CNGS第七分隊 ジュエル・ボックス


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第4話  幕間 〜とある悪夢の始まり〜

■Sα8シャード内 某ビル最上階
1月24日 11:00


 カーテンが走る軽い音と共に、室内の灯りが消される。
 完全遮光カーテンで窓を覆うと、室内はさながら夜のように真っ暗になる。
 
 モニタースクリーンが引き出され、各人は食い入るように画面を見つめていた。
 
 深紅のスーツを身に纏った戦姫、そして、純白のスーツを纏った天使。
 
「……これが……」

 低い、抑えたような声で、モニターの横に立った男が解説する。
 
「CNGSの連中が考え出した新兵器、という訳です」

 画面の中で、深紅の矢が格闘機動歩兵の側頭部を貫いていた。その瞬間、部屋の中でいくつかの気配がため息をついたのが判る。
 実際、ほれぼれするような動きだった。純白の戦士が立て続けに光の矢を放つと、画面の中で男達は次々と倒されていく。その力が圧倒的なのは誰が見ても明らかだった。
 
 画面が暗転すると、室内の灯りが再び点灯する。
 彼……アナトミア・ミハイロヴィッチ・ヴォルコフが、自分自身で撮影してきたビデオの放映が終わると、室内の各人の表情を見て満足げにうなずいた。
 彼が感じたのとほぼ同じ衝撃が、全員の表情に表れていたからだ。
 
「見ての通り、2体の強化兵を相手取って全く引けを取らない……否、むしろ圧倒的な力で、彼らは我々の部下を全滅させました」

 誰も何も言わない。彼は更に言葉をつなげる。

「部下達も無能ではありません。ついその一日前には、CNF駐屯地を襲って強化兵データと、いくつかの兵器のデータを強奪してきたメンバーです。優秀な者達でしたが……」
「……アナトミア・ミハイロヴィッチ、君に尋ねたいことがある」
「どうぞ、同志?」
「まず、この女子供の集団に、君はどういう脅威を感じたのかね?」

 一瞬、ヴォルコフが絶句して言葉が継げなかった。
 よくよく鈍感なのか、或いは……虚勢なのか。
 もう一度同じ質問をされて、漸く彼は再び口を開く事が出来た。

「見ての通り、我々の強化兵はこの二人に為すすべもなくやられました。そして、我々の武器のほとんどは通用しませんでした」
「効いている武器もあるじゃないか」
「ですが、大口径の武器をあまり多用すると市街地への被害が大きくなります。我々の目的は破壊ではなく、この地に新たなモノを築く所にあるわけですから、これは優れた者達のすべき事ではありません」
「……しかし、だ」

 立ち上がったのは、『バグ』の中でも、もっとも収益の大きな部門である、人身売買組織を統括する男だった。

「……CNGSとやらの上層部には我々の同志が既に潜入して居るんだろう? なぜ彼らに連絡を取って、内部から切り崩さない?」

 別の男が立ち上がった。武器と麻薬を扱っている男で、いつもこの二人はつるんで仕事をしていた。

「我々にはそれぞれ与えられた仕事というのがある。同志、君は我々を集めてどうしたいというのだ?」
「………………」

 ヴォルコフはため息をついた。常に『バグ』の脅威になりそうなモノの情報を集め、そしてそれを報告するのが彼の役目だ。その役目を、彼は果たしているだけなのだが。

「……諸君」

 上座に座る男が立ち上がると、立っていた男達が着席する。ヴォルコフも例外ではなく、近くに置かれたいすの上に腰を下ろした。

「CNGSの上層部への食い込み工作に関しては、あまりいい結果が出せていない事をご存じかと思う」

 背の高い、居丈夫がゆっくりと室内を歩いていく。
 ヴォルコフは、その様子をただじっと見守っていた。
 
 アンソニー・パブロビッチ・ネフスキー。
 『バグ』の、Sα8シャードでの最高責任者。
 おそらく、長い時間をかけて覚えたであろう、抑制されたさりげない態度の中に、確固たる意志が見え隠れする。
 それらの仕草一つ一つが、計算され尽くした仕草である事を、ヴォルコフは知っていた。

「……そして、今回のこのびっくり箱は、どうやら我々の情報部長を驚かすに足りたようだ。私も、同様に度肝を抜かれたモノだ」

 淡々と言われてはその言葉に説得力も無かろう、と思いながらヴォルコフはたばこに火をつけるその仕草を見守る。

「だが、一つ判っている事がある。この、CNGSの新兵器は、『GS』……つまり、防衛を目的としたモノではないという事だ。同志の報告によれば、この部隊……ジュエル・ボックスと言ったか? この部隊の目的は、我々を完全に追いつめる為の最終兵器だというのだ」

 再び、ネフスキーは室内を歩き始める。吐き出したシガリロの煙が、室内の男達の鼻孔をくすぐった。
 
「……個々の性能は驚くべきものがある。だが、実戦経験のなさ故か、判断が非常に甘い。その点にまず、注意して貰いたい。……そうだな? 同志情報部長」

 ヴォルコフは、自分の肩書きを呼ばれてはっと立ち上がると、深くうなずいた。

「はい、その通りです。まだ戦い方は素人同然です。ですが……」

 そこで彼は言葉を切る。逆説を述べるときはいつもそうしてきたものだ。

「CNFの強化兵とは比べモノにならない、強力な武装と機動力、そしてポテンシャルを持っています。多少の判断の甘さは、この性能差の前ではあまり意味を持たないようです……少なくとも現在は」
「……対策は?」
「現在考案中です。被害を抑えて、かつこの者達を無力化し……」
「可能なら捕獲して貰いたい」

 技術畑の男が立ち上がって言う。それを予測していたヴォルコフがうなずくと、言葉をつなげる。

「むろん、その予定です。あの、不思議な衣装といい、そこから出てくる武器といい、CNGSにはまだ我々にとって未知の部分が多すぎます。それらの全容をとらえる事が出来れば、或いはこのシャードを完全制圧するきっかけになると思います」
「結構だ。色々試してみたまえ」
「同志情報部長、捕獲した際には、是非中身をこちらに回して貰いたいね」

 下品に笑いながら、人身売買組織を束ねる男が立ち上がる。

「あれはなかなかの美人だ」
「同志レオニード、商魂たくましいのは結構だが、それなら君も協力すべきではないのかな?」

 ネフスキーが低い声で告げると、レオニードと呼ばれた男が絶句する。思わず笑い出したい衝動を抑えると、ヴォルコフはさりげない風を装って言葉を続ける。

「確かに、支援は頂きたいです。我々だけで、アレを相手にするのは少し危険です」
「………ふむ」
「我々は、アプローチを出来るだけ多く取ります。それが確定すれば、同志総司令官、可能な限りの戦力を投じて、この戦姫達を乗馬からたたき落とすことが出来ると思います」
「つまり、弱点を探る、と言うわけだな?」
「はい。アプローチは可能な限り多岐にわたって行うべきです。既に、私の部下の一人に、アプローチをかける準備を行うよう命じてあります」
「流石にベテランだ、同志情報部長、君は仕事が早い。……良いだろう。結果が出たら、直ちに残り全員はこの者達を捕らえる行動に移れるよう、準備をしてもらいたい」

 全員が立ち上がり、敬礼する。
 その男達の視線の中、ネフスキーは大股で歩いて出口へと向かった。

■CNGS 第七分隊司令室
1月20日 12:00


 時報がなると同時に、勇人はテーブルの上にボールペンを放り出す。
 
 折角、つい数日前に書き終えた書類は、白紙になって彼の元へと帰ってきた。
 予算の再承認がおりた、と本部長から突き返されたモノだ。
 
「何回同じ内容を書けばいいんだろうな、全く……」

 あれから4日間、分隊は平和な時間を過ごしていた。
 時折、他の分隊が出動していく物音が廊下から聞こえては来たが、第七分隊へのコールは一件もなし。
 ディーとガーネットが、ドアを開けて室内へと入ってきた。
 額の汗をぬぐい取りながら、ディーが勇人のテーブルの前に立って敬礼する。

「第七分隊、午前中の訓練を終了します!」
「……ご苦労さん」

 苦笑いしながら、敬礼を返した勇人が再びいすに腰を下ろす。

「どうだい?」
「やっぱり、VRSと違って、体を動かすのは気持ち良いですね。あ、お茶、淹れますね?」
「ああ、気をつけて淹れてくれ」
「……はーい」

 笑いながら、ディーは給湯室へと入っていく。入れ替わりに、ガラスのコップに満たした麦茶を持ってガーネットが戻ってくる。

「お疲れさま、ガーネット」
「…………?」
「いい汗をかいてきたみたいだね」
「はい、隊長さんも、お疲れさま……です」
「ああ、そうそう、私室に必要なモノ、あったら教えてほしいな。予算もおりたし」
「ええ、ディーさんに色々と教わって参りました」
「まぁ、詳しいことはディーに聞いてくれ。女の子だから、必要なモノは多いだろうしね」
「はい、ありがとうございます、では、紙に書いてお渡ししますね」
「あ、分隊長、お茶です」
「ええ、ではディーさんにお聞きしますね」
「ありがとう、ディー」

 端から見れば気が狂ったとしか思えないような会話を、何事もなくさらっとこなす3人である。
 ガーネットが、ソファに腰掛ける。ディーは、湯気を上げる紅茶のカップを勇人の机に置くと、自分自身はグラスに入れたアイス・ティーに口を付ける。

「ディーはどうだい? 何か欲しいモノでもある?」
「……そうですね……。運動器具を用意していただけたのは嬉しいですけど、ほかにといわれると……」
「多少は、私室に必要なモノも買って良いよ。何せ、今回降りた予算はかなりの額だからね」
「……ずいぶんと太っ腹ですね」
「ああ、立て続けに2件、解決してるからね」

 笑いながら紅茶に口を付ける。芳醇な香りと味わいが、口の中に広がる。
 
「……相変わらず見事な点前だね……」
「恐れ入ります」

 微笑んだディーが、きびすを返してソファーへと向かう。と、その足を止めて彼女が振り返る。

「あの、そういえば、勇人さん……って、何か苦手なモノってありますか?」
「うん?」
「食べ物で……」
「ああ、そうだな……これといってないな。昔からトマトは苦手だったけど、最近はそうでもないしね」
「そうですか……」

 再び回れ右すると、ディーはソファーへと向かう。
 二人はトレーナーとジャージをはいているが、その下には例の水着のようなインナースーツを着込んでいる。
 だが、分隊司令室のソファに座っているときは、たいてい二人はトレーナーとジャージを脱いで座っている。
 室内の暖房が強めに設定されている為であるが、そういう時、勇人は目のやり場に困るときがある。
 ディーのほうは、たとえるならみずみずしい果実だった。ふくよかな、丸みを帯びたラインで描かれる乳房と、そのすぐ下に来るくびれ。腰から徐々にボリュームを増してきて、すらっとした脚へと続く。
 一方のガーネットは、小柄な身体ではあるが、胸はディーにわずかに劣る程度の大きさを持っている。
 手足は流石に少し締まってはいるが、女性らしいラインを損なうほどではない。
 加えて、二人とも、系統は違えどもかなりの美人である。そこがまた問題で、勇人は目線を向けそうになるのをいつも辛うじて制しているのだ。

「……あ、ディー……」

 声をかけようとした勇人の目の前で、電話機のランプが点灯する。
 軽快なメロディが鳴り、勇人の注意を引いた。

「……はい、第七分隊司令室です」
『元気かね?』
「……本部長ですか……」
『おう、そうだ。俺だ。良い知らせがあるんで、早速連絡だ』
「良い知らせ?」
『今日、お前さんのところの隊員が3人、到着する。新戦力って訳だ』
「……良い知らせじゃないですか」
『だからそう言ってるだろうが。今日の午後イチで到着予定だから、受け入れ準備してやってくれ』
「……受け入れ準備って……」
『総務も忙しいんだ。部屋の準備と、機材の用意。あと、開発部にも知らせてやってくれ。頼むぞ』
「え? ちょ、ちょっと、それって……」

 だが、受話器からは無情にトーン音が聞こえてくる。
 はぁ、と大きくため息を吐いて、受話器を置いた勇人がディー達に向かって言った。

「……みんな、済まないが食事が終わって休憩したら、一仕事だ……」

■CNGS 女子職員宿舎
1月20日 13:00


「あ、勇人さん、そっちお願いします」
「わかった……」
「ガーネット、居間のソファー、アルコールで拭いてくれる?」
「………?」
「お願いね」
「はい、判りました〜」

 マスクをしたディーの声はくぐもっている。
 片手には棒ブラシ、片手に雑巾。
 トイレの掃除を丁度終えたところだった。

「……ディー……何もここまで徹底的にやらなくても……」
「勇人さん、終わったのなら窓拭きの方、お願いしていいですか?」
「は、はいぃ……」

 驚くほどてきぱきと掃除の指示を下すディーは、ブラシと雑巾でてきぱきと便所の個室を掃除する。
 新人が入ってきたので、部屋の準備を……と言いかけた勇人は、その瞬間に豹変したディーの態度に面食らうばかりだった。
 彼女がこれほど掃除好きだとは思わなかったからだ。

「……そうじゃないよな」

 窓に、泡状のクリーナーを吹き付けてふき取りながら、彼女の事を考える。
 新しく入ってくる隊員達に、少しでも快適な環境を提供したい……そう思ってのことなのだろう。

「あ、勇人さん、外は私がやりますね。危ないですから」
「え? だ、大丈夫だって……」
「いいえ、ダメです。落ちて怪我とかしたら……困りますから」
「それは君だって一緒だよ、それに……」
「私は大丈夫です。いざとなったらプロテクトスーツの力を借りますから」
「……それもそうだけど………」

 窓をからから、とあけると、勇人は外へ顔を出す。

「……一階から落ちても、怪我はしないと思うぞ」
「………………」

 耳まで真っ赤にしたディーがすごすごと室内へと戻っていく。
 見送った勇人が、そのまま再び窓拭きに専念する。
 
 殺風景な光景だった。おそらく、このCNGS本部の何処を見ても殺風景には違いないであろうが、それでもこの部屋に入った少女が、どんな風に感じるだろうかと心配になる。
 CNGSの母体である、ワイアット社は社員への福利厚生が充実していると謳っている。
 だが、CNGSに対しての予算は年々削られていく。まるで、その存在が疎ましいといわんばかりに。
 経理の仕事をする事も多かった勇人には、その事がよく判っていた。

「………不安………か」

 誰に言うともなく、彼は窓の外の光景を眺めていた。

■CNGS本部前
1月20日 14:00


 一台のバイクが、駐車場へと向かっていく。
 GPX750R。
 4サイクルの低めの音が、建物の壁に反響する。
 決して耳障りではないが、それでも、この時間にバイクで進入してくるのが珍しいのか、窓の一つが開いて顔を覗かせる者もいる。

「遅くなっちゃったねー」

 駐輪場に止めたバイクの、後部座席から下りた少女がヘルメットを取って呟く。
 小柄な身体に、大きな丸眼鏡。ショートヘアの前髪が少し立っている。

「…………」

 一方、運転席から下りた少女は、ヘルメットを取ったあと、おもむろに煙草をくわえた。

「うっわー、寒いねーっ、やっぱし、この時期は……」
「ああ、全く。……さ、行くよ、リーズ。遅刻してるんだからさ」
「あ、待ってよ、マーサ、すぐ行くから……きゃあっ!!」

 慌てたのか、段差に気付かずにリーズと呼ばれたショートヘアの少女が転げ落ちる。

「……あたた」
「大丈夫?」
「う、うん、だいじょーぶ……」

 落ちた眼鏡を拾い上げ、打った頭をさすりながら再び彼女はマーサの後ろを歩いていく。
 マーサは、リーズに比べるとかなり背が高かった。
 くわえた煙草、少しキツめの顔立ち。長い髪は無造作に後ろに流されており、吹いてくる風に流されるままである。
 頬にかかる部分だけが、風にながされながらも残っている。
 一方リーズは、青っぽい色のショートヘアだ。風が吹いてくる度に流されていくところから、柔らかい猫っ毛であるのが判る。

 受付で行き先を尋ねた二人は、そのまま言われたとおりに歩いていく。
 大きなドアを見つけると、リーズはマーサに向き直って言う。

「ね、マーサ……あのさ、煙草、消した方がいいんじゃない?」
「なんでさ」
「だって、これから偉い人に会うんだよ? くわえ煙草はマズいんじゃないかなぁ」
「なんでさ」
「あたし、入っていきなりクビって言われるの、いやだなぁ……」」
「わかったわかった……」

 ポケットから携帯灰皿を取り出してその中に煙草を放り込む。
 身なりを整える仕草をした二人が、うん、とお互いに頷きあうと、その扉をノックする。

「……リーズ・ファルクラム、マーサ・アクアシモンズ、入ります!!」

■CNGS 本部管理中隊
1月20日 14:10


 扉が開き、入ってきた二人をちらり、と見た本部長が、手元のファイルを閉じる。
 到着予定を1時間オーバーしてはいるが、まぁ、それは咎めるまい。
 手続き自体はもう終わっているのだから、責める理由もない。

「……お疲れさん。二人とも、遠いところからご苦労だった」

 眼鏡をかけた、背の低いのがトパーズ。そして、背の高いロングヘアがエメラルド。
 本名は、これからプライベート以外では意味を持たなくなる。

「……私が、このCNGSの本部長、早田秀夫だ。君たちの到着を歓迎するよ」
「リーズ・ファルクラムです……」
「いや、本名はもう今日この瞬間から意味を持たない。……君たちは今日から、ジュエル・ボックスの一員として、危険な任務について貰うことになる」
「は、はいっ……」
「緊張しなくて良い。君は……トパーズ。そして、そっちの君はエメラルド。今日からはその名前で呼ばれる事になる。理解して貰えるね?」
「…………」

 黙ったまま、エメラルドが頷く。リーズ……トパーズ……は、頷いた拍子に眼鏡がずれたのか、右手の中指で眼鏡を押し上げた。
 
「あとな、とりあえず君たちと同時に着任する、仲間を紹介しておこう」

 そう言うと、室内のインターホンに声を張り上げる。

「サファイアを連れてきてくれ」

 ややあって、また一人の少女が室内に入ってくる。
 アイス・ブルーの瞳と、銀色の髪。そして、雪のような真っ白な肌。
 小柄ではあるが、決して背は低くない。身体の華奢さがそう見せるのだろう。
 氷細工のような女の子だな、とトパーズは思った。

「……サファイアだ。君たちと同時期に、ジュエル・ボックスに配属になる」
「…………」
「よろしく、サファイア、あたし、リー……じゃない、トパーズ!」
「…………エメラルドだよ。これからよろしく、サファイア」
「…………」

 無言のままに、サファイアが差し出された手を取る。
 握手を交わすものの、表情には何ら感情が浮かんでいなかった。

「……あ、あの〜……」
「…………」
「え、えっと、サファイア?」
「ああ、サファイアは……少し無口でね。あんまり気にしないでいい」

 ……少しじゃないよぅ、とまたも心の中で呟くトパーズ。
 おそらく、彼女の中に「クビになりたくない」という気持ちが無ければ、口からその言葉が出ていただろう。
 本部長は、その様子を見ながら、机の上にある電話の受話器を持ち上げる。

「今迎えが来るから、そこらでゆっくりしてなさい。煙草も吸って良いぞ」

 受話器の向こう側に、勇人の声が聞こえた。

『はい』
「勇人、隊員が揃った。迎えに来てくれるか?」
『了解』

 短く答えた声に、わずかながら興奮の要素が混ざっている。
 彼もまた、新しい隊員の顔が見たくて仕方なかったのだろう。

■第七分隊司令室
1月20日 15:00


 新人達を引き連れての一通りの見学を終えた勇人は、分隊司令室へと戻ってきた。
 後に付いてくる3人の少女達は、それぞれ癖はあるが、厳しい選抜試験に合格してきた、優秀な隊員達である。
 丁寧に、本部の各施設を説明してまわり、30分ほど経過したところで彼の、そして彼女たちの職場である第七分隊司令室へと足を運んできたのだ。

「ここが、君たちの職場になる、司令室だ。普段はここに詰めていて、必要に応じて出動する。仕事時間中の外出は原則として禁止、ただし用事のある場合は申し出てくれるといい」
「はいっ」

 トパーズが元気に答える。
 どうやら、この3人の中でもっとも口数の多いのは彼女のようだ。

「とりあえず、一通りざっと案内はしたけど、もしまだ解らない事とかあったら、いつでも言ってくれていい。見足りないところとか、あっただろうしね」
「…………」
「…………」

 トパーズ以外の二人は、ほとんど話さない。かろうじて、質問を振られると答えるのがエメラルド。
 サファイアの方はもっと無口で、彼の受け取ったリアクションは頷くか、首を左右にふるかのいずれかだった。

「じゃ、そろそろ分隊司令室に入ろう。待ってる人がいるんだ」

 そう言いながら、彼は扉を押し開けた。

「ディー、お待たせ。みんなを連れてきたよ」
「お帰りなさい、勇人さん。お茶の用意をして………」

 言葉がとぎれる。
 驚いたような顔をしたディーが、勇人のすぐ後ろを見ている。

「……ブリジット?」
「……ディアナ…………」

 勇人の耳に、初めてサファイアの声が届いた。
 驚いた顔で彼女とディーを交互に見ていた勇人は、二人が知り合いである事を確信するに充分な証拠を得た。
 サファイアの顔に、……驚くべき事に……笑顔が浮かんでいたのだ。
 そう、ついさっきまで、彼が案内している間は全く表情というものを顔に出していなかっただけに、笑顔は驚くほど魅力的に見えた。

「……ディー……サファイアと知り合い、なのか?」
「……はい! そっか……ブリジット、……うぅん、サファイア、来てくれたんだ……」
「……ええ、来ました、ディアナ……」
「うふふ……。あ、私、ここでは『ダイアモンド』なの。でも、同じディーで良いからね?」
「……ディー……」

 感慨深げに呟くサファイア。
 ディーが、嬉しそうに(ステップを踏んでもおかしくないほどの勢いだった)給湯室へと姿を消す。新しい隊員達のためにまた茶を淹れようと思ってのことだろう。
 勇人はその珍しい二つの光景を眺めながら、彼女たちをソファへと案内する。
 自分自身は、彼女たちの今後の訓練計画であるとか、必要な備品の購入であるとか、色々と遣ることがまだ残っているのだ。
 まずは、開発室への報告だった。
 彼女たちの為のプロテクトスーツを用意して貰わないといけない………。

■第三開発室
1月20日 17:40


「んー、まだ終わりじゃないんですねー……」

 トパーズがため息を吐いて言う。

「ああ、トパーズ、それに他の二人も……。来て早々悪いが、残業……だ」
「それには及ばない。全員の身体データを貰えれば、後は我々がするさ」

 背後のドアが開き、例によって開発部の主任が姿を現した。

「あ、ラー主任……」
「久しぶりだな、勇人君」

 相変わらず、白衣はよれよれで頭髪はボサボサ。それでいて瞳は生き生きとしている。
 アンバランスさと力強さが入り混じった姿に困惑を覚えながらも、彼は新人達を紹介する。

「主任、彼女たちが新しい『ジュエル・ボックス』の隊員です。この子がトパーズ……」

 そう言って眼鏡をかけた小柄な姿を腕で示す。

「よろしくですーっ。えっと……」
「ラー・エクセレージ。開発主任だ」
「はい、ラー主任さん、ですね」
「主任だけでかまわない」

 無愛想な態度をとられたトパーズが泣きそうな顔で勇人を見るが、勇人はその頭をぽんぽんと軽く叩いてやる。

「主任はそういう人だから、気にするな。それより、良かったじゃないか。すぐ済みそうだぞ」
「はいぃ……」
「エメラルド、サファイア、君たちにとっても大事な事だから、協力してきて欲しい。お願いするよ」
「……了解」
「………」

 こくん、と頷くサファイア。

「よし、じゃ、俺は今から司令室に戻って、君たちの受け入れ準備をしておくから、終わったらまた司令室に戻ってきてくれるかな?」
「…………」
「…………」
「…………」

 三人が揃いに揃って言葉を発さないので、思わず勇人は振り返りかけた足を止める。
 
「……どうしたんだ?」
「…………」

 むろん、サファイアは何も言わない。
 エメラルドは、じーっと勇人の方を見ている。
 そして、トパーズは……

「……道、わかんないかなーなんて……」

 迎えに来る事を約束して、勇人はその場を去った。

■第七分隊司令室
1月20日 21:00


 既に窓の外はとっぷりと暮れており、室内の灯りが窓に反射してまぶしい。
 勇人が、空欄を埋めた書類をまた封筒に入れる。
 向かいの机でも、ディーが彼の書類の一部を引き受けてくれている。
 字の綺麗さでは、彼女の方が圧倒的に上である。結局、手書きの書類のほとんどを彼女に任せ、彼は数字の計算やスケジューリングなどの書類に専念することにした。
 
 ガーネットは、ソファで寝息を立てている。
 さっきまでは、机に向かっている勇人やディーをスケッチしていたが、それにも疲れたのか眠ってしまった。
 ……これでもう二十歳というのだから、少し可笑しくなる。
 
 そうやって数時間を過ごしていた。
 終業の時間はとっくに過ぎているのに。日常業務は、ワイアット社の社内規定に準じるので、18時で終わりである。そこから先は残業となる。
 ただ、その時間は休みというわけではなく、待機時間となる。
 ひとたび出動要請がかかれば、彼女たちもまた、他の隊員達と同じように出撃して行かなくてはならない。
 命懸けの現場へと……。

「……ディー?」
「はい?」
「ガーネットに毛布、かけてやってくれるかい?」
「……あら、まぁ」

 立ち上がったディーが、ガーネットの側へと歩いていく。
 エアコンの風が、細い金糸の様な髪をなびかせる。
 時折、ポニーテールの後ろ髪が揺れて白いうなじが見え隠れする。

「ガーネット、今日はもう上がって良いから、部屋に戻りましょ?」
「……………?」
「さ、ガーネット、いくらスーツに温度調節の機能があるといっても、風邪を引いてしまうわよ」
「…………………………………?」
「どうしたの? ……いつもよりぼーっとしてるわよ?」
「はい、おはようございまふぁぁぁ………」
「あーっ、ほら、寝ないで起きなさいってば。風邪引くわよ」
「…………幸せですから……」
「何を訳の分からないことを……」

 思わず吹き出しそうになった勇人が、ゆっくりと椅子から立ち上がるとディーの方へと歩み寄る。

「……やれやれ。二人で部屋まで連れて行くかい?」
「……勇人さん……」
「あ、いや、よこしまな思惑なんか何処にもない。何処にもないぞ!」
「本当ですか?」
「ほ、本当だとも。俺はこう見えても紳士って事で通ってるんだぜ?」
「………」

 ため息を付いたディーが、痴漢に間違えられた中年男の様な顔色の勇人を、かすかに微笑んだ顔で見上げる。
 
「まぁ、ガーネットなら私一人で運べますから、大丈夫です。分隊長、すいませんが、サファイア達が帰ってくるの、待っててあげて頂けますか?」
「あ、ああ、いいよ」
「すぐに私も戻りますから……。それじゃ、すいません、ちょっと運んできます」

 小柄なガーネットの身体を、まるで子供を抱くようにしてディーは抱え上げる。
 手に握られていたシャープペンシルが転げ落ち、地面に転がった。
 勇人がそれを拾い上げると、テーブルに置かれたスケッチブックの上に置いた。

「じゃ、ディー、ガーネットを頼むよ。……良かったら君もそのまま上がってもいいんだよ?」
「いいえ、サファイア達がまだ帰ってませんから……」
「……そっか」
「はい、出来るなら迎えてあげたいんです。……これからずっと私に命を預けて貰うことになるんですから……」
「……そう……だな」

 扉を押し開けてやると、ガーネットを抱えたディーが部屋から出ていく。

「じゃ、お願いします、分隊長」
「ああ、気をつけて」

 遠ざかっていく足音を聞きながら、勇人は再び机に戻る。
 なすべき事は多い。だが、その為の人手は決して多くはない。
 
 数字との格闘だ。
 数字なら、幾ら相手にしても彼は疲れることはない。
 そう、数字なら……。
 
 ややあって再びディーが室内に駆け戻ってきた。

「いそがなくても良かったのに」
「いえ……」

 努めてさりげない風を装っているが、それでも勇人の目はごまかせない。

「……じゃあ、お茶にでもしようか。ディー、お願いしていいかな?」
「はい、じゃ、淹れてきますね」

 立ち上がりかけた時、勇人の手元の電話がメロディを奏でる。

「はい、第七分隊司令室」
『第三開発室のカレンです。3名のデータ収集を終了しましたので報告します』
「ああ、迎えに行けばいいのかな?」
『いえ、私が今日は案内して帰ります。直接私室にお連れしますね?』
「いや、こちらにお願いしたいんですが……」
『……………』

 躊躇う様な態度に疑問を感じた勇人が、再び問いかける。

「なにか……ありました?」
『……いえ……』

 困ったような声。

『……その……トパーズさんがもう既に眠ってしまいまして……』
「……あぁ……」

 時計の針はもう22時を過ぎている。

「解りました。じゃ、彼女たちは明日からはこちらに配備で良いのですね?」
『いえ、明日からはVRSによる訓練が入ります。配備は最低1週間後という形になる予定です』
「ええっ?!」

 素っ頓狂な声をあげた勇人を、ディーが訝しげな目で見る。

「……じゃ、彼女たちはまだ当分は配備にはならない、と……」
『……』

 不意に、電話機の向こうで話し声が聞こえる。
 と同時に、カレンの声が突如枯れたオヤジの声に変質してしまった!!

『間宮分隊長、あんまりうちの若い子を虐めないで欲しいね』

 それは、ラー主任の声だった。

「……びっくりさせないで下さいよ」
『まぁ、驚くのも無理はないが、プロテクト・スーツはそんじょそこらの兵器とは訳が違う。適性や同調度が低いと現場では命に関わるだろ?』
「はぁ……」
『一週間ほどで調整を終える。それに、彼女たちのスーツは、ディーのとはコンセプトも運用方法も全く異なる』
「………」
『チュートリアルファイルを転送しておく。今開発中だが、マルチリンクVRSが出来たら君にも訓練に参加してもらうぞ』
「……マルチ………なんですって?」
『また説明する。次に君のところに新人達が行ったときには、いっぱしの戦士が着任することになるぞ』

 電話が切れる。
 ディーにその話をすると、眉を寄せてあからさまに残念そうな顔をする。

「そうですよね……。まだ選抜試験と適性検査しか終えてないんだから、これから同調度を取って、戦闘訓練しながらスーツとの調整を計るんですから……」
「そうなのか?」
「ええ。確かに一週間はかかるでしょうね……」

 紅茶のカップを口に付けて、一口含んだディーがはぁ、とため息を吐く。

「ちょっとがっかりですね……。ここも少しにぎやかになるかな、なんて思ったりしたんですけど」
「そうだね……」

 書類をまとめてフォルダに閉じる。
 ディーの机の上も、いつしか綺麗に片づいていた。

「さ、今日はあがろうか。ずいぶんと遅くまで付き合わせてしまったね、ディー」
「いえ、それより……あの、勇人さん?」
「うん?」
「明日のお昼って、何か誰かと食べる予定とかってありますか?」
「俺はいつもここで一人で食べてるよ?」
「あ、そ、そうですね……」
「どこか、食べに行きたいところでもあるの?」
「あ、いえ、聞いてみただけですっ! そ、それじゃ、おやすみなさい……」
「あ、ああ………」

 すごい勢いで部屋を出ていったディーを見送った勇人は、首を傾げるとまたすぐに片付け作業に戻った。
 明日はまた、長い日になるだろうから。

■CNGS 本部管理中隊会議室
1月21日 11:00


 既に午前中も終わりに近づいていた。
 あと一時間もすれば飯の時間だ……と思いながら、本部長、早田秀夫は目の前のそうそうたる面々を眺めていた。
 
 ワイアット社の重役3名と、CNGSを『運営』する為の部門である、SSGS(セキュリティ・サービス/ガード・サービス)部門の部長。
 要するに、彼らに給料を出してくれる偉いさん達と言うわけである。
 
 彼が発言すべき事はもう無いはずだ。
 勇人から朝一番で届いた書類を根拠に、彼はさらに追加予算を申請している。
 おそらくまたこれも承認を受けるだろう。それだけの戦果を、ジュエル・ボックスはあげている。
 気になるのは対面に座っている、レイジ・サイファード運用管理幹部(運幹)だ。
 今朝、会議が始まる前から、何かを言いたげに彼の方を何度も何度も見ている。

「………では、最後に……」

 彼の見ている前で、運幹が悠然と立ち上がる。目線は本部長に釘付けにしたままに、彼は発言を始める。
 口元に浮かんだ笑みが、彼に不安を抱かせる。
 
「ジュエル・ボックスについては、皆さんもご承知の通りです。高い成果を上げています。この、画期的な部隊を提案し、またそれを実際に運用に踏み切られた皆様方には心より敬意を表したいところであります」

 持って回った言い方をする運幹に、うんざりした目を向ける本部長。
 だが、運幹はそんな視線など歯牙にもかけぬという態度で、さらに言葉を続ける。

「このところ、CNGSは全体的に大きな被害を受けています。まだ記憶に新しい、1年前に起きた131509事件による、第一分隊の壊滅……」

 悼ましい事件を、まるでニュースの一つの様に語る運幹は、ゆっくりと席を立って壇上にあるスクリーンの方へと歩いていく。
 同時に、数人の男達……運幹の取り巻き達……が、さっと立ってプロジェクターに貼り付くのが見えた。
 ……何を始める気だ?
 不審に思って本部長が身構える。

「……そして、今回の事件では第二分隊が全滅し、第三分隊はその半数を失いました。……これらが与えるCNGS頼りなしとのイメージだけは、避けたいところです」
「……運用幹部、出来れば要点を話してくれないかね?」

 重役の一人が苛立ったように彼の説明を中断させる。
 鼻白みそうになった運幹が、かろうじて自制を効かせたのを本部長は見て取った。
 彼は自分の説明を他人に遮られるのが嫌いなのだ。

「……では、手っ取り早く……」

 彼が手を挙げると、室内の照明が明度を下げていく。と同時に、プロジェクタースクリーンに、巨大建造物の映像が浮かんでくる。

「……本部長、この建物はご存じかな?」

 一瞬、無視してやろうかと考えた本部長だが、大人げない態度をとることはないと自分に言い聞かせ、模範解答を述べた。

「受電施設……それも、半年前にハッキングを受けて以来放置されている、第23受電施設、ですな」
「………」

 言いたいことを大半言われたな、と思いながら本部長は意地の悪い笑みを浮かべた。

「……その通りです。半年前、民間人テロリストの手によって占拠され、現在は放棄されている受電施設です」

 画面が、クローズアップされて受電施設の建物を写す。
 既にこれは占拠された後なのだろう。あちこちが傷み、壊れているのが解る。

「我がSα8シャードは、自前の発電能力で全住民への電力供給が追いつかなくなっており、このような受電施設を用いて、他のシャードからの電力を『借りて』いる状態です」

 牧場の様に柵で囲まれた広い空間は、何十万本ものアンテナ線を、蜘蛛の巣の様に編んだ天井で覆われている。
 アンテナ線で受け取った電磁波を電力に変換するのが受電施設なのである。
 
「……しかし、この受電施設に『ワーム』を送り込み……」

 画面がぶれて、施設の入り口とおぼしき部分にスポットが当たる。

「……人間の進入を拒むようになりました。このワームは、対人・対強化人間、それに対無機物と、あらゆる物に対して攻撃を仕掛けるタイプです」
「……酷い有様だな」

 誰かが呟く。
 本部長の目にも、それは映っていた。
 まるで、虫に食い荒らされた葉の様に、所々大きな穴が空いている。ハイパースティール製の扉は、障子紙の様に食い荒らされている。

「……確かに、ここにあまり人を派遣する気にはなれないな」
「ですが、この施設をこのまま放置しておく事は出来ません。面積も広大ですし、設備自体は想像を絶するほどの価値を持っています」

 画面が暗転し、室内の灯りが再び点灯する。

「……さて、提案なのですが、この受電設備を奪還する作戦を提案します」
「何を言ってるんだね、君は……」

 呆れたように、重役の一人がテーブルの上にライターを放り投げる。
 口にくわえた煙草の煙を、ため息とともに吐き出して、その態度にふさわしい声で運幹をなじる。

「……さっき、君はCNGSが既に深刻な戦力不足になっている事を指摘したのではないか?」
「その通りです」
「それなのに、こんな困難な現場を引き受けようと言うのか? 一体何を考えている?」
「確かに困難です。ですが、この設備を奪還する事によるメリットはきわめて大きいと考えます」
「メリットは確かに大きいな……」

 一番上座に座る男が立ち上がる。
 重役が口をつぐみ、全員がその男に注目した。
 現在、ワイアット社の指導者とされている男。CNGSを発足させる為、最も有効な戦力とコントロールを失わない方法を考え、提唱した男。
 ジャック・ワイアットである。
 
「我がワイアット社が、この施設を接収すれば非常に多くの利益を得られ、かつ、我が社と、その管理下にあるCNGSがそれを成し遂げたとすれば、市民の印象はきわめて良くなるな」
「はい、仰るとおりです。私は……」
「だが、君の報告によると、通常分隊を用いるのは不可能ではないかね?」
「はい、確かに。第一分隊は漸く再編成が終わったところですし、第二分隊は今日から他の分隊より引き抜いた人材で再編成を行います……」
「……当然、他の分隊も出られる状態じゃないんだろう? 現状維持が精一杯といったところか」

 ジャックが煙草をくわえると、側に控えていた男がさっとライターを差し出す。

「いえ、適任の分隊がいます。………そうですね、本部長」
「……言い出すと思ったよ」

 呟くように言ってから本部長は立ち上がる。

「……運幹の仰る事、承伏致しかねますな。第七分隊はまだ編成が終わっていません。定数を満たしてすらいないのです」
「ですが、ご自慢の……ジュエル・ボックスの隊員は、一人で一個分隊以上の働きをする……そうでしたね?」
「………だが、困難すぎる任務に、彼女たちを就かせるつもりはない」

 苛立ちを含んだ本部長の回答に、一瞬運幹の表情が歪む。

「本部長」

 だが、二人のにらみ合いに、水が差される。
 声の主は……ジャックだった。

「君の言う事はもっともだ。だが、ジュエル・ボックスは結構高い買い物だったのだよ。……君が見つけてきた、『ジュエル』達を含めてね」
「…………」
「ただ持っているだけで出費が必要になる。……ヒデオ、君は彼女たちを随分と愛しているようだが、宝石は身につけてこそ価値が出る。飾るだけの宝石は必要ないのだよ、我がワイアット社には」
「………ですが、第七分隊も戦力は充分とは言えません。まだ定数を満たしてすら……」
「それなら、先日到着した新人達を使えばいいじゃないですか」

 運幹が口を差し挟む。
 激昂した本部長が、少し声を荒げて答える。

「彼女たちはまだ基礎訓練が終わってません」
「お言葉ですが、本部長、『トパーズ』は、こういう作戦にはうってつけの能力を持っている筈です」

 得意げに運幹が言う。彼はおそらく調べていたのだろう。そして、プロテクト・スーツも、トパーズが身に纏うそれだけが完成している事も。

「よくご存じで」
「仕事なのでね。隊員の掌握は。彼女の戦闘適性は、なんと『2』でしょう?」
「………だから?」
「彼女自身が戦闘に参加する事をしなければ、すぐに配備しても問題ないのでは?」

 掌でテーブルを叩きたい衝動に駆られながら、本部長はさらに答えようと顔を上げる。
 だが、その仕草を、絶対者の声で遮る者が居た。

「どうやら、私の宝石箱は既に充分な準備が出来ているようだ」
「………!!」
「ジャック・ワイアットの名において命ずる。ジュエル・ボックスは、直ちに第23受電施設を奪還し、我が社の利益を確保せよ」
「………しかし……」
「了承の返事がないのなら、他の者に指揮を任せるだけだが」
「………っ!」

 唇を噛む本部長。彼はミスをしたのだ。
 戦っては行けない戦場で戦ってしまった……。

「了解いたしました、社長。直ちに、下命致します」
「……結構」

 ジャックが振り返り、自分の席へと戻る。

「先ほど彼から要請のあった追加予算は、今回の作戦の結果次第で承認するか棄却するかを決定する。それで良いな?」
「……はい」

 経理担当の重役が頷く。
 本部長が、苦虫をかみつぶしたような顔で首を振る。
 
 大失敗だ。
 勇人達になんと言えば良いだろうか……。

■Sα8シャードの一角 民家
1月21日 同時刻


 画面内の数字の移り変わりを、彼はじっと眺めていた。
 彼の大事な大事な『ペット』達は、それらの数字に感情をこめて、言葉ではない言葉で彼に語りかける。
 
 黒い画面に緑の文字。
 無機質なデーターの集合体。だが、彼の目には、それらの数字の向こう側に蠢く、愛らしい彼のペットたちの姿を容易に思い浮かべることが出来た。

「……そろそろ……孕ませようかな」

 コンソールを引き出すと、キーボードを叩いて、彼のペットたちに命令する。

■Sαシャード 第23受電施設
1月21日 同時刻


 ………その指示を受けた、彼の『ペット』達は、一斉に蠢き始める。
 どろどろの、ヘドロやスライムの様なモノ達が、その建物の中をずるすると動いてある部屋へと向かう。
 そこには、3人の女性の姿があった。もう半年間、ここにずっと幽閉されている、元第23受電施設の女子職員達である。
 生きている女性は、この3人だけになってしまった。かつては10人を越える女性を幽閉してあったのだが、正気を保つことが出来ずに死に至った者、自殺した者(受電設備の中にはその為に必要なものは幾らでもある)、衰弱して死んだもの、等……。
 生き残っているのは、自殺も発狂もしなかった者達だけである。
 何故か、この化け物達は彼女たちを殺したくないようで、水や食料、医薬品などはどこからともなく運んでくる。不気味さが先立って食えなかった者達は死んだが、今生き残っている彼女たちは何があっても生き延びるつもりで居た。

 つい先ほど運ばれてきた食料を、彼女は配り終えたところだった。
 沢渡香澄。受電施設の所長専属の秘書である。
 漢字を名に持つ民族独特の黒髪を短く切り、黒い瞳。背筋のぴん、と伸びた、凛とした美人である。きつめのまなざしは、目元の泣きぼくろのおかげで少し印象が和らいでいる。
 彼女の婚約者でもあった所長は、既に化け物達に殺害されている。彼女を守るべく、武器の通じない相手に立ち向かったのを彼女は憶えていた。
 気が付けばこのような虜囚の辱めを受けてはいたが、彼女はかならず生き残り、そしてこの化け物達に復讐してやろうと心に誓っていたのだ。
 26歳という、他の二人より年長である事と、その誓い故か、彼女自身は今でも驚くほど健康体で、折りあらばいつでも化け物達に復讐してやろうと考えていた。

 残る二人……受付嬢のセリア、技官の鈴花(リンファ)も、彼女の言葉に励まされ、今日まで発狂も自殺もする事無く、生き延びてきたのだ。
 セリアの方はまだ幼さの抜けきらない顔立ちに、ウェーブのかかった金髪を後ろでまとめている。もう半年経つが、一番元気なのは彼女だろう。若干20歳。
 専門学校を出て初めて就いた職場で、この災厄に見舞われたのだ。
 一方のリンファは、香澄と同じ黒髪を持つがわずかに顔立ちが違う。
 長い髪は三つ編みに結われており、愛嬌のある丸い目と、鼻にかかるそばかすが印象に残る。
 
 残された三人は、いつものように食事を終えると、室内の一角に集まる。端末機とホストを繋ぐケーブルが、壊れた隔壁の向こう側に走っている。
 技官のリンファが、その線から室内の半ば壊れた端末機へと引き入れ、この放棄された建物の状況を把握していた。
 
 異常に気付いたのは、そのリンファだった。
 いつもなら食事を届けた後は、設備の隅々に固まって動かないでいる。彼女たちが脱出しようとすると、すっと移動して彼女たちの行く手を阻む。
 無理に通り抜けようとすると、一斉にその個体に襲いかかり、全身を覆い尽くし、麻痺させてしまう。
 意識が戻ると、元の部屋に戻されている。ごくまれに、意識が戻らずそのまま衰弱死した者もいた。
 
 だが、リンファの目の前のモニターの中では、不気味なゲル状物質どもは、まるで一つの指示を受けた軍隊のように、一斉に移動していた。
 その先に何があるのか、彼女にはすぐに知れる。この部屋だ。
 
「カスミ!! カスミ!!」

 唯一残った武器である、拳銃を点検している香澄を、リンファは緊張した面持ちで呼ぶ。
 その声に尋常ならざる事態を感じ取った香澄も、すぐに銃を組み上げて彼女の側へと駆け寄る。

「……どうしたの?」
「これ……やばいよ。なんか、あいつら一斉にこの部屋に向かって……」

 その言葉が終わらぬ内に、扉の外側にざわざわと重たい袋を引きずる様な音が聞こえてくる。
 弾かれたように扉の方に顔を向けた香澄は、そのすぐ側で丸くなって眠っているセリアの姿を見る。
 
「いけない!! セリア!!」

 その声と共に、閉じられた扉の四隅から緑色の液体がにじみ出る。
 拳銃を構えると、彼女はゆっくりと眠っているセリアの方へとにじり寄る。
 
 だが、その動きが何かの意志を呼んだかのように、液体は急激にその質量を増していった。
 今や扉の内側に、直径2m程度の緑の球体が、ずるずると入り込んできていた。

「セリア!!!」

 叫んだ香澄の声が、眠っているセリアを覚醒させる。だが、その行動は遅きに失した。

「………ぬぐぅ!!!」

 横になったセリアの上に、緑色の球体はのしかかった。顔と、上半身を押さえつけられ、バタバタともがくものの、球体自体を掴む事も球体から逃れる事も出来ない。
 受付嬢の制服の、タイトミニスカートがめくれ、細い両脚があらわになると、球体は上半身から徐々に下半身の方へと滑り始める。

「このっ!!」

 拳銃を振り上げ、球体を殴りつける香澄。だが、ゼリーの固まりを叩くようなもので、球体にはなんらダメージを与えることも出来ない。

「カスミ!!」

 リンファの叫び声にはっとなった香澄が、振り返る。目の前に迫った、別の緑色の球体が彼女にのしかかってくる。
 
「このっ!!」

 怒りに満ちた声と共に、拳銃の安全装置を解除する。かちり、と小さな音が聞こえると、彼女はミニスカートを履いた両脚を精一杯踏ん張ると、球体に向けて手を突き出し、球体に向けて発砲する。

ドン!! ドン!!

 鈍い音と、肩がはずれそうな衝撃。だが、球体は思わぬ運動エネルギー兵器をその身に受けて、フルフルと震える。

「……効いてるっ!」

 球体から逃れた香澄が、セリアの方を振り返る。
 だが、セリアの姿はもう何処にもない。

「……そんな……。リンファ?!」

 振り返った彼女の視界に、さっき叫んだ筈のリンファの姿もない。
 半ばパニックに近い状態で、セリアとリンファの名を呼んで室内を走る香澄が、室内を横切って扉に近づいたときだった。
 銃でうち倒した筈の球体が、目にも止まらぬ早さで香澄の右腕に巻き付いてきたのだ。

「………っ!!」

 引きつった顔で銃を向けようとした香澄は、しかし信じられない力で右腕をねじりあげられる。
 痛みに悲鳴を上げた香澄が、とどまることも出来ず、膝を折って地面に頽れる。
 銃が地面に落ちると、耳障りな音を立てて転がる。

「……たっ………たすっ、たすけっ………」

 泣きながら助けを請う香澄に、球体から伸びる、触手状の物質がからみついていく。
 両腕を後ろ手に縛られる形で、前屈みになった身体を後ろから押さえつけてくる。
 かろうじて壁に顔を押しつけ、地面に倒されるのを拒んだ香澄ではあるが、腕を押さえている触手状のゲルがゆっくりと両脚に巻き付いてくるのを見てとうとう悲鳴を上げてしまう。

「いやああああああっ!!! 助けて……助けてぇぇぇっ、誰か……セリア!! リンファ!! ランディ!!」

 婚約者の名を叫びながら、香澄の身体が一気に球体に引きずり込まれる。
 全身にぬめぬめした感触が走り、制服の隙間から一斉に入り込んできたゲルが素肌をなで回すように蠢く。
 叫ぼうとした口にもゲルが入り込み、呼吸困難な状態になった彼女は溺れ、もがきながら球体の中に取り込まれてしまう。

「……………っ!!!」

 口の中がゲルで満たされると、密度の薄い液体が一気に鼻孔と口腔に満たされる。せき込んだ彼女はしかし同時に息苦しさが軽くなったのを感じる。
 まるで、ゲルを『呼吸』している様な感覚である。
 両手が大きく開かれ、90cmのバストを愛撫するようにゲルが蠢く。不快感が急激に薄れ、乳房に触れる感触が彼女の記憶を呼び覚ます。

『………ランディ………?』

 それは、化け物に立ち向かって命を落とした筈の、彼女の婚約者、第23受電施設の責任者でもあったランディ・フォースが、かつて彼女にしていた愛撫にそっくりだった。

「………あ……」

 手足から急に力が抜ける。口腔内で蠢くゲルも、まるでディープ・キスの舌戯のように、彼女の舌を、頬の内側を、歯茎を、舐めていく。
 握りしめていた手が開かれると、その掌を、きつく閉じていた脚が緩んでいくと太股を、そして腹部も、乳房も、乳首も、首筋も、あらゆるところに舌がはい回るような感覚を憶える。
 ランディしか知らない筈の、胸の背中側……ブラジャーの筋の残る部分も、丁寧に舐めあげていく感触に、彼女の口から思わず吐息が漏れる。

「っはぁっ……ん………ランディ……ああっ……」

 乳房がぎゅうっと握られ、痛みにしびれた瞬間には乳首の先端を優しく舐めあげる。
 痛みに入り混じって、乳房の先端から脳天に突き上げるような感覚が何度も、何度も螺旋を描いて伸びていく。
 眦から涙がこぼれ、その涙を舐めあげる仕草もそっくりだった。
 恐怖と嫌悪から解放された彼女は、今や数十人の愛する人に囲まれ、全身の感じるところを余すところ無く刺激される事になる。
 甘い声が鼻から漏れる。今や彼女の身体は大きく開かれ、秘所からあふれる密は彼女の股間を覆う布をしとどにしめらせていた。

「ランディ、……はぁっ……いい……力、抜けちゃう……んっ………」
『気持ちいい?』

 香澄の脳に、直接ランディの声が響いてくる。
 違和感よりも先に、恐怖から逃れる安堵が、その声を受け入れてしまう。

「……いい………気持ち、いいの………もっと……強くして……」
『こう?』

 異形の指が彼女の乳房を柔らかく揉みしだく。全身を戦慄かせて、彼女はただ与えられる刺激に身をゆだねるだけの存在となっていく。

「もっと、もっと……あああっ……いいの、いいっ……からだ、もっとバラバラになるまで……んんっ!!」

 両脚が大きく開かれると、その中心を覆う小さな布切れがむしり取られる。
 荒々しい動きに怯えるでもなく、歓喜の表情を浮かべた香澄が、ゆっくりとその秘所をぬめぬめしたゲルにさらけ出す。
 触れる感触に身震いすると、その感触をさらにむさぼろうと両手両脚を突っ張る。
 それを感じ取ったゲル状の生き物は、彼女の手足を強く押さえる。手足の動きに連れ、腰がなまめかしく上下に、左右に揺り動かされる。秘所をこする感触に、再び香澄が歓喜の声を上げた。

「くぁぁッ……お……んぐっ………いいの、中、中も、中も………」

 ゲル状物質が徐々に身体を硬化させていく。なかんずく、その股間に当たる部分が徐々に固さを増していくのを、香澄は秘所そのものの感触で知る。

「あ……ぃ……ちょう……だい、これ、頂戴………」

 膝を曲げてみる。腰を激しく振ってみる。だが、その固くなった部分は彼女の切なる望みを嘲笑うかのように、秘所から巧みにはずれたところを刺激する。

「いや……ん……っ、お願い、意地悪……しない……でぇっ……」
『……欲しいのかい?』
「欲しいッ、欲しいッ………!! お願い、固いの……ここに……」
『こことは何処のことだい、香澄。僕の可愛い香澄……』
「ひああああっ、お、おま………おまんこ……に……ッお願いっ、挿れてっ、挿れてっ、挿れてぇぇぇっ!!」

 泣き叫びながら、香澄が狂ったように腰を振る。否、既にその表情に正気はなかったのかもしれない。
 恐怖も嫌悪も無く、大きく口を開けてゲル状物質を受け入れ、舌先で愛撫し、両手の中にはぬめる先端を握り、そして……秘所は大きくぱっくりと開いて、その数ミリ先にある固い何かを受け入れようとあえいでいた。

■Sα8シャードの一角 民家
1月21日 同時刻


 画面の中で嬌態を見せる姿に、彼は大笑いした。
 かって、彼女は泣いて逃げ回る少女達をまとめていた。
 厳しく、また時には優しい、みんなの姉のようにして、10人の『妹』達を護っている姿を見ていた。
 だが、それももう限界だったのだろう。
 一人減り二人減り、そして最後に残された二人を同時に奪われたとき、彼女の理性は辛うじて最後の一線だけで正気を保っていたのだろう。
 
 画面の中では、今や目をうつろにし、口元から涎を垂らした哀れな女が、秘所を突き上げる感触にあえいでいるのが映っている。
 この画像をまた流せば、良い金になるだろう。
 そして………。
 
 ひときわ大きく女の身体が跳ねる。体内に、彼の放ったワームの『精』を受けて、歓喜の表情を浮かべているのだ。百発百中の、確実なる受胎をもたらす『精』……。
 彼女の人間情報を取り入れて、ワーム達はさらに進化する。
 
 ディスプレイの端に、メールが着信した事を示すアイコンが点滅する。

「………なんだ?」

 アイコンを選択し、メールボックスを開いてみる。
 美しい女の画像だった。
 凛として、毅然としていて、妥協を知らない、真っ直ぐな瞳。
 白い肌にプラチナ・ブロンド。身に纏っている衣装がきわどいが、その衣装も彼女の美を引き立たせる為の道具でしかないように見える。

「……ディアナ………?」

 CNGS、第七分隊の副分隊長にして、一人で一個分隊以上の働きをするといわれる、『ジュエル・ボックス』のリーダー……。
 そして、添付された画像の下に、短いメッセージがあった。

『……蝶を蜘蛛の巣に追い込め……』

 彼は、そのメールを閉じると、キーボードを叩いた。
 ワーム達の動きが激しくなる。もっとゆっくりと味わっても良かったが……そんなモノはタダのオードブルでしかない。
 すばらしいメイン・ディッシュが来てくれる。
 コレクションに加えて、じっくりと観察したい。……彼は、室内を見渡す。
 ガラス瓶に詰められた標本の群。等身大のガラス瓶に、女性達が封印されているのだ。
 封印を解けばまた動き出す。彼に永遠の娯楽を提供してくれる、最高の蝶々達だ。
 
 歌を口ずさみながら、彼は再びキーボードを叩く。
 すばらしい蝶々をありがとう、友よ!!

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