| ■CNGS 第七分隊司令室 1月16日 10:10 ディーが開発室に詰めるようになって、既に2日が過ぎた。 「……なぁ、ガーネット」 「………?」 「あのな、なんで君は麦茶を愛するんだ?」 「……はい?」 「いやさ、解るんだ。確かに手近なところにあるし、けど、紅茶を入れるのだってそんなに手間じゃないだろう?」 「ええ、麦茶はおいしうございますよ?」 「それに、俺的には冷えた麦茶は夏の暑いときにぐーっとやるのがいいんだ」 「確かに手近にあるのですが、紅茶を入れるのは結構『たいみんぐがしびあ』なので、苦手なのです」 「とりあえず、俺が君に求めるのは一つだ。紅茶の入れ方を憶えて欲しいって事さ」 「確かに、冷えた麦茶は暑いときに限りますわね」 どこまでもテンポのずれた会話をしながら、勇人は既に書類を三枚以上台無しにしていた。 ある時には何時の間にか電気ポットの中身が麦茶に入れ替わっていた。 ある時には、カップラーメンを麦茶で作るハメになった。 またある時には……。 そのたびに、彼の目の前の書類は様々な彩りを与えられ、ゴミ箱へと運ばれる。 だが、おどろくなかれ、書き始めてから24時間以上経って、漸く彼はすべての書類の必要事項を埋める事に成功した。 5枚の書類をひとまとめにして、封筒に入れる。 本部長の承認が得られれば、やっとこの書類仕事が終わるのである。 ……かつての彼なら2,3時間で終わらせていたような仕事なのだが……。 「……ガーネット、俺は今から書類を本部に出してくるよ」 「…………?」 「何かあったら、すぐに呼び出しかけてくれ。使い方は解ってると思う」 「……はい、解りました〜」 「じゃ、いってきます」 「はい、使い方は解ります〜」 ドアが閉まると、小首を傾げたガーネットだけが残されていたが、 「……いってらっしゃいませ〜」 彼女以外誰もいなくなった部屋で、その声だけがむなしく響いていた。 ■第三開発室 1月16日 11:00 「……準備いいか?」 「……っはいっ」 「主任……」 研究員の一人が、ラー主任に声をかける。 「ディーさんですが、少し心拍数が危険値に近いです。一度休んだ方が……」 「…………」 主任が腕時計に目を遣る。 今日の午前中が、第七分隊の待機リミットなのだ。 それを過ぎて任務が遂行できない事が判明すると……その時は……。 「ディー。苦しいか?」 「だい、じょうぶ、です……」 限界が近いのは、彼女の受け答えでもよくわかる。 無理もない。昨日は日付がかわるまでずっとVRSに縛り付けられていたのだ。 何度か意識を失い、何度か失禁までしながら、それでも彼女は彼らが満足行く結果が出せるまで自らの気力を振り絞ってくれていた。 ……だが……。 「……少し休もう」 主任はそういって、ヘッドフォンを外す。 同時に、数人が目の前のコンソールの電源を落とし、カレンがディーの拘束を解きにかかる。 ふるえる手で身体を支え、ディーは部屋から出ていく。 顔が真っ青だったことに思い当たった主任が、カレンの方を見ると、彼女は既にタオルを持ってディーの後を追いかけていた。 「……主任……」 「仕方ない……。ディーのスーツの強化実験はもう無理だな」 「はい……。出来るなら、もう少し安全性を高めてから投入したかったんですが……」 「今のところ、それを無理にするとディー自身に負担がかかりすぎるな」 主任が、目の前のスロットからDVD−RAMを取り出し、ケースに収める。 PSP−001と書かれたラベルが貼り付けられている。ディーが今日までに提供してくれた貴重なデータである。 「……主任!!」 一人の研究員が、隣室から一枚のディスクを携えて駆け寄ってくる。 主任がディスクを受け取ると、そこには『PSP−001 フェーズ2』とかかれたラベルが貼られている。 「先日ご指示のありました、PSP−001の改良が完了しました」 報告書を受け取った主任が、一枚一枚のページをめくる。 固定武装の装備、接近戦モードでの全周囲モーションセンサーの装備、防御力の向上、また、戦闘を接近戦に限定、射撃武器を搭載せず、格闘戦に対応した高機動性を実現……。 「まだ若干、メモリエリアに余力があるな」 「ええ、それをすべて防御に回しました。ZERO慣性制御システムがそれです」 接近戦で相手の手持ち武器が命中すると、現状のスーツでは衝撃を防ぐことが出来ない。だが、このスーツなら……。 ZERO慣性制御システムとは、手持ち武器のような、大きな運動エネルギーを持った武器を無力化する為のもので、物体の慣性移動をゼロにしてしまえるというモノだ。 まだ消費出力が大きいのが欠点ではあるが……。 「……うむ、なかなか良い出来じゃないか。……ディーはどうした?」 「はい」 幾分ましな顔色になったディーが、父親の側に立つ。 「ああ、紹介しよう。これは私の娘で、ディアナ・エクセレージ。ダイアモンドだ」 「はじめまして。ディーとお呼びください」 「ディー、彼は第二開発室から、新型スーツの設計を任されている、アキラ・バートン」 「はじめまして、ディーさん。お会いできて光栄です。お父上には色々と教わりましたが、未だに越えることは叶いません」 「こちらこそ……バートンさん、はじめまして」 ディーが頭を下げると、バートンは主任に視線を移す。 「では、フェーズ2は彼女に装備して頂けるのですか?」 「フェーズ……2?」 「私の開発した、PSP−001の発展型です、ディーさん」 戸惑った表情を浮かべて、ディーが父親の顔を見上げる。 「完成度の方は?」 「もうバッチリです。……こんな問題なら、すぐにでも解決できる事です」 「……よし、テストだ。……ディー、準備してくれ」 ディーに向かって、主任は指示を出す。 「新しいスーツをインストールしたインナーを用意する。ディー、済まないが着替えて早速準備してくれるか?」 「は、はい……」 「……どうした? 気分が悪いのか?」 「いえ、大丈夫です」 うかぬ顔をして、ディーは部屋から出ていった。 「……どうしたんです?」 「流石に、無理があるようだ。昨日は15時間近くぶっ続けの訓練だったからな。今日も朝6時からずっとVRSでの訓練を続けている……」 「無茶ですな」 「だが……時間がないんだ。今日の午後、おそらく第七分隊はコールを受ける。……その時に、動ける人間がいなかったら………」 唇を噛む主任。見かねたアキラが、ディスクを差し出す。 「PSP−002は既に準備出来ています。念のため、先に第七分隊に渡しておけば……」 「実戦でテストをしようというのかね? それは、研究者の態度ではないな」 「ですが、時間が無いのも事実です。それに、今の彼女にこのスーツの力を完全に使いこなせるとは思えないのですが」 「…………」 主任は何も言わなかった。 ただ、コンソールに向かって流れてくるいくつものデータを見つめていた。 ディーの心拍数、内臓や脳への負担、それに、血中糖分の不足……。 彼女は明らかに疲労の限界に達していた。 「………ディー………」 「主任。一日も早く、PSP−002を実用化する為にも、彼女のテストと分隊でのテスト、併用する事を許可してください」 「主任!!」 カレンの声が響き渡り、主任は振り返る。 ディーが新しいスーツを身にまとい、VRSの方へと脚を運んでいるところだった。 「スーツの『ロード』は完璧です。すぐにでもテストは開始出来ます」 「……………」 「…………主任……」 アキラの声と、流れてきたデータがラー主任の気持ちを揺さぶる。 だが………。 「……ディー」 「はい」 「………後少しだ。頑張れるか?」 「……はいっ!」 力強く頷くディーを見て、主任は覚悟を決めたといわんばかりの表情で振り返る。 「よし、戦闘プログラム#4から#15までを連続実施。格闘戦仕様機の実験に入る!」 「……主任、では私は……」 早くも動き出したカレンや他の研究員達を見ながら、アキラは諦めたように背を向ける。 と、その背中にラー主任の声がかかる。 「テストの結果をよく見て、次のステップに進む。その為にこのVRSがあるんだ」 「…………ですが」 「ディーが、テストで君のスーツの問題点を抽出してくれる。君は、そのデータを元に『完成品の』PSP−002を作るんだ」」 「……………」 不服そうなアキラを横目に、ラー主任は振り返って指示を出す。 「戦闘プログラム実行!」 ■VRS 仮想空間内 何度目だろうか。 ふわっと身体が浮いて、そして沈む感触と共に彼女は『戦場』に立った。 見慣れた荒野が、視界一杯にひろがる。 「………わ……」 だが、不思議なのは、彼女が意識すれば背面までの全周囲の視界を一望に出来る事だった。 何百ものカメラモニターが目の前に並べられている………そんな印象のある視界だった。 「……すごい……これ、全部見える……」 ただ、彼女が今まで使っていた幾つかの機能は使えなかった。 なかんづく、意識を集中して遠距離を見ようとしてもうまくいかないのだ。 「……主任、これ……」 『ん?』 「近距離センサーに特化してますね」 『そうだ。接近戦ではかなり威力を発揮してくれる。それにあわせて、脅威感知センサーもかなり近距離に特化しているぞ』 通信も、視界を無駄に塞がないようにする為か、音声のみで入ってくる。 『……ディー、行くぞ。《鳥》をとばすぞ』 ラー主任の声が聞こえる。ディーは、もう何度と無く自分を打ちのめしてきた『鳥』の来襲に備え、全身を緊張させる。 不意に、それが急接近してくるのが見えた。遠距離のセンサーが装備されていないため、発見出来たのは随分最近だった。だが………。 「……見える………っ」 真後ろ、側面、あらゆる角度から放たれる荷電粒子砲弾は、彼女の目の前でまるで蝸牛の這うような速度で迫ってくる。 判断して、その合間を縫って回避するのはいともたやすく感じる。 はじめ、大きく避けていた彼女だが、ふと思い立つと、装備できる武器のリストをダウンロードする。 「……戦闘前にやる事よね、普通……」 呟きながら、リストを確認する。 だが、彼女はそのリストを見て唖然とする事になる。 「……ナイフ、トンファー、高周波ブレード、レーザーブレード……って、接近戦武装ばかりじゃない……」 呆れたように呟いた彼女は、まだ使い慣れている高周波ブレードをローディングする。 「……重……いっ……」 彼女が扱っているものより重たい、それゆえに威力の高い接近戦用の刀をロードすると、両手で握りしめる。 再び『鳥』達が位置を決め、彼女に砲口を向ける。 だが、まず最初に二機の『鳥』が密集しているところに踏み込むと、ブレードを一閃させる。 砲撃するいとまもなく、『鳥』は二機まとめて破壊され、地面に転がって爆発四散する。 残りの砲撃が背中から襲ってきたが、見えている上にそんなスローモーションのような動きのそれに当たる筈もない。 身体を少し泳がせ、すぐ側を擦過していくビームの光条を横目に、握りしめた刀を振るう。 手応えがあり、視界の端で粉々になった『鳥』が、力無く地面に落ちていくのが見える。 「……すごい……これ、なんで……こんなに………」 残りの『鳥』がポジションを取り直そうと動く。その瞬間を狙って、彼女はまた2機の『鳥』が密集するところへと急接近し、それをたたき落とす。 さらに飛んでくる砲撃を紙一重で交わしながら、刀は右に左に振り下ろされる。 ■第三開発室 モニター前 「す、すごい……なんてパワーだ……」 研究員の一人が息を呑む。カレンも、モニターを見ながら目を丸くしていた。 「……こんなにかわるものなんですか? ……同じスーツなのに……」 襟の形が、若干変わっている。だが、それ以外の外見的変化は全くない。 それなのに、彼女はさっきまでとは別人のような動きをする。 だが………。 「テスト中止。……こんなスーツで戦っていたら、ディーの身体がもたん」 「なっ!?」 「……フィジカルブーストだ。強化人間ならいざ知らず、普通の人間のディーにこんなものを扱わせるとは………」 モニターがブラックアウトする。と同時に、椅子に固定されたディーが身もだえしてのたうち回る。 カレンが慌てて拘束を解き、マウスピースを外すと、ディーの口から聞いたこともないような苦痛に満ちた悲鳴が漏れ出てくる。 「……鎮静剤だ。それと、消炎剤を持ってこい。急げ!!」 ラー主任の声と共に、数人がかけだしていく。 アキラ・バートンが驚いた顔でディーに走り寄ってくる。 「な、なんだ、一体何があったんだ??」 「触るんじゃない。ディー、ディー、しっかりしろ、何処が痛い?」 「あ……うあぁっ……か、身体中が……うああっ……」 「消炎剤と鎮静剤、用意しました」 「貸せっ!!」 ラー主任が自ら鎮静剤を口に含み、ディーに口付けする。 食いしばった歯を、舌でこじ開けて少しずつ薬剤を唾液と共に流し込んでいく。 「……っ!!」 激しく痙攣したディーが、主任の舌を噛む。だが、その痛みにかまわずにラー主任はディーに薬剤を流し込み続ける。 「………ぁっ!!」 ディーの唇を解放すると、ラー主任はそのまま消炎剤を手にとって、ディーの二の腕や脚にすりこんでいく。 治ったばかりの脚が、腕が、真っ赤に腫れているのを見てカレンが息を呑んだ。 「これは……」 「アキラ、君が考えた『問題点の解決』とはこんな事なのか?」 「……こんな、こんな……」 「ディーはいつでも真剣だ。だから、全力を出して戦う。フィジカルブーストの力を借りれば、確かに人間離れした動きが可能だし、反応速度もすさまじい速さにはなる。だが………」 怒りに満ちた声に、アキラが一歩さがる。 「人間の身体はそんな動きに耐えられるようには出来てないんだ。無理な機動をした身体がどうなるか……よく見るんだな」 まだ椅子の上で悶えているディーは、それでも幾分楽になったのか、目尻から涙を流して、せき込みながら父親の背中を見上げていた。 カレンが口元と涙をハンカチで拭いながら、彼女にしきりに痛いところを聞いていた。 「………大丈夫ですか、ディー。どこか……痛いですか?」 「あ……ぅぅっ………だ、い……じょう……ぶ……」 「無理をするな。少し身体が落ち着いたら、ベッドに連れて行ってやるからな。もう少しの辛抱だ」 「でも、……でも、テストが……」 「いや、いいんだ」 ラー主任がアキラを振り返ると、先ほどまでとは明らかに違う調子で声をかける。 「……アキラ君、君の作ったスーツの性能はすばらしい。もう少し、使用する人間の事を考えて作れば完璧に近いんだが」 「……はい」 「フィジカルブーストにリミッターをかけたまえ。それと、武器だが、もう少し扱いやすいように威力を押さえて重量を軽くしてやってくれないか?」 「わかりました。すぐに修正します」 「他は申し分ない。ただちに第七分隊のガーネットに届けてやってくれ」 「……え?」 アキラは、意外そうな顔でラー主任を見上げた。 主任が、大きくうなずくと言葉を続ける。 「……さっきも言ったろう? スーツの性能は申し分ない。さっき言った修正を加えれば、実戦投入出来るほどにな」 「…………」 「いいか、君の天才的な閃きや、高い計算能力はすばらしいものだ。あとは……」 ふと、視線をディーの方へと向けるラー主任。 「使う人がどう使えるかを考えて、作ってくれたまえ。使うのは機械でも数字でもない、人間なのだからな」 「………はっ」 ディーに深々と頭を下げたアキラが、ラー主任に促されて部屋を出る。 カレンが、一生懸命にディーの汗と涙を拭ってやっていた。 「……く……ぅ……」 悔し涙を流すディーに、ラー主任の手が添えられる。 「……ディー、ありがとう。よくやったな」 「……お……父様……」 意識が混濁しているのか、あるいは痛みで弱気になっているのか、ディーが人前であるにも関わらず、父を父と呼ぶ。 「……大丈夫だ。もうテストする必要もなくなった。あのスーツにちゃんとリミッターをかければ、高性能を発揮するスーツだと解ったからな」 だが、ディーは何度も首を横に振る。 「……いいえ、いいえ……お父様、私は……私は、お父様の作ってくださったスーツで戦いたいです」 「……ディー……」 「お父様が、このシャードを……このシャードに住む人たちを守りたいと願いをこめたスーツなんです。私、そのスーツで戦いたいです……」 「…………だが……」 「お願いです。テストが必要ならまた幾らでもデータを差し上げます。部隊に戻った後で、またテストをする必要があるなら……」 「……わかった、ディー、解ったよ……」 ディーの頬に手を添えて、父親は優しい顔で微笑んだ。 「……今日までのデータをまとめて一度形にしよう。さらなる改良の必要はあるが、とりあえずは……」 「……お父様」 「ディー。身体をいたわってくれ。その痛みも、炎症もあと数時間で収まる」 「………はい」 「それまでは、ゆっくり眠るといい」 カレンが、キャスターの付いた担架を運んでくる。 父親が娘をそっと横たえると、カレンに、後を頼む、とだけ言って再び自分の机にあるコンソールに向かう。 ディーが、その後ろ姿をじっと見ながらドアの向こうに消えていったことを、彼はちゃんと知っていた。 ■E12/N29地区 喫茶店「ヘッドドレス」 1月16日 正午 CNGS第二分隊の隊員達が席に着くと、ウェイトレスはにこやかな笑顔で彼らに応対した。 ここで食事をする彼らは、CNFの隊員達と違って好意的に見られていた。 何しろ、このシャードを守ってくれる最後の兵なのだ。 それぞれが軽い食事を注文しながら、お互い軽口をたたき合う。 ウェイトレス達も、時にはその会話に混じって談笑する。 そんなごく普通の午後の光景は、一発の砲弾によって無惨にうち砕かれた。 轟音と振動が店内を駆けめぐった。 着弾した砲弾が炸裂し、側にいたウェイトレスと第二分隊の隊員3人を粉々に粉砕した。 そこにあったテーブルの破片だけが辺り一面に散らばって、其処にいた男女の形跡は綺麗にかき消されていた。 室内にある可燃物が一斉に引火した。傷ついたガス管からしゅーしゅーと音が漏れていた。 電灯が壊れ、火花が室内を異様な色合いに染め上げる。静かにちょろちょろと燃える炎と、その火花だけが室内の照明だった。 うめき声をあげる隊員達。カウンターに居た店主は、無傷だった。首が無いという点をのぞけば。 飛んできた砲弾の破片が彼の首を胴体から奪い去った。首は壁にたたきつけられて茶色のしみになった。 後の者達も多かれ少なかれ傷を負って地面に転がっていた。 引火したガスが、室内に残ったもの達をすべて荼毘に付した。 ■CNGS 第七分隊司令室 1月16日 12:10 第七分隊司令室に、『それ』が届けられたのは、非常呼出が鳴り響くわずか10秒前の事だった。 一着のインナースーツ。ディーが、スーツの下に着込んでいた、水着かレオタードの様なインナースーツだった。 「……PSP−002。試作型の近接戦闘対応スーツです。ガーネットさん、貴女のものです」 アキラ・バートンと名乗った男が、そのスーツを彼の名指した女性……小柄な、おっとりした女性に手渡す。 一瞬戸惑ったようにそれを受け取ったガーネットが、何かを言おうとしたその時、警報が鳴り響いた。 「はい、第七分隊」 『管制室です。E12/N29地区にてテロ行為発生。第二分隊が全滅、第三分隊が応戦しつつ救助活動を行っています。近辺にテロリストが隠れている可能性もあります。第三分隊を支援してください』 「……他の分隊は?」 『治安レベルの関係で、第四分隊以降は持ち場を離れる事は出来ません。第七分隊に出動要請します』 「わかった」 第四分隊以下の分隊は、まだ定数を満たしていない。その状態では他のエリアに出向くのは命取りだ。 だが、第七分隊は、一人一人が一個分隊以上の働きをする。………と、少なくとも説明をされている。 答えると同時に、勇人はガーネットに向かって指示を飛ばす。 「よし、ガーネット、すぐにインナースーツに着替えてくれ。俺は指揮車両を準備してくる。5分で着替えて、格納庫に来てくれ、良いな?」 「………?」 勇人は、今度は答えを待たずに部屋を後にした。背後ではドアが閉まる音が響き、アキラと名乗った男の狼狽した声が聞こえて来る。 だが、勇人は振り返ることも無く、ただひたすら地面を蹴った。 向かう先は指揮車両の格納庫。……ガーネットがもう今頃は準備を終えていると、彼は信じていた。 反応は遅くとも、行動は遅くない、と彼はここ数日の彼女を見て感じていたのだ。 ■CNGS 指揮車両格納庫 1月16日 12:20 「……来たか」 ほとんど待つ事無く、彼女は姿を現した。 小柄な身体をインナースーツに包み、しなやかな手足をあらわにした彼女は、ゆっくりと、だが無駄のない動きで彼の側に近づいてきた。 「………?」 「ガーネット」 「…………?」 「いいか、無理をするなよ。スーツがあるからといって無敵って訳じゃないんだ。君自身は生身の人間で、そして……」 「……はい」 「そして、君が無事に帰ってきてくれる事を本気で願っているヤツがここにいるって事を忘れないでくれ。………以上だ」 「………はい」 運転席に飛び乗った勇人を見送り、ガーネットは後部座席のドアを開けて乗り込む。 「……って………」 不意に赤面する。今頃になって、勇人の言葉が頭にしみこんできたのだ。 それは……。 「……た、隊長……さん……」 声は驚くほど小さかった。 彼女は戸惑っていた。 心配してくれる人がいるという事が、これほど心強い事だと思わなかったから。 そして、入院している先輩であるディーを見舞いに何度も足を運んでいた勇人を思い起こし、彼がどれほど部下を大事に思っているのかを考えた。 「………隊長……さん。がんばります、私。……ですから、心配なさらないで……」 その言葉が終わる頃には、指揮車両は現場に着いていた。 ■E12/N29 喫茶店『ヘッドドレス』跡 1月16日 12:50 「うわ………ひでぇ」 そう呟いた隊員が、両腕を吹き飛ばされた女性と、ともに倒れている元同僚……CNGS第二分隊の隊員……を、やるせない気持ちで見下ろした。 既に救急車は満員で、偶然通りかかった市民の中にも多数のけが人が出ていた。 第二分隊は、ほぼ全滅だった。偶然、昼食を取りに集まっていた所にテロ行為が行われたのだ。 8人の編成人数中、5人が即死、3名は行方不明。 おそらく、瓦礫の山と化したこの喫茶店の残骸を片づけるに従って、死傷者の数は増えていくのだろう。 「……酷いな」 「くそっ、救急車はまだか? 生存者が居たらすぐに運べるように………」 口々に叫ぶ分隊員達が、それでも生きている者がいないかと声をあげながら、瓦礫をのけていく。 室内で爆発したのであろう、砲弾の破片が、堅いコンクリートの壁にぶつぶつと大穴を空けていた。 「畜生め、テロリストめ、畜生め………」 隊員の一人が、泣きながら大きな瓦礫を持ち上げる。 瓦礫が舞上げる埃の中に、一本の赤い線が走っているのに気付いたのは、そのときだった。 「………?」 動きを止めて、その線を見ていく。 まっすぐに、それは彼の胸の中心線へとのびている。 「………なんだ……」 通常、CNGSの隊員は現場では、武装と装甲をきちんと身にまとって出動することになっている。 だが、作業の邪魔という理由で、彼はそれらを身につけては居なかった。 彼は、自分を殺した砲弾がどこから飛んできたのかを教えなかった。脅威がまだ去ったわけではないという警戒を、他の隊員に与える事には成功した。 胸部に命中し、炸裂した50mm砲弾が彼の上半身を粉々に粉砕し、下半身をぐちゃぐちゃのミンチにした。 全員が呆然と見守る中、かつての同僚だったモノが地面にべちゃっと音を立てて倒れ込む。 「………敵襲!!」 漸く我に返った一人が警戒の叫びを上げる。 武装したままでいた分隊長が、素早く瓦礫の一つに身を潜め、全員に武装するように促す。 通常分隊の隊員達は、武装を、『サーバー』と呼ばれるコンピューターにアクセスする事で『ダウンロード』して使用する事になる。 同時に100人までの武器をそろえる事が出来るという、『サーバー』は、見事にその役目を果たした。 数秒後には、完全武装したCNGS隊員7名が、それぞれ瓦礫の後ろに陣取っていた。 「……索敵!」 「はいっ!!」 まだ若い、索敵偵察要員が、その高性能センサーを装備した端末機を操作する。たちまちのうちに、まだ熱を持っている砲身が捉えられる。 「目標、前方、距離190!」 「各員、装填。徹甲弾、距離190!」 「装填よし!」 隊員達が答えると同時に、再び50mm砲弾が瓦礫の一つを粉々に粉砕する。 だが、その一撃は高いモノについた。全員が砲撃の元を視認することが出来たのだ。 両腕を50mmリニア・ライフルに改造した強化人間が、まだ硝煙立ち上る砲身をまっすぐに彼らに向けて、ゆっくりと前進してきたのだ。 右腕にあたる砲身の上に、レーザー距離測定器を備えており、狙撃をするときはそれを用いるのだろうと容易に理解出来た。 「……撃て!!」 隊長の号令一下、隊員達の手にする40mm対人ライフルが一斉に火を噴いた。 対人、といっても装甲を施した強化人間を撃破するために用意された、装甲貫徹弾だ。 放たれたうち3発は、建物の外枠に当たったのか、派手な火花を上げて窓枠を吹き飛ばした。 だが、残った4発は狙い過たず、装甲を施した強化兵に命中した。 命中した装甲表面で何度も爆発が起こり、のけぞった強化兵がそのまま仰向けに地面に倒れた。 隊員の一人が嬉しそうにガッツポーズを取る。 「やった!」 他の全員が気を抜かずに砲口を強化兵の方へと向ける。少し浮かれたことを恥じるように、その隊員は銃を構えなおす。 倒れた強化兵は動かない。ゆっくりと前衛チームが近づいていく。 と、横合いから光条が走る。 一人はその光に両脚を薙ぎ払われて、もんどり打って倒れ込む。 灼かれた両脚がじゅうじゅうと焦げる音を立てているのを見て、別の一人がパニックになる。 「……レーザー!!」 「遮蔽煙幕展開!!」 後衛チームから、発煙グレネードが放たれる。傷ついた隊員を護るように、煙幕が展開され、同時に全員が赤外線センサーで敵の動きを探る。 レーザーのような大出力の兵器を使用すれば、熱ですぐに居所が分かる。……一方でレーザーの光条を煙幕で防ぐことも出来る。 傷ついた隊員が、何度もうめき声をあげて助けを求める。 煙幕の中で、前衛の隊員が傷ついた相棒を助けるべく前進する。 ふと、目の前に巨大な壁を見つけて、彼は唖然とする。 「敵っ!!」 強化兵独特の、いびつな人型のフォルムを確かめるや、彼は手持ちのライフルを構えて腰だめに射撃する。 だが、その影が一瞬揺らいだかと思うと、次の瞬間には彼の目の前に具現化していた。筋骨隆々とした、ボディービルダーの様な身体を誇示しながら、それはゆっくりと腕を振り上げた。 左腕に埋め込まれたナイフの刃が、鈍色にきらめいた。 「…………っ!!」 銃をあげてかろうじてその斬撃を受け止めるが、銃はまっぷたつに切り裂かれてしまう。 「ひぃっ、ひぃっ……」 必死の思いで身体を後ろにずらしながら、後ろへ後ろへと逃れようとする。 と、銃声が響き渡り、再び40mm砲弾が強化兵を襲う。 数歩蹈鞴を踏んでとどまった強化兵を後目に、二人の分隊員が必死でその場を後にする。 「………おい、あの五月蠅いのを黙らせろ!!」 強化兵が、倒れている相方に怒鳴りつける。 ゆっくりと身体をもたげる様を、第三分隊長は息を呑んで見守った。 装甲にわずかに凹みが見られたが、徹甲弾を受けた割には平然として立ち上がる。 爆発は、表面だけで起きていたかのようになんらダメージを与えていないかのように思える。 「……リアクティブ・アーマー……か? まさか、そんなものを強化兵が着込んでいるとはな……」 第三分隊長が呟く。 「……分隊長!!」 叫び声と共に、数人が銃を構えて前方を睨む。 煙幕に紛れて、幾つかの影がゆっくりと彼らに向かって近づいてくるのが見えた。 「まだいるのか?!」 「強化兵ではありません、人間です……」 「レーザーを撃ってきたのは奴らのようですね」 ライフルを構えたまま、二人の分隊員が分隊長に報告する。 赤外線センサーでは、人間の体温程度の温度を捕捉する事は出来ず、有視界戦闘……即ち、目に見える相手を片っ端からブチ倒す戦い方に移行する事になる。 狙撃チームが、センサーに捉えてある強化兵に一斉に射撃を行い、牽制する。 と同時に、分隊長と残り2人が、視界に入る姿を片っ端から射撃していく。 強力な電磁石の反発作用で射撃するリニア・ライフルの静かな射撃と、レーザーの音のない光条が交差する。流石にベテランの第三分隊員達は、煙に紛れて接近する敵を確実に捉えていた。 分隊長の視界に、一人の影がさっと飛び込んでくる。視野を横切ろうとする動きは急すぎた。乱れた煙幕の流れを読むと、その行き先に立て続けに2発、40mm砲弾を撃ち込む。 悲鳴があがり、続いて重い物を落とすような、ごとんという音が続く。別の影が彼の視野の隅を走り抜けたが、指示するまでもなく彼の部下がその影を打ちのめした。 一瞬、煙幕の中で何かが光ったのが見えた。 「伏せろ!!」 部下達に叫ぶと同時に、自分自身は床に腹這いになって敵方を睨む。 強化兵が放った50mm砲が、彼の頭上を越え、狙撃チームの隠れている壁を貫通したところで爆発した。 狙撃チームの一人はその爆風から逃れるように身体を飛ばし、地面を転がった。 だが、もう一人は全身に砲弾の破片と爆風を受け、ボロ雑巾のようになって地面を滑り、壁に当たって動かなくなった。 「……クソったれめ!!」 彼らの持つ40mmリニア・ライフルでは強化兵達を相手にするには力不足だった。 元々対人用の物に、対強化兵用に徹甲弾を装填したものだ。火力不足はいなめない。 もっと口径の大きな重砲が欲しかった。だが、第三分隊にはまだ予算不足の為、配備されていないのだ。 「……畜生!! 応援はまだか?!」 その声に応じるかのように、指揮車が走ってくるエンジン音とサイレンが聞こえてきた。 分隊長がにやり、と笑って部下達にいつでも撤収出来るようにと指示を出した。 至近距離まで迫っていた敵のレーザー・ライフルの光条が、彼のすぐ側ではじけた。 振り返った隊員達が、そのテロリストを蜂の巣にした。 気を抜くのはまだ早い……。 ■E12/N29 喫茶店『ヘッドドレス』跡 1月16日 13:10 指揮車両から、勇人が第三分隊と連絡を取るべく通信機のスイッチを入れる。 と同時に、パニックに陥った者達の悲鳴がスピーカーからあふれ出した。 「……こちら第七分隊、第三分隊、応答願います」 『助けてくれ、助けてくれ……』 『撃たれた、撃たれた……許してくれ、頼む、許して……』 『こちら狙撃チーム、ブラボー。指示を願う、指示を……』 『撤退だ、支援してくれ、撤退だ……』 秩序ある連絡を諦めた勇人が、喫茶店跡に車を近づける。 ふと、一人の男が喫茶店から這い出て来るのが見えた。 勇人が何も言わない間に、ガーネットがふわりと車から降りてその男性を抱え上げる。 「………」 「……た、助けて、助けて……」 「………?」 「ガーネット、今救急車を………」 言いかけた勇人の言葉を遮るように、爆発音が響き渡る。 破片が周囲にパラパラと飛んでくる。 顔を向けると、喫茶店跡の壁に隠れて、第三分隊の隊員達が反撃しているのが見えた。 その向こう側から、強化兵と思われる影がふたつ、威圧的に歩いてくる。 片方は、腕を砲身に改造したタイプの射撃用強化兵。もう片方は、威圧的な肉体に、ナイフの刃を埋め込んだ格闘用の強化兵。 勇人が、指揮車のカメラで捉えた映像を、CNGSのホストコンピューターに転送する。 ややあって、端末機に強化兵の情報が送られてくる。 『XDR−020 支援砲撃強化兵』 『XFR−019 格闘戦用強化兵』 それぞれのデータを呼び出すと、勇人はそれらをガーネットの方へと転送する。 「……ガーネット、二体を同時に相手するな。一体ずつ片付けろ!」 「……………。了解です」 タイムラグの後で、受領通知を返すガーネット。 もう慣れた勇人が、続いて立て続けに端末機を叩いた。 まだ、彼にはすべきことが幾つか残っているのだ。 「ガーネット、第三分隊を援護してくれ!! 第三分隊、ガーネットがそっちに行く。撤退を援護するから、後退してくれ!!」 『第三分隊了解!』 「…………」 何も言わずにガーネットが突進する。深紅のスーツに、赤いヘアバンド。 そのコールサインにふさわしい色彩のスーツが、赤い疾風となって強化兵達の方へと向かっていく。 「了解ですわ!」 タイミングが遅れたものの、受領通知を出したガーネットは、そのまま風のように第三分隊の隊員達の側を駆け抜ける。 同時に、第三分隊に向かって発砲していた男達の注意が、その赤いスーツに集まる。 同時に、響き渡る大音声で投降を促す言葉が聞こえてくる。 「我々はCNGS第七分隊、ジュエル・ボックスだ。直ちに武器を捨て投降せよ!!」 だが、その声がまだ終わらぬ間にガーネットはさらに間合いを詰める。 放たれる光条は彼女の足を止める事すら出来なかった。 銃身を掴み、そのまま身体ごと肘をたたき込むガーネット。 吹っ飛んだ男の身体にさらに追いすがり、今度は上から肘を振り下ろし、地面へとたたきつける。 別の男がレーザー銃の照準を合わせ、トリガーを引き絞る。 だが、その光線が放たれる寸前に彼女は身体を跳躍させ。一気に男との間合いを詰める。 驚愕した男が、照射した状態のレーザー銃を振り上げたものの、光線は彼女の身体に傷一つつけることなく消散する。 片腕でそのレーザー銃を叩き折ると、驚いて後じさった男の数倍の速さで後ろに回り込み、身体ごと床に押さえつける。 「…………」 「く、くそっ……」 「おとなしくなさい」 手錠をはめる動きはなめらかで、よどみがなかった。 「くそっ、レーザーじゃダメだ!!」 男達が一斉に背を向けて逃げ出す。 だが、彼女は地面にうつぶせになった男をそのままに、逃げる男達に追いすがる。 「……おっと、待った」 その彼女の前に、巨大な影が立ちはだかる。 左腕に埋め込んだナイフの刃を誇示しながら、格闘強化兵がゆっくりとにじり寄ってくる。 「ふんっ!!」 鋭い斬撃が加えられる。ほんの数ミリの差で、ガーネットはその刃をやり過ごす。 だが、振り下ろした刃が真っ直ぐに振り上げられてくる。握られているのではなく、腕に直接取り付けられた刃は、自在に向きを変え、切っ先を彼女に向けて急速に迫り来る。 腹部に深々と突き刺さったナイフ。吐血する少女……それが、格闘強化兵の視界に映った姿だった。 勝利を確信し、にやりと笑い、とどめを刺すべく拳を振り上げる。と、目の前に居た少女の姿が不意にぼやける。 「………?!」 残像が消えると同時に、背後から強烈な蹴りがたたき込まれる。 あの一瞬で、小柄な彼女は背後に回り込み、背中を貫くような鋭い蹴りをたたき込んだのだ。 たまらず身を折った格闘強化兵の身体を踏み台に、跳躍した彼女は真っ直ぐに稲妻のごとくさらに蹴りをその後頭部へとたたき込む。 格闘強化兵は狼狽えながら、ガーネットを探し求めて顔を左右に向ける。 が、ガーネットの姿を捉えることが出来ずに、うなり声をあげる。 「おい、相棒、こいつをぶっ飛ばせ!!」 声に応じて、射撃強化兵が腕を真っ直ぐにガーネットの背中に向ける。 照準を合わせ、引き金を引くと同時に、装甲車をも破壊する50mm砲弾が放たれる。死角から放たれた、必殺必中の射撃だった。 「……っ!!」 だが、その小さな少女はまるで見えていたかのように、その砲弾を軽くステップして回避する。 「ば、馬鹿なっ、何故避けられる!?」 驚愕した射撃強化兵が、何度も何度も砲撃する。 後ろを向いたまま何度もステップして避けながら、ガーネットはさらに格闘強化兵の死角へとまわっていく。 格闘強化兵はその動きにあわせて、行き先を塞ぐようにしてゆっくりと移動する。 「………っ!」 数発目の砲弾を、彼女は軽く回避した。と同時に、地面を蹴って大きく目の前の格闘強化兵の頭上へと飛び上がる。 真っ直ぐに見上げた格闘強化兵の肩を踏みつけ、彼女を掴もうとする腕をすり抜けて地面に着地する。 と同時に、彼女は右足を地面にそって大きく回転させる。 足下をすくわれた形で、格闘強化兵がつんのめったところで、今度は右足を軸にして左足を思いっきり蹴り上げる。 倒れ込んできたところを、顔面にしたたかなカウンターを受けてのけぞった強化兵が、たまらずに地面に転がる。 地面に倒れ込んだ姿を後目に、再び射撃強化兵の方に向き直るガーネット。 自分の額に、レーザー距離測定器の光が当てられているのもかまわず、その射線上にそって滑るような動きで急接近する。 射撃強化兵の右腕が光り、再び砲弾が彼女に迫る。 だが、まるで砲弾は彼女をすり抜けたかの様に、彼女の背後の壁を粉砕して飛び散った。 またも、彼女の高速移動で生じた残像を、砲弾が貫いたのだ。 驚くほどの速さで接近してくるガーネットの身体に、射撃格闘兵が再び照準をあわせようとする。 だが、彼女の速さは再度の射撃を許さなかった。 「う、うあああっ!!」 両肩に装備された機銃を撃ちながら、射撃型強化兵が必死で後じさる。だが、ガーネットにそんな銃撃が通用する筈も無かった。 最初の拳は、強化兵の顔をめがけて放たれた。ガードした右腕の上からたたきつけられ、銃身が飴のように曲がり、レーザー距離測定器が吹っ飛び、砲弾を詰めた弾倉が地面に落ちて耳障りな音を立てた。 苦痛の悲鳴を上げながら、強化兵がふるった左腕を掴むと、今度はそれを軸にして見事な一本背追いを決める。 地面にたたきつけられ、左腕の付け根で火花が散る。 のたうちまわるその巨体に馬乗りになりながら、彼女は強化兵の武装をコントロールするFCSのある、額に掌を向け、そのままたたき込む。 バシッ!! 鈍い、スパークの音が響いて射撃強化兵が動きを止める。 その姿を見た格闘強化兵が絶望的な雄叫びをあげる。 「相棒!!」 「……ここまでですっ!!」 おそらく射撃格闘兵に向かって言ったのであろう言葉は、格闘強化兵を計らずも挑発する形になった。 怒りにまかせて突進してくる強化兵の攻撃が命中する瞬間、またも彼女は高速移動を行い、格闘強化兵の背後へとまわる。 だが、その動きを予想していたかの様に、彼はその足を背後へ振り上げる。 予想外の動きに、ガーネットが一瞬蹈鞴を踏む。 今度は、格闘強化兵が攻勢に転じる番だった。 太い右腕を振り上げ、ガーネットの小さな身体を捉えにかかる。 その腕に手をついて、身体を彼の右側へと滑らせた彼女は、そのまま無防備なわき腹に掌底をたたき込む。 普通の人間なら悶絶するような一撃に、しかし彼は耐えた。左腕のナイフを真っ直ぐに切っ先をむけ、彼女に突き刺そうとする。 顔をわずかに傾げ、その一撃をやり過ごした彼女が、左腕を捉えて身体ごと地面に押さえ込もうとする。 だが、身体の小さな彼女に、それはすこし無理のある行動だった。 あっさりと彼女の体重を支えきった彼は、腕を振り下ろして勢いのままに彼女を地面にたたきつける。 地面で撥ねた彼女の身体に、今度は丸太のごとき太い脚が食い込み、数メートルを吹っ飛ばす。 壁にたたきつけられた彼女は、しかしゆっくりと身体を起こす。 顔に付いた埃と、頬に一筋ついた傷。そして、鼻からは薄い鼻血が出ている。 『ガーネット、大丈夫か、ガーネット!!』 通信機から、勇人の声が聞こえてくる。だが、彼女は答えなかった。 否、答えを言うために必要な時間を与えられなかった。 大したダメージを与えていないと悟った格闘強化兵が、息つく間もなく彼女に襲いかかったのだ。 大地を蹴り、雄牛のような突進を、ガーネットは軽く右へステップして回避し、そのまま身体を回転させて凶暴な突進の背後に回る。 蹈鞴を踏んで立ち止まった彼の、その死角へと潜り込みながら、彼女は足下からすくい上げるように肘を突き上げる。 背後から側頭部へ、見事に肘打ちを決めることが出来れば、おそらく格闘強化兵と言えど、ひとたまりもなく沈むことになるだろう。 小柄な彼女が、大地を蹴って赤い矢の様に後頭部を狙う。 「…………ぃやぁぁぁぁっ!!」 鋭くはないが、気迫のこもった声と共に、深紅の矢は狙い過たず、急所に命中した。 一瞬、格闘強化兵の目がじろり、と彼女を睨み、そして、そのまま白目をむくと地面に倒れ込んだ。 地響きを立てて格闘強化兵が倒れ込むのと、彼女が軽やかな身のこなしで着地するのは同時だった。 「……………」 『残った者は直ちに投降せよ。さもなくば、鎮圧する』 間宮勇人の声が飛び、レーザー銃を地面に投げ捨てた男達が次々と両手を上で組んでガレキの間から出てくる。 ガーネットが安心して構えを解いた。 後は、CNGSの他の分隊員が処理してくれる……。 彼女は隊員達が、投降してきたテロリスト達を手際よく捕縛していくのを、ほっとした思いで眺めていた。 その時だった。 不意に、彼女のセンサーに、急激に膨れあがる熱源体が映った。 「…………っ!! 危ないっ!!」 だが、彼女の警告が間に合わないことを、彼女自身が一番良く知っていた。 熱源体を探り、それが大型のロケット弾だと知ったとき、とっさに彼女は身体を投げ出していた。 防護フィールドを全開にし、極力広い範囲をカバー出来るように変化させながら、小柄な身体をその強化兵とCNGSの隊員達の間に投げ出したのだ。 同時に、格闘強化兵の身体に命中したロケット弾が、強化兵もろともに爆発を起こし、大量の破片をばらまいた。 破壊された強化兵の装甲の破片と、ロケット弾の破片、そして瓦礫が爆風で飛ばされ、丁度テロリスト達とCNGSの隊員達が集まっている辺りを襲う。 だが、その間に立った小さな身体が、その爆風と破片をすべて受け止める様に立ちはだかっていた。 幾つかの破片は、防護フィールドを抜ける事も出来ず、ただの熱エネルギーと化して風にながされていった。 だが、大きな破片をすべて消し去るにはフィールドは広がりすぎ、薄くなりすぎていた。 半ば溶け、半ば残った鋭い破片がテロリストの一人の首を切り裂き、CNGSの隊員の一人は胸に破片を受けてのけぞった。 だが、ガーネットは彼らより遥かに爆発源に近かった。 爆風と破片をまともに受け止め、体中に一斉に傷が走る。 額に大きな破片が当たり、血が噴き出す。二の腕と左足から、まるでかまいたちで斬られたように鋭い傷が出来る。傷口からは細かい霧状の血が噴き出した。 だが、被害は最小限に済んだ。CNGSの隊員が一人、重傷を負った他、テロリストが3名負傷、1名は即死した。 一瞬のパニックを、しかし彼らは見逃さなかった。 テロリストのうちの二人は、負傷した仲間を突き飛ばして逃げた。 残り5人が、一斉にCNGS隊員に襲いかかる。数の上では優位に立ち、さらにCNGS側が統制の取れない状態である事もあって、たちどころに状況が逆転した。 「しまった……っ!」 勇人はその様子を見て歯ぎしりした。 熱源はおそらく、あの半ば壊れた射撃強化兵だろう。指揮車のセンサーで探っても、倒れている筈の場所には見あたらなかった。 ガァン!! 不意に指揮車が大きく揺れ、センサーが至近距離にロケット弾が着弾した事を告げる。FCSが破壊されている為か、照準が甘く、直撃はしなかったが、それでも破片が指揮車の外装を叩く音が車内に響き渡った。 「ガーネット、ガーネット、大丈夫か? ガーネット!!」 叫びながら、指揮車のセンサーをフルパワーにして周囲を探る。射撃強化兵の居所を探らなくては、彼自身も危ないのだ。 ガァンッ!! ロケット弾が再び着弾する。外から悲鳴が聞こえるのは、おそらくCNGSの隊員達と、テロリスト達だろう。 敵味方お構いなしの状態の射撃である。モニターの幾つかがブラックアウトし、外に着けられたセンサーの幾つかが死んだことを告げる。 「ガーネット!!」 幾ら呼びかけても反応がない。 彼女のスーツが、既に防護フィールド発生能力を喪失している事を、モニターが告げている。このままでは、彼女の身体はずたずたに引き裂かれてしまう……。 「くそっ!!」 装備を身につける時間が惜しく、彼は身を守る装甲も武器も持っていない状態だった。 だが、指揮車の備え付けの自動小銃ならある。 あるいは………。 考える間もなく、彼は指揮車から飛び出した。 同時にロケット弾が再び着弾し、指揮車の運転席をめちゃめちゃに破壊した。 一瞬、ふわっと浮き上がった車体が、地面に付いたとき、運転席の真下にあるエンジンが火を噴き、同時にハロン247自動消火器の甲高い音が響き渡った。 「く……っ、ガーネット!!」 身を低くして、瓦礫の間を走り抜けながら、倒れて動かない赤いスーツの姿を求めて走る。 丁度、テロリストが彼女の身体を蹴転がして、失神している事を確かめようとしているところだった。 頭に血が上り、彼は口上を述べる事もせずに小銃を発砲した。 一人が肩から血を噴きだし、のけぞって倒れる。だが、残りの全員が、同時に彼に向けてレーザー銃を発砲してきた。 側に隠れていたCNGS隊員が彼を瓦礫の裏へと引きずり込んだおかげでかろうじて被弾せずにはすんだ。 「……無茶しないでください、間宮分隊長!!」 第三分隊の隊長だった。負傷はしているが、銃も装備も無事だ。 肩から血を流しているが、彼自身はまだ充分に戦えると行った表情だった。 「ガーネットが……」 「ええ、助けます。ですが、分隊長、装甲も持たずにつっこむのは無茶です」 「やつら……俺の部下を足蹴にしやがった。絶対に許すもんか……」 「同じ気持ちですよ。部下の半分が死んで、残り半分もこの体たらくです」 ふと、勇人の頭に冷静さが戻る。 この目の前の分隊長もまた、部下を沢山失ったところなのだ。 「……すまん」 「いいんです。それより、我々の戦姫を助けましょう。奴ら、人質にでもするつもりのようです」 目を向けると、彼女の身体にワイヤーの様なものを巻き付けている姿が目に入った。 両腕を高手小手に縛り、胸をぐるぐると巻いて、さらに腰、股間を通し、両脚を縛る。 その背後には、射撃強化兵の姿があった。FCSに応急処置をしている姿が目にはいる。おそらく、次の射撃はもっと正確なものになるだろう。 「おい、CNGS、聞こえるか!!」 射撃強化兵が、わずかにノイズの混じる声で叫ぶ。 「……この女の命は預かる。直ちに武装解除して前に出てこい。変な事をしたら、そく、殺す!!」 「……ちっ」 勇人が、銃を再び握りしめてテロリスト達を睨む。 既にワイヤーでぐるぐる巻きにされたガーネットが、射撃強化兵の足下に転がされていた。そのワイヤーの所々に金属製の箱が取り付けられている。 「……いくら強いと言っても、黒こげになっちまったら終わりだろう? なぁ、お嬢ちゃん」 倒れたガーネットの頭を押さえつけながら、テロリストが愉悦に満ちた声で語りかける。 力無く頭を振る彼女の目の焦点が合い、動かない身体に一瞬表情をこわばらせる。 「お、目が覚めたか? スイッチ一つで、アンタの身体は黒こげになる。ワイヤーを高圧電流が走るようになってるんだよ」 「………っ!!」 怯えた顔でテロリストを見上げるガーネット。 楽しそうに、彼は彼女の髪を掴んで顔を自分の方へと向けさせる。 「この箱、なんだかわかるか? レーザー銃のバッテリーだ。直列で10個も繋げば、人一人を黒こげに出来る位の電力を生み出せる」 「………」 「なんだ、怖いか? 怖くて声も出ないか?」 それもあったが、彼女はそれ以上何も言わなかった。 スーツが、その機能の大半を喪失している事を、彼女は知っていた。もはや、ただの少女と化した彼女に、今の状況を打破出来るとは思えない。 「………畜生……」 勇人の低い声が、第三分隊長の耳を打つ。 万事窮す。おそらく、ロケット弾はいつでも発射可能なのだろう。 射撃強化兵の腹部が開き、ロケット弾の弾頭が姿を見せているのが解る。 「おい、この女の事を知ってるヤツ、出てこい。お前の命は助けてやる。だが……」 腹部の弾頭がさらにせり出してくる。 「残りの奴らはミンチだ。かかかかかっ!!」 愉快そうに笑う射撃強化兵。 テロリスト達もあわせて大笑いする。 あと一息と言うところで、とんでもない事態に陥るハメになってしまった。 彼自身が、射撃強化兵に警戒していれば……。幾らFCSが破壊されたと言えど、強化兵にトドメを刺した訳ではなかったのだから……。 だが。 そこに奇跡は起こった。 はじめ、ガーネットを押さえていた男の身体が、急にふわっとういて、それから強化兵の足下に倒れ込んだ。 強化兵も、センサーの大半が死んだ状態では何がおこったか解らなかった。 「………なんだ?!」 一瞬の、純白の煌めき。 テロリストが二人、同時にのけぞって倒れる。 そして、その姿が彼らの目の前に現れた。 純白のプロテクトスーツ。 プラチナブロンドの、ポニーテール。 「………ディー……」 「ごめんなさい、分隊長、遅くなりました」 構えたライフルの銃口が再び煌めく。 ビーム弾が立て続けに吐き出され、ガーネットを押さえようとしたテロリストが立て続けにのけぞって倒れていく。 「CNGS第七分隊、ジュエルボックスです。これ以上抵抗をするなら、容赦しません」 「……テメェ………」 射撃強化兵が、ロケット弾を放つ。 ディーのセンサーが、その弾道を読んで身体をすっと低く構える。 ライフルを収納し、高周波ブレードを生成したディーが、ゆっくり身体を前に倒し、ロケット弾に向かって走り出す。 「ディー!!」 勇人の声を背に受けながら、彼女はすれ違いざまにブレードを一閃する。 その1秒後、弾頭だけを切り落とされたロケット弾の推進部が、瓦礫にめり込んでバラバラに砕ける。 「今だ、第三分隊、突撃!!」 第三分隊長の号令一下、分隊員達が銃を構えたままテロリスト達に突進する。 勇人が、瓦礫から飛び出すと真っ直ぐにガーネットの元へと駆け寄った。 「……ガーネット、ガーネット!!! 大丈夫か?」 「…………」 「いい、いいから。今解いてやるからな……」 箱状のバッテリーを片っ端からちぎっていく。 一瞬、スパークが走り、勇人の掌を灼いて電流が拡散する。 「っ!」 「……隊………長……さん」 「いい、大丈夫だ。それに、ディーは強いよ。負ける訳ないさ」 勇人が微笑んで、ガーネットの拘束を解いて行く。 ガーネットは、涙を目尻に溜めながら、黙って俯いていた。 射撃強化兵は、ゆっくりと数歩下がる。 ディーのブレードが鈍く光を反射し、ゆっくりと強化兵に向けられる。 今や唯一残された武器である、ロケット弾が放たれる。 だが、そのロケット弾を再びブレードで切り裂くと、ディーは次弾装填の隙を与えず、一気に踏み込んだ。 「やぁあああああっ!!」 「うわあああああっ!!」 気合いと共に、ディーのブレードが、脚を薙ぐ。一瞬、動きを止めた強化兵の背後にそのまま回り込むと、ブレードの柄の部分で思いっきり後ろから小突き倒す。 腹部を下に向けた状態で倒れた強化兵に、戦いを続ける能力はもはや無かった。 ■CNGS 第七分隊司令室 1月16日 15:00 「……ディー、お帰り」 分隊司令室に戻った勇人は、後から入ってきたディーを迎えて微笑んだ。 ディーが気恥ずかしそうに顔をうつむけ、それから、すぐに顔を上げて答える。 「ただいま、戻りました、分隊長」 「ディー、君はまだ話をしてないかな?」 打ち身と切り傷だらけの、小さな姿を勇人は腕で示す。 「ガーネット。第七分隊の、新人さんだよ」 「あら、分隊長だって新人さんじゃありませんか」 微笑みながら、ディーがゆっくりとガーネットの前に歩み寄る。 「ごめんなさい、遅くなってしまって。私、ダイアモンド……ディーって呼んでください」 「………?」 「……あの……」 「……はい、ディー先輩。よろしくお願い致します」 「あ、う、うん、もう怪我は良いの?」 「…………?」 「………??」 戸惑うディーに、勇人が笑いながら声をかける。 「いや、いいんだ。ディー。彼女と話をするときは、少しゆっくりと話してあげるといい」 「そ、そうなんですか?」 「はい、怪我の方は大したことありませんから……」 「………そ、そう、よかったわね……」 「そうだ、ディー、せっかく帰ってきたんだ。お茶でも淹れよう」 「あ、私が淹れます。ガーネット、紅茶でいい?」 「………?」 「分隊長は?」 「あ、俺、紅茶。何も入れないで」 「はい、お紅茶を頂きます」 「うん、じゃ、待ってて」 鼻歌を歌いながら、ディーが給湯室へと消えていく。 ガーネットは、あらわな額に絆創膏を貼り、手足も何カ所か包帯が巻かれている。 「……そんな手当で大丈夫なのか?」 「………」 「まぁ、思ったより傷は浅かったみたいだけど……無理するなよな」 「はい、大丈夫です。身体の丈夫さが取り柄ですの……」 ディーの鼻歌が聞こえてくる。 ティーポットと、ティーカップ。 ガーネットが持ってきた、彼女の私物のカップを、心の底から嬉しそうにディーは差し出した。 「嬉しいわ。マイセンのカップじゃない……。分隊長、いつからこんなにセンス良くなったんですか?」 「あ、それは違うんだ、ガーネットの……」 「………?」 「あら、そう。センスいいわね……」 「………??」 どうやら二人から同時に話しかけられると混乱するらしい、と勇人は心の中でメモを取る。 緩やかにのぼる湯気が、紅茶の香気をはらんでゆっくりと室内に満ちる。 嬉しそうに、ディーが紅茶を人数分淹れると、物音一つ立てずに勇人の前に置く。 「……へぇ、上手いモンだ」 「お粗末さまです」 はにかみながら、ディーが席に着く。お茶うけを戸棚から出すと、いよいよお茶の時間である。 勇人は、紙のように薄いティーカップを手にして、ゆっくりと口に含む……。 ぶはっ!!! ディーと勇人が同時に紅茶を吹き出す。 「な、な、な………」 「………………………ガーネット……………」 「…………………♪」 一人だけ、何もなかったかのように紅茶をすするガーネット。 「………これ……麦茶………??」 「ガーネット……。だから、ポットのお湯を麦茶にするのは止せと言っただろ……」 「………♪」 「ガーネット………」 「あの、分隊長……あの、私、ちゃんと淹れた筈なのに、なんで、なんで……」 「いや、落ち着け、ディー」 「………♪」 「私、紅茶を麦茶に淹れる方法なんて知りません、なのに、なんで、なんで……」 「いや、だから…………」 「………おいしいです………♪」 「だから、ガーネット……………」 「ああ、なんで、なんで紅茶が……麦茶で、麦茶がポットで……」 第七分隊の司令室が、落ち着きを取り戻すのは当分先の話になりそうである……。 |