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奴隷商人ライブネクスト

落日の聖女


登場人物一覧

藤沢聖美 ごく普通のコスプレ少女。愛らしい顔と少し肉付きの良い肢体を持つ。加藤真実という恋人がいる。
加藤真実 聖美の恋人。無駄のない体つきをした青年。
須藤 謎の男達のリーダー格。体格がよく、低い声で相手を威圧する。
日吉 ゴリラ並の体格を持つ。見た目通り力が強く、身体も頑丈なボディーガード。
高江洲 もと医師を目指していた男。女性の身体の構造を知り尽くし、内部から奴隷化する。
飯島 謎の男。高い知性を持つ参謀役。女言葉でしゃべる男。
みなみ 偶然から、真実と知り合った少女。肩の辺りに切りそろえた髪型、背の低い少女。

第八話  陰謀渦中

「……アレ……か」

 真実がブースを遠くから見やる。聖美に聞いた番号を控えたメモは、左手に。右手には館内の案内図を書いたパンフレットを持っている。

「……マジ……か………」

 ライブネクスト。昨日、みなみが残していった言葉がパンフレットに書かれている。そして、実際にブースを見上げてみるとそれが事実であることが証明されている。

「…………」

 イヤな予感。昨日の明らかに異常な聖美の行動と、みなみの不吉な予言。世の中の全ての事象が真実をよってたかってからかい、悪意の固まりを投げつけているように思える。
 そう、今、目の前にこの女性の姿を見たときにその確信が深まった。

「……私の言ったとおりでしょー?」
「……みなみさん、昨日はお世話様でした」
「何を固い挨拶してるのよー。あんたと私の仲じゃない」
「いえ、それほどでも」
「……一度勝負する?」
「謹んでご遠慮申し上げます」
「表に出ろや彼氏」

 とりあえず、挨拶は済ませた。真実は何も見なかったことにして前進を続ける。が、みなみの機動性はどうやら真実のそれを上回るらしい。

「ふぅ。真実君まだまだ素人だね。そんな事じゃ、イベント参加歴7年の大森みなみ様をまくのは不可能だよ」
「……自慢になるのかならないのか……」

 真実は諦めると、みなみと共にライブネクストのスペースから少し離れたところに陣取る。

「なぁ、みなみさん……あんた何を知ってるんだ? 昨日……聖美が変な態度を取ってた。単に機嫌が悪いだけかと思ってた。だけど……あの後家に行っても聖美は逢ってくれなかった」
「………」
「どんなに声をかけても、言葉を尽くしても…顔すら見せてくれなかった。こんな事、初めてなんだ……教えてくれ、何を知ってるんだ?」
「やれやれ。無視したかと思ったら今度は教えろっての?」
「あ、いや、……それは……」
「冗談よ。でもここではまずいわ。あの連中もすぐには逃げないし、とりあえず……下の喫茶店にでも行かない?」
「……女性にお茶に誘われた……にしても、相手を選ぶ権利ぐらいは欲しいがね」
「やっぱり勝負する?」

 真実は、みなみを伴って館の外に出ると、階段を下りて地下にある喫茶店を目指す。割と東館や西館と離れたところにあることもあり、以外と人は少ない。
 その喫茶店の一番奥の座席に陣取ると、みなみはレモンティを、真実はホットコーヒーを注文する。

「……で?」
「焦らないの。真実君、ホントにせっかちだねぇ……。とりあえず、何から話そうか…」

 沈思するみなみ。真実が緊張した顔でみなみを見やると、とうとうみなみが嘆息して話を始めた。

「……私が調べた事と、あなたの話してくれたこと…そして、幾つかの不確定要素を含む未確認情報…平たく言えば『勘』…を併せたところ……ね」
「……」
「聖美ちゃん、ライブネクストの連中に目を付けられたみたいね。昨日ちらっと見ただけだけど……すっごく可愛い娘だったから、無理もないわ」
「美人って訳じゃないだろう? 俺にとってはそりゃ、最高に可愛いけど……」
「どさくさに紛れてのろけないの。その連中に目を付けられたとなると、もう既に聖美ちゃんは……その……」
「………なんだよ」
「言いにくいんだけど、既に『無事』と呼べる状態ではないわ。あの連中、悪意の行動に対しては本当に迅速なんだから」
「……なんだと……」
「落ち着いて、真実君」

 紅茶とコーヒーが運ばれてくる。みなみが紅茶のカップに手を着ける。真実もコーヒーを手に取るが、その表面がさざ波のようにゆれる。

「……真実君、落ち着いて。でもまだ聖美ちゃんは生きてるわ。それなら、取り戻すこともあの連中を二度と近付けさせない事も出来るわ」
「その、ライブなんとかってのはどんな連中なんだ?」
「ライブネクスト。須藤と呼ばれる男を中心とする、そうね……いうなれば、人身売買組織、とでも言いましょうか」
「……なんだって?!」
「声を落とすの。ここにだってあの連中の耳がないとも限らないんだから」

 真実が大きく息を吸って、吐き出す。と共に身体をソファに沈める。

「……で?」
「メンバーを憶えて頂戴。これが……資料」

 そう言ってみなみは鞄からファイルを取り出し、真実に手渡す。
 一瞬、真実は気が遠くなりそうになった。たれぱんだ、プリクラ、とにかく貼れるモノは何でも貼ってしまえと言わんばかりに、ファイルの表面は埋め尽くされている。
 一見してそれが恐ろしい陰謀についてのファイルであるなど、一体誰が想像出来ただろうか。
 真実がファイルを開くと、がっしりした黒い革ジャンを着た男の写真が貼ってある。
 下には、『須藤正義』と書かれている。がっしりした体格に、立派な顎が印象的だった。
 須藤正義。生年月日不明。住所不明。職業不明。ハーバード大学を卒業し、大手製薬会社に就職。現在は都内に住み、『ライブネクスト』人身売買組織のまとめ役を勤める…。
 飯島修司。須藤のパートナー。真性ホモ。気色悪い。須藤とはハーバード大学で知り合う。精神医学、心理学専攻。卒論にマインドコントロールについての論文を発表するも、その危険な思想故に表彰もされず、闇に葬られる。
 日吉毅。もと陸上自衛隊戦技研究科、徒手格闘部門責任者。殺人2件、業務上過失傷害事件十数件が起訴され、懲戒免職。現在は須藤のボディーガードを行っている。体育会系だが、陰湿な性格の持ち主で、また機械類の操作に長ける。
 高江洲守。大病院、高江洲総合医院の三男。大学では薬理学を、その後大学院にすすみ、性病、及び産婦人科医療の研究を行う。飯島と同じく、危険思想の持ち主としてその論文は闇に葬られ、現在ではその形跡を追うことも困難である……。

「……なぁ、みなみさん」
「ん?」
「聖美……こんな奴らに……」
「そうよ。……間違いない…聖美ちゃん、こいつらに恐らく目を付けられて、商品にされようとしているんだと思う…」
「……なんで……なんで聖美が?」
「彼女、一人暮らしでしょ? あなたって人はいるけど、普段は一人で住んでいる。……そして……何か彼女が有名になる理由、ないかしら?」
「本だってそんなに沢山売れてるわけじゃないし……。なんだろ……」
「何かあるの。聖美ちゃんが有名になる何か。思い出して……」
「……インターネットか? 聖美、ネットの方では有名人だし、人気者だ」
「それよ!! 間違いないわ……どこかで彼女の事を聞きつけて……それで……」
「冗談じゃねぇ、そんなでっけぇ陰謀に……なんであんな普通の女が!!」

 真実が憤然として立ち上がる。みなみがあわてて立ち上がり、真実の行方を阻む。

「何をするつもり? 言っておくけど、正面から堂々と返せって言ったりしたら思うつぼよ?」
「どけ!! 聖美がどんな目に遭ってるのか……解らないんだぞ!! 早く助けてやらないと……」
「待ちなさいよ!! もしあなたが助けに言って、聖美ちゃんがそれを拒否したらどうするつもりなの?」
「……そんな訳あるか!! 聖美が酷い目に遭ってたら俺が助けてやらなきゃ……」
「いい、よく聞いて。ファイルに書いてあったとおり、この連中は暗示と薬剤でマインドコントロールする事を得意としているの。あなたの目の前で聖美ちゃんに他人のふりをさせる事なんて朝飯前なのよ!」
「俺は……」

 真実は無言でみなみを押しのける。みなみがあっと声を上げてよろめき、ソファーの上に倒れる。

「……俺は、聖美を信じる。あいつは……俺なんかと違って、本当に……強くて優しい女なんだ……」

 なおも何かを言い募ろうとするみなみを無視すると、真実は伝票を叩き付けるようにレジに渡し、代金を支払う。
 みなみは、そんな真実の後ろ姿を半ば諦めに似た表情で見送っていた…。

 ライブネクストのブースは既にちらほらと人が訪れていた。これといって大したモノを販売しているわけではない。CD−ROMに焼いたコスプレ写真集、コピー本、ちょっとしたグッズ類……等々。
 平たく言えばイベントのそこかしこにありそうな平凡なサークルである。ただ、妙なことに客層が偏っている。そして、CD−ROM一枚に対する値段もやや安い。一枚100円、となればメディア代ぐらいにしかならないのではないか……。

 聖美は、巫女服を着たまま売り子を続けていた。売り子の仕事自体は大したことはなく、今日この場所を訪れた直後にまた高江洲が聖美の胎内に薬を注入した以外、これといって性的な行為を強要されてはいない。
 それをほっとする一方、つのってくる疼きと乾きの感覚が気になる。暇になると、手を袴の中に入れてクリトリスを擦りたくなる。だが、まだ僅かに残った理性がそれをかろうじて押しとどめている。
 その光景を見て須藤は感嘆する。普通の女ならとっくにカウンターの下に隠れた部分を利用してオナニーに走っていてもおかしくない。そうなれば、それを口実に聖美にまた口淫を強要しよう…とか考えていただけに、須藤はお預けを喰らった気分だった。
 そのブースは外周ブースであり、他のブースより広めにスペースがとられている。背後に積み上げられた段ボール箱は、パーティションの役目も果たしている。
 パーティションに区切られたスペースの中では、一人の少女が別の男性の男根を頬張っていた。

「……んぐ……、んぐ……はう……ん………はふ……」
「…どうでしょう、この娘は」

 声をかけたのは日吉である。相手の男は放心した様な顔で頷くと、財布から数枚の紙幣を取り出す。

「……じゃ、とりあえずこれ…参加チケットです。明後日の夜、この住所に…チケットは全部回収する予定ですから、忘れずに持ってきて下さい。参加しない場合もね」
「……わかりました」
「それじゃ……また。代金用意していらしてください〜」

 日吉が男を送り出す。CD−ROMに焼かれた写真のファイルの裏に隠しファイルがあり、そこには…そのCDの本来の目的が記されている。もう少しすればまた別の誰かが来るだろう。
 明後日の夜、彼らが集めた奴隷を売る行事が行われる。このイベントは、その参加チケットを配布する為のもので、CDの中にある本当の情報を見抜くことが出来た者のみに与えられる特権である。
 彼らが調教した奴隷は完璧で、売られた先で彼女として、妻として、或いは家族として従順にくらす。その時に動く金は想像を絶するが、その金のお陰で今の彼らがあるのだ。

「あの…すいません……」
「はいはい、どうぞお入り下さい……」

 日吉がまた一人を誘い入れる。好みのタイプを聞き出し、もっともそれに近いタイプの少女を宛い、参加チケットを売りつける。
 コスプレ少女を使うのは実に良いアイディアだった。人と人との付き合い自体が稚拙きわまりない、マニア少年達……いわゆる、オタク共……に、従順な奴隷を売りつける。
 彼らにとって欲しいのは自分の思うとおりに動く人形の様な女性であり、意思を必要以上に尊重せねばならない生身の女性は必要ないのだ。
 コスプレをさせ、相手の嗜好にあわせてまず実際に体験させ、それから奴隷市場で競りに出す。むろん、体験させる奴隷は上級の奴隷であり、競りに出るのはもっと出来の悪い奴隷達だ。
 何しろ、オタク共に払える金など知れているのだから、それ相応の者を宛うのが妥当だろう……。
 日吉は、さらに次の男の好みを聞き出し、その準備を背後にいる奴隷の一人に命じた。

 真実がブースに訪れたとき、聖美はちょうど不在だった。
 聖美も人間であるからには生理現象が訪れるのも無理なからぬ事で、彼女がほんの少し席を外した時にちょうど真実は訪れたのだ。

「……須藤さん、ですね?」

 真実は、こういう時の大原則……多数を相手にするときは頭をねらえ……を実践にうつした。須藤は、怪訝な顔を一瞬上げた後、あわてて営業用スマイルを浮かべた。

「や、えーと、どれですか? CD? 本? すいませんねぇ……売り子が今席を外してまして」
「須藤さんですね。聖美を返して貰いに来ました」
「………!!」

 須藤は驚いて目の前の青年を見た。これが加藤真実。あの聖美の彼氏か。
 それより驚いたのは、彼の所に真っ直ぐに来て首領である須藤を見抜き、そして返してくれと言う。……即ち、聖美がどんな目に遭っているのかを恐らくはかなりの確率で知っているのだろう。

「……申し訳ないんですが、今席を外してるんですよ」

 無駄とは思いつつしらばっくれる。
 真実の目は鋭く、瞳の奥で炎がもえているように強い光を感じる。須藤の好む目……野心と、強い感情を持つ目だ。
 この場合、野心より強い感情の方により目がもえていたのだろう。大切な人を取り戻して、再び安楽の時間を取り戻したい……そのために須藤の前にあらわれたのだから。

「……帰ってきたら連れて帰ります。……良いですね?」
「………本人が帰りたがったらね」

 衝撃的な言葉が須藤の口から発され、真実は胸元を突かれたようによろめく。恐らくみなみの言ったことは正しかったのだ。
 純粋な怒りと恐怖が真実の顔を彩る。須藤は、一度奴隷とした女の彼氏が訪れるのは大歓迎だった。今真実が見せた表情を彼は心から好んでいるのだ。

「……だが、多分聖美は帰りたいとは言わないだろうね。加藤真実君、無駄足だと思うよ?」
「…やっぱり手前ぇ……聖美を……」
「……ここで暴れると君はつまみ出され、二度と生きている聖美には会えなくなる。だが……そうだな、こっちに入ってきて、俺の横に座って待てば、逢わせてやっても良い」
「貴様なんかに頼む必要があるか! 聖美は俺の大切な女だ!! 俺が……連れて帰る!」
「……なら、君をつまみ出すまでだ。そして…さっきも言ったが、生きている聖美とは二度と会えなくなる。……考えろ。お前は賢い男の目をしている。ここで待てば会えるんだぞ?」

 真実は一つ大きく息を吐いた。腹立たしかった。まるで、彼がここを訪れる事を予知していたのではないかと思える程、余裕のある態度だった。
 暫く考えた末、彼は須藤の申し出を受け入れた。
 ブース内に入り、聖美を待つ。……後は強引に連れ帰ろう……彼はそう考えていたのだ。

 ……トイレを済ませた聖美が、ブースに向かって歩く。遠くにライブネクストのブースが見えたとき、聖美はその脚をひたと止める。
 ブース内に真実の姿があった!! 彼女を迎えに来たのか……それとも……。
 聖美が逡巡していると、その横に立った男から聞き慣れた声が聞こえた。

「聖美ちゃん、ちょっと来て貰える? すこ〜し、寄り道するわよ」

 飯島だった。そして、その声が鼓膜を通じて脳に到達すると、彼女は従うこと以外の選択肢を奪われてしまう。
 聖美は、飯島の後について、ライブネクストのブースの裏口に向かって歩き出した…。

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