CNGS第七分隊 ジュエル・ボックス


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第1話  開かれたジュエル・ボックス

■プロローグ1・人類の歩んできた道

 地球は、いつしか人類であふれていた。生計を営むだけでは飽きたらず、示威や名誉といった理由で限られた地上を取り合いしていれば、空間が物理的に不足するのは避け得ない事態だった。

 しかし、ここに画期的な解決策を開発した者が居た。
 クルツ・シャフト博士である。
 転送装置……かつて、SFで良く使われていたそれ……身体をすべて粒子の集まりとして認識し、分解取り込みを行う事……の開発に成功したのだ。
 ただ、きわめて大きな問題が一つあった。そうやって取り込んだ粒子は、再び現実世界に具現化する事が出来ないのだ。

 正しくは、具現化する際に「空気」という、生存に不可欠なものの存在が邪魔になるという事なのだ。
 真空中でなら再現は出来るものの、再現した時にはその生命体は死亡している。

 かくして、シャフト博士はこれを「永久凍結刑」の機材として提供する。

 だが、シャフト博士の助手、ナターリアはこれらの粒子を「データ」として保存し、彼らの「存在」を、「存在できる」空間に転送する事を思いついた。
 それが、「サイバーネットワークシティ構想」と呼ばれるものの始まりであったと言われる。

 10年が過ぎた。
 人類は、宇宙空間に、地球と同規模の「衛星」を作り出すことに成功する。
 それは、何百億というメモリーの固まりであり、自己増殖・自己修復の機能をもった有機コンピューターでもあった。
 そして、その中には、既に10億の人間が「存在」………否、「居住」していた。

 ナターリア博士の提案した「サイバーネットワークシティ構想」は具現化した。
 100億という、信じがたい数の人類が、一個の巨大な有機コンピューター上に移植され、展開し、生活を営むことが出来るようになった。

 物理的に存在するデータ……。

 まさに、それが彼らの存在であった。
 地球という母体から離れ、一つの「世界」の中で、彼らは生まれ、育ち、死に、そしてまた生まれる。
 サイバーネットワーク時代の始まりである。
 そして、この時より彼らは独自の年号を使用する。
 CN歴である。

CN歴10年。

 かつて「国家」と呼ばれていたカテゴリーは無くなった。
 ルールは次々と生み出され、それぞれのルールを適用する為の「シャード」と呼ばれる分け方を人々は考え出した。
 中心となるのはシャード「β3」。シャードという概念を考え出し、実行に移した事から、サイバーネットワークシティの中心として機能するようになった。

 だが、幾らシャードを作ったとしてもそのシャードの「ルール」を保護し、遵守させる為の存在が無くてはならない。
 こうして考え出されたのが「CNP」……Cyber Networkcity Police」である。

 サイバーネットワークシティに「居住」する人々は、ごく普通に生活を営むことは出来る。
 物理的に存在しているとはいえ、彼らはすべて「データ」であり、改竄したりウィルスに感染したりする事もあるが、そういった「データ」としての弊害はシャードが開発され、ルールが開発される毎に徐々になくなっていった。

 人々は自分が「データ」である事を忘れ、人として生きていけるようになっていく。だが、それを管理する者達は、人々(自分を含めて)がすべてデータである事を知っており、同じようにその事を認識した人々が「データ」を改竄しないように監視していた。

 CNPにはその権限が与えられていた。だが、その結果「特権」を求めた多くの人々がCNPの「データ」を盗みだした。いつの時代も、犯罪者と司法のいたちごっこは司法に不利だったが、今回も例外ではなかった。
 かくして、β3の人々は自分を自分にもっとも都合の良いモノに改造を繰り返した。
 美男美女になるモノ。人としての限界を超えた「力」を持ったモノ。
 通貨でである「クレジット」を無限に持つモノ……。

 かくして、第一次「CNP」計画は崩壊する。シャード「β3」は閉鎖され、其処には入ることもそこからデータを持ち出すことも出来なくなった。
 ルールはそのシャードには存在せず、改造データを持つあらゆる者達が娯楽や快楽を求めて徘徊する無法地帯となった。
 中心は「β3」から、「Sα5」というシャードに遷された。

CN歴15年。

 より強制力の強い力を持たせる意味で、「CNF」……Cyber Networkcity Force」……即ち、電子ネットワークシティ軍が発足した。
 警察よりはるかに強い力を持ち、強固なプロテクトによって、β3の時の様な「チーター」(データ改竄者の事を、彼らは軽蔑をこめてこう呼んだ)を出さない事と、シャードの「ルール」を監視する「法の番人」として。

 だが、その直後、CNFな乗っ取りを受ける。彼らの自信たっぷりな「プロテクト」は、「チーター」達には何ら効果が無かった。
 大量の武器装備が流出し、シャード「Sα5」は、繰り返される戦闘によって人の住める状態ではなくなった。

 この悪夢を省みた人々は、自らを守るため、シャードとシャードの行き来を完全に閉鎖する事にした。
 メモリとメモリの物理的接続を断ち、接触できる場所を取り決め、其処を通さなくては行き来する事も出来ないようにしてしまった。
 各シャードは完全に孤立し、よほどの理由が無い限り他のシャードへと移動する事は出来なくなってしまった。

 CN歴30年。
 シャード「Sα8」。
 物語は、この古いシャードで始まる……。

■プロローグ2・CNGSの発足

 Sα8シャードは開発されてから10年を越える為、セキュリティホール等のきわめて重大な欠陥が問題視されていた。
 そこで、CNF上層部はこのSα8シャードを廃棄するよう上申。
 Sα8シャードの残り運用期限を1年として、それ以後はこのエリアを無人エリアとしてCNFの駐留を解除すると通達した。

 Sα8シャードに古くから住む人々はそれに猛反発した。
 Sα系シャードを統轄する政府は、「他シャードでの安全な生活」といったスローガンをあげて説得に当たったが、住民達は耳をくれず、治安は徐々に悪化の一途をたどる。

 CNFの駐留解除という事態は、その地域に住む人々にとって死活問題であった。
 犯罪者IDを持つ者達は、こぞってこのシャードに移り住み、乏しくなってきたCNFの戦力から逃れて堂々と生活を始めたのである。

 こうして、Sα8に続々と犯罪者達が流入してくる。不正データや、武器の類、麻薬(電脳時代にあっても麻薬はいつも高価な娯楽だった)。
 だが、それらの事態を遥かにこえる、最悪の事態が起きた。

 サイバーネットワークシティが発足して以来、連綿と続いている巨大犯罪組織がある。その名を「バグ」という。
 あらゆる犯罪に手を染めていた「バグ」は、かねてより目を付けていたSα8シャードからCNFの半数以上が撤退した時を見計らい、拠点を構築。
 Sα8シャード内はこの時をもって無法地帯となった。
 
 商店も、家屋も、安全な場所は何処にもない。
 対抗すべきCNFの戦力はほとんどなく、強化された犯罪者達の天国が築かれた。
 
 だが、頭を垂れて祈るだけの者達ばかりではなかった。
 Sα8内に本社ビルを持つワイアット社は、大量の費用と人員を投入し、対テロ・対犯罪用自衛組織の構築を開始。
 CNFとは異なる思想で作り上げた独自の組織を作り上げた。

 CNGSである。

 Cyber Network-city Guard Service

 CNFとCNGSはまず、基本コンセプトが全く異なった。
 CNFの隊員達は、「人間兵器」とも言える、データ改造型の強化人間だった。
 データを改造するという事は、持って生まれた天然の、そして最強のプロテクトである、『自己保護能力』を失うことになる。
 これは、サイバーネットワークシティに生まれた生命体すべてに与えられた自然のプロテクトで、手を加えようとする力に同じだけの強さの力で自己を保護しようとする力である。
 もちろん、限界はあり、それを越えた時は即ちその生命体が死亡する時である。
 このプロテクトは、自らの意志で解除しない限り外から解除する事は出来ず、強化を希望する者は自己の意志と暗示によってプロテクトを解除するのである。
 
 その能力を失ったがゆえに、強化人間はハッカー達の手によって簡単にデータのほころびをつつかれ、ハックされ、強化したデータのみを奪われる事になる。
 残された人格データは元の形を維持できず、廃人となった姿のみがそこに残される。

 だが、CNGSの隊員達は何らデータ強化されていない、普通の人間である。
 ただ、オプションプログラムという形で外的強化を行い、強化人間の犯罪者達に対抗出来る力を与えているのだ。
 それを可能にしたのは、マテリアル「P−10」である。
 マテリアルP−10は、オプションプログラムを武装という形に具現化する。これを「生成」と呼んでいる。
 DNAデータを元に個人の為にチューンされた武器を持って戦う戦士達、それがCNGSなのだ。
 マテリアルは衣類という形で身につけており、本人の意思を伝える事で武器として生成される。
 生成出来る武器は個人特性に大きく左右され、元になるプログラムが「身体にあわなければ」どんな強靱な肉体を持った人間でも扱う事は出来ない。
 こうして、CNGSには「分隊」という概念が生まれた。
 それぞれ違う特性の武器を持った集団である。格闘戦に秀でた者、射撃で援護する者、捕縛用装備を扱う者、電子戦装備を扱う者等………。

 また、CNGSはあくまで「Guard Service」なのである。
 つまり、公権力とは関わりがない為、「犯人を逮捕して以後の犯罪の再発を防ぐ」のではなく「守るべき人々の安全を守る」事が優先目標となっている。
 戦い方に幅があり、多彩な装備を自由に扱えるCNGSはCNFとは明らかに一線を画していた。

 こうして、CNGSは、ワイアット社の資金力と技術力の粋を集めて開発された装備をもって、強化人間からなる「バグ」に対して制圧行動を開始。
 既に人間の領域を越えて改造された強化人間達を相手に五分以上の戦いを演じてのけていた。

CN歴31年。

 CNGSは6個分隊を擁し、「治安領域」……すなわち、CNGSの庇護が受けられる地域……の割合はシャードSα8の6割に達した。これは大きな進歩だった。
 だが、ここに至って戦況は停滞する。
 CNGSの装備が開発技術の限界に達したのだ。
 幾ら装備を強化しても、それを扱うのが普通の人間である……という、宿命的な問題から、再び強化人間達の優勢へと傾く事になったのだ。
 個人データを改造する事なく、さらに強力な武装を施したCNGS分隊……。
 開発部主任、ラー・エクセレージはそんな難問に挑むことになった。

 そして、CN歴31年5月20日。
 開発部主任、ラー・エクセレージは、すべての問題を解消するかに見えた、新素材「XP−11」と呼ばれるマテリアルを開発する。
 非常に融合性が強く、融合した相手の遺伝子情報を元に高い性能を発揮する。
 だが、このマテリアルは大きな問題を抱えていた。
 融合先の遺伝子によって、その能力に著しい差が生まれてしまうのだ。
 研究の結果、融合先の遺伝子が「XX」……即ち、女性の……遺伝子の時、このマテリアルは本来の力を発揮する事が多く、「XY」遺伝子……即ち、男性の……と融合した場合、このマテリアルはタダの重い鉛の固まりとなってしまう事が多い。

 この問題を解決すべく、ラー主任は、上層部にある事を提案する。
 第七分隊、ジュエル・ボックス……女性のみの分隊の編成である。
 始め難色を示していた上層部も、流石に事態の深刻さを鑑みて、テストケースとしての運用を指示した。

 こうして、CNGS第七分隊、通称「ジュエル・ボックス」が結成される。
 時に、CN歴31年12月16日の事であった………。

■Sα8シャード、CNGS本部管理中隊事務室
 CN32年1月10日 14:40


「間宮先輩、間宮先輩」

 肩を揺する感触。彼は先ほどまでの泥のような眠りから急速に引き起こされるのを感じて、不機嫌そうに息を吐いた。

「……あ?」
「あ? じゃありません。お電話です。本部長から……」
「本部長??」

 怪訝な顔で、彼は後輩から受話器を受け取る。
 通話中のボタンが赤く光っているのを見てうんざりしてため息を吐く。

「はい、間宮です」
「おはよう。朝早くから起こして失礼」

 時計は昼を2時間ほど過ぎていた。

「大丈夫です。別に寝てた訳じゃ……」
「いいさ、暇なときぐらいはな。どうだ、そっちの仕事は」
「………暇です」

 くっくっく、と笑い声が受話器の向こうから聞こえてくる。寝起きの頭には癪に触る声だ。

「……何かご用です?」
「ああ、用だ。今すぐに、服装を整えて五階まで駆け足だ。いいな?」
「来いって事ですか?」
「服装を整えて、だ。いいな。くれぐれも涎の跡をつけてのこのこ歩いてくるんじゃないぞ」

 何かあったのか?
 彼は不審に思いながら受話器の「切」のボタンを押した。
 管理本部長は彼の旧知で、第一分隊の副分隊長時代にはお互いのオフィスに無駄口を叩きに寄っていたモノだ。
 偉いさんの視察でもあるのだろうか? それで彼を呼ぶのはおかしな話だ。
 首を傾げながら、洗面所で顔をあらい、ネクタイを締め直し、階段を駆け足で駆け上がりながら五階にある、本部長のオフィスのドアをノックする。

「……間宮勇人、入ります!」

 扉を押し開ける。本部長と運用管理幹部(通称「運幹」)、それに人事部長といったそうそうたる面々が彼に視線を集中させた。

「あれ? ……ま、間違えた?」
「いや、間違えてない。勇人、良いからさっさと来い」

 椅子に座っていた本部長が立ち上がり、彼を手招きした。
 目の前に居た人事部長が少し脇にどいて彼に道を譲る。
 その先に椅子が一脚あり、どうやらそこに座れというらしい。
 
 眉をひそめながら、彼はその椅子をじっとみつめた。罠でも仕掛けてないだろうな?
 この本部長ならそのくらいはやりかねない。
 だが、本部長は彼が着席するのを待たずに説明をはじめる。

「皆さん、彼が私の言った間宮勇人。第一分隊の副分隊長を務めていた事もあります」
「………」

 居心地が悪い。全員がじっと彼の事を見つめていた。
 まるでどうやって首をしめようかと鳥を眺める料理人のように。
 可能なら鳥のように飛んで逃げてしまいたいところだったが、退路はしっかりと人事部長が塞いでしまっていた。

「成績表は既にお手元にあると思います。基本的に品行方正で、これといった欠点はありません。また、近接射撃の技量は、おそらく皆さんの知る中でも最高得点をマークしていると思いますが」

 人事部長が深く頷く。当然だ。勇人は近接射撃では誰にも引けを取らない自信があった。

「彼に何か質問をされますか?」

 不意に、本部長の手が勇人の肩を掴んだ。
 まるで旧知の友人を、他の友人にパーティで紹介するような仕草で。
 驚いて本部長を見上げると、本部長はただバカみたいににやにやと笑っていた。

「あ、ああ、その前に……」

 耐えかねて勇人が口を挟む。

「俺に、質問させて貰えないかな………」

■CNGS本部長オフィス
 1月10日 16:00

「……なぁ、オッサン、頼むよ。一体何があったんだ?」
「多分決まりだ。……お前でな」
「だから、何が? 大体、あんたら俺の質問を悉く無視して話を進めただろ?」
「大丈夫、すぐわかるさ。いいか、俺はお前を……」

 不意にそこで電話の呼び出し音が鳴った。
 片手をあげて人差し指を立て、「少し待て」と言いながら電話に応対する本部長を胡散臭げに見て、勇人はそのまま壁にかけられた趣味の悪い(と彼は信じて疑わない)絵画を眺めていた。

 と、本部長が電話を切る。カタカタ……とテレックスが音を立て、プリンターから何かがプリントアウトされてくる。
 それを手に取り、本部長は再び彼の前にゆっくりと歩み寄ってきた。

「おめでとう、勇人。君の現場復帰が今決まった」
「はぁ?!」

 本部長は嬉しそうに、ただ嬉しそうににやにや笑いながら、彼にその書類を差し出した。簡潔な、驚くほど簡潔な辞令だった。

『間宮勇人は、1月11日付を以て本部管理中隊事務員の任を解く。また同日を以てCNGS第七分隊の分隊長として赴任せよ』

 下には、人事部長、運幹、それにCNGS長官の署名がされており、そこに、今まさに……彼の目の前で、本部長がサインを書き加えたところだった。

「お、おい……」
「これで完了だ。勇人、今この瞬間から、君は第七分隊、通称『ジュエル・ボックス』の分隊長だ」
「ジュエルボックス??」
「ああ、そうだ。宝石箱たぁ綺麗な名前じゃないか。その名前に偽りが無いことはすぐ解るさ」
「………」

 首を傾げながら、辞令を何度も見返す勇人を、本部長は寸時見守っていた。

「……本部長」
「なんだ?」

 本部長は自ら珈琲をサーバーからカップに注ぎ、勇人の前に差し出した。

「……現場復帰……か。それ自体は別にかまわない。むしろ歓迎したいさ。けどな」
「何か不安か?」
「不安だね。本部長、あの時の事件の事には誰も触れないじゃないか」
「……確かにな。だが、あの事件は今回の人事とは関係はない。それに、あのときお前は自分に出来る最大のことをやってのけたじゃないか」

 勇人は答えなかった。
 思い出したくもない事件だった。

 …………………………
 
 CNGS第一分隊の副分隊長だった彼は、『バグ』の前進拠点の一つをCNFとの共同作戦で攻撃し、幹部級の重要人物、通称『カシードラル』を捕縛するという任に就いていた。
 副分隊長の彼は、前衛に出た分隊長を援護すべく火力支援要員として、CNFに先んじて前進。
 砲撃によって入り口のバリケードを破壊し、前衛二名と分隊長は突入していった。
 ………だが……。
 
 カシードラルの指揮下には、予想以上の強化人間が集められていた。
 窮地に陥った前衛部隊は脱出を試みたが、数の多い相手に包囲され、殲滅された。
 援護のため、勇人と二名の火力支援要員は入り口付近から砲撃を開始したが、時既に遅かった。
 中から飛び出してきた強化人間の前に、為す術もなく部下達は倒れていく。
 CNFの総攻撃によって、かろうじて息のあった勇人だけが救出された……。

 …………………………
 
「分隊長も、部下も、みんな死んじまいました。……俺は一体何をしたっていうんです? 怯えて俺は最後の最後に味方を、瀕死の部下達を見捨てて逃げたんですよ?」
「……あの状況では一人生き残ってくれただけでもありがたいさ。お前の持ち帰った戦闘データから、相手の新型強化人間の性能も解った。データーはCNFに送られて、新しい強化人間用に再調整されてる」
「………」

 寸時、勇人も本部長も黙り込んだ。
 勇人がイライラしながらも、何度も辞令を読み返しては戻し、を繰り返す。
 
 不意に、本部長が口を開く。

「勇人。お前に言っておく事がある。……第七分隊は、当初のCNGS構想には入っていなかった」
「………そうでしょうね。六個分隊をもって編成されている筈です」
「今回の第七分隊は………その、お前は開発部のラー主任を知ってるか?」
「……名前ぐらいは」
「彼の開発した、最新鋭のオプションプログラムの……プロテクトスーツと呼んでいるが……試験運用を兼ねて編成された臨時分隊なんだ」
「……臨時分隊?? 試験運用??」

 驚きが、勇人の顔の上に広がる。本部長は再び珈琲を口元に運び、テーブルの上にカップを置いて腹の上の方を掌で軽く叩いた。そろそろ出っ張りが気になってきてはいる時期だ。
 
「……そうだ。新型装備運用試験分隊。そして、新型装備には一つの大きな特徴……あるいは欠点……がある」
「……欠点?? どういう事です? 他の分隊と何が違うんです?」
「さっき、新型装備を我々が『プロテクトスーツ』と呼んでいると言ったな? その名の通り、あれは『スーツ』なんだ」

 そういって、一本のカセットを取り出し、メモリレコードプレイヤーに差し込む。
 引き出されたスクリーンに、不思議な姿が映っていた。
 
 それは女性だった。そうとはっきり知れるほど身体に密着したコスチューム。その上から纏っているのは薄い布で出来たコートのようなものだった。
 襟は背中の方に伸びて二本に別れたマントの用になって背中を覆う。
 上半身をカバーし、そのまま腹部付近でまた二手に分かれ、腰から太股にかけてをカバーする。後ろ側はやはり、二本の燕尾のように二手に別れている。
 
「……きわどいコスチュームですね」
「だが、これが今このCNGSでもっとも優れた性能をもつ、プロテクトスーツと呼ばれるオプションプログラムだ」

 本部長が、テープを先へと早送りする。
 
 本部長の言葉は偽りでない事はすぐに知れた。
 砲弾を紙一重で回避し、小口径の銃撃をプロテクトスーツが弾く。
 スーツのマテリアルから突撃銃を引き出すと立て続けに強力なビーム弾が放たれる。
 重装甲の強化人間をモチーフにしているであろう、ダミーは次々と破壊されていく。

「……テストの最終段階を写したものだ。弾丸も、疑似ターゲットもすべて本物を使用している」
「………じゃ、あの銃撃も……」
「本人に話を聞いたが、少し痛いが耐えられないほどではないそうだ」
「………………」

 見ていると、画面の中で「彼女」は、ライフルをしまい込んで両腕にビームの刃を発生させ、斬りつけるのが見えた。

「これらの武器は全部、あのスーツから生成される。だが、あの武器を敵が奪ったところで敵はもちろん使うことも出来ない」
「………今までの技術と、新しい技術……そうですね、見たことのない技術を感じます」
「そうだ」

 プラチナ・ブロンドの髪をポニーテールにした「彼女」は、さらに接近戦を挑み、たちどころに強化人間の装甲を破壊し、さらにその奥にある核(コア)を一撃で破壊する。
 
 動きを止め、倒れた強化人間を飛び越え、さらに彼女は次の目標へと突進する……。
 
「元の人間のポテンシャルにもよるが……見ての通り、CNFの強化人間なら一人で3人を相手にしても充分余裕がある」
「……すごい………」
「そうだ。……さっき言いかけたが、欠点が一つある。遺伝子『XX』のものにしか使用できない……という点だ」
「……XX……って、女性のみって事か?」
「そうだ」
「……確かにあのデザインなら女性にしか着て欲しくはないが……」
「デザインの問題じゃない。ネットワークシティへの適応性だとか、スーツとの同調度の問題だとか、そういうものだそうだ」
「………なるほどね」

 画面が暗転する。テストは終了したのだろうか。だが、勇人の脳裏には、風のように奔(はし)り、打ち込まれる弾丸と破片をくぐり抜けながら、強大な『力』を思うままに操る姿が克明に残っていた。

「……CNGS第七分隊は、当然女性のみで構成される事になる」
「そこに俺が? 何故?」
「それはな、お前の指揮能力の高さ、信頼性、そして……副分隊長の頃から部下達を惹きつけて止まなかった、そのカリスマ性だ」
「カリスマ性って………」

 呆れたように勇人は両脚を投げ出し、珈琲をカップからすべて飲み干す。
 テーブルの上に、カセットを置くと本部長はそのまま椅子に深く腰掛ける。

「お前の為に、部下達はいつも命を懸けて突入していっただろう。分隊長は昼行灯な人間だったが、第一分隊はいつも任務を何処よりも早く達成していた」
「それは……分隊の人間がみんなまとまって、自分のなすべき事をしっかりとなしていたからだ。俺の……」
「君がそうやって部隊を精強にしていった。それは私が一番良く知っている。飲んだくれの分隊長だけで、あの分隊はあそこまで精強にはなりはしない」
「そしてその分隊は全滅したんだ!!」

 テーブルに拳をたたきつけ、怒鳴りつけるように勇人は本部長へと言葉を放つ。
 しばらく本部長は彼のことをじっと見上げていたが、おもむろに口を開いた。

「……で、だ。拒否するのか? 現場に戻るのは怖いか? それとも、不安を口実に、お前を必要としている分隊に背中を向けるのか?」
「…………………」

 憎々しげに本部長を睨む勇人。かすかに笑みすら浮かべて、本部長は彼の視線を受け止める。
 
「いいだろう。その分隊、引き受けるさ」
「そうでなくてはな」

 本部長が机の抽斗をあけ、カードを取り出して勇人の方へと滑らせる。
 プラスティックがこすれる硬質な音が室内に響く。
 
「カードキィとIDだ。今日この時からお前は第七分隊、ジュエル・ボックスの指揮官だ」

 勇人がカードを手に取る。今までのIDとなんら変わらないカードだが、この中に彼の指揮官としての権限が存在するのだ。

「分隊司令室は別館の二階にある。控え室もあるから行って見ろ。……そこが明日からのお前の職場だからな」
「……わかった」

 勇人はカードIDを胸ポケットに納めると、気を付けの姿勢をとる。

「間宮勇人、本日よりCNGS第七分隊、ジュエル・ボックス分隊長に着任します!!」
「間宮勇人、着任を認める」

 相互に敬礼し、勇人が出ていくのを、本部長は見送った。

「……心配するな。俺も、お前も……同じタイプの人間なんだよ」

 呟いた声には、誰も答えなかった。

■CNGS本部管理中隊別館 二階
 1月10日 18:00

「……これか……」

 カードキィを通すと、勇人は司令室へと足を踏み入れる。
 モニターが二つあり、彼に理解しがたい機材が幾つか並べられた壁面があった。
 
 手前には机がいくつかあり、また奥の方にはソファーとテーブルがあった。
 休憩所のようだ。

「……ん?」

 休憩所に、人影を認めた彼はゆっくりとそちらの方へと歩み寄っていく。
 ついさっき、モニターの中で戦っていた姿がそこにあった。

「……あ………」

 本部長から渡されたファイルには、彼女の名前も写真も載っていた。
 コードネーム「ダイアモンド」。
 第七分隊の実行部隊リーダーで、分隊の副長を務める女性だった。

「……ダイアモンド……」

 思わず呟いた勇人は、すぐに目のやり場に困る事になった。
 インナースーツは身体にぴっちりとはりついており、ハイレグ・カットになった腰からは白い素足がすらりと伸びている。
 胸元までをかくしているものの、ふくよかな乳房の上半分はあらわになっており、肩から腕の先の白い肌もあらわになっている。
 真っ白な肌は黒いインナースーツとは対照的だった。
 プラチナ・ブロンドの髪をまとめてポニーテールにしてあり、長い前髪はやや乱れて額に貼り付いていた。
 
 ……そして、彼女は眠っていた。
 規則正しい寝息をたてて、ソファの肘掛けに肘を載せ、無防備な顔で眠っていた。

 何か悪いことでもしている気になった勇人は、思わず踵を返して自分の事務机のある方へと戻ろうとした。
 が、見事に脚をテーブルに引っかけてしまう。
 
 ガタン!!

 予想外に大きな音を立ててテーブルが動く。
 と同時に、眠っていたダイアモンドがまるで悪夢から飛び起きるときのようにがばっと身体を起こした。

「……あ……」
「……え………え??」
「あの、いや、その、あやしいものじゃないんだ、その……」
「……い……いやああああああああ!!!!」

 やっぱり!!
 彼は心の中で予想通りの展開に納得しながら、ゆっくりと後じさる。
 胸元を押さえて悲鳴を上げている少女と、その前に経つ男。この状況で何をどう言い訳しても痴漢以外の何者でもないだろう。

「ま、まて、落ち着け、話を聞け」
「いや、いやぁっ、誰か、誰かぁぁぁぁっ!!」
「落ち着けって、その、出来ればボリュームを下げて貰えると……」
「……あ、あなた、一体誰ですか!」

 少し平静を取り戻したか? そう思って胸元に手をやると、勇人はIDを差し出す。

「俺は間宮勇人、今日から分隊の指揮官を任せられたんだ」

 IDを差し出す。
 疑わしげに上目遣いで勇人を見ていたダイアモンドだったが、カードを受け取る。

「……ホント……」
「や、あの、別に覗いたりいたずらしたりしようとは思ってないんだ。ただ、空いてたから」
「……そういう事言う人に限って、心の中にそういう願望があるんですよ」
「いや、だからその………」
「………くすっ」

 軽く笑うと、ダイアモンドはIDカードを勇人に差し出す。

「失礼しました、分隊長殿。私はダイアモンド、第七分隊の副分隊長で、指揮管制要員として採用されました。よろしくお願いします」

 片手で胸元を押さえながら、右手を差し出すダイアモンド。
 勇人はその手を取り、軽く握手をした後で改めて自己紹介をする。

「俺は間宮勇人。よろしくな、ダイアモンド」
「私……ディーと呼んでくださって結構ですよ」
「OK、ディー。ところで、他のみんなは?」
「え?」

 間近に端正なディーの顔を見て、勇人は無邪気に問いかけた。

「いや、だから他のみんなは?」
「あ、あの……」

 額に汗、とはこのことだろう。顔は笑みのまま、眉根が寄るとかすかに上擦った声で彼女は言葉をつなげる。

「私一人なんです、今のところ」
「そっか、君一人か……そりゃ随分大変………って何ぃ?!」
「第七分隊の人員は今まだ選抜中なんです。私だけは、先行してテスト要員も兼ねて配備されてるんですけど……」
「な、なんだとぅ!?」

 思わずまじまじとディーの顔を見てしまう勇人。
 額に汗したまますこし引いたディーが、一生懸命フォローを入れる。

「あ、でも、もうすぐ二次選抜で合格した要員が補充される筈なんです。そしたら……」

 不意に、室内の赤色灯が点灯しだした。

「……なんだ??」
「そんな、何事??」

 ディーと勇人は同時にモニターの前に走り寄る。
 赤色灯で照らされた室内に、警報音が鳴り響く。

「Sα8、E6/N9地区に於いて武装した学生がコンビニエンスストアに侵入」

 モニターに表示されたのは、そんな文字だった。
 ディーがキーボードを操作すると、第一から第六分隊までが現在どういう状況下であるかを表示する。

「ああ、なるほど。一番近いのは私………私達ですね」
「おい、だって、今規定人員も居ない分隊だって言ったばかりじゃないか!!」
「でも、任務を果たせる分隊は私達だけですよ?」
「いや、そうじゃなくて………」

 今度は勇人がキーボードを叩く。
 武装した学生を捉えたカメラの映像には、ショットガンやライフルで武装した学生達が、コンビニエンスストアーの中で好き放題暴れている姿が映し出される。

「こんなの、お前さん一人で相手するのか? 少なくとも5人はいるぞ?」
「でも、素人です。それに、強化されてる訳でもありません」
「そりゃそうだけど、危険だ!!」
「……………」

 呆れたように、ディーは勇人の顔を見上げていた。

「……それが、私達の仕事です」
「そうじゃない。そうじゃないんだ。いいか、俺はこれ以上部下を……」
「私達を必要としている人が、今こうやって私達に助けを求めてるのに……」
「…………」
「行きます」

 返事をまたず、ディーは踵を返す。

「お、おい……」
「こちら第七分隊、E6/N9地区に出動します!!」

 インターコムにそう叫ぶと、彼女は部屋を飛び出す。
 スピーカーから、出動承認と誘導指示が流れ出す。
 ディーのインカムにも同じ内容が流れている事を勇人は知っていた。

■Sα8 E6/N9地区
 1月10日 18:00……通報と同時刻

「なぁ、ヴァンツ、なんでCNFの連中来ないんだ?」
「さぁなぁ。来ないなら来ないでいいさ」

 コンビニエンスストアーの商品棚をあさりながら、ヴァンツと呼ばれた男は答える。
 既に店員が逃げ出して1時間は過ぎている。通報しているとしたら、そろそろCNFが到着する頃だ。
 
「ホントに出来るのかよ、CNFのデータ盗むなんて……」
「出来るさ。奴らの強化データなんてざるみたいなプロテクトしかかかってないんだ。お前がちゃんとやることやってくれたらバッチリだ」
「そりゃ、やるけどさ……」

 彼らは学校の電脳部の生徒達だった。
 ふとしたきっかけで、彼らはCNFの装備データを発見し、盗み出すことに成功したのだ。
 今、彼らは手に入れた武器を使って、さらなる武器を手に入れようと試みているのだ。即ち……CNFで使用されている、改造データである。

 外を見ていた、痩せた男がヴァンツの袖を引っ張る。
 
「あ、ヴァンツ、来たみたいだ」
「よし、アイン、みんなを呼んでこい」
「わかった」

 アインと呼ばれた男が、コンビニエンスストアの奥の事務室へと駆け込んで行くのを、ヴァンツは眺めていた。

「へっ……武器さえ手に入れば、女なんぞ抱き放題だろうに。焦っても仕方ねぇだろうが……」

■E6/N9 コンビニエンスストア奥の事務室
 1月10日 18:10

 その部屋は、事務室と倉庫を合わせたような部屋だった。
 商品を無造作に積み上げた広い空間の隅っこに事務机が置かれている。

 その一角、商品の入った段ボール箱で囲まれたところに、一人の女子店員があられもない姿で押さえつけられていた。

 両腕を押さえられたまま、彼女はもう何回目になるか解らない絶叫とともに両脚を痙攣させる。
 彼女にのしかかっていた男がゆっくりと身体をずらし、彼女の膣から肉棒を引き抜く。肉棒に連れて白い液体が太股に垂れる。

「……交代交代」

 側に控えていた、やや小太りの男は、片手で肉棒をしごきあげながら、割開かれた少女の両脚の間に身体を潜り込ませる。

「や……いや、お願い、も、もう……しないで……ゆるして……」
「俺まだ何もしてないよ」

 膝に手をかけると、大きく開いて持ち上げる。尻を上げて秘所をさらけ出す姿勢にされて、羞恥と屈辱に少女の顔が歪む。

「べちゃべちゃになってるじゃないか……。中出しするんだったらもうちょっと遠慮して出して欲しいよ」
「文句言うな、ブタ。女に一生縁のなさそうな面して何を偉そうに文句たれてるんだ、ええ?」
「ブタじゃないよ、ケイン……俺にはフォルクスって名前があるんだ」
「ったく、肉屋みたいな名前しやがって。いいか、ブタ、よく聞け。こうやってお前がここに居られるのは誰のおかげだ?」

 指を突きつけられてあごを引いたフォルクスは、しどろもどろに答える。

「……そりゃ、ケインがヴァンツの友達だからだろうけどさ……」
「そうだ。ヴァンツも、腕っ節では俺のことを認めてるんだ。いいか、ケイン、その俺のおこぼれに預かってる身で文句を言えると思ったか?」
「おい、どうでもいいからさっさとしろよ」

 腕を押さえているのは、長身の肌の黒い男だった。
 筋骨隆々とした腕には剛毛が生えており、学生とは思えないほどの身体をしていた。
 実際、彼は既に学生を5年続けていた。卒業するつもりもなければ、仕事に就くつもりも皆無だった。

「……わかったよ……」

 ぶつぶつ言いながら、フォルクスがゆっくりと身体を少女に寄せる。

「いや、いや、……もうやめてよぉ……」
「……いいねぇ」

 腕を押さえている男が、頬を流れる彼女の涙を見て満足げに頷く。

「おい、アリ、この変態。女の泣き顔がそんなに良いのか?」
「何言ってる。これだよ、この表情こそおれが望んでたモノだ」

 開かれた両脚の付け根に、肉棒を近づける。
 既にそこは熱く濡れそぼっており、肉棒が触れると少女の身体がまたぴくり、と反応した。

「い、あ……っ……」
「ふぅ………っ……いいな、いい感じだ……」
「おい、童貞フォルクス、童貞を捨てた感想はどうだ?」
「ふぃ……いいね、これ……最高だよ……」

 無我夢中で腰を動かすフォルクスは、ケインのヤジにも反応しないでただ快楽を得ようと太った身体をうごめかす。
 
「う、あ………」

 少女の方は、既に繰り返し行われた陵辱と、フォルクスの脂肪まみれの肉棒の刺激に既に言葉を無くし、ただ時折力無く首を左右に振るだけだった。

 股間からあふれた、濁った液体はフォルクスの太股から腹までを汚し、彼が腰を振るたびにねちゃり、ねちゃりと音を立てて糸を引く。
 初めて女性を経験したフォルクスは、容赦のない腰の動きで少女を責め立てる。

「うっ、うん……あふぅ………」
「ったく、このブタが……気色悪い声出してるんじゃねぇ」
「おい、ブタ、もっと激しくしろや。ねーちゃん、泣かなくなっちまったぞ」
「粗チンだからしかたねーよ」

 げらげらと笑いながら、男達がはやし立てる。
 むっとした顔でフォルクスが何かを言おうとしたまさにその時、アインが事務所の扉をあけて入ってきた。

「みんな、CNFが来た。仕事だぞ」

■E6/N9 コンビニエンスストア
 1月10日 18:50


「あれが……」

 ディーが車から降りると、既にCNFから派遣された小銃小隊が展開していた。
 数台の車両から煙が立ち上っており、どうやら戦闘が既に行われた様だった。

「状況は?」

 彼女の背後で、分隊長の間宮勇人が、無線機で問い合わせをしている。
 ディーはさりげなく通信機の周波数を、CNF小隊周波数に同調させる。
 耳元に一瞬ノイズが入り、それから徐々に状況が入ってきた。

 どうやら、一度目の交戦はCNFが一方的にやられて終了したらしい。
 学生達はCNFから盗み出した武装データを使用してCNFに向けて攻撃を加えてきた。
 部隊が肉薄し、コンビニエンスストアに突入したとき、電子トラップが発動した。
 4名の強化人間が死亡し、部隊は一度後退した。
 
 不安な要素が一つあった。
 電子トラップをしかけると言うことは、相手にハッカー級のコンピューター技術者がいると言うことだ。
 それはつまり、強化人間データのダウンロードが可能であるという事になる。
 
「……でも、相手は学生だし、そんな簡単にCNFのプロテクトが破られるわけはないか……」

 彼女はプロテクトスーツに、防御レベル2を指定し、高機動戦闘モードに切り替える。同時に、突撃銃を装備し、ゆっくりと前衛部隊の守るバリケードへと近づく。

「……あ、CNGSの……」
「はい、第七分隊、ディーです。……今から突入して捕縛行動に入ります」
「ありがたい。あの電子トラップにはおれ達はすこぶる弱いんだ」

 CNF隊員の気弱な発言に、ディーは軽く微笑みで応じる。
 
「……じゃ、お仕事……。分隊長、聞こえますか?」
『ああ、聞こえる』

 さっき彼女たちが乗ってきた車から、彼女の分隊長の声が帰ってくる。

「分隊長、犯人に投降を呼びかけてください。CNGSを名乗るのを忘れないで」
『了解』

 カリカリ、と音が耳元で聞こえたかと思うと、車の方から大音量スピーカーを通して彼女の分隊長の声が響き渡る。

『我々はCNGS第七分隊、ジュエル・ボックスだ。無益な抵抗を止めて投降したまえ。今なら弁護士を呼ぶ権利と黙秘する権利が………』

 その声とともに、コンビニエンスストア内で動きが見えた。
 数人がガラス窓の向こう側を走っていく。
 
「……行きます」

 ディーが呟くと同時に、CNFから催涙発煙弾が一斉に投擲される。
 着弾と同時に、催涙ガスが充填されたカプセルがはじけ、周囲に催涙ガスをまき散らす。
 
 ディーはその煙の中に突進すると、センサーが記憶している一人目のターゲットに向けて突進する。
 
 センサーからの情報が像を結ぶ。一人目は発煙弾の至近弾を受けて、目鼻から粘液を垂れ流しにしてのたうっていた。
 ほっそりした身体つき。瞬間にID識別を行い、アインという名前を確認する。

「……あなた、アインね? 喧噪罪、器物破損、他余罪数件で逮捕します」

 既に無力化された少年を抑え、手錠をはめる。
 外のCNFに通信を送り、保護手順を指示して彼女はさらに店内へと脚を踏み入れる。
 5人居た人影は、アイン一人を除いて誰もいなくなってしまっていた。
 
 コツン。
 
 足下に触れたモノを、ディーは拾い上げる。それが小型の携帯端末であり、さらにそこに幾つかのデータがダウンロードされた形跡を見つけ、眉をひそめる。

「……やっぱり、これが目的なのね」

 CNFの隊員達が、アインを引っ立てて行くのを彼女は見送る。
 既に顔中が涙と鼻水だらけになったアインから情報を得られるとは思わなかったのだ。
 
 不意に、センサーにレッドアラートが表示される。
 脅威になりうる運動エネルギーを持った何かが接近しているというのだ。
 とっさに身体を捻ってカウンターの影に隠れる。
 
 12.7mm機銃の射撃だ。
 立て続けに棚に着弾した弾丸がはじけ、煙の向こう側からめくら滅法に撃ちこまれている事を告げる。
 煙の向こうをセンサーで索敵すると、熱源が幾つか表示される。
 射撃した事で熱を持った銃身がはっきりと彼女の目に映る。

 突撃銃をカウンターに載せると、慎重に照準を焼けた銃身の熱源に合わせる。

「………そこっ!」

 引き金を引くと、瞬間センサーからの画面が自分の放った銃弾の熱で真っ赤に染まる。
 が、その後で明らかな生体反応が室内に倒れ込んでくるのが見えた。

「う、うああ………」
「た、助けて、助けて、撃たれた………」

 二人組の男達が、撃たれた肩や腹を抑えてよろめき出てくる。
 が、その向こう側にさらに三人の生体反応を捉えた彼女は、はっと動きを止める。
 情報では、5人組だった筈ではないか??
 
 CNFに指示を出しながら、事務所に通じる扉を蹴り開ける。
 そこにはまだ催涙煙はほとんど来ておらず、視界がクリアになる。
 
「……CNGSのジュエル・ボックスです。無駄な抵抗を止めなさい」

 彼女がよく通る声で勧告すると、室内の奥の方からは返事の代わりとばかりに銃弾が飛んでくる。
 彼女に真っ直ぐ照準されて飛んできた銃弾は全体の半分もなかった。
 難なくそれを回避した彼女が再び勧告する。
 
「……これ以上こちらに危害を加えるようなら、射殺もあり得ます。抵抗を止めなさい」

 再度の勧告に対して、再度の応射。
 だが、規則では彼女はもう一度犯人に対して勧告しなくてはならない。

「もう一度だけ警告します、これ以上………」

 其処まで言いかけた時、彼女のセンサー内に警告が点灯する。
 今までの銃弾に比べて圧倒的な運動エネルギーをもったそれを感知して、ディーのセンサーが警告を発する。
 網膜に投影される画像から脅威の大きさを見てとった彼女は、身体を大きく横に泳がせて砲撃を回避する。

「……心配していた事が………」

 現実になった。と彼女は心の中で思った。
 CNF強化人間の一つ、機動歩兵の姿が、硝煙の向こう側に見えたからである。
 
■E6/N9 指揮車両
 1月10日 19:20


「………っ?! ディー、ディー!!」

 突然、モニターカメラの画像が乱れ、画面が砂嵐で埋め尽くされる。
 インカムに向かって声を張り上げるが、ジャミングをかけられている時の独特のノイズが耳元にあふれる。

「ちっ………」

 勇人は、車内装備の自動拳銃を手に取ると、外に飛び出す。

「おい、あいつら、なんでジャミングなんか使ってるんだ?」
「……悪いことに、どうやら彼らはCNFの装備データをダウンロードしたようです」
「……おいおい、プロテクトはどうしたんだ?」
「突破されました」

 苛立った勇人が指揮車の運転席に飛び乗る。
 
「くそっ………。いきなり初陣がこんな奴らとはな」

■コンビニエンスストア事務室内
 1月10日 19:25


 機関砲がうなりをあげて砲撃する。
 彼女はとっさに防御レベルを5にあげる。同時に身体を地面に投げ出し、転がって砲撃を避けていく。
 着弾したコンクリートの床がえぐれ、砲撃のすさまじさが見て取れる。
 
「……直撃するのは避けたいわ……ね」

 かろうじて、積み上げられた段ボール箱の後ろにかくれ、彼女は外にいるCNFに攻撃指示を出すべく通信を試みる。
 ……が、返答はない。ただノイズだけが耳元でがなり立てるだけである。

「……ジャミング……。厄介ね」

 再び砲撃。
 正確に彼女のいる場所を砲撃してくるのは、おそらく戦い自体に慣れていない為だろう。
 正確な射撃を予測して回避するのはたやすい。だが、同時に彼女に止まって判断する時間を与えてくれない。
 
「……自分でやるしかないわね」
 
 再び機関砲の砲撃。
 轟音が反響してハンマーで頭を殴られる様に感じる。
 着弾が次々と壁と床をえぐり、商品棚が崩れ落ちてくる。
 
 砲弾が着弾した場所では清涼飲料水の入った缶が破裂し、辺り一面にオレンジ色の液体をまき散らす。
 網膜に投影されるエネルギー体の予想進路をすれすれで回避しながら、彼女の身体は風のように騒乱の中を通り抜けていく。
 
「……こんな武器、効きそうにないわね……」

 そういって、彼女は突撃銃を高周波ブレードに再生成しようと試みる。
 が、生成がうまくいかない。生成しようと集中するとジャミングのノイズが脳内に入り込み、彼女の集中を妨害する。

「ちょ、ちょっと………」

 再び網膜に警告が表示され、予想進路を避けるべく地面に伏せ、商品が散乱する床を転がるようにして砲撃を回避する。
 
 数秒後、砲撃が止んだ。
 どうやら、機動歩兵の砲身が過熱したのだろう。
 すぐに生成を試みるも、やはりジャミングに妨害されて武器のイメージが出てこない。
 
「……くっ」

 機動歩兵に向き直ると、彼女は素手で相手に急接近する。
 砲身が彼女を捉えようと旋回するのを横目に見ながら、機動歩兵の周囲をまわる。
 
 機動歩兵は、二本の足で立ったまま、両腕を6砲身ガトリング砲に改造されていた。
 二本足の戦車を前に、おそらく生半可な攻撃は通用すまい。
 陽炎のように揺らいでいる砲身の向こう側を睨みながら、彼女は右に左に身体を走らせて相手の動揺を誘う。
 が、機動歩兵の足は強固に地面を噛んでおり、上体が大きく揺れてもびくともしない。
 
「……武器が欲しいわね……」

 集中して武器を生成出来ないディーは相変わらず不利だ。
 再び、禍々しい砲身が回転を始めるのを見たディーは、素早く相手の足下をめがけて走り出す。
 砲弾が急接近する事にセンサーが怯えて警告を網膜に投影する。
 うなりをあげて砲弾が飛来する。まるでそれは、スズメバチの群の中に突入するようなものだった。
 ぶんぶんとうなりをあげて、彼女の頭を叩き割ろうと飛来する砲弾を、瞬間の判断だけで回避しながら、彼女は巨大な戦車を相手に接近戦の距離まで迫る。
 
 そこまで来ると、大型のガトリング砲は不利だ。
 砲身が長い分、近距離の目標を狙いづらい。
 
「やあああああああっ!!」

 樫の木のように太く強固な機動歩兵の脚に向けて、彼女の蹴りが飛ぶ。
 かすかに揺らいだ機動歩兵が、すぐに上体を旋回させ、二本の丸太のごとき砲身を彼女にたたきつけようとする。
 その動きはあまりに急激で、一瞬、足下がお留守になる。
 それをまるで待っていたかのように、彼女は機動歩兵の脚に取り付くと、力一杯持ち上げた。
 反動がついて不安定になった機動歩兵が、たまらず真横に転倒する。
 同時に、二本の腕が彼女の身体を吹き飛ばす。

「っ!!」

 とっさに空中で体勢を立て直し、壁にたたきつけられる事もなく彼女は地面に降り立つ。
 機動歩兵の方は、なんとか機体を立て直そうとバランサーが絶望的な動きをする。
 

「……よぉし……今ならっ」

 両手を前に突き出し、精神を集中してプロテクトスーツのマテリアルに高周波ブレードのイメージを送る。
 両手の中に、確かに柄の感触が生まれると、彼女の手には長い高周波ブレードが握られていた。
 
 ハイパースティール製の刀身が、彼女の指示一つで高周波振動を発し、物質を両断する。刀身が一瞬、室内の壊れた灯りに煌めいて鈍く光る。
 
「たぁぁぁっ!!」

 力強く地面を蹴ると、体勢を立て直しつつあった機動歩兵の『左腕』……ガトリング砲の砲身に向けて鋭い刃を振り下ろす。
 金属質な音が響き渡り、切り裂かれたガトリング砲の部品が辺りに飛び散る。

「……っ!!」

 さらに一閃。
 機動歩兵の左腕の付け根に刀身を深々と突き刺し、横薙ぎに払う。
 搭載された弾薬の誘爆がおこり、一瞬視界が煙に包まれる。
 彼女は機動歩兵の機体を蹴ると、爆発に巻き込まれるのを避け、もう一人居るはずの男を捜す。

「………そこの商品棚の影に隠れてるわね? 無駄な抵抗を止めて投降しなさい」

 ディーが刀身で商品棚の一つを示すと、男はゆっくりと姿を現した。
 左手を挙げ、身体を半分だけ棚の影から出して、首を左右に振っていた。

「……投降するのね?」
「……」

 黙ったまま、そこから動かない男。
 黒い肌に長身……彼女はID照会の機能を発動する。

「……アーマッド・アリ……。投降の意志があるなら、直ちに両手をあげて………」

 言葉がとぎれる。
 アリの右腕には、一人の少女が抱きかかえられていた。
 首に手をかけ、ディーを睨みながらゆっくりと身体をあらわにする。

「……それ以上動くなよ、CNF……いや、CNGSか。どっちでもいい。アインのヤツはどうした?」
「……アイン? 彼は今頃外で保護を受けてるわ。あなたもすぐにそうなるわ」
「いいや、俺はそうならねぇ。いいか、この女は人質だ。お前はすぐにその武器をすててこっちによこせ」
「それは出来ないわ。この武器は……」

 彼女がプロテクトスーツに命じると、高周波ブレードはまるで無かったかのように消え失せる。
 
「……こうするしかないわ。さ、これで武器はないわ。彼女を放しなさい」
「まだだ!! 武器を隠してるだろう。……そうだ、両手を合わせてこっちに向けろ」
「………なんですって?」
「良いから向けろ!!」

 言われたように両腕を差し出すと、アリは手錠を取り出して彼女の両手首にかける。
 手錠からは鎖が伸びており、アリはその先端を握っていた。

「……おい、いいか、俺が逃げるまで動くんじゃないぞ。もし変な動きをしたら女を殺す!!」
「やめなさい!! 私は何もしないわ、しないから、彼女を放しなさい!!」
「やなこった。こいつは……逃げるまでの間の人質だ………」

 啖呵を切っていたアリの顔が凍り付く。
 同時に、網膜に警告が点灯し、背後で熱源が発生した事を告げる。
 ディーが身体を反転させるのと、回転する機動歩兵のガトリング砲が砲弾を吐き出すのは同時だった。

 砲身は彼女に向いてた。回避するのは容易だったが、それは同時に背後の二人をピンク色のミンチに変えてしまうことを意味する。
 それを悟った彼女が、両腕をあげて身体をかばう。防護フィールドにすべてのエネルギーを集中し、防御力を極限まで高める。
 だが、直径30mmの砲弾はその防御を突き破り、彼女の身体に次々とたたきつけられていった。

「あああああああああああああああっ!!!」

 その激痛は、言葉で言い表すことの出来るモノではなかった。
 本来なら身体を貫通し、彼女を粉砕する筈の砲弾はその運動エネルギーのほとんどを防護フィールドで奪われ、さらに強固に守られた彼女自身の身体へと着弾する。
 無傷というわけには行かない。
 プロテクトスーツに保護された部分に着弾すると、スーツの防御力を削りながら彼女の身体にはボクサーのボディーブロー程度のダメージを与えて砕け散っていく。
 保護されていない部分は、二次フィールドで運動エネルギーをさらに奪われ、代わりに熱エネルギーだけの存在となって肌を焼き、消散していく。
 いずれにしても、ディーは瞬間的に熱と衝撃の嵐に巻き込まれ、意識を失いそうになるほどの苦痛の中でのたうち回ることになった。

 砲撃が止む。機動歩兵の最後の痙攣にも似た動きが、彼女の戦闘力を完全に奪い、苦痛に満ちた悲鳴だけが倉庫内に響き渡った。
 両手を手錠で拘束された彼女がたおれこみ、痛みと苦しみにのたうち回る。

「………あ、ぐうっ………ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ……」

 プロテクトスーツの機能が低下している事を告げるアラートが網膜に投影される。
 だが、彼女の脳は既にそれを処理するだけの力を失っていた。
 ただ、焼ける感触と灼けつく痛みに打ちひしがれ、涙を流しながら荒い息を吐くだけだった。
 
 と、不意に背後から彼女は髪を掴まれ、新たな苦痛と共に身体を引き起こされる。

「やっ………ああっ」
「いいねぇ。俺は女が苦悶の表情を浮かべて泣き叫ぶのが大好きなんだよ」

 アリだった。彼は、口元から涎をたらしながら、興奮した表情で彼女を引きずり起こす。

「……助かったぜ。あんたがいなかったら、俺もこの女もあのブタの砲撃でミンチになるところだったからな」

 そういいながら、ズボンのチャックを降ろす。

「おい、ブタ!! 生きてるのか? 生きてるならさっさと起きろ!!」
「……………ブタ、じゃ、ない、おれ、は、ふぉ……ふぉる……クスだ」
「ちっ、………壊れて使い物にならねぇか? ったくよぉ」

 どなりかえしながら、ズボンから肉棒を取り出す。
 黒光りする逸物が、天を衝くばかりに屹立しているのが目に入り、ディーの表情に恐怖の色が加わる。
 
「……もっと見せてくれよな。………苦しみの表情を」

 アリがゆっくりとディーの髪を捻りあげる。雑巾でも絞るように。。
 新たな苦痛に悲鳴を上げたディーが、身体を捻って逃れようとするのだが、その動きをする度により一層きつく絞り上げる。
 
「じたばたするんじゃねぇ!! おい、そのスーツを脱げ。兄貴に渡したら喜ぶ事だろうさ」
「………い、……や………ああっ!!」
「おとなしく言う事を聞けってんだよ!!」

 怒りに満ちたアリの声が反響する。
 と、不意にアリの側から人影が走り出る。
 さっきまで茫然自失だった少女だった。まるで、弾かれたように彼女はアリの側から走り出し、出口に向けて一目散に駆けていく。
 
「なっ……待て、このアマ……」

 とっさにディーから手を放し、拳銃を構えるとねらいを付ける。

「や、やめて……やめなさいっ!!」
「……やかましい!! ぶっ殺してやる!!」
「やめてぇぇぇぇっ!!!」

 アリが拳銃の引き金に指をかけ、少女の背中に照準を合わせる。

「いやあああああっ!!!」

 ……甲高い音と共に、銃弾がアリの手から拳銃をはじき飛ばす。
 間宮勇人が、硝煙の立ち上る拳銃を構えたまま、アリに相対する。

「……アーマッド・アリ。喧噪罪、婦女暴行、その他余罪多数。現行犯にて逮捕する」

■CNGS管理本部医務室
 1月11日 12:30


 正午になると、この季節とはいえ少し暖かくなる。
 間宮勇人は、CNGSの管理本部にある医務室の一角にある、療養室へと向かった。

「ディー、大丈夫か?」

 ドアを開けて、勇人が部屋に入る。
 白一色の色彩の部屋にあるベッドで、ディーは彼女の分隊長を迎えた。

「ディー、具合は?」
「……昨日の今日でそんなに良くならないです」

 そう言いながらも、彼女は身体を起こしてベッドから降りる。

「お、おい……」
「いいんです。プロテクトスーツのおかげで内臓の損傷も骨の異常もありません」
「……すごい代物だな、あの口径の砲弾をくらっても大丈夫なのか……」
「ご心配おかけしました。後は火傷と打ち身の治療だけです」
「……無理するなよ」
「はい……」

 かすかに微笑みながら、彼女は勇人の方へと歩を進めようとする。

「え?」
「あ……っ」

 躓いたかのように、彼女の脚がもつれ、ゆっくりと勇人の方へと倒れ込む。
 勇人の手が彼女を抱き留め、太い腕が彼女の身体を支える。

「………あ」
「……す、すいません……」
「い、いや、いいんだ。無理するな」

 彼女を支えながら、華奢ながら意外とふくよかな体つきに勇人は驚いていた。
 ディーの方も、思ったより太く頼りがいのある勇人の腕にしがみつきながら、自分の取っている姿がどんな物かを想像して赤くなる。

「……あの……」
「え?」
「も、もう大丈夫ですから、放してください」
「あ、ああ……」

 心なしか名残惜しげに、勇人が手を放す。
 ディーがかすかに微笑むと、勇人の方を見上げた。

「あの、分隊長?」
「うん?」
「その、申し訳ありません、こんな……」
「……………」
「こんな事になって……。分隊長も危険な目に合われて……」

 勇人の手が優しくディーの髪を撫でる。
 
「……ディー。頼みがあるんだ」
「……え?」
「これからは、危なくなる前に俺を呼んでくれ」
「……で、でも……」
「俺だってCNGSの人間だ。プロテクトスーツほどじゃないが、装備の扱いだって出来る。それに……」
「…………」
「それに……」

 勇人が言葉を切る。

「俺は……大事な部下に死んで欲しくないんだ。もう、これ以上、一人も……な」
「………分隊長……」
「俺はな、部下だけに危険な事をさせたくはない。危険に飛び込むときは俺も一緒に飛び込む。そして、それを………」
「………」
「それを乗り越えるのも一緒だ。それが、俺の役割だと信じてる。だから……」

 勇人が再びディーの髪をそっとなぞる。
 かすかに火傷した額に指が触れる。痛みと同時に、何かこそばゆい感覚が彼女の中に流れ込んでくる。

「分隊長……」

 ディーは始め俯き気味に、少しだけそっぽを向いて勇人から目を逸らす。
 白い肌に、白い包帯が巻かれ、痛々しく見える。

「ディー?」
「……はい……?」
「その……早く治すんだぞ。次の出動の時は一緒に行くからな」

 煙草を取り出すと、勇人は口にくわえる。
 ライターを求めてポケットを探る手をそっと押さえると、ディーは微笑みながら言った。

「………分隊長」
「ん?」
「……病室内は禁煙です」

 ディーの手が離れる。
 銜えた煙草をケースに戻すと、笑いながらディーの頭を撫でる。

「……ディー」
「え? ええ??」
「今日から俺のことは『勇人』だ。は・や・と。よろしく頼むな、相棒」
「………あ………」

 立ち上がり、敬礼する勇人に、ディーは精一杯の笑顔で敬礼する。

「はい、よろしくお願いします、勇人さん!」

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