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奴隷商人ライブネクスト

落日の聖女


登場人物一覧

藤沢聖美 ごく普通のコスプレ少女。愛らしい顔と少し肉付きの良い肢体を持つ。加藤真実という恋人がいる。
加藤真実 聖美の恋人。無駄のない体つきをした青年。
須藤 謎の男達のリーダー格。体格がよく、低い声で相手を威圧する。
日吉 ゴリラ並の体格を持つ。見た目通り力が強く、身体も頑丈なボディーガード。
高江洲 もと医師を目指していた男。女性の身体の構造を知り尽くし、内部から奴隷化する。
飯島 謎の男。高い知性を持つ参謀役。女言葉でしゃべる男。
みなみ 偶然から、真実と知り合った少女。肩の辺りに切りそろえた髪型、背の低い少女。

第十話  九死一生

 アイドリングしている車のエンジン音だけが、彼女たちの間にある唯一の音だった。

 真実と地下の喫茶店で別れてから、彼女……沢渡みなみ……は、エアコンを効かせた車の中で携帯電話を弄っていた。

 既にそれから2時間は経っていた。
 携帯電話の中では、見慣れたキャラクターがちょろちょろと動いていたが、彼女の目はその姿を見ては居なかった。

 上の空で手元を動かしている彼女を見かねたのだろうか。
 運転席に座っている人影が身じろぎすると、顔をみなみに向けて口を開いた。

「………いいのか?」
「何が?」

 物憂げにみなみが答える。

「……真実君とやら、そろそろ戻ってきても良い頃だろう?」
「彼もオタクよ。このイベントで時間をつぶすこと位訳ないわ」
「そうかな? 彼にしてみれば非常事態だ。それでいて遊びに現を抜かすような人間かな?」

 運転席の人物の声は低かった。
 黒いスーツとスラックス。長い足は運転席の狭いスペースに押し込められている。

 どう見ても男性だ。だが、顔立ちは柔らかく、中性的な面影をしている。

「……みなみ。そろそろ素直に動くときじゃないか? それに……聖美ちゃん……だっけ? 彼女が限界になる前に助け出すべきじゃないか?」
「………彼女は助け出すわ。けど、あの唐変木のコトなんか……」

 苛立ったように携帯電話のフリップを閉じる。
 小さい機械をそのままポケットに納める。

 ……と、携帯電話の着信音が鳴り響いた。
 みなみのではない。『彼』のだ。

「……はい」

 物静かに応対する『彼』は、数回頷いてから電話を切った。

「……みなみ、真実君が捕まったそうだ」
「………………そう」
「聖美ちゃんもいる。助け出すとしたら今しかない。下手をすると彼もこのまま殺されるぞ?」
「………仕方ないわね。私の忠告を聞かない方が悪いのよ」
「…………みなみ!! このまま彼が彼女の目の前で殺されたら、彼女は二度と立ち直れない。それが解らない君じゃないだろう?」

 苛立った声。
 みなみが再び窓外に目をやると、丁度飛行機が降下してくるところだった。

「みなみ……」
「解ってるわよ……」

 ため息と共にドアを押し開けると、車の後ろへとまわる。
 トランクを押し開けると、箱を取り出す。
 蓋を開けると、卵大の松ぼっくりのようなものが並んで入っている。
 そのうちの一つを手に取り、再び蓋を閉じる。
 
「……準備は?」
「出来た……。さ、聖美ちゃんを助けに行くわよ」
「……真実君もね」
「………」

 ふてくされた様な顔で『彼』から顔を逸らすと、みなみは歩き始めた。
 ブースの外側から回り込めば、彼ら……『ライブネクスト』……の裏手に出ることが出来る。

「……もう一回言うけど……助けに行くのは聖美ちゃんだからね?」
「解ってる。僕はちゃんと聖美ちゃんを助けるよ」
「…………」

 殊更に強調する『彼』の態度に腹を立てたかのように、みなみは『彼』を睨んだ。
 微笑みを浮かべ、ゴーグルをはめる姿を見て、ため息と共にみなみ自身もゴーグルをはめる。

 『ライブネクスト』の裏口が見えてきた。
 もう、数分後には彼女たちはあの中に突入する………。

「……さて、真実君。これからは相談の時間よ」

 飯島の言葉に、真実はうつろな目を向ける。
 内心、飯島は失望していた。こんなにも早く壊れるとは思わなかった……思ったより、この加藤真実という人間はもろかったようだ。
 聖美は本当に高貴な魂の持ち主だった。……今は見る影もなく汚されてはいるが、それでもその魂の美が肉体の美を司っているように見える。つまり、綺麗なのだ。
 だが、彼女の選んだ男は…今や放心した様な顔つきで飯島の言葉を聞いている。

「……真実君、聞いてるかしら? あなたは、今から聖美ちゃんと我々の事をすべて忘れ、おとなしくお家に帰るの。解る?」

 飯島の言葉に反応しない真実。だが、飯島はそのまま言葉を続ける。

「忘れられないというなら、手伝って上げるわ。あなたの記憶の一部を封じる事なんてたやすいことだもの。そうしなくても、勝手に封印しちゃいそうだけどね……」

 無理もない、と飯島は思う。愛する人の魂が砕かれ、無惨に作り替えられた姿で目の前にあらわれ、身体を汚す光景を目撃させられたのだ。
 これこそが飯島の得意とする方法なのだが、いかんせん男の方があっさり壊れてしまってはもう一つの目的が達成できそうにない。

「……ほら、しっかりしなさいな。聖美……フリー」

 その単語を耳に入れたとたん、聖美の目に光が宿る。そして、目の前で下半身をむき出して放心している真実の所に這いずり寄っていく。

「……真実……真実、……真実……ゴメンなさい……ゴメンなさい………真実、真実………しっかりして……ねぇ……お願い……」

 実態はこうなのだ。飯島の強力な暗示と高江洲の薬剤がなければ、今でもこうやって彼女は理性を取り戻すことが出来る。その理由も解っていた。
 聖美が真実を愛している気持ちの雄大なこと、類を見なかった。これほど大きな愛情を一人の男に注いでいる女性を、飯島は最近見たことがなかった。
 聖美が、泣きながら真実の頭に自らの頭を近付け、何度も声をかける。真実は放心したままいっこうに反応を示さない。

「真実……お願い、目をあけて、私を見て……ねぇ、私、あなたが…こんな姿になるの……見たくない……ねぇ……」
「………」
「……うッ………まさ……と……私……の所為だね……私が……全部……」

 聖美が真実に口づけする。そして、……その瞬間……。

「聖美、お預け」

 飯島の声が無情に飛ぶ。聖美が真実を放りだし、両脚を広げて仰向けになり、手を後ろに突く。目の光は徐々に薄れていくが、身体の方は心に先んじて命令に従っていた。

「……聖美ちゃん……あなた、今舌を噛もうとしたわね?」
「………あ………あう………」
「勝手なことをしては困るわ。あなたの身体は、もうアタシ達のもの。勝手に傷つけたりしたらお仕置きするわよ……」
「……お……おしおき………いやん……いや………」
「さて、と」

 飯島が真実をみやる。聖美の涙の後が頬に転々と残っている。……が、真実の目に光が戻ることはない。
 飯島がため息をついた。これでは話にならない。真実は恐らく日吉か誰かがコンクリート詰めにして、どこかの海に捨てられるだろう。
 聖美も、このままでは奴隷としては不完全だ。いずれ破綻を来すだろうし、そうなれば身体をバラして臓器として売る以外に価値がなくなる……。

 ……目の前に、松ぼっくりが転がってきた。
 飯島が不審な目でそれを見る。と、それがはじけ、周囲を強烈な光で満たした。

「なっ!!!」

 と同時に暗幕が切り裂かれ、何者かがその狭いスペースになだれ込んでくる。目を焼かれ、苦悶の悲鳴を上げる飯島と高江洲だが、日吉だけはその一瞬で閃光手榴弾の脅威から目を守ることに成功した。
 人影が真実と聖美を抱えて脱出しようとしている。だが、日吉の手が聖美を抱える人影に伸びると、喉を掴み今度は真実の時とは違い、手加減無しで握りつぶす。

 ごきごきごきっ……ごき……べりん……。

 鈍い音が響き、日吉が手を離すとその影は力無く地面に崩れ落ちた。
 聖美は、地面に転がると再び「お預け」の姿勢をとる。今の彼女はプログラムされたロボットのようなものだ。
 日吉は閃光手榴弾を掴み、熱が指を焼くのもお構いなしにそれをぽい、と外に放り投げる。目尻をごしごしと擦ると、閃光に当てられて気絶した高江洲と、恐慌状態の飯島を見つけ、ため息をつく。
 ここ暫く、彼らの周囲をチョロチョロとしていた奴らの仕業だろう。だが、壊れた男を一人連れだした所で一体どうなるというのか?
 価値ある奴隷はここで……お預けのポーズを取っている。閃光手榴弾の光に目を焼かれ、涙は流しているがこれもすぐに収まるだろう。それより、あの激しい閃光で気絶しなかったのが不思議だった。
 閃光手榴弾というのは、文字通り強い光を発する手榴弾で、そのフラッシュの波長により相手にてんかんの症状を起こさせ、気絶させるのを目的とする。冗談の様な武器だが、実際に高江洲はすっかり当てられて気絶し、飯島も自分を見失っている。
 日吉が飯島を掴み、頬を軽くぱん、とはるとようやく飯島の目の焦点が合い、日吉の顔を捉える。

「……い、今のは……」
「ネズミ花火だ。……真実は奪われたが……奴隷は手元にある。何も問題はないな」
「うん?」

 視線を降ろすと、聖美が相変わらず両脚を広げたポーズのまま、あう、あうん、と悶えている。その脚の付け根の袴が少し色を変えている……愛液が噴き出しすぎて、着物を濡らし、さらに袴まで濡らしているのだ。

「……今日はもうこの娘も解散ね……帰して上げるとしますか。高江洲……」

 だが、高江洲は意識を失ったまま戻ってきていない。
 ま、一日くらい大丈夫だろう。もう聖美の意思力も限界だ。それに……と笑いながら飯島は思う。
 頼みの綱の、騎士はあの通りすっかり廃人だった。もう、聖美を誰も助けには来ないのだ。
 それなら、薬でがんじがらめにしていなくても良いではないか。

 ……飯島は、聖美のコントロールを解き、フリーにすると帰るように指示をした。
 彼は、聖美の意思力というものをまだ甘く見ていたのだ。

 ………そのころ、会場の側のゴミ捨て場。

 みなみはちっ、と舌打ちした。彼女と一緒に飛び込んだ男は、恐らく殺されただろう。
 日吉の殺人的な握力にかかっては、このバトルスーツもなんの役にも立つまい…。

 彼女は、目の前に横たわるかつて人であったモノを見下ろした。一人の犠牲を払い、助け出したのは壊れた人間。あまりにも割に合わない……あまりにも犠牲の大きな作戦だった。
 彼女は、真実に期待していた。今少し、真実が冷静にみなみの話を聞いていれば……そして、もう少し賢明な行動をとっていれば……。だが、彼は感情の赴くままに行動し、相手の思うつぼにはまり……壊れて帰ってきた。
 どんなにひっぱたいても、なだめてもすかしても反応はない。既に、彼の魂は遠い理想の世界に飛んでいってしまったのだろうか……。

「はあ〜あ……また……」

 また、やりなおしだ。時間をかけて、やっと組織のしっぽを掴んだのに、一人の男の感情的な行動の所為で全てがパァだ。
 正直、このまま海に捨ててやりたいのだが……この男には妙に憎めない何かがあり、その為にそれを実行するのを躊躇っていたのだ。

「………聖美ちゃんが泣くよ……ホントに……」

 そうつぶやいたのは、別に意図があっての事ではない。ただ偶然にその言葉が出ただけだった。だが、不意に真実はむっくりと体を起こしたのだ。

「……真実君?」
「……いかなきゃ……聖美が、待ってる……」
「ちょっとちょっと、今度は何処行くのよ!!」
「聖美……いかないと……聖美の家……早く、待ってる……」
「待ってるわけないじゃない!! もう聖美ちゃんは……」
「行かなきゃ……」

 みなみを振り切って歩き出す真実は、しっかりと駐車場に向かって歩き出す。みなみがその横を歩きながら、周囲を警戒する。もし真実が歩いているのを見られたら……そしてその側にみなみがいる事に気付かれたら……。
 だが、真実はずんずんと自分の車に向かって歩く。この状態の真実の横に乗るのは相当勇気が居る事だが、それでも彼女はドアロックが解除されると同時に助手席に乗り込んだ。

「……何のまねだ?」
「真実君、いい? あなた、また一人で何かやらかそうとしているの?」
「……ほっといてくれ」
「いいえ、ほっとかないわ。あなたの所為で私の仲間が一人死んだの。あなたの所為で」
「………俺の所為?」
「そう。あなたが感情の赴くままに奴らの罠の中に飛び込み、見事にはまった。それを助けるために私達はその罠に同じように飛び込み……仲間を一人失ったの」
「そっちの勝手だ」
「そうね、私達があなたを助けたかったと思ったのは勝手かも知れない。でもね、あなたが一人でどんなにあがいても、奴らからあなたの大切な人を取り戻す事なんて出来ないのよ」

 答えずに、真実は車を発進させる。ゲートをくぐり、首都高への道をひた走る。

「……聞きなさい、真実君。あなた一人では無理。でも、私達と協力すれば……それは可能になるの」
「さっきも言ったが……聖美を助けたいと思うのは俺の勝手だ。仲間を失ったのは気の毒だと思うが……そんな事まで俺が責任もてるか!」
「あなたは聖美ちゃんの未来にも責任があるのよ!!」

 鋭い一言が真実の動きを止める。

「だぁ〜ら、前見て運転しなさいって!!」
「大丈夫だ。何かあったのか?」
「あんたの横に乗ってるのが怖いだけよっ!!」

 そう言いながら、真実の目に本来の強い光が戻っているのを見て、みなみは内心ほっとする。

「……とにかく、よ。聖美ちゃんはまだ生きてる。私の親友や仲間と違ってね。それならまだ彼女を取り戻す手段を考えることが出来るわ」
「………」
「でも、もう一度言うけどあなた一人じゃ逆立ちしても無理ね。あの程度で自分を見失うような軟弱モノが1000人集まっても何もできやしないわ」
「………余計なお世話だ」
「なら、もう一つ余計なお世話をして置くわ」

 そう言うと、みなみは胸ポケットから名刺を取り出し、そこにボールペンでさらさらと番号を書いた。

「私の携帯番号よ。いい、一人で何かしようと思わないで。……仲間がいれば、困難な事を達成出来る見込みは増えていくの。一人より二人、二人より三人……ってね」
「……何処で降ろせばいい?」
「……新橋でお願い」

 真実が車を新橋に着けると、みなみは不意に真実の頬にキスをした。

「………」
「真実君、頑張って。……私達は、あなたの……あなたの聖美ちゃんへの強い想いに期待しているの。何かを為すとき、人は強い想いを抱いた時こそ……もっとも成功に近いところにいるんだから」

 ドアを開け、颯爽と降りるみなみ。真実は呆然とその後ろ姿を見送っていた。
 黒いワンピースのタイトスカートに包まれた尻は、左右に揺れながら階段を上がっていった。

 真実は靖国通りにはいると、ひた走る。新宿まではあと30分。
 脳裏には、みなみに言われた言葉が何度も何度も繰り返されていた。

(…聖美を助けるのに……本当に仲間がいるんだろうか……)

 聖美は、真実の恋人であり、愛する人であり、将来を共にしたいと考えた相手だった。
 その聖美を、真実はむざむざと奪われ、辱められ、おとしめられた。だが、まだそれでも聖美の命はある。
 みなみの親友は、殺されたのだろう。あの冷酷きわまりない連中にかかれば、人を殺すことなど虫けらを捻りつぶすより他愛のないことなのだろう。
 そして、みなみは…取り戻しようのないものを取り戻そうとして、闘っている。
 彼女が例えあの連中を皆殺しにしても、もう誰も帰っては来ないのだ。彼女の親友も……そして、真実を助けるために命を落とした彼女の仲間も……。

 聖美が死ぬ!! そんな事、想像もしたくなかった。聖美は、いつだって真実の側にいて、優しい笑顔と広い心で、真実の狭い狭い心を包み込んでくれていた。
 弱かった頃、聖美は側にいて強くなるために励ましてくれていた。彼女自身も決して強くはないのに、彼女は真実に強くあって欲しいと願い、それを達成するために真剣になって応援してくれた。
 聖美は……いつだって、真実の太陽だった。真実は、聖美を求めていた。必要としていた。そして、今、聖美は真実を必要としている筈だ。
 壊れている暇はない。もし壊れたいなら……全てが終わってから壊れればいい。
 だが、……と真実は思う。
 壊れている暇はやっぱりなさそうだ。聖美は、壊れた真実など必要とはしないのだろうから。

 飯島がもごもごと言い訳し、日吉と高江洲は首をすくめて頭を垂れている。
 須藤の怒りに満ちた視線が飯島を貫き通す。

「調教は完全に終わった訳じゃない。それなのに、お前達は聖美に薬も入れずに家に帰した。…そして、俺からの連絡に応じなくなった」
「い、家に居ることは解ってるわ。ただ……呼んでも出てこないのは確かに……」
「あの女の意思力が並ではない事は既に解っていたはずだろう?」

 須藤の一言が飯島の言い訳を断ち切る。

「……車を用意しろ。……あの女、一度完全に壊してしまえ。そうだ……目の前であの真実ってヤツを殺してやれ。そうすれば……壊れるだろう」
「壊した後、元に戻せるかどうかは五分五分……いえ、それ以下よ?」
「大丈夫だ。それ以上の可能性はある。……あの女なら、な」

 日吉と高江洲が走り去る。車を用意に行ったのだ。須藤はコスプレをしたライブネクストの女性達……全て、彼が調教し尽くした奴隷達……に命じてブースを片づけるのを眺めていた。
 聖美の命運は恐らく尽きた。気になるのは、真実が連れ出された後、彼の車がなくなっていたことだった。
 あの状態で車を運転できるなどとは思わないが、それでも……飯島の心の奥底に言いしれぬ不安が残っていた。まさか………。
 もし、飯島がその考えを口に出して須藤に伝えていたら、或いはそれを行動に出して疑っていれば、聖美は恐らく完全に捉えられ、彼女の未来はこの邪悪な陰謀の持ち主達に完全に奪われることとなっただろう。
 だが、そのほんの僅かな行動をしなかった為に、関わる全ての人達の未来に大きな修正図が加わることになろうとは、この場にいる誰も想像すらしなかった。

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