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奴隷商人ライブネクスト

落日の聖女


登場人物一覧

藤沢聖美 ごく普通のコスプレ少女。愛らしい顔と少し肉付きの良い肢体を持つ。加藤真実という恋人がいる。
加藤真実 聖美の恋人。無駄のない体つきをした青年。
須藤 謎の男達のリーダー格。体格がよく、低い声で相手を威圧する。
日吉 ゴリラ並の体格を持つ。見た目通り力が強く、身体も頑丈なボディーガード。
高江洲 もと医師を目指していた男。女性の身体の構造を知り尽くし、内部から奴隷化する。
飯島 謎の男。高い知性を持つ参謀役。女言葉でしゃべる男。
みなみ 偶然から、真実と知り合った少女。肩の辺りに切りそろえた髪型、背の低い少女。

第七話  混乱惑乱

 聖美が自宅に戻ったのは夜も遅くなってからだった。一つには真実の車で送ってもらうことを考えていたため、荷物がそれなりに多かったこともある。
 聖美は疲れ切っていた。歩いた距離が長かった訳では、勿論ない。いつも通っている会社への通勤に比べてもちょっと脚を伸ばす程度のことだ。
 飯島の残した暗示は、一人になった聖美をひたすらに苦しめた。身体の奥底をかりかりと掻かれるような、焦燥感ににた性衝動が聖美の精神を内側から圧迫する。

「……く……ぅ」

 部屋の真ん中に置かれている炬燵の側に頽れる。巫女服は箱の中に収まっている。明日、必ず着るように言われているので、少し汚れたところを部分的に洗わなくてはならない。
 時計の針は20時を回っており、誰もいない部屋の中コチコチと時計の音だけが妙に響く。炬燵のテーブルの上には、真実と二人で食べようと置いてあった蜜柑と林檎、それにクッキーの箱が置いてある。

「……真実……」

 事情を話すことも出来ず、無言で彼の前から立ち去るような行動をとってしまった聖美。傷ついた真実の顔を思い出すと、のどの奥から嗚咽が漏れてくる。

「……ぅ……」

 炬燵布団を掴み、ぎゅうっと握りしめる。寒い室内、スイッチを入れた炬燵の灯りが薄暗く聖美の顔を照らす。もし灯りを…部屋の灯りをつけてしまったら、聖美は今の自分がどんな顔をしているか見てしまうに違いなかった。

「………うぅぅっ………」

 聖美の嗚咽がさらに大きくなる。カタカタと震えるテーブルの天板の上で、蜜柑が一つころん、と転がり、聖美の目前に転がり落ちてきた。

「真実……真実………まさとぉ………まさ…と………ま……さ……と……」

 悔しかった。大好きな真実と二人で、イベントで二人で作った本を売ろう。ただそれだけの筈だったのに。
 三日間開催されるイベントの初日には二人で本を売り、二日目と三日目は二人で適当に館内を回りながら、欲しい本を手に入れたり友達に挨拶回りをしたりする……ただそれだけの筈だったのに。

「……うぅ……うぅぅううッ………くぅぅぅ………うぐッ……うぅ……」

 聖美の嗚咽は、誰もいない室内でただ行き場を失い、戸惑いながら宙へと消えていった。


「……絶対おかしい」

 真実が車のハンドルを握りながらつぶやいた。

「……私もそう思うな」

 助手席にはみなみが座り込んでいた。ホンダ・レジェンドV6Ex-R仕様車は、静かなエンジン音を響かせながら、首都高を走り抜ける。つい先ほど彼が通ったときは大渋滞だったが、今は比較的(あくまで比較的にだが)流れている。

「…みなみさんもそう思うだろ? 一体…ありゃどういう事だ?」
「…私にね、昔友達が居たんだ」
「今はいないのか?」
「茶化さないの。でね……その友達……親友、かな……は、ホントに昔ッから、何でも話し合える、えぇと……そう、腹を割って話し合える唯一の親友だったの」
「あんたにとって? 相手にとって?」
「お互いにとってよ。けがの一つから恋愛のことまでホントに何もかも話してたわ」
「……で、その親友がどうしたんだ?」
「真実君、人の話の腰を折ってばかりだと聖美ちゃんにも嫌われちゃうぞ?」
「聖美は聞き上手なんだよ……」

 鋭い指摘に対して真実はひるみつつも反撃を試みる。そうしている間にも車窓の外では夜の街の灯りが流れ星のように去っていく。

「その親友……どうしたんだい?」
「……うん」

 暫く黙り込むみなみ。普段のやかましい態度からは想像もつかない、真剣な表情での沈思に真実は思わずまじまじとみなみの方を見やる。

「ちょっと、前見て運転してよ!」
「大丈夫。……何かあったのか?」
「今あんたの横に乗ってることが怖いだけよっ!!」
「自分で乗るって言ってきたんじゃねぇかよ……」
「良いから、前見てッ、前!! ……ッたく。で、その親友だけど……今は………もう、いないの」
「……いない……」

 反復した真実が心の中に幾つかのオプションを用意する。が、そのオプションの中でも最悪のケースをさらり、とみなみは口にする。

「……死んだの。心臓麻痺……発見された時は既に死後二週間経ってたらしいけど…」
「……なにがあったんだ?」
「それが解らないの。ある日突然、私の事を避け始めて…それから二ヶ月ほどして、遺体が発見されたの」
「物騒だな……」

 一瞬、進路変更の動作が滞り、急激な揺れが車を襲う。みなみの黒髪がぱさ、と窓を打つ。窓はエアコンの所為で水滴が滴となって垂れている。

「あの時の聖美ちゃんの眼……似てた。あの時の……ユッコの…私の親友の眼に……」
「……何が言いたい?」
「手遅れになる前に、彼女に何があったのかちゃんと調べて。ねぇ、これは単なる遅刻騒ぎじゃないのよ?」
「馬鹿言え。単に幾つかの偶然が重なっただけで、三日目には一緒に回ってその後は食事でもして…いつもと変わらない毎日に戻れる筈だ」

 妙な胸騒ぎ。真実は元々心配性で、聖美が一人で会社から電車で帰るのも心配なので、真実の仕事が早く終わったりした日には車で聖美の会社まで迎えに行ったりしていた。
 それはそれで度が過ぎると聖美は「恥ずかしい」と言って怒るのだが、それを拒まれたことは一度もない。
 だから、真実は必要以上にムキになって反論してしまうのかも知れない…。

「……手遅れになる前に手を打って。ねぇ、お願い……でないと、ホントに……二度と聖美ちゃんに会えなくなっちゃうわ!」
「……何処で降ろせばいいんだ?」

 みなみにこれ以上この会話を続けさせてはいけない。これ以上、真実が不吉なことを想像してはいけない。そう……早くこのやかましい、童顔の少女を降ろさなくては……。

「新橋駅で良いわ。……ね、ちゃんと…私の話、憶えて置いて……お願い」
「憶えるだけは憶えておくよ」

 ぶっきらぼうに答えると、真実はちょうど目の前に来た出口を降りる。そこを降りればすぐに新橋駅に行ける…筈だった。彼は方向音痴ではなかったが、この土地に熟達しているというわけでもないのだ。

「……ここでいいんだな?」

 新橋駅の前のバスターミナルに着けるとみなみは軽く頭を下げる。

「……ありがとう。……ね、明日……聖美ちゃんの居るスペースをよく確かめて。……ライブネクスト……って所だったら……気を付けて。お願い」
「早く閉めろよ。それじゃ、さよなら」

 ドアが閉まり、真実は車を急発進させる。胸騒ぎと胸の奥に沸いてきた不吉な想像に苛立ち、真実はそのまま法定速度を大きく上回る速度でとある方向に車を向ける。
 ……聖美の家は新宿にあるのだ。

 ……その頃、聖美の部屋では更なる変化が聖美の身に起きていた。
 横たわった聖美が甘い息を漏らす。手には電話の受話器を持ち、はぁはぁという息づかいは送話器を通して相手に届いている筈だった。

「……あぅ……ね、私…ぐちゅぐちゅになっちゃった……もう、ズキンズキン、って疼いてしょうがないの……」
『…そう。じゃ、そのままクリトリス、触ってご覧?』
「あん、ダメ……そんなコトしたら欲しくなっちゃう……」
『その時はおじさんが行ってあげるよ。欲しいって言ったら、すぐにでもおじさんの固くて熱いのを埋め込んであげよう……』

 普段の聖美なら即座に電話を切ってしまうだろう。だが、今日はかかってきたこのいたずら電話にまともに応答してしまっている。何か刺激が欲しかった。
 疼く下半身が、聖美の身体と精神の両面を支配していた。のどの渇きに似た感覚が聖美を襲い、性的行為を要求し、拒めば容赦なく禁断症状が襲ってくる。
 初め一人でクリトリスを弄るオナニーをはじめたが、須藤のあの逸物が埋め込まれた瞬間の事を思い出すとそれが他愛のない刺激にしかならない気がする。
 事実、いつもならそれで十分満たされる気持ちになる聖美が、クリトリスを弄るだけではまるで感じることが出来なかった。

「……いや……おじさんじゃ……いや」
『……失礼な事を言う娘だな。じゃ、切っちゃうよ?』
「ダメなの……おじさんじゃ、全然……ダメ……」

 普段の清楚な聖美の口からは決して漏れる事などなかったろう言葉が送話器を通して話される。ぷつっ、と切れてツー、ツー…という音が耳元に響くと、聖美は嘆息して受話器の通話ボタンを押して電話を切る。

(あぁ………)

 切なげにため息をつく聖美。埋め込んで欲しかった。自分の乾いた秘壺を潤して欲しかった。どんなに愛液がこぼれても、それを感じた証左だと信じることは出来なかった。
 聖美は性衝動に駆られ、乳首とクリトリス、そして普段はあまり弄らない秘壺の中まで指を突き入れ、かき混ぜる。思いっきり、強く指をかき回すと僅かに、満足感が得られる。

(……もっと……もっと太いの……固いの……欲しい……ダメッ、私……なんて事……でも……)

 気がつけば、ジャンパースカートが投げ出され、下着姿の聖美は炬燵の側の床に横たわっていた。
 意識ははっきりしているが、あまりの乾きに無力感と脱力感が身体を支配していた。

(……もう……私、普通じゃないの……かな……。調教された肉奴隷なのかな……)

 肉奴隷。その単語が脳裏に浮かぶと再び聖美の秘壺から愛液があふれる。真実の事を思いだし、一人で慰めていた時に匹敵する程の量が、聖美の股間を覆う布を濡らす。
 だが、真実の事を思い出そうとすると、あの哀しそうな眼で聖美を見送る姿しか思い浮かばない。
 彼女は、胎内にヘロインを基礎とする複合麻薬を投入されており、そのため今日一日に起こったことだけを何度も追体験しているのだが、それを本人が自覚することは不可能だった。

 ……その一室は、薄暗いサロンの様な雰囲気だった。須藤が持つこのマンションの部屋は、よく彼が所有する奴隷を連れ込んでは奉仕させたりしている。
 防音とセキュリティは万全で、ここに乗り込むにはまずこの『存在しない筈の』部屋番号を探り当て、彼の雇ったチンピラ数名からなる警備員を撃破し、3重ロックになっている扉を突破せねばならない。
 そこまで出来た者が初めて、須藤を初めとするライブネクストの幹部達と相対することが出来るのだ。

「明日……あの新しい奴隷……聖美ちゃんって言ったっけ? きっちり型にはめるんでしょ?」
「あぁ。日吉、高江洲。お前らはあいつの彼氏を始末しろ。ごねるなら痛い目に遭わせてやれ」
「うス!」
「解りました」
「ちょっと待って須藤ちゃん」

 飯島が声をかける。真性バイセクシャルである彼は、女性も男性もあくまで調教する対象でしかない事を認識している。
 彼が対等の相手と認めているのは須藤のみ。後は彼が認めた人間だけをヒトとして扱い、後はモノとして扱う。
 その徹底ぶりは高江洲などからしても恐ろしい程である。
 ついこの間も、和江の下にいた奴隷が脱走を試みたとき、容赦なくその責め立て、その精神と生命を破壊した。
 ……その手口の冷酷さに、高江洲も日吉も震え上がったものだ。
 高江洲はともかく、剛胆な日吉が震え上がったことは特筆に値する。高江洲などは今でもその光景を思い出すと胃袋が叛乱を起こそうとするのだ。
 ライブネクストの幹部4名は、今部屋の中で今日撮ったビデオを鑑賞していた。テレビのスクリーンの中では、艶めかしく動く聖美の腰や、うつろな目をして懇願する聖美の顔が大写しにされる。

「真実君とか言ったっけ、その彼氏。結構ホネ、ありそうだけど……遊んでみる気、ない?」
「……ホネがあるヤツならなおさら早めにツブしておかないとな。無用のリスクは負うべきじゃない」
「でも、ね、聖美ちゃんの最後の拠なんじゃないかな…真実君とやらは。それなら……いっそ、それを逆に利用してやるのはどうかしら?」
「……利用?」

 須藤の声が低くなる。飯島が彼に一目置いている理由は、その明敏さと、迅速きわまりない行動力の一言に尽きる。
 さらに、彼は自分の手下であろうと、これは、と納得した事に対してはその全ての運用を提案した本人に一任出来る程の器の広さを持っている。

「それについては、アタシに任せて欲しいわね。そしたら、後は完璧に聖美ちゃんをあなたのモノにしてあげられるけど……?」
「……面白いな。よし、日吉と高江洲を使え」
「はい」「はい」「解りました」

 三人の声が重なる。彼らの織りなそうとする、邪悪な宴はようやく前座を終えようとしている……。

 真実は、聖美の部屋のインターホンのボタンを押す。ピンポン、という音は聞こえるのだが、返答も反応も何もない。

「……聖美……開けてくれよ……なぁ……」

 居るのは解っている。ドアチェーンがかけられ、合い鍵で開けられる以上の所を開けることは出来なかった。
 何度呼んでも、聖美は返事もしなかった。そんな事は過去に一度もなかった。
 明らかに、何かが異常だった。聖美のすすり泣く声が、ドアの隙間から聞こえてくる他は何の音も聞こえない。テレビも付けず、電気もつけず暗闇の中で聖美はただ泣いている。

「……聖美……」

 真実は、諦めたようにため息を一つ。

「……解った。逢いたくないなら、無理には言わない。……だけどな、聖美……頼む。俺のこと、愛してくれてるなら……ちゃんと、何でも話してくれ」

 返事はない。

「……俺は、お前のこと本当に愛してる。だから……頼む、だから、教えてくれ。加藤真実の事、信じてくれ。絶対に力になる。苦しんでるなら、助け出してやる。だから……」

 ……相変わらず返事はない。とうとう、諦めて真実は扉を閉める。そして、閉ざされた扉に向かってつぶやいた。

「……明日……逢いに行くからな」

 数分後、真実のレジェンドが走り去るのを、聖美は窓から涙に濡れた眼で見送った。
 その手には、愛液にまみれたバイブレーターが握られていた。
 頬を濡らす涙が止めどなくあふれ、バイブレーターはやがて地面に落とされた。

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