| 「いや………」 トパーズの拒絶が、全員の耳にはっきりと届いた。 「……あたしは………もう、いや………」 勇人がゆっくりと拳をおろす。彼女のいうことが正しいのは解る。ジュエル・ボックスは奇襲を受け、さらに挟撃を受け、それらをくぐり抜けてきた。 彼女たちは、言ってみれば一つの戦争をくぐり抜けてきたように見えた。 「………トパーズ」 『ジュエル・リーダー、もうあと1分でCNFの防衛ラインが突破される。急いで迎撃に向かってくれ。急げ!!』 誰もが動かない。エメラルドが、ゆっくりと膝をついて倒れ込んでくる。サファイアがそれを慌てて支える。 「……こちらジュエル・リーダー」 彼はマイクに向かって呟いた。 「ジュエル・ボックスは戦闘継続不能」 『――ならば、死ね』 厳かな声が通信機から聞こえてくる。運幹の声だ。 勇人が立ちすくむ前で、不意に天から無数の光が降り注いできた。 「なっ………っ!!」 強力なレーザーはプロテクトスーツの防護を貫通して、彼女たちを撃ち抜いて行く。 警告もなしに行われた攻撃は凄絶な効果を及ぼした。回避行動をとるまもなく、両脚を貫かれたガーネットが、自らのスーツよりも赤い血で下半身を染めて倒れ込む。 その背中に容赦なくレーザーが降り注ぐと、口元から大量に吐血したガーネットがそのまま動かなくなった。背中は黒こげの木炭のようになっていた。 目の前でディーが勇人の方へと駆けてくる。手を伸ばして、勇人を庇おうとしているようにもみえた。その彼女の頭部が、レーザーの直撃を受けた。 失った頭部の右半分を求めるように、手を振り回しながら彼女は倒れた。 すでに地面に倒れていたエメラルドにレーザーが集中し、彼女の身体はたちどころに蒸発した。サファイアが、庇おうとして道連れになった。 「いやあああああああ!!!!!」 トパーズの絶叫が聞こえる。 勇人が、声も出せないまま、その光景を眺めている。 「たいちょー!!! たいちょー!!!!」 叫びながら、トパーズがレーザーに撃ち抜かれた。 誰もいなくなった荒野で、彼は一人絶叫していた。レーザーは彼を撃ち抜かなかった。 ■第七分隊司令室 2月1日 04:00 飛び上がるように、勇人は身体を起こした。 机の上に突っ伏して眠っていたのだろう。目の前で端末機のモニターが、ぼーっとした光を室内に投げかけていた。 室内の照明は落とされ、彼の端末以外の灯りはほとんどない。真っ暗な室内に、端末機の緑色っぽい光と、非常口灯のこれまた緑の光だけが部分部分を照らしていた。 「………?」 ばさり、と肩から毛布が落ちる。恐ろしく冷えている身体を、苦労して動かしながら毛布を掴んで引き上げる。ディーか誰かがかけてくれたに違いない。 彼はふぅ、とため息をついた。 時計を見て、4時間ほど眠ってしまったのだと知った。ディーに手伝ってもらっていた、報告書……いや、始末書作りは、彼の作業を残してほとんど終わっていた。 悪夢を見たのだろう。どんなものだったかは覚えていないが、ろくな物じゃない事は十分承知していた。 「………」 コーヒーメーカーに近づくと、側にある照明のスイッチを入れる。 豆を用意して、サーバーに入れると背後で何かが動く気配がした。 「……あ、勇人……さん」 ディーが、ソファから身体を起こしてきた。彼のと同じ毛布が、肩から滑り落ちる。 「……あ、ああ、ディー。ごめんよ、寝てしまったみたいだ」 「それを言うなら私もです。あ、コーヒー、入れますよ」 「……お願い出来るかい?」 自分が作っても、出来るのはせいぜいコーヒーに似た黒い汁だ、と知っているから、彼は彼女の提案に素直に従った。 「……ディー」 「はい?」 コーヒーメーカーの前に立ったディーは、待機に備えて戦闘服のインナーの上にカーディガンとジーンズを着込んでいた。 「……風邪、引いてないか?」 「勇人さんこそ」 「俺は大丈夫。頑丈だし、馬鹿だしな」 「あら、風邪はホントは馬鹿が引くんですよ」 くすくす笑いながら、いい香りのするコーヒーを勇人の前の机の上に置く。 白磁の器が、かすかにかちん、と音を立てた。 「……あと、12枚ですね」 「沢山あるな」 「何しろ、CNFの戦車の被害報告書と、それから………」 「……………」 辛そうに表情をゆがめるディー。 トパーズは、最後に明確な命令無視を行った。 そのことはCNFのシャーウッド少尉から報告された。結果、トパーズは謹慎。その後、査問を受けなくてはならない。 「……今回のは、必要な措置だった。だが、指揮官が下すべき判断を、彼女は独断で下してしまった。それは……」 「命令系統的にまずいですね。少し、甘やかしてしまったのかしら……」 「彼女は仲間思いなんだ。今回はそれが裏目に出たが、彼女が間違ったことをしたとは思ってない。彼女の判断は正しかった」 頷いたディーが、勇人の隣にキャスター付きの椅子を引っ張ってくると、座り込む。 落ち込んでいるのがありありと解る、勇人の横顔を彼女は見て、彼女に何が出来るかをずっと考えていた。 「……ディー」 「はい」 「隊長は俺で、君は副隊長。それだけに責任は我々にも来るし、俺のこの報告書を提出すれば、君も何らかの罰を受けると思う」 「ええ」 「………」 「当然でしょ? 私だって、ジュエル・ボックスの実戦指揮を執る身なんですよ」 コーヒーを啜ると、彼女は再び勇人の顔を見る。 「その私が、罰を受けなかったら一体誰が罰を受けるんです? 本部長にはちょっと、辛いんじゃないかしら」 「……ご老体に無理は言えないからな」 苦笑いを浮かべて、勇人もコーヒーを飲む。 「まぁ、そんなひどい罰はないさ。口頭叱責、あって減俸だな」 「……一大事ですね。明日から、お弁当のおかずを少しへらさなきゃ」 「それは困るな」 キーボードを叩く指の音が、リズミカルさを取り戻す。 彼自身、吹っ切れたのか、書くべき内容はすらすらと書かれていき、空欄は全て埋まっていった。 ■Sα8シャードの一角 2月1日 11:00 「見事な手並みだな。被害は?」 「はい、AP92が6体、全滅です。あと、新型指揮戦車は奪取出来ませんでした」 「いらん。あんな大物は手に余る」 アナトミア・ミハイロヴィッチ・ヴォルコフは、手にしたパンフレットをバン、と机に叩きつけて言葉を遮った。 「ギガントはどうだ?」 「無傷とは言えませんが、まだ十分動きます。磁力を満たした部屋の中でないときは、どうやら図体に見合った動作しか出来そうにありませんね」 「なるほど、コロヴェッツは?」 「得意満面です」 吐き捨てるように副官が言う。ヴォルコフは、慎重に画面の中の『ギガント』を眺める。 装甲材、駆動部、そして兵装架。あらゆる部分が損傷を受けているが、確かに十分原型をとどめている……。 「もし、ジュエル・ボックスの連中が攻撃してきたら、撃墜されていたでしょう。ですが、陽動はうまくいきました。連中の戦力は費えており、迎撃はありませんでした」 俺ならどうしただろう、とヴォルコフは呟いた。 戦力は確かに落ちていただろう。見せられたビデオテープには、一名が重傷、残りの全員が軽い負傷。そして、弾薬が底を突いている事を示す光景が映っていた。 だが、まだなんとかなったかもしれない。彼らはまだ戦おうと思えば戦えたはずだ。たとえば、この赤いの……。 幸運だったのだろう。指揮官が甘ちゃんで、自分の部下達……あるいは自分の愛人達か?……を、必要以上に危険にさらすのを嫌ったのだろう。 結果、彼らは我々に大きく後れをとることになった。ギガントから得られる多くの技術は、CNGSとの戦力差を十分埋めてくれるだろう。 「………よし。早速ギガントを技術部へ送れ。レプリカが出来たら、一機をすぐアンセーエフのところに送り込め」 「はい」 アンセーエフは、Sα8シャード内のあらゆる武器・麻薬の流通の要を握る組織、『スティンガー』を統べる男だ。彼にギガントを渡し、量産化させる事が出来れば……。 ■CNGS査問室 2月1日 13:00 「――以上の件より、レイジ・サイファードの名において、トパーズ、および指揮官間宮勇人の両名、実戦部隊指揮官ディアナ・エクセレージを告発する。これは組織の構造にきわめて遺憾な影響を与える可能性のある事例であり、軽視してはならない」 運幹がそうしめくくると、勇人とディー、そしてトパーズの告発が終わった。 ガーネットとサファイアは、心配そうにその光景を傍聴席で見守っていた。 エメラルドは、まだベッドから離れる事は許可されなかった。 「……では、弁護人、本部長早田秀夫」 査問委員長が指示を出すと、本部長が立ち上がって勇人達の弁護を始めた。 はじめ、彼らがどれだけ任務を真剣に遂行しようとしていたか。そして、彼らが苦境に立ちながらも諦める事はしなかったか。 挟撃を受けた原因は、もとより戦闘車両の仕様書が奪われていたという事実から端を発しており、それらは彼女たちの責任ではない事。保安体勢が不十分なまま、彼女たちは独自の索敵方法で事態をすでに確認し、対策を立てていたこと。 査問委員達は、それぞれが顔を見合わせて話し合いを始めた。 もう、彼らに出来ることは何もなく、査問委員達が導き出した判決に従うしかないのだ。 「……査問委員会より、本件に関する結論を申し渡す」 運幹が腕組みをしたまま身じろぎもしないで、勇人達をにらみつけている。 一方、本部長は組んだ手を頭に押しあて、祈るような顔でぶつぶつと何かを口の中で呟いた。 「……トパーズ。命令に違反し、指揮官に正確な報告をするという職務を怠った。省みて、戦闘能力の喪失は明らかであった。以上の点を考え、トパーズには減俸3ヶ月と、一日の謹慎を申しつける」 「………はい」 頷いたトパーズが、消え入りそうな声で答える。ガーネットとサファイアが顔を見合わせた。思ったより軽い処置で済んだ。 「間宮勇人。指揮官としての適性に疑問を生じざるを得ない指揮を取った事に関して弁護の余地は見受けられない。よって、一時、指揮権を凍結する」 「………はい」 悔しかった。だが、事実でもあった。 「……ディアナ・エクセレージも同罪である。よって、部隊は、一時レイジ・サイファードの管理下に置かれるものとし、ディアナ、および間宮両名は本日より七日間の『再教育』を命じる」 「…………?!」 勇人とディーが顔を見合わせる。 運幹が得たりといった顔で頷くと、本部長が立ち上がって大声で異議を唱えた。 「異議あり!!」 「却下します。閉廷」 問答無用で一方的にそう言い放つと、査問会は強制的に散会した。勇人とディーは、まるで逮捕された時のように屈強なガードマンに身柄を抑えられた。トパーズもしかり、本部長は査問委員長にくってかかろうとして、同じようにガードマンに抑えられた。 「………一体………」 かろうじて、ガーネットが呟く。サファイアは答えなかった。 ただ、じっと査問委員長の方を、そしてその委員長に気さくに話しかける運幹の姿をじっと見つめていた。 ■CNGS本社ビル地下 そこは、公式には『存在しない部屋』とされている。地下2階までをエレベーターで下りる。その職員用駐車場の一つは、車両用エレベーターになっており、地下3階へ向かうことが出来る。 一台の黒塗りのセダンが、そのエレベーターの上に停車する。すぐに、エレベーターが作動して車を誘っていく。 ………地下三階へと。 車から降りてきたのは、六人の男女だった。 男が四人、女が一人。女性と、男性、一人ずつ、黒いゴム製の目隠しをされ、ヘッドフォンの様な物をかぶせられている。両手は手錠で拘束され、歩きにくそうにする彼らの両脇を、残りの人間が支えて歩いている。 それは、まるで逮捕された犯人を護送する様な光景だった。 「……ディアナ・エクセレージ、間宮勇人、両名をお連れしました」 武装した男が二人で護る一室に、目隠しをされた男女――勇人とディー――を連れ込むと、椅子の様な物に二人を座らせる。 手錠を外し、椅子の手すりについた固縛ベルトに両手首を固定する。両足首も同じように固定されて、初めて二人は耳栓と目隠しを取ることを許された。 「………ここ……は……」 ディーが不安そうに呟く。勇人は、無言のまま目の前にいる男をじっとにらみつけていた。 「……ここは、どこですか?」 「懲罰室だよ、お嬢さん」 白衣を着た男達が、てきぱきと機材を操作すると、ディーの身体に幾つものコードを取り付けていく。そのコードに、勇人もディーも見覚えがあった。 「……VRS……?」 「そうだ。実際に体罰を与えるよりずっといい方法がある、というわけだ」 本来は訓練を行うための、仮想現実シミュレーターを、彼らは二人の身体にセットしていく。 「……よし、準備いいぞ」 「おい、一体どういう事だ!!」 勇人がついに声を荒げる。白衣の男の一人が、ゆっくりと勇人の前へと歩いてくる。 「……間宮分隊長。いいですか、あなた方は我が社の利益を損なう可能性のある決断をした。それは、保安部隊としてのCNGSにふさわしくない行為なのですよ。……ねぇ、保安部隊監査官」 はっと顔をあげる。前回の演習で彼らの動きを絶賛した、あの監査官である。 「そうだ。君の部隊は優秀だった。優秀すぎるぐらいにな。だが、その指揮官がいつ本社に牙を剥くかもしれぬ人間、というのは正直ありがたくないのだ」 「………なんだって……?」 「個性は必要ないのだよ、君たちには。しばらくの間、『夢』の世界で楽しんできてくれたまえ。戻ってきたときには、我々の『忠実なる』部下として生まれ変わっているだろうさ」 監査官が手をあげて、なおも言い募ろうとする勇人を制する。 「もう話は終わりだ。後は『再教育』が終わってからだ」 その言葉とともに、頭上から頭部をすっぽりと覆う様にカバーが降りてくる。ディーが、わななきながらそれでも毅然とした態度で、監査官に声をかける。 「……誰の差し金なんですか」 「何だと?」 「こんな罰則は……『再教育』なんて罰則は、規定のどこにもありませんよね。誰の指示でこんな事をなさってるんですか?」 「さぁな」 「運幹……レイジ・サイファード氏は、以前からジュエル・ボックスのあり方に不満をおっしゃってましたけど」 「言葉が過ぎるな。おてんばな姫様だ。……いつまでもしゃべらせる必要はない」 頭部を完全に覆うように、カバーがおろされる。さらに、頭部を完全密閉してしまい、ディーの身体は頭部を完全に遮断された形になる。 だが、勇人の方は頭部のカバーをおろしただけで、密閉はしない。 「――いい女だな、ええ? もう抱いたか?」 監査官が、にやけた顔で勇人に問いかける。 「ふざけるな!! お前ら、一体何を……」 「始めろ」 勇人の言葉を無視して、監査官が手を挙げる。同時に、鈍い音がしてディーの手足が一瞬、痙攣したように突っ張る。 「ディー!!」 「大丈夫だ、騒ぐな。――慣れるまでは少し苦しいがな」 監査官が笑いながら、手元の黒いキーボードを差し出した。 「色々とシチュエーションが揃ってるんだよ、ええ?」 その背後で、ディーがまるで窒息する様に手足をばたつかせている。あえぐように胸が上下し、たわわな乳房がふるふると震えた。 「何をしている!!」 「命令違反者というものがどういう結果を及ぼすか、身をもって体験してもらってるのさ」 「な……なんだ……と……?」 「お前も行くか? そうだな、先に体験しておくのも悪くないだろう」 言うや、頭部が突然密閉され、その中でスパークが何度も走る。 わずか数秒で、勇人は意識を手放した。 ■VRS仮想現実内 勇人が放り出されたのは、何もない砂漠だった。見渡す限りの砂地が、どこまでも、どちらを向いても続いている。 「……ここは……」 風が吹いてくる。勇人の頬を撫でた熱い風が、足下の灼けた砂を舞いあげる。 「おーい!! 誰か居ないのか?!」 叫んだ勇人の声は、むなしく吸い込まれる。 仕方なく、勇人はこちらと思う方へと足を進めた。一歩ごとに埋まりそうになる足を持ち上げながら、彼はゆっくりと風の吹いてくる方へと歩いていった。 と、突然彼の視界に見慣れた姿が飛び込んできた。白い戦闘用スーツ……ディーだ。 「……ディー!」 足がすでに足首まで埋まりつつあるのもかまわず、彼は全力で走った。最後の数歩は、文字通り飛び込むようにして、彼はようやく見つけた彼女のところへと飛び込んだ。 「ディー、ディー!」 身体を起こしてやる。ぐったりした身体からは、汗が止めどなく流れており、乾いた唇が割れて血を流していた。 いや、それだけだろうか? 随所に見られる青黒いあざが、まるで彼女が何者かに暴行を受けたかのような印象を与える。 「……ディー?」 「その裏切り者を離してください、たいちょー」 トパーズの鋭い声に、勇人が顔を上げる。厳しい顔をしたトパーズとエメラルド、それにガーネット……サファイア……。 「……何をするんだ? 裏切り者って……なんだ?」 「社の利益を第一に考えられない人は、裏切り者なんですよ、たいちょー」 「……一体何を言ってるんだ?」 抱き上げたディーの身体には全然力が入ってない。浅い呼吸がかろうじて彼女が生きている事を告げているが、それもひどく弱々しいものだった。 「……トパーズ、ディーは重傷だ。何があったか知らないが、馬鹿なことを止めて医務室へ……」 「医務室? 馬鹿なこと? 何を言ってるんですか、たいちょー」 狂気じみた表情を浮かべたトパーズが、ゆっくりと勇人の前へと歩いてくる。 「さあ、早く裏切り者を渡してください」 「……それは……出来ない。医務室が先だ」 「………たいちょー……」 一瞬、くらい顔をしたトパーズが、ため息とともにガーネットを見る。 「ガーネット、お願い。たいちょーが裏切り者を庇うんだよ」 「…………」 無表情な、妙に無表情なガーネットが歩いてくると、突然勇人の顔を殴り飛ばした。 歯が折れて宙を舞い、彼自身の身体は砂の上をまるでそりの様に滑っていった。 口の中一杯に鉄の味と匂いが広がり、力の萎えた手足が砂の上を滑った。 「………………っ?!」 それは明らかに本気の一撃だった。いや、彼はまだ生きているから本気ではないのだろうが、少なくともかって彼女と手合わせをしたときの手加減とは明らかに程度が違った。 「……ほら、立て!!」 はっと目を開けると、ぐったりしたディーの髪を掴んで、トパーズが無理矢理立たせているところだった。手足に力が入らないのか、手が力無く頭部を庇おうと動く。 「……ディー!!」 「ガーネット!」 トパーズが叫ぶと、ガーネットが全力で走り寄ってきて思いっきりその胴体を蹴り飛ばした。 トパーズの手からディーが吹っ飛び、身体が勇人の時より遙かに速く砂の上を転がっていく。どす黒い血が、口元から周囲に飛び散っていく。 「エメラルド!!」 トパーズの指示で、エメラルドが120mm砲で射撃を行う。一発目はディーの身体を宙に舞いあげ、二発、三発と彼女の身体に命中すると、どんどん身体がバラバラになっていった。 「ディー!! やめろ、エメラルド!! トパーズ!! ガーネット!!!」 ディーの居た辺りに駆け寄ると、ピンク色の小さな何かが転がっていた。 かってディーだったその小さな肉片を、泣きながら、勇人はすくい上げた。 まるで、それを天にかざせば彼女が帰ってくるような気持ちで、彼はそれを両手で抱きながら、何度も何度も絶叫した。 ■第七分隊司令室 「明らかにおかしい、ってわけね」 エメラルドのハスキーな声が、室内の全員の鼓膜を震わせる。 窓の外を降りしきる雨の音も、エアコンのかすかなうなりも、沈黙する全員の耳朶に痛いほどの刺激を与えていた。 「……はい」 サファイアが答え、テーブルの上に一枚の紙片を置く。 CNGS服務規程の一部を抜粋した物で、罰則規定と書いてあった。 「罰則規定の中に、『再教育』なるものは存在しない、か。じゃあ、ディー達はなんでそんな物を受けることになったのかねぇ」 「…………」 トパーズがうつむいたまま、ため息を吐く。彼女自身が落ち込んでいるのは、エメラルドにも十分判っていたが、今はそんな事を言っている時ではなかった。 「トパーズ。頼みがある」 「………え?」 「調べるんだ。今、二人がどこにいるのか。……電算室でね」 トパーズが一瞬、ためらうように目を伏せるが、その両肩をエメラルドが掴む。 「トパーズ!!」 「………っ!!」 「なぁ、あの分隊長、いい人だろ?」 声もなく頷くトパーズ。 「ディーもそうだ。良いヤツばっかの部隊だよ、ここは」 再び、今度はゆっくりと頷く彼女を見て、エメラルドは唇を少し曲げて微笑む。 「だったら、やることは一つだ。あの運幹のインポ野郎の好きにはさせない。そうだな?」 「……エメラルド、下品」 苦労して、笑顔を作りながらトパーズが答える。エメラルドも頷くと、サファイアの方を振り返る。 軽く頷いた彼女が、また一枚、別の書類を差し出した。 「……エスパーか、あんたは……」 ため息をつきながら、彼女はサファイアの渡してくれた書類――電算室のメンテナンススケジュール――を丁寧に畳んでトパーズに渡した。 「アタシも動かないといけないな。……トパーズ。気を付けてな」 「エメラルドも……怪我、大丈夫?」 「大したことない」 無意識に、左手で傷のあった左腕の付け根に手をやる。まだ鈍い痛みがある。止血はしたが、完全治癒にはまだ至っていない。 「……よし、行こう」 お互いに頷きあうと、彼女たちは一斉に部屋を出た。 ■本社ビル地下の一室 勇人は、両手で膝を抱えたまま室内にじっと座っていた。目は見開かれ、荒い息を吐きながら、悪夢から逃れようとするかのように、何度も何度も首を振っていた。 いや、まさにそうだったのだ。彼はあの後、何度もディーが仲間に『殺される』シーンに『存在させられ』た上、最後には仲間の手で彼自身も『殺され』たのだ。 そして、そんな目にあったディーは………。 VRSというのは、擬似的に危険な行為や、特殊な状況を仮想の領域で行うものである。そこで得た経験や知識は、VRSの外にあるデータ……つまり、本人自身に反映される形になる。 つまり、ディーは何度も『殺され』て、その知識や経験を本人自身へとフィードバックさせられたのだ。 肉体は傷つかない。肉体情報をフィードバックしなければ、傷つくことはまったくない。だが、心は……精神はどうだろう? 「……ディー……」 何度目か、勇人は彼女に声をかけてみる。うつろな目で、彼女が彼を見る。 死の瞬間を何度も何度も体験した彼女は、最初VRSの接続を解除された時、ほとんど廃人と化していた。そんな彼女を元に戻すため、今度は別のVRSのプログラムを使い、数時間をかけた。 結果、ずたずたにされた精神を抱えたまま、彼女は勇人と同じ房に放り込まれた。 「……ディー、ディー……」 「…………は……やと…………さん………?」 「……大丈夫か?」 ゆっくりと頷くディー。連続した悪夢の後に急激に覚醒させられたようなものだ。 「………だ、大丈夫……。勇人さん……無事?」 「ああ、ああ、俺は大丈夫だ。身体の具合は?」 「……まだ、ちょっと……」 ゆっくりと、手足を動かしながら彼の方へと這ってくる。一時は手足が完全に痺れ、しばらくは使い物にならないと言われていたが、意志力だけでここまで持ち直したのだ。 「可哀想にな……ディー……」 「平気……です。……それに……」 「それに?」 「あんな卑劣な方法には、絶対負けません、私。……それから……」 ゆっくりとディーが顔を上げる。 「明らかにこれはおかしいです。CNGSの規定にもワイアット社の社内規定にも、一切こんな事には触れられてないはずです」 「……ディー……」 「少なくとも私の知っているCNGSは……こんな人権無視の拷問をする組織じゃありません。……考えられるのは……」 「……しっ」 響く足音に、勇人は身をすくませる。彼もディーも、手錠をはめられていて自由はあまりない。 ドアが開くと、そこには見慣れた姿があった。 「保安部隊監査官……」 「……元気になったかね? 間宮君。今日は君はお留守番だ。ディアナ君、来たまえ」 「……っ!!」 とっさに勇人が身を乗り出してディーを庇う。 二人の男が監査官の両脇から現れると、一人が勇人の腕を掴んで立たせ、もう一人が無防備な腹に膝蹴りを入れる。 「ぐふぅ………っ………げほっ……げほっ……」 「勇人さん!」 「ほう、もう動けるのか。大したもんだな。……おいっ」 監査官がディーを見下ろしてから、男達に合図する。 身を折って苦悶する勇人を無視して、二人の男がディーの両脇を抱えて立たせる。 「……安心したまえ、ちゃんと彼女は君のところへ戻ってくるさ」 一言だけ言い残すと、監査官はドアを閉めた。 身動きできない勇人だけが、房内に置き去りにされた。 ■Sα8シャード CNF駐屯地の近くのビル 2月4日 12:00 「実に美味いね、これは」 『バグ』の組織の一つである、武器・麻薬流通組織『スティンガー』の幹部達とともに、アンセーエフは上機嫌だった。 彼がこの組織を統率するようになってもう数年が過ぎた。あらゆる点で順調だった。 「……同志アンセーエフ、おめでとうございます」 満面の笑みを浮かべて、コロヴェッツは彼のグラスに酒を注いだ。 頷いたアンセーエフが、ゆっくりと杯をかかげ、それから一気に飲み干した。 「同志コロヴェッツ、君が持ってきてくれたこの巨大な玩具と……」 そういいながら、彼は片手で大きな物体を手で軽く叩く。 それは、CNFの駐屯地研究所から奪ってきた大型兵器『ギガント』だった。 「そして、君の作ってくれたチャンスが、我々に大きな勝利をもたらした。CNFの我々の同志は、かのCNGSの……なんといったっけ?」 「ジュエル・ボックス……ですか」 「そうだ、それだ。そのジュエル・ボックスを不具の状態にする事に成功したのだ」 「見事な手並みでした」 追従屋のコロヴェッツを、一瞬アンセーエフは冷ややかに見た。 彼は今まで実力で全てを得てきたのだ。この立場にしても、彼自身の功績で得たものだった。それゆえに、追従だけで立場を確保しようとする小心者の存在を、彼は心から軽蔑していた。 「……なに、ほとんどはこの同志……ええと、なんといったかな」 「フランク・サーヴァスです、閣下」 「おお、そうだ、同志サーヴァス。こちらに来たまえ。君も脚光を浴びる資格がある」 コロヴェッツが道をあける。その影から、一人の男性が姿を現した。 『保安部隊監査官』……その肩書きを持つ男、フランク・サーヴァスだった。 「順調に洗脳は進んでますよ。もうすぐ、特上の雌をお届けすることが出来るでしょう」 「期待しているよ、同志。あのジュエル・ボックスのリーダーが我々のペットに成り下がったと知ったら、残りの連中はどうするだろうね」 「彼女たちも徐々にお届けできるように『調理』させて頂きます」 「我々の提供した、あのソフトウェアは役に立っているかね?」 「素晴らしい効果を上げています、閣下。すでに第一の目標……ディアナ・エクセレージは、すでに精神的防壁をほぼ完全に失っています。あとは、我々に服従するようにインプットしていけば……」 「従順な奴隷のできあがりというわけだ、同志。これを応用すれば、今時間をかけて調教している奴隷達を量産する事が出来るわけだ」 「はい」 アンセーエフは、目の前のサーヴァスという男を値踏みするように眺めた。 自信たっぷりに話をするこの若造を、彼はあまり気には入らなかった。だが、実績と功績は優れていた。 ジュエル・ボックスの中核となるディーと勇人を仲間達と分かち、まず最初にディーの精神を陵辱し、崩壊に近い状態にしてから洗脳する。 そのディーの姿を見せつけ、今度は勇人を洗脳する。時間は少しかかるが、そうなった上で、残った全員を一人ずつ差し出させれば良い。 「同志。君は……その、自分の所属する組織を裏切る事に、何か感じるところはないかね?」 その質問は、彼の理性というよりはむしろ本能的な部分から発されたようなものだった。 隠された悪意の毒を感じ取ったのか、一瞬サーヴァスの頬が引きつり、内心の動揺を表した。 「私は、純粋に強い者に尽くしたいだけです。CNFが強いならCNFを主人とします。ですが、今のCNFでは……あなた方には決して勝てないのです」 「ほう?」 「CNGSもそうです。女子供が戦場に出て、一体何が出来ます? 泣き叫び、そして今回は命令を無視。統率の源を恐怖という絶対的な力に持つあなた方には、決して勝てないぬるさだと言えます」 サーヴァスの弁論を聴いてなお、彼の心は晴れなかった。 裏切り者を信じるほど、彼は安い人間ではなかった。 だが……今は価値がある。ジュエル・ボックスを彼の手駒とするまでは。 「……気を悪くしないでくれたまえ、同志。ただ、我々は君を必要としている。だからこそ、今になってCNFに寝返られては困るのだ。……どうも私は言葉がうまくないな」 笑いながら、彼はサーヴァスのグラスに酒を注ぐ。 サーヴァスも、少しぎこちないながらも笑みを浮かべてその杯を受ける 「もちろん、閣下、私は閣下の信頼に応えます」 「期待している」 二匹の蛇だ、とコロヴェッツは思った。 蛇がお互いの尾を狙っている。虎視眈々と。 その姿はあまりにも滑稽だった。 彼の上司の描いた絵の上で、この蛇はあまりに見事に踊ってくれたのだから。 ■CNGS本部電算室 2月4日 15:00 同じ頃、電算室の一角では一人の少女が一心不乱にデータを集めていた。 それは、手練れの泥棒が音を立てずに廊下を歩くようなものだった。彼女のアクセスは完全に隠蔽され、ほとんどのセキュリティプログラムは彼女がそこにアクセスした事すら『知る』事はなかった。 「………これでもない……」 今、彼女は閲覧したファイルを元通りに復旧すると、元の鞘に戻した。 これで3日、彼女はCNGS本部にある全てのデータを洗った。にも関わらず、ディーと勇人の行方を示すものも、今起きている事態が何であるのかの情報も一切が見あたらなかった。 「……まいった……な」 頬を伝う涙を掌で拭う。彼女が何とかしなければ手遅れになる。その焦燥感だけが彼女を突き動かしていた。 ひどい空腹と胃痛が、彼女を苛んでいた。もう食事は30時間以上採っていない。 「……はぁ」 再び、コネクタを手に取ると今度は別のサーバーにアクセスしようと手を伸ばす。 不意に、視野が揺れた。貧血なのか空腹の所為か、脚がもつれた。手を突いた先のテーブルに乗っていた資料が、音を立てて地面に落ちる 「………っ! しまった!」 手を伸ばすが間に合わない。派手な音を立てて、テーブルの上に乗っていた物がことごとく地面に落ちる。 コーヒーカップが割れ、金属製のトレイが派手に地面でバウンドした。 「…………………っ!」 そして、間の悪いことに、部屋のすぐ近くに人が居た。ドアを押し開けて、長身が姿を現す。 そして………最悪な事に、その姿に彼女は見覚えがあった。 「………運………幹………」 レイジ・サイファードの厳しい表情が、トパーズを射すくめた。 ■本部ビル地下の懲罰室 「………さぁ、ディー。そろそろ色好い返事が聞ける頃だと思うんだがな」 監査官、フランク・サーヴァスの声が、半分失われかけているディーの意識に届く。 ゆっくりと、けだるそうに首を振った彼女が、その命令に反発の意志を見せる。 「い………いや……よ」 「いやかね? まだ続けたいと言うことか」 「いやああっ!!」 今度は激しく、彼女の身体が痙攣する。だが、再びVRSの接続が開始されると彼女の全身が激しくのたうった。 意識が錯綜し、次の瞬間には彼女は全裸で倉庫のような部屋に放り出されていた。 はっと彼女が、見事な乳房を両手で隠そうとすると、背後から伸びてきた手がその手首を掴んで持ち上げる。 「あっ……いや……」 「いい返事聞かせろよ、ディアナ」 野太い声で男がディーにささやきかける。首を振って拒絶すると、別の手が伸びてきて彼女の乳房を掴む。すでに青あざが幾つも出来ており、男の手で強く握られた部分は激痛を彼女の脳に送り込む。 「うああっ………」 「おい、どうなんだ? いい加減、素直に言えばいいんだよ。『服従します』ってな。いつものようにだ」 「……ちがう、ちがうわ……私は……そんな事、言ってない……」 「言ってるんだよ。毎日俺達に輪姦されて、最後には『許してください、服従します』って言うんだよ。そうして毎日この地獄から救い出されてるんだ、違うか?」 「違うわ! 私、あなた達なんかに服従したりはしないわ!!」 男が二人、お互いに顔を見合わせてから、すでに腰の抜けた彼女の身体を愛撫し始める。 ……愛撫、という言葉が適切であろうか? 感じやすい場所を探って、その部分を執拗にねぶる。ごつごつした指と、ねっとりした舌が全身をはい回り、その都度彼女は嫌悪と苦痛に身をよじる。 太股に手をかけて、無造作に開かされる。下半身にほとんど力の入らない彼女は、泣きながらそれを受け入れるしかない。 手が伸びてきて、彼女のもっとも敏感な肉芽を探るように陰毛の仲をはい回る。 「ひいっ……だ、誰か………助けて………いや、いや……勇人さん……」 「誰も助けにこねぇよ」 陰毛を探っていた男が、肉芽の包皮を探り当て、その上から肉芽をごりごりと刺激する。苦痛に近い感覚が股間から駆け上がり、手足が突っ張る。 その手足を押さえつけたまま、一人の男が逸物を彼女の顔の前に突き出し、しごき始めた。 「……ほら、またべとべとにされたくなかったら銜えるんだな。顔にかけられるか、口の中に含んで吐き出すか……」 「………く……っ」 下半身を嬲られ、顔の前には逸物。口に含むのも、精液を顔面に塗りたくられるのも屈辱以外の何者でない。 「……どうした、顔がいいのか?」 「……どっちもいやよっ!!」 「おい、相棒、我が儘姫様にオシオキしてやってくれ」 「あいよ」 下半身をねぶっている男が得たりとばかりに応じると、肉芽の包皮をくるりと向いてしまう。むき出しの肉芽は、空気に触れるだけでぴりぴりした感覚を伝えてくる。 「おらおら、噛むど、噛むど?」 「………ひっ……ぃ……」 「それとも………こっちか?」 不意をついて、男がディーの菊門に触れる。びく、と全身がわななき、菊門が収縮するのを見て男がはしゃいだように笑う。 「そーら、そーら、言われたとおりにしないと、どこを責められるかわからんど〜?」 「…………う……くぅ………」 「ここか!」 「あがっ…………ぎ………いぃぃぃ………ひぃ………い………」 ずぶり、と膣に指を突き入れられ、苦痛の悲鳴を上げて仰け反るディー。と、顔の前の逸物からたれた透明な液体が、悪臭を放ちながら彼女の顔に垂れてくる。 「……決まりだ。顔面にシャワーしてやるよ!」 先端から、透明な液体が二度、三度飛び出して彼女の顔を満遍なく汚していく。嫌悪のあまり顔を背ける寸前に、先端からあふれ出た白い液体が彼女の顔に垂れてくる。 「いや…………いやああああああっ………」 下半身の感覚が消え、続いて全身の感覚が、ゆっくりと彼女の『世界』から消えていった。 「………ディアナ君、どうしたね?」 はっと目をあけると、椅子の上に拘束された彼女が、周りに立つ男達に見下ろされているところだった。 「良い夢を見たみたいだね」 囚われた時、彼女は制服の下にプロテクトスーツのインナーを着けている状態だった。今、タイトスカートとストッキングを脱がされ、ほぼむき出しになった両脚が、椅子の肘掛けに手錠のようなもので固定されていた。 金属製の首輪が、プロテクトスーツへのアクセスをロックしている。そのことを、彼女は初日に思い知った。 開かれた股間の間に、濡れた感覚がある。男達の何人かはそこを見ており、それが彼女にはっきりと伝わってくる。 「……濡れてるそうじゃないか、ディー。あんな事されてるのにな」 「……ちっ、……違………」 「どうかな?」 一人が手を伸ばし、彼女の濡れた秘所を探るようにぐりぐりとこする。 不思議と嫌悪感はなく、触られている事に対する奇妙な安心感ににた感覚が彼女の心の中に生まれそうになる。 「………っ!!」 唇を噛んで、彼女は正気を保とうとする。おそらく、あのVRSのソフトウェアの中には、電子麻薬……精神に直接作用する一種の麻薬……が含まれているに違いない。 彼女の感情をもてあそび、自在に制御しているのだからほぼ間違いはない。 だが……これを何度も繰り返させられると、いかな彼女といえど正気を保つことも難しくなってくる。 「……さあ、続けようか。君があの役立たずの勇人君のところへ戻る頃にはもう少し素直になっているだろうね」 耳障りな声で笑う男達に見下ろされながら、再び彼女はVRSの作り出す悪夢の中へと沈められた。 ■CNGS本部 2月4日 19:00 エメラルドは、トパーズの言っている事が理解出来なかった。 いや、理解出来たとして、一体なぜそうなるのか、まるっきり解らなかったのだ。 「……アクセスナンバーと認証キィ、それに……アクセスのない時間帯まで?」 「うん。……罠かな……」 「……………」 ガーネットとサファイアが、同じように顔を見合わせてから二人を見る。 エメラルドも、額を押さえながら途方に暮れていた。 「………つまり………その、運幹は調べろっていうんだな? その部分を」 「うん。あたし、入ろうとして入れなかった部分の一つなんだ、そのエリア」 「……運幹って、アタシ達の事嫌いだったよねえ?」 エメラルドがガーネットとサファイアに問いかける。二人が、全く同じタイミングで首肯するのをみて、エメラルドはまたも首を傾げてしまう。 「………解らない。そんな事をしてなんのメリットがあるんだか」 「でも、やってみるしかないね。あと30分後に、指定された時間が来るから、あたし、行ってくるね」 「わかった。ガーネット、済まないけど……」 ガーネットがこくん、と頷いてからトパーズの後を追って走っていく。 もし万が一罠だったら、彼女とトパーズはエメラルド達が駆けつけるまで持たせなくてはならないのだ。 ■CNGS 本部電算室 2月4日 19:30 「……始めるよ」 コネクタをつなぎ、指定されたナンバーにアクセスする。 認証キィを入れると、これが運幹のアクセスキィである事に彼女は気付いた。 「………本物だ………」 データファイルの閲覧をしようとして、彼女はそれが無意味である事をしった。ここはデーターファイル置き場ではないのだ。 「……なんだろう………」 だが、いくつかのポートから、何らかの情報が流れ込んできている。そのフォーマットを調べた彼女は、それが画像情報である事を知って驚いた。 監視カメラなどの情報を、特定のサーバーに運ぶ為の中継端末なのだ、これは。 「……なんで………?」 ふと、その中に見慣れた姿を見つけたトパーズが、あっと声を上げる。 「……たいちょ………」 やつれていた。ひげもそっておらず、目の下には隈が出来ている。 それでも、見慣れた勇人の姿は少なくともトパーズの心に活力を与えた。 「……ディー……どこだろ」 彼女はその高性能なシステムを用いて、大量に流れ込んできているデータからディーの姿を探した。 「あ、いた……」 見慣れた彼女の姿を見つけ、トパーズはディーの居る場所を特定しようとして唖然とした。 「……VRSスペース内?」 存在を確認するため、彼女は同じプログラムにアクセスした。 ■VRSプログラム内 最初に目に付いたのは、数十人にも及ぶ人の姿だった。 あるものは座り、ある物は寝そべり、煙草をふかす者や、高いびきをかいて眠る者など、秩序という者とはほど遠い姿で彼らは居た。 「………みんな男だ………」 彼女は、その男達に『見えない』ようにしながら、ゆっくりとその中心部へと向かって歩いていく。 ……その先に………。 「………ディー……っ」 トパーズは思わず息をのんだ。 ディーは居た。4人の男に囲まれて。 乾いた精液を顔にこびりつかせたディーを、ある者は口を、ある者は胸を、ある者は菊門を、そしてある者は膣を………それぞれを犯していた。 もはや人形の様になったディーが、4人の男達の好き勝手な動きに翻弄されてがくんがくんと振り回される。口の中に射精した男が強く彼女の頭を自分の股間に押しつける。と、今度菊門を犯していた男がずるり、と肉棒を抜く。白い精液がどろりとたれて、尻穴とその周りを汚した。 膣を犯しながら男は、ディーの胸を両側から寄せる。その旨に挟み込んだ逸物から、ディーの顔に向かって精液が迸る。 最後に、膣の中に精液をあふれるほど吹き出した男が、彼女の身体を押しのけて立ち上がった。 ぼろ人形の様に転がったディーが、手だけは必死で膣の中身を掻き出している。白い精液を、白魚の様な指に絡ませながら、何度も何度も嗚咽を漏らしていた。 「……ディー……VRSと現実がごっちゃになってるんだ……」 だが、こんなプログラムを彼女たちが行方不明になった3日前から続けていたのだとすると……。 ふと、トパーズの身体に異変が起きた。身体の奥底に、眠っている蛇がいて、それがゆっくりと鎌首をもたげて彼女の内部で暴れているのだ。 「………う………っ」 膝ががくがくする。初めて彼女は、このVRSシステム内にウィルス状の電脳麻薬が含まれている事に気付いた。 慌ててアクセスを切断すると、すぐに彼女はワクチンプログラムを呼び出した。 アンプルからそれを注射器で吸い上げると、二の腕に突き立ててシリンダーの中身を体内へと送り込む。 そうしている間にも、股間の奥からは熱い滴がうずきを伴ってあふれ出そうとする。 媚薬に似た効果を持つ麻薬だった。 「……薬漬けにされて……あんな事毎日されてたら、ディー……壊れちゃうよ……」 もう少し遅ければ手遅れになるだろう。今は彼女の姿を保っていられるから良いが、そのうち彼女が正常な状態を維持できなくなるとあの姿は徐々にぼけてくる。 だが、もう言葉もなかったあの状態を考えると、そう長くは持ちそうになかった。 「…………でも」 良いヒントを得た、と彼女は思った。あの場所は、一般的に存在を認められていない空間だったのだ。 その場所がどこにあるか、そして其処へどう行くのかは彼女にかかれば簡単に解ることだった。 それでも、検索をかけるために1時間の時間を要した。 そして、ワクチンの副作用で彼女ががっくりと頭を垂れて眠ったときには、彼女はガーネットとエメラルドにあてた手紙を書き終えていた。 エメラルドが、トパーズの手に握られた紙片を解読する。エメラルドとガーネットにあてられたそれは、ディーと勇人が監禁されている場所、そこへの行き方、相手の手口を記したメモだった。 ■本社ビル地下の一室 ディーの様子は明らかに変わりつつあった。 まるで常時発情しているような、うっとりした顔で勇人を眺めている、かと思えば自然にスカートをめくりあげ、指が秘所をなぞっている。 「ディー!!」 その声にはっと目を開けて、ディーは慌てて手を担架の縁へと宛い、握りしめるようにする。 だが、数分もすれば全身にうっすらと汗をかき、ピンク色に染まった肌が色っぽい芳香を放ち始める。 「………一体どうしたんだ、ディー」 「ごめん……なさい………勇人さん、ごめんなさい………」 「ディー、謝らなくて良い。一体何が………」 「私……もう……ダメ………。墜ちそう………」 「しっかりするんだ、ディー!!」 だが、それでも彼女は目を離すと秘所に指を這わせ、荒い息を吐いている。 彼女は、苛まれていた。 まるで喉を乾かした状態で灼熱の海に放り出されたようなものだった。 乾きを癒す為に海水を飲むように、その行為を行うたびにより強い渇望が彼女の中からわき上がってくる。 そうと解っていて、手を止める事は出来なかった。指も手も、まるで別の生き物になったように彼女の意志を無視した。 そして、触れるたびに身体の奥から熱い何かがこみ上げて、吐息を漏らす。 時折、勇人が気付いて彼女をたしなめる。その一瞬、彼女は全身を焼かれる様な渇望と恥辱に打ち震える。 だが、それもほんのわずかな間の事で、少しするとその恥辱がまた新たな渇望を呼び起こす。 「…………私……もう、持たない………勇人…………さん、お願い……」 「ディー?」 とうとう、ディーの手が勇人の方へと伸びてくる。ぬらぬらと愛液に濡れた指が、勇人を求めて彷徨いながら、ゆっくりと伸ばされてくる。 「……ディー……」 「お願い、勇人さん……私……もう、ホントに……おかしくなりそう……」 「しっかり、ディー……」 「電脳………麻薬に犯されてるんです、私……毎日、毎日……気が狂いそうな……」 「………ディー!!」 ぬらぬらと怪しく光る手を握りしめ、それから勇人はディーの身体を強く強く抱き締めた。 一瞬、彼女の身体が激しくふるえ、手足が痙攣し、背中を弓なりにそらして、それから大きく息を吐いて脱力した。 「……ディー……」 「あ……………あ……ぁ……はや……と……さん、今………私……今……」 「……すまない、ディー……」 「うう……ん、すごく……気持ちよくて……ああっ……また……また……来ちゃう………っ」 今度はディーの腕が勇人の身体を強く抱き寄せた。勇人とディーの身体が狭い担架の上で重なると、勇人はゆっくりとディーの頬に口づけする。 「………はや……とさん……」 かすかに不満そうな口振りに、勇人は今度はゆっくりと、唇同士をふれあわせる。 吐息が絡み合い、お互いの肺の中へと流れ込んでいく。その感覚に勇人の背中に何か電気のようなものが走る気がした。 彼とて、決して経験がないわけではない。だが、CNGSの分隊長になってからというもの、一人で慰める事も出来ず、いわゆる『少したまった』状態に置かれていたのも事実である。 ………そこまで考えて、彼は自分の立場を思い起こした。 「……ディー。俺は君の隊長だ。だから……君を今抱くわけには……」 だが、彼の口上は遮られた。ディーが強く勇人の首を抱き寄せ、唇と唇をあわせたのだ。 舌が勇人の口の中へと押し入ってくると、貪欲なヒルの様に彼の口の中の唾液をむさぼる。その動きに興奮した彼は、今度はディーの頭を抱き寄せながら自分の舌で彼女の口腔内を探り始める。 彼の理性はあまりにも無力で、彼女のとろけた理性と燃え上がった愛欲の前ではなんの役にも立たなかった。 ただ、求められるままに舌を差し入れ、舌を吸い上げ……お互いの魂までも絡め合うように、二人は激しく求めあった。 「………ディー……」 「勇人さん………私………もう……本当に、おかしくなりそう……」 「……俺は………」 ディーの手を掴むと、勇人はゆっくりと自分の股間へと導いていく。 そこは、怒張ですでに窮屈なまでに押し上げられている。それを見たディーが、思わず口元をゆるませる。 「君が……君を見ていると………もう……」 「嬉しいです……勇人さん……私……で、こんな風に………」 「…………」 口をつぐむと、ディーはその手で勇人の怒張をズボン越しにこすり始める。 甘美な刺激が股間に伝わってくる。布越しの愛撫が、彼の情欲をいやがおうにも高めていく。 「……ディー………っ」 「……勇人さん、勇人さん………」 「………っ」 とうとう、彼の最後のブレーキが音を立ててはじけ飛んだ気がした。 彼は、ディーの手を取り、身体を起こさせると骨も砕けよといわんばかりに抱き締める。 そして、抱き締められる感触に、ディーは打ち震えながら自分自身の両腕を勇人の背中に回し、強く強く抱き締めた。 もう、とどまる必要はなかった。 彼女は、熱い吐息が漏れるのも構わず、彼の耳元で囁いた。 「……勇人さん………お願い………です………」 だが、勇人は動けなかった。 それ以上を越える事がどういう事を意味するのか。 ディーの年代の少女が、その行為をどう取るのか。 解っているようで解っていない、微妙なグレーゾーン。 手はもう其処まで伸びている。下半身は二人とも準備なっていた。 彼が一言、問いかけて、その後に来る分かり切った答えを聞いてしまえば、もう押さえは聞きそうになかった。 それでも、彼はその最後の一歩を踏み出せなかった。 「………ディー………」 苦し紛れの質問を、彼はした。 「……ディーは、俺のこと、どう思っている?」 驚いたように目を見開いた彼女が、それからおどおどと辺りを見るように視線を逸らした。 「……それは………」 「ディー、俺は君の……上司だ。俺は君と、そして沢山の仲間を護らなきゃいけない」 「……はい」 「なのに、ここで君を抱いたら……俺は……」 「………勇人さん………」 「ディー。お願いだ、ディー……俺は………俺は、どうしたら……」 彼女が頼ってきた男の、わずかな迷いをディーは察した。 ……そして、彼女の目にわずかな理性の灯がともった。 「………そう……ですね」 ゆっくりと、火照った体を勇人から引き剥がす。 「……勇人さ……いえ、分隊長、驚かせてごめんなさい」 「ディー……」 「もう大丈夫です。麻薬にやられて、少し気が弱くなっていたみたいです」 「………大丈夫か?」 「はい」 担架から両脚をおろすと、彼女はふらつく脚でゆっくりと部屋の奥へと歩いていく。 その先に便所がある。彼女はその扉を押し開け、ふらふらしながらその中へと消えていった。 「…………くそ」 怒張したズボンが少し濡れている。 彼女の汗。 掌は、じっとりと汗をかいていた。水道でぬらしたように。 「……俺は………」 彼は誰に問いかけるともなく、呟いた。 「……俺は、何をしたいんだよ……畜生」 その問いには誰も答えなかった。 ■CNF駐屯地近くのビル 2月5日 00:10 『それ』の修理にかかってから、もうずいぶん時間が経っていた。 設計図もないそれの修理を行うのは、ベテランの彼にとっても骨の折れる仕事だった。 だが、奇跡はいつでも起きる。 彼は見事にそれを、元の本来の姿に戻すことに成功した。 否、それだけではない。その結果生じた設計上の不都合を発見し、修正を加え、さらに性能を高める為の改造案を立案した。 これを実際に組み込めば、このコンセプトで作られた兵器の中でももっとも優れた動きが出来るはずだ。 彼は、満足げに頷いて、目の前の『それ』を見上げた。 ギガント。巨人。 まさに、その名にふさわしい、巨大な兵器だ。 見た目で判断すれば痛い目に遭うだろう。この巨人は風のように素早く動き、悪魔のように正確に射抜き、熊の様に怪力で相手を粉砕する。 武器を積み込む事も出来れば。 どこででも使えるように改良すれば。 この武器は最強の兵器として歴史に名を残すだろう。彼の名とともに。 「……同志」 背後で聞こえてきた声に、彼はいらだたしげに振り返った。 「なんじゃ」 「同志アンセーエフから連絡です。ギガントの事について」 「………ほう」 一瞬で態度を変え、彼は電話を手に取った。 「はい」 『同志、ギガントはどうか?』 「はい、もうほぼ完成です」 『明日の作戦ではギガントは使わない。君は、修正案と改良案を詰めてくれたまえ』 「かしこまりました」 『それを伝えたかったんだ。………期待しているよ、同志』 「はっ!!」 電話を切ると、彼はにんまりと微笑んだ。 時間は与えられた。 ギガントは、新しい兵器として生まれ変わる。 芸術的なまでの完成度を誇る、最強の兵器として。 彼の笑い声が、いつまでも室内に響いていた。 |