲へと走らせると、まだ暗い窓の外が目に入った。
 
「真実……うるさかったの?」
「いや、そんな事はないよ」

 時計が、深夜4時を示している。汗でびっしょりと濡れた肌に、寝間着が貼り付いて気持ちが悪い。
 見慣れた部屋。かって、彼女と、そして真実だけが入ることを許されていた部屋。彼女の……部屋。
 その部屋を、土足で踏みにじった日吉達から、やっと彼女は逃れる事が出来たのだ。
 代償として大きな、あまりにも大きな心の傷を負ってしまったが。

「……真実、私……シャワーするね」
「あ、ああ……」

 ゆっくりと身体を起こす聖美。布団から出たとき、汗の香りが漂う。エアコンのかすかな音だけが、彼女たちの耳元に届いていた。

 聖美がシャワーをしにバスルームに消えると、真実は大きくのびをした。正直、聖美の声は悩ましげで、彼は眠りに落ちる事を許されなかった。
 だが、それも……もう少しだ。もう少しの辛抱で、彼女の身体の毒を取り除くことが出来る。
 それだけの力を、彼の友人……グリーン・ジュエルの大森みなみ達……は持っているのだから。
 
「……真実」

 いつのまにか、聖美が部屋に戻っていた。
 シャワーを浴びた時に少し石鹸を使ったのだろう。淡いシャボンの香りが、彼の鼻孔へと届いた。

「……ごめんね、起こしちゃった」

 申し訳なさそうに聖美が言う。
 不安そうな顔。この部屋に戻って2日が経過したが、今のところ脅かされる事もなく、二人は安穏とした生活を取り戻したかに見えた。
 ……唯一、聖美の体の中に穿たれた毒は、未だ彼女を蝕んでいた。身体には薬を、心には暗示を植え付けられ、それらの相乗効果で時折彼女は身をよじって悶える。
 眠っているときも例外ではなく、その苦悶と苦痛に満ちた声は真実の心をも蝕むかに思われた。

「……真実……?」
「いいんだ、聖美。もう少しの辛抱だ。……あと少しで、聖美の身体は元に戻る。そして、二人で……また前みたいに暮らそう、な?」
「……うん、でも……」
「……怖い?」

 聖美が黙って頷く。ライブネクスト……聖美を肉奴隷に作り替えようとした、人身売買組織……は、真実の手で聖美を奪還されてしまった。
 プライドの高い彼らは、そのこと自体が我慢ならないのだろう。あちこちで似たような車を『狩る』連中の姿を見かけるという。
 だが、みなみ達の工作で、真実と聖美によく似た背格好の男女を、真実の乗るのと同じタイプのレジェンドに乗せて外環を千葉方面へと走らせ、注意をそちらにひきつけた。
 彼らは流石にナンバーまではチェックしていなかったのだろう。
 真実自身の車は、グリーンジュエルの所有する地下駐車場に駐車しっぱなしであり、彼はかわりに軽自動車を借りていた。
 しばらくの間は安全だよ、とみなみは請け合った。
 そして、実際のところ、ライブネクストの影を、真実達はついぞ見ることもなく数日を過ごすことが出来た。
 聖美の身体が、未だ麻薬と暗示によって蝕まれている事以外は。
 
「……聖美……」
「真実……怖いよ……。もし、今こうやってる時にまた日吉達が来たら、その時は……」
「その時は俺が護ってやるさ」
「ううん、そうじゃない。日吉は人を片手で捻り殺す事も出来るのに、そんなのを相手にあなたが戦うところなんて見たくないの。……もっと遠くに逃げたい……」
「………聖美……」
「……でも、ここを去るのは嫌……。私と、あなたの思い出が一杯つまったこの部屋を去るのは嫌なの……」

 言いながら、聖美は答えのでない問いかけをしている事を自覚していた。実際、ここに居ればいつかライブネクスト達との対決は避けられない。だが、彼女自身がこの部屋を去る事を本当に嫌がっているのだ。
 そして、真実は言うのだ。

「……聖美。ヤツらには、もう二度と聖美には指一本触れさせたりはしない。みなみさん達も、そして俺も……聖美を護るためになら、なんだってするさ」
「…………」
「聖美。まだ少し時間がある。今日はまた、片づけをするんだろう?」
「……うん」
「じゃ、もう少し寝よう。何かあったら教えてくれる手はずになってるから」

 聖美が、真実の寝間着の袖をぎゅっと掴む。まるで、離れることをおそれているような態度に、真実は聖美を抱きしめる。

「……聖美?」

 寝間着の布越しに、聖美がふるえているのがわかる。

「……聖美……?」
「真実、真実……」

 何度も名前を呼びながら、聖美は真実の身体を抱きしめる。
 それから30分後、聖美が寝息を立て始める。そのリズミカルな呼吸を耳にしていた真実も、引きずられるように眠りに落ちていった。
 
 ………目を覚ますと、腕にかかっていた聖美の重みが消えていた。
 身体を起こそうとして、まだ腕にじーんとくるしびれが残っている。どうやら、聖美が起きてまだそう時間は経ってないようだ。
 外が明るくなっている事から、3〜4時間は経過していたのだろう。
 布団にまだかすかにぬくもりがあり、暖房の効いた室内の空気が布団の中の空気と混じり合った。

「……真実、起きた?」

 聖美が、キッチンから声をかけてくる。身体を起こすと、真実はキッチンの方へと歩いていく。ジーンズとエプロン姿の聖美が、朝食用にと目玉焼きを焼いていた。
 首を巡らせて時計を探す。あった。
 針が9時過ぎを示しているのを見て、彼はため息を吐く。

「……眠くないか?」
「うん、大丈夫……。真実は? ごめんね、起こしちゃって……」
「あ? いいや、いいんだ。いい匂いがしたんでね」

 テーブルの前の椅子を引いて、座る。
 1DKのマンションの一室に、少し遅い朝食の香りが満ちていった。
 
 聖美のマンションは、4階建ての4階にある。
 角部屋なので、片方は外に面している。以前、日吉達に襲撃された彼女がこの外に面した窓から屋上へと逃れようとした。真実が登場しなければそれも徒労に終わるところであったが。
 
 一方の隣室には、一人暮らしの男性が住んでいた。
 ドアの横に表札入れがあり、そこには「北郷 良治」という名前が差し入れてあるのが見える。
 27歳。2浪して入った大学を、さらに2留して卒業後、就職もせずにフリーターを続けている。両親は四国におり、彼が2留した事すら知らない。
 そんな彼が、バイトを解雇(クビ)になったのはつい一週間前の事だった。居酒屋でウェイターをしていた彼は、客の女性の胸と尻を触り、それが元で連れの男性ともめ事になり、叩き出されてしまったのだ。
 
 2留した理由が出席日数の不足……というだけあって、彼は、いわゆる『引きこもり』だった。学校に行っても話をする相手が居るでもなく、バイトはまさに生活のためだけにしている。
 当然外に友人など居るはずもない。
 彼の日課は、パソコンを立ち上げてネットにアクセスする事から始まり、買い置きのカップラーメンとバイト先でちょろまかしてきたミネラルウォーターで食事をとる。
 飽きたら寝る。起きたらまたネットとカップラーメン……という、自堕落を絵に描いたような生活を送っている男だった。
 そうやって一週間を過ごしてきた彼であったが、さすがに食料も底を突いてきた。
 カップ麺が最後の3つだと知った彼は、重い腰を上げる。財布の中には万札が2枚入っていたが、彼はすでに家賃を一ヶ月滞納していた。
 コンビニエンスストアで、アルバイト情報誌を探さなくては、と彼は思った。だが、面接は苦手だった。
 居酒屋のバイトも、彼の大学時代の後輩が社員として働いていたため、義理で採用してもらったようなものだった。そんな幸運が二度も続くとは思えない。
 その後輩が、同じように働いている他の後輩達に余計なことを吹聴したかもしれない……。
 
「いやだなぁ」

 彼は大きくのびをする。室内のそこここにゴミ袋が散乱し、中身はすでに饐えて悪臭を放っていた。ゴミを捨てに行ったのはいったいいつだったか……。
 ゴミ袋をいくつか掴むと、口を締める。今日が何曜日だったか忘れたが気にするまい。マンション専用のゴミ捨て場に放り込めば、日が来れば勝手に持っていってくれる。
 そう思ってマンションのドアを開けると、タイミング良く隣室のドアが開いた。それを見た彼は、あわててゴミ袋を部屋に放り込み、入り口に投げてあった雑巾のようなタオルで顔を拭った。
 
 ドアから顔を出すと、ちょうど隣室の住人……即ち、藤沢聖美が部屋から出てくるところだった。
 彼には気づいていないのか、丸みを帯びたスカートのラインが、ドアから半分だけ出ていた。尻でドアを押さえ、どうやら玄関を掃除しているらしい。
 黒いタイトスカートが、かすかに揺れ動きながらゆっくりと後退してくる。箒のようなもので掃いている音が、リズミカルに聞こえてくる。
 
 良治はその尻を、息をのんで見守っていた。きゅっと締まった尻肉が、ツンと上を向いている。たるんだりゆるんだりしたところのない、若々しいみずみずしさに満ちた尻相だった。
 触ってみたい。……そう思って思わず唾を飲み込んだ。
 だが、すぐに思いとどまった。彼女は、今や彼に取って数少ない、否、もはや唯一と言っても良いほどの、普通に接してくれる女性なのだ。

「……あ、あの……」

 咳払いをしてから声をかける。渋さや若々しさとは無縁な、彼自身にも好きになれない声で、彼女に声をかけるのはいつも勇気の要ることだった。

「あ!」

 驚いたように顔を上げた聖美が、彼の方に振り返る。優しい顔立ちの彼女が、恥ずかしそうに笑みを浮かべて彼に向き直り、頭を軽く下げる。

「おはようございます。あ、ごめんなさい、これじゃ通れないですよね」
「あ、いえ、いいんですけど……」

 扉を押さえ、彼女は彼に通るように促す。会釈をして歩き始めると、聖美の身体からかすかに風呂上がりの女性独特の、甘い香りが漂ってきた。
 急に、彼は自分がみすぼらしく感じられた。数日風呂に入ってないせいか、汗のにおいが彼自身の鼻にまで届いていた。

「あ、いえ、いいです……」

 慌てて彼は踵を返し、扉を開けて自分の部屋へと戻っていった。
 後には、呆然とした聖美が残されていた。

「……聖美ー」

 室内から、聖美を呼ぶ声が聞こえる。真実がシャワーを終えたのだろう。

「なぁに?」
「タオルー」
「はいはい」

 子供のような真実の声に苦笑しながら、彼女は扉を閉めて室内へととって返した。
 
 その声を聞いていたのが、丁度部屋の扉に寄りかかるようにしている良治である事は、彼女も、むろん彼を知らない真実も全くあずかり知らぬ事だった。
 そうであるからには、良治の今の感情を彼女たちが知ることもない。
 良治は、動揺していた。一人暮らしだとばかり思っていた彼女の部屋から、別の、しかも異性の声が聞こえてきた。
 しかも、ただの関係ではない事は声の具合から、話し方から、十分知れた。
 その事実を突きつけられると、まるで自分が今まで抱いていた感情が馬鹿みたいに思えてきた。
 大多数の人間であればこんな考えは浮かびもしなかったろう。だが、彼の世界は恐ろしく狭い世界だった。
 彼が見、聞いているのが世界の全てなのだ。それは、彼の部屋であり、彼の隣人である聖美であり、バイト先であり、学校であった。
 後者二つが失われた今、彼の世界の広がりは隣人の聖美が全てだったと言っても過言ではない。その彼女が、今見知らぬ者の手で奪われたのだ。
 
「………………っ」

 洟を啜る音が、玄関に響いた。
 バイトを探しに行く、という彼の当初の予定はキャンセルされ、彼は部屋の中へと足を踏み入れ、布団に潜り込んだ。

「……聖美?」

 風呂上がりのさっぱりした姿で、真実は聖美に入れてもらったコーヒーを啜っていた。

「なぁに?」
「さっきの、誰?」
「え?」
「ほら、部屋の前で話してたの……」

 首を傾げた聖美が、ぽん、と掌を叩く。

「ああ、お隣さんよ。えっと、なんていったかな。北郷さん……だっけ」
「へぇ……。そうだったんだ。どんな人?」
「……よくわからない。朝方家を出たり、夜中に帰ってきたり、また出ていったり……何をしてる人かまでは解らないかな」
「危ない人じゃないね?」
「うん、たぶん大丈夫」

 そう言いながら、聖美は立ち上がる。

「片づけしなきゃ」
「手伝おうか?」
「うん、お願い」

 押入を引き開けると、彼女は古い衣類とかコスプレ衣装だとかをまとめた衣装ケースを引っ張り出す。

「真実はそっちお願いね」

 そういいながら、彼女は整理を始めた。

 同じ頃。
 『ライブネクスト』の3人の幹部は、それぞれの持ち寄った情報を元に、彼らの『平常の業務』をこなしていた。
 大半は不良債務者から、いかにして『女性』を引きずり出すかの餞別である。女性関係の全くない債務者はさっさと殺害して内臓という、金になるが危険な物に作り替える。

「新宿2の原口はどうします?」」
「もう三ヶ月ね。無条件行使でいいと思うわ」

 高江洲と飯島が、顔をつきあわせて資料を運ぶ。無条件行使とは、問答無用で部屋に上がり込んで拉致監禁する、という意味だ。
 最後の一枚を処理すると、高江洲が大きくのびをした。
 
「じゃ、日吉さん、これをよろしく」

 何枚か束ねた紙を日吉に渡すと、彼は部下達に『追い込み』に行くように指示をだす。
 
「………で」

 飯島がいう。

「間違いなく、あの子達は、新宿の家にいるのね?」
「……ああ」

 日吉が頷く。
 藤沢清美と、加藤真実。……この二人を捕らえないと、彼らの面子が立たない。

「……隣室を抑えよう。こいつ、この間バイトをクビになったんで、金がないはずだ」
「少し握らせます?」
「……いいえ、あれを上手く使いましょう。アタシ達が顔を見えたら真実君、警戒しちゃうからね」
「……方法はあるのか?」

 日吉の質問に、飯島が得たりと答える。

「もちろんよ。じゃ、その計画を話し合いましょう」

 こうして、ライブネクストと真実達の戦いは、第二幕を迎えることになった。

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