オペレーション・ラグナロック 「Process−0. 予兆」


登場人物紹介

RED  ……… 機動母艦「スレイプニル」所属VR小隊、ピアニスト小隊のリーダー。VR.サイファーに搭乗する。エースパイロットの一人で、「赤」にこだわりを持つ男。
明智軍曹 …… ピアニスト小隊員。VR.アファームド・ストライカーに搭乗する。気は優しくて力持ちなド○ベンみたいな男。ここぞと言うとき頼りになる男。
七瀬留美 …… ピアニスト小隊員。VR.テムジンに搭乗。ロングの髪をお下げに、赤いリボンで止めている。気が強いが乙女に憧れる17歳の少女。
上月澪 ……… スレイプニルで働く連絡係。小さな身体に髪を肩の辺りで切り揃えている。言葉が話せないハンデを持つが人なつっこく、真っ直ぐな少女。
STN  ……… 機動母艦スレイプニル所属部隊隊長。実質上、スレイプニルの上にいる全ての人の上司とも言える。厳しく、言葉は乱暴だが部下思いな司令官。
七尾兎 ……… 機動母艦スレイプニル艦長。艦の全ての装備の運用責任者。STNの親友でもあり、飄々とした冷静さをもつ。判断力に優れ、艦内での人気は高い。
アダムス・シクスウェイ …… スレイプニル搭載航空機部隊、インディアンホーク小隊隊長。クールで、航空優勢確保戦闘においては超一流のパイロット。


●11月17日 午前4時 188号ハイウェイ

「……ッたくよぉ、不景気だ不景気だって言いながら、うめぇもの食ってる奴らだっているんじゃねぇかよ……」

 トレーラーの運転席は狭い。彼の手が握っている太いハンドルと、ごてごてした飾り付けがさらにその狭さを助長している。……それはそれで自業自得とも言えるが。
 そんな狭い運転席の中で、レービンはつきることのない不満を運転席に取り付けられたマイクに向かってまくしたてていた。

「だいたいよぉ、俺達が稼いだカネは、ほとんどがあのバカ社長とバカ息子の懐の中なんだぜ? 俺達の所に戻ってくる分なんぞほんの雀の涙さね。なのに、一番危険な事をしてるのは誰だと思う?」
『あぁ、クソ掴んでるのは俺達だってのは判ってるよ。だがな、レービン、哀れな筋肉ダルマ、お前に出来ることはこれから先黙って運転する事で、愚痴を無線で流す事じゃあないんだよ』

 スピーカーからいらだった声が聞こえる。かまうもんか。愚痴の一つもこぼしてなければまともな精神状態で運転なぞ出来るはずもない……。

 ヘッドライトに照らされている高速道路は、暁の太陽の弱々しい光に照らされてうっすらと青白く染まり始める。背後の積み荷が重いのか、道路の轍を踏むたびに大きく車体が傾く。

「……なぁ、オッサン……」
『誰がオッサンだ』
「……これ、いったい何なんだ? 重くて車がひっくり返りそうだぞ…」
『またその質問か? 重要な機械部品。……それだけしか知らされてねぇよ』
「妙に重いんだよな……。それに、形もなんか変だ。こんな機械の部品、見たこと…」
『おい、黙れ、それ以上しゃべったら手前の口の中にサッカーボールを詰め込んでやるぞ………』

 無線が沈黙した。レービンは再び大きな、彼の手に余るほどのハンドルと格闘を始めた。


●11月17日 午前4時45分 188号ハイウェイ付近の森林地帯

「エニセニス大佐」

 副官の声で目を覚ましたエニセニスが、身体をゆっくりと簡易寝具の上へと起こした。
 このクソ忌々しい、寂れた森林地帯の中に根を張ってすでに3日。そろそろ体臭やマンネリな食事にいらだちを感じ始めていた彼は、ことある事にふてくされたように寝転がるようになった。
 
「…なんだ? いい加減、レトルトのカレーシチューも飽きてきたぞ。何かこう、斬新なメニューはないのか?」
「わたしだってそろそろごめん被りたいですよ。アルフィー大尉から連絡です」
「……わかった」

 エニセニスがテントを出ると、鬱蒼と茂った樹木の合間を縫って通信設備のある大きなテントの方へと歩いていく。丁度、通信兵がたばこを吸いに表に出てきたところらしく、エニセニスの姿を見るとあわててたばこを消して敬礼した。
 
「あぁ、いい、いい。中に準備が出来てるんだな?」
「あ、は、はい、大佐、入ってすぐ右のマイクです」
「ご苦労」

 エニセニスがテントの中に入り込み、マイクを手にすると二、三度咳払いをして、マイクのスイッチを握り、副官の方を見る。
 
「アルフィーのコードはジャッカル。我々はハンターです」
「……ほう。……ジャッカル、こちらハンター」
『ジャッカルよりハンターへ。報告します。歩哨の話では、目標はもうすぐ我々の火力ポケットに到達します。時間にして、約20分です。最終決断をお願いします』

 アルフィーの女性独特の甲高い声が、寝起きのエニセニスの耳を刺した。いらだったように眉をひそめた彼は、マイクのスイッチを握ると声を発した。
 
「ジャッカル。……歓迎してやれ」


●11月17日 午前5時
 188号ハイウェイ上、レービンのトレーラーの中

 何台目かの乗用車を追い越しながら、レービンは相変わらず愚痴をこぼしていた。
 
「だからよぉ、ボーナスの一つでもくれれば俺達もこの退屈で変化のない仕事に精を出すってもんじゃねぇかよ。……それなのに、給料は安いまま、ボーナスなんぞ遙か遠い未来の話……」
『おいレービン、お前よくそこまで話が続くな』
「当たり前だろうが。俺を誰だと思ってる。文句たれのレービンとは俺様の……」

 不意にレービンの声がとぎれた。ずっと前方に見えた赤灯が目に入ったからだ。
 
「……検問?」
『馬鹿な。そんな話は聞いてないぞ』

 トレーラーが速度を落とす。誘導員が誘導灯を手にして全部で4台のトレーラーをゆっくりと待避線へと誘導する。
 
「……オーライ、オーライ……よし、ここでいいぞ」

 誘導灯をクロスさせてレービンのトレーラーを止める。レービンが窓を開けて大声で怒鳴りつけた。
 
「なぁ、これはいったい何なんだ? 優先通行許可証なら貰ってるぞ、ほら」

 そういってダッシュボードの上にあった書類を差し出す。
 
「こっちは急いでるんだ。さっさと頼むぞ」
「………」

 警備員風の男がしばらく書類をじっと見ていたが、やがて片手をあげて合図を送る。目の前の遮断機が上がると、レービンはアクセルを床まで踏み込んだ。
 
●11月17日 午前5時 188号ハイウェイ、道路封鎖を行っている場所
 
「……下品なヤツだ」

 ウェインズ軍曹が地面に唾を吐き捨てる。隣のラーディ少尉が、トレーラーが通過するときに落としたベレー帽を拾い上げて埃をはたき落とす。
 
「……気にするな、軍曹。それより、アルフィー大尉に連絡しろ。獲物がかかったってな」
「了解」

 ウェインズ軍曹が手を伸ばすと、送話器を手に取る。
 低く、鋭い、彼のとっておきの声で一言、送話器に向かって声をかける。

「……ジャッカル、戦闘開始」

 一瞬、全員が息をのみ、それからすぐに動の瞬間が訪れる。
 検問を張っていた男達が一斉にトラックに向かって走ってくる。
 ウェインズも通信機を抱えるようにして持ち上げると、バッテリーパックのコードを引きちぎるようにしてトラックの荷台にいる男に放り投げる。

 数人がその後に続く。
 検問の形跡はたちどころに消え、幹線道路には再び静寂が戻った。

 ……だが……。
 
 数キロ先、188号ハイウェイのランプでは、一方的な殺戮が行われていた。

「……おい、一体どうなってるんだ、おい!!」
「避けろ、馬鹿野郎、避けて通れよっ!!」
「うああああああああっ!!」

 爆発に次ぐ爆発。
 クローム・インダストリィ社のエンブレムを着けた大型トレーラーが次々と爆発していく。
 レービンの乗ったトレーラーが、目の前に倒れ込んできた別のトレーラーを回避しようと急ハンドルを切り、そのままトレーラーに激突した。

「ぐあああっ!!」

 その目の前を数条のビームが通過していく。
 道路のアスファルトがえぐられる様を目の当たりにして、レービンはわめき声をあげながら運転席から飛び降りる。
 
 直後に、レービンのトレーラーに光弾が命中し、爆発炎上する。
 数メートルを飛んで逃れたレービンが顔を上げると、その向こう側には巨大な人型兵器が歩いてくるのが見えた。

「……ムラクモ……だ……ムラクモの連中だ……」

 RVR−39 アファームド・ザ・バトラー。
 威圧的なその姿が4体、大型トレーラーの中身を奪おうとゆっくりと前進してくる。
 レービンが泣きながら高速道路から降りる梯子に手をかける。
 ここから逃れるんだ。……何があっても。
 
●188号ハイウェイ、ムラクモ側RVR−39、211号機のコックピット

「……他愛のない……」

 アルフィー大尉が呆れたようにつぶやく。
 目の前で横転炎上しているトレーラーの中身は、おそらくV−クリスタル生成装置の部品だろう。
 しかもかなり大型だ。おそらく、スレイトホルツシティ郊外に作りつつある、大型機生産工場に運ぶところだったのだろう。

「さっさと始末するか」

 そう思って右手のスティックを操作する。
 RVR−39(通称バトラー)の右手に握られているM−31サブマシンガンの砲口が折り重なったトレーラー達に向けられる。
 何人かが、もがきながらトレーラーから逃れようとしているのがモニターに映った。

『アルフィー隊長、いいんですか? まだ生存者がいるようですが』

 部隊副官のヒックス少尉の声が神経質に響く。

「気にするな。これは戦争なんだ。人が死んで当然だろう?」
『無駄に人を殺す必要はないと思うのですが……』
「……ヒックス、お前はいつから隊長に指図出来るようになった?」
『……………』

 無線が沈黙する。
 ちっ、と舌打ちして、アルフィーがトリガーを絞ろうとしたときだった。
 
 機内にある、敵性分子警告灯が点灯し、ヘッドセット内に激しく警報が鳴り響く。
 
「……なっ……」
『隊長、敵です。方位232、距離400。急速接近中!』
「航空機か?!」
『いえ、……TRV……サイファーです!』

 モニターの中に、RVR−42、サイファーの機影が映る。
 猛然と接近してきたそれは、4機のバトラーの目の前に挑戦的に着地する。
 肩の部分に記された「CROME TR−Co.」の文字が、クローム側の偵察部隊の所属機である事を物語っている。

「……なんだ、こいつは……一機だけで、馬鹿か」

 つぶやいたアルフィーのヘッドセット内にノイズとともに若い男の声が響きわたる。

『こちらはクローム第二十四偵察小隊所属、RVR−42、109号機だ。この地域は非武装中立地帯のはずだ』
「……クソでも食らえ、クロームの紙飛行機野郎!!」
『……発言の撤回を求めるとともに、直ちにこの地域からの撤収を要求する』

 アルフィーの、女性独特の細い指がゆっくりと操縦桿を動かす。バトラーの右手が微妙に角度を変える。

『繰り返す。直ちにこの地域から撤退せよ。さもなくば……』
「さもなくばなんだ、紙飛行機野郎!」
『武力の行使も辞さない』
「やってみな!!」

 次の瞬間、バトラーの右手がさっと動き、サイファーの胸に照準を合わせる。

「くたばれ!!!」

 立て続けにマズル・フラッシュが光り、M31マシンガンが曳光弾を射出する。同時に、他の3機のバトラーが一斉に左手に握ったM41ナパーム弾を投擲する。
 弾丸がサイファーに命中する寸前、残像をのこして機体が空中へと飛翔する。
 銃撃をさらに空へと向けたアルフィーは、居るべきところにサイファーが居ない事に驚いた。

「………なっ!?」
『隊長!!』

 爆発音。
 一瞬上昇したサイファーが、強力なバーニアをふかして左方向へと水平移動し、同時に右手に握られた、蟹の鋏の様なM81マルチプルビームランチャーから、ビームバルカン弾を連続して射出したのだ。
 ナパーム弾を投げて無防備なバトラー213号機の首筋にバルカン弾が連続して命中する。
 のけぞって転倒した213号機を後目に、サイファーは急加速をかけてアルフィー機の側を駆け抜ける。
 
「う、うわあああっ!!」

 214号機のパイロット、サイレスは、バトラーの本来の戦闘方法である近接格闘戦モードに移行する前に、サイファーのマルチプルランチャーから伸びる長いビームサーベルに貫かれる。
 コックピットのすぐ側を貫通したビームサーベルが、バトラーの操作系のほとんどを破壊し、さらに薙ぎ払った刀身がコックピットを両断した。

「ぎゃあ………」
『サイレス!!』

 短い悲鳴を残し、214号機が機能停止する。
 ヒックスの駆る212号機が、敵討ちとばかりに両手のマシンガンを一斉発射する。

 爆発。
 
 サイファーが飛翔し、214号機が味方の銃撃を受けて爆発する。
 さらに曳光弾がサイファーを追尾するが、空中での機動性は抜群のサイファーを追いきれずに銃撃がそれる。
 
「くそおおおおっ!」
『ヒックス、落ち着けっ!!』

 一瞬、ヒックスの212号機の動きが止まる。
 人型をした兵器であるバーチャロイド(VR)の索敵用のセンサー・アッセンブリは、「顔」にあたる部分に集中している。
 バトラーが敵を求めて顔を左右に向けた時、212号機の背後で爆発が起きた。
 
「………っ!!」

 213号機が爆発していた。
 頭部のセンサー・アッセンブリが吹き飛ばされ、首をはねられた様な姿で倒れ込む。右肩から先が切り飛ばされ、地面に突き刺さった。
 
「な……何者だ、このサイファー……」

 ヒックスが数歩下がり、上官であるアルフィー大尉の前に立つ。

「……ヒックス、何をしてる」
『……隊長、どうやらこのサイファーはただ者ではなさそうです。……撤退すべきです』
「何を言ってる。相手は一機だぞ。……いいか、ヒックス。私が今から囮になって動く。お前はサイファーの動きを予想しろ」
『……た、隊長?!』
「必ず、ヤツは空中からの攻撃をしかけてくるだろう。サイファーの機動力を活かすにはそれしかない。地上では我々の方が有利なのだからな」
『隊長、囮には自分がなります!』
「ヒックス。私はむしろ銃撃戦の方が得意なんだ。接近戦はお前の方が上手いはずだ」

 ヒックスの返答を待たずして、アルフィー大尉の211号機が地を蹴る。
 サイファーがマルチプルランチャーを構えるいとまもなく、左手から小型榴弾を取り出し、投げつける。
 アルフィーの予想通り、サイファーは空中に逃れた。
 マシンガンで牽制しつつ、もう一つ榴弾を左手に握り、サイファーに投げつける。
 左か、左か。
 どちらに逃れても、着地の瞬間を狙ってヒックスがしとめてくれるだろう。
 
 ほくそ笑んだアルフィーは、次の瞬間には炸裂する光の中に消えた。
 正面から向かってきたサイファーが、空中でビームサーベルを展開し、真上を通過しざまにバトラーをまっぷたつに切り裂いたのだ。
 
「隊長!!!」

 激昂しながら、ヒックスがマシンガンを連射する。
 空中にいるサイファーに命中する訳もなく、マシンガンの弾がむなしく蒼穹へと吸い込まれていく。
 サイファーの胸部に装備された、M141ビームランチャーが白い光を放つ。
 光弾がヒックスに命中するまでマシンガンの銃撃は止まなかった。
 
●188号ハイウェイ、サイファー109号機コックピット内

「……アイストライカー1よりホームベース。侵入者4体を撃破。繰り返す、侵入者4体を撃破」
『こちらホームベース、お疲れさまでした。索敵警戒に移行してください』
「アイストライカー了解」

 サイファーの中で、『彼』はバイザーを上げる。
 茶色がかった黒髪が額にべっとりと張り付いていた。

「……やれやれ。バトラー相手はもうごめんだ。一発でこっちはおしまいなんだぞ」
『……アイストライカー1、聞こえますか?』

 ヘッドセット内に再びオペレーターの声が聞こえる。

「……はい、こちらアイストライカー1」
『索敵警戒を解いてホームベースへ戻ってください。地上部隊が到着します』
「了解、引継は?」
『大丈夫、その付近は制圧しました。RED、お疲れさま』

 パイロットネームを呼ばれ、REDは肩をすくめる。
 
「オーケー、良いぜ。ところで、君、今夜は空いてる?」
『私の方は平気だけど……REDはどうかしらね?』
「俺は何時だって、君のためになら時間をあけられるさ」
『そうも言ってられないわよ。……とりあえず、早く帰ってきなさい』
「へいへい」

 機体を上昇させる。
 M−1A9、主力戦車の列が、REDの視界に入ってくる。
 VRや航空機にはからっきし弱い兵器だが、やはり地上戦の最後の締めは彼らでないとつとまらないのだ。
 
「……さ、さっさと帰ってシャワーでも浴びますか」

 兵士達が、4機のバトラーを撃破したサイファーを見上げる。
 REDは、マニピュレータを操作して敬礼すると、そのまま機体を巡航モードへと切り替える。
 両腕両脚が畳み込まれ、機体制御バーニアをすべて後方に集中させる。
 畳まれた腕が飛行機の「翼」になり、マルチプルランチャーは「機首」になる。
 まさに「飛行機」に変形したサイファーを、REDは50キロ離れたところで待機している機動母艦「トール」へと向けて飛翔させた。
 
●11月17日 午前10時  ミッドガルド級機動母艦二番艦「トール」CIC(戦闘情報センター)

「……RED機が帰艦しました」
「…………」

 CICは狭い区画だ。声を発して聞こえないはずは無い。
 モニターを注視している士官が、大きく頷いた。

「……見事な腕だな。申し分ない」
「でしょう?」

 狭いCICをさらに狭くするように、二人の男は立っていた。
 片方は細身の身体に黒縁の眼鏡をかけた男。
 ほっそりとしているが眼光は鋭く、ナイフのような印象を与える男だった。
 もう片方は対照的に、精気に満ちあふれていた。
 胸板は厚く、腕は丸太のように太かった。
 
 その体格の良い男に、細身の男が声をかける。
 
「……明智軍曹、君はどう思う?」
「まぁ、俺はREDの奴をしばらく見てませんでしたからねぇ」
「で、どうだ?」
「いいんじゃないですかね?」

 明智軍曹、と呼ばれた男は肩をすくめて答える。

「で、会いますか、STN司令」
「ああ、もちろんだ」

 二人がCICを出るのを見届けて、レーダー操作技官が大きくため息を吐いた。

「……やれやれ。『スレイプニル』のお偉いさん……か」

●11月17日  正午  「トール」艦内食堂

「なぁ、君、今夜暇かい?」
「いいえ、忙しいわ。はい、お待ちどうさま」

 食堂で働く若い娘をナンパしているのは、他ならぬREDであった。

「……ちぇ。なんか最近命中率低いな」

 ぶつぶつ言いながら食堂の一角に陣取ったREDが、定食に箸を付ける。

「……おい」
「やれやれ。そろそろこの焼き魚も飽きてきたな。次は何にすっかな」
「おい、RED」
「ああ、ハンバーグ定食も悪くないな。次は洋食で攻めるかな」
「RED、いい加減に気づけ」
「あ?」

 わざとらしく顔を上げたREDが、口笛を吹きながら立ち上がる。

「軍曹! 明智軍曹じゃないか、久しぶり!」
「さっきからずっと声かけてるんだけどな」
「そうだっけ? いやあ、気付かなかったな」
「わざとだ、絶対わざとだ」

 大げさなゼスチャーで両手を広げるREDと、呆れたように肩をすくめる明智軍曹。

「……でもどうしたんだ? ラインハイムシティの戦術研究センターがよく軍曹を手放したな」
「ああ、ちょっとな」
「『トール』に何か用でもあったのか?」
「そうだな、用事はある」

 中尉の肩章を着けた『明智軍曹』を見て、食堂の何人かは怪訝な顔をする。
 明智軍曹の『軍曹』は、パイロットネームの一部なのだ。本来ならそんな紛らわしいパイロットネームは許される訳もないのだが。
 一方のREDも同じく中尉の肩章を着けていた。
 
 二人は士官学校時代から同級生だった。
 REDは実戦部隊配備を目指し、明智軍曹は戦術研究センターでVRテストパイロットを行っていたのだ。
 
「……お前さんに用事だ……RED」
「俺に?」

 スプーンが空中で急停止する。
 目線を上げると、体格の良い明智軍曹の顔が高い位置にあるのが見える。
 ……その隣りに、やせ型の神経質そうな表情の男が立っている……。
 
「……軍曹……?」
「RED君、はじめまして。もっとも、私はさっき君の活躍を艦内モニターで見させて貰ったがね」
「………」
「STN中将だ。第3機動部隊司令官を務めている」
「……STN……スピア・フォース……スレイプニルの??」
「ああ、君も知っていてくれたか。光栄だ」

 第3機動部隊。ミッドガルド級機動母艦六番艦、スレイプニルを母艦とする、小規模の機動部隊である。
 現在ある、3つの機動部隊の中でもっとも新しく、もっとも精強な部隊といわれている。

「し、失礼しました」

 REDが慌てて立ち上がり、敬礼する。が、STN司令は首を左右に振ってREDの肩に手を置いた。

「私はパイロット達と違って、比較的安全なところで戦いを指揮するだけだからな」

 REDに座るように促すと、STN自身も椅子をひいて座る。
 明智軍曹が両手に紙コップを持って歩いてきた。

「どうぞ」
「……ああ、済まないな、軍曹」
「いえ」
「それで、だ、RED君。用というのは他でもない、君に我がスピア・フォース第一小隊、ピアニスト小隊の指揮官として着任してもらいたいのだ」
「……ピアニスト……小隊?」
「ああ、第一小隊ピアニスト、第二小隊トランペッター、第三小隊ドラマー。第四、第五は今のところ欠だ」
「……俺に、その小隊長を務めろと仰るのですか?」
「ああ。君にはその技量が十分にあると確信したよ」

 STNが紙コップを傾ける。
 食堂のウェイトレスが、STNのすぐそばに陶磁器の灰皿を置いて行った。
 
「俺には無理です。指揮官なんて……」
「では言い方を変えようか。RED中尉、本日付けをもってトール偵察小隊員の任を解き、スピア・フォース第一小隊長として任に就く事を命ず」

 STNが煙草を胸ポケットから取り出すと、REDに差し出す。
 REDが首を振って断ると、眉を一瞬そびやかしてから自ら口にくわえる。
 
「……やらないのか?」
「ええ、俺は……苦手なんで」
「そうだったか」

 加えた煙草に火をつけるでもなく、STNはREDに向き直る。

「……RED中尉。我々は今日の夜にはここを出る。もし、任官拒否する理由が見つからないのなら、1900時までに手続きを済まして第一甲板に荷物を持って来ることだ」
「……艦長や、司令には……」
「すでに話は行ってる。後は君の選択次第だ」

 STNが立ち上がる。
 
「……軍曹、しばらく私はここの艦長と話をしてくる。REDとは久しぶりなんだろう? ゆっくりするといい。さっき言った時間には遅れないようにな」
「了解です、司令」
「……ここの艦長と司令がカード好きでな」

 そう言って、大きなファイルを掲げてみせ、それから食堂を後にする。

「……変な人だな」
「お前が言うな」

 REDが漏らした感想に明智軍曹がツッコミを入れる。

「変だって。あれが中将だって? 士官学校の教官の方が偉そうだったぞ」
「あぁ、まあ、ああいう人だからな。で、RED、部屋は何処だ?」
「なんだって?」
「荷物の整理だよ。さっさと済まさないと時間が無いぞ」
「おい、俺は行くとはまだ言ってないぞ」
「行くつもりなんだろう?」
「…………」

 忌々しげにREDが立ち上がる。

「……しょうがないな、手伝ってくれ」
「もとよりそのつもりだ」
「……ったくよぉ」

 紙コップをぐしゃっ、と丸め、ダストシュートに放り込む。
 食堂のドアを開けざまに、REDが振り返って明智軍曹に声をかける。

「……あのよぉ、普通はこういうところで悩んだり葛藤したりするモンだろ?」
「似合わんな」
「うるせぇ。どうせ俺は単細胞生物だよ。……けど、なんで今日になっていきなり?」
「やっぱり知らなかったか」
「何が?」

 空中機動艦艇としては破格の大きさをもつミッドガルド級機動母艦の廊下は、それでも明智軍曹並の体格の持ち主には狭い。
 何度も頭を下げて隔壁をくぐり抜けながら、二人は会話しつつ移動する。

「一週間前にムラクモ側の部隊が一斉に姿を隠して大騒ぎになったろ?」
「ああ、あった。非常招集かかったやつだな?」

 艦の外壁に近いところに出ると、廊下は比較的広くなる。
 対面で歩いてきた整備兵達が敬礼する。REDと明智軍曹の着けているパイロットウィングは、伝統的に尊敬の的なのだ。

「わずか一週間で、連中は特殊部隊の半分をこっちの領土に潜り込ませやがった」
「……やるね」
「そのさらに半分はすでに撃破された。RED、お前がさっきやっつけたのもその一部だ」
「だろうな。こんなところにバトラーが4機だけってのはえらい不自然だったからな」
「で、今朝になってフォルトガーデン・シティの守備隊が攻撃を受けたんだ。本社ビルにも数発命中してる」
「なんだって?」
「クロームのお偉方もこれでキモを冷やしたんだろうな。今朝、とうとう全軍に第一級戦闘配備の命令が出たんだ」
「……それって、要は……」
「交戦状態………って訳だ」

 居住区の一角にある、REDの部屋に二人は足を踏み入れる。
 空中に浮かぶ母艦、という性質上、個人が持ち込める荷物の量は限られている。

「ようこそ、俺の城へ」
 
 REDがスーツケースを二つ取り出すと、一つを明智軍曹の方へと放り投げる。

「……軍曹、俺はこっちの収納の中身を詰める。……悪いけど、そっちのテーブル周りを詰め込んでくれ」
「ああ、解った」

●11月17日  午後1時  188号ハイウェイ付近

 燃えてくすぶる残骸の影を縫うように、一台の装甲車が走っていた。
 ムラクモ軍の、M305装甲指揮偵察車である。
 すでに周囲は敵だらけの状態だったが、電波吸収材と断熱材を塗った装甲のおかげで、未だに発見はされてない。
 車内では、エニセニス大佐が渋い顔をして座っていた。
 その前のベンチには、重傷のアルフィー大尉の姿があった。
 
「お前達ともあろうものが……。しかも相手が一機だけだと?」
「………申し訳……ありません」

 ヒックス少尉がうなだれたまま謝罪する。
 アルフィーは何も言わぬまま横たわっている。
 目が車内を行ったり来たりする事から、意識はあるのだろう。

「おかげでこの有様だ。ノロマな地上部隊だけならまだしも、ここでVRが来たらオレ達はお陀仏だぞ」
「……」

 急に車が揺れ、全員がそれぞれ頭を何かにぶつける。
 
「おい、ウェインズ、もっと丁寧に運転しろ」
「無理ですよ。自分は通信技師で、運転手じゃないんです」
「運転手ぐらい誰にでも出来るんだぞ、おい。ここで放り出されたいか?」
「…………」

 車が速度を落とす。
 車内に緊迫した声が響き渡る。

「大佐、12時の方向、1500。……縦隊です」
「………」

 エニセニス大佐が腰を上げると、車内にあるモニターの一つをのぞき込みながらキーボードを操作する。
 装甲車の砲塔に着けられたターレット式のカメラがとらえている映像をモニターが映し出す。
 15両の戦車が、ゆっくりと縦隊を組んで走っていくのが見える。
 無防備に砲塔を下げ、無警戒に走っている。
 交戦状態に入った部隊のする事ではない。

「……たるんでるな。オレが教官だったら、今頃連中全員腕立て伏せだ」
「いいじゃないですか。おかげで我々はあいつらをやり過ごすだけでいいんです」
「……全くだ」

 副官の軽口を流して、エニセニスはベンチに座り直す。
 
「一番近い臨時補給処までは?」
「あと1時間です。……連絡は付いてます。すでに、VR4機を準備して……」
「誰が乗るんだ、誰が」

 パイロットを二人失った。
 小隊指揮官のアルフィーと、副官のヒックスは無事だったが、あとの二人には気の毒なことをしたものだ……。
 
「………パイロットの補充がいるな」
「……私が行けます」

 ヒックスが顔を上げるが、エニセニスが手を軽く振った。

「けが人は寝てろ。そっちはオレが手配するさ」

 エニセニスが舌打ちする。
 彼の標的はもうすぐ動き出してしまう。
 可能なら、動き出す前にしとめたかったのだが……。
 
「……ま、狩りは動く相手を狩る方が楽しいと言うしな」
「……え?」
「気にするな」

 装甲車が再び動き出す。
 ウェインズが緊張した面もちでハンドルを握る。
 エニセニスが、砲塔から顔を出して煙草をふかす。
 
 二つの勢力の戦争が、いよいよ幕を開けようとしていた……。
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−次回予告−

REDはついに降り立った。ミッドガルド級最新鋭機動母艦、「スレイプニル」。
艦内で出会う人々。新しい、彼のためのVR。
一方、戦力を整えたエニセニス達の攻撃がいよいよ本格的に始まる……。