| ■CNGS 室内訓練場 1月21日 11:50 「はぁっ!!」 ディーの声は鋭く、それに負けないほど鋭い突きが迫ってくる。 軽く後ろにステップしつつ、左手を少し払って突きの方向を逸らしてやる。 叩いた左手が痛いほどに、ディーの突きは真っ直ぐな力を持っている。 「……もう一つ!!」 勇人が叫ぶと、ディーは頷いてさらに一歩踏み込んでくる。 「はぁっ!」 「っ!」 さっきより踏み込みが深く、速い。それを見て取った勇人が、今度は横にステップしてその突きを大きく避ける。 左手で払わずに、そうしなくては彼は次の一撃で地面に倒されてしまうだろう。 「……良い判断です、分隊長」 防具ごしに見えたディーの顔が微笑んでいる。 「受けと避けの使い分けは、相手の攻撃力に応じて行ってください。見分け方としては、踏み込みの速さや深さ、それに自分自身の体勢です」 「………うん」 「無理に受けないで下さいね。出来る限り、相手の攻撃は避ける事。反撃の必要がないなら、大きく避けるし、反撃しなきゃ行けないなら出来るだけ小さく」 ガーネットが歩いてくると、ディーはゆっくりと勇人に背中を向ける。 「……じゃ、次は私たちがやりあすから、見てて下さい」 ガーネットとディーが向き合うと、無言で頭を下げる。 この仕草をしてからは、ガーネットは基本的には一言も話さない。 彼女の、ワンテンポずれた言語能力故なのだろうが、普段のおっとりした雰囲気はこの仕草一つで振り切られてしまう。 スイッチを切り替えるように。 彼女は、のんびりした少女から、戦士へと豹変するのだ。 「………っ!!」 仕掛けたのはディーだった。 身を低くして、滑るような歩みで身体を近づけると、必中の間合いで拳を突き出す。 だが、その拳を捌いたガーネットは、その勢いのままに相手の左側面へと移動する。 流れるように身体を入れ替え、一歩下がる。 次は、ガーネットの番だ。 ゆっくりと歩を進め、瞬時に重心を落としてディーの腹部に向けて拳を突き出す。 命中する寸前に、身体をガーネットの様に入れ替えたディーが、その伸びきった二の腕を掴む。 だが、小柄なガーネットが重心を落とすともうそれ以上の事は出来ない。 体勢を崩させるように大きく袖を引き、それからすぐに間合いを取り直す。 「…………鋭い、わね、相変わらず……」 ディーが大きく呼吸しながら、ガーネットに話しかける。 無言のまま、ガーネットは再び間合いを詰めていく。 瞬き一つ分の時間で、彼女たちは再び近接の間合いに入る。今度はさっきのような『止め突き』ではない。 彼女にヒットさせ、ダウンを奪い、そして逮捕行動へと移る……真剣な攻撃だった。 正面から無数に飛んでくる拳の、もっとも鋭いものだけを選んで捌く。フェイントの拳が悉く空を切り、必殺の一撃だけは回避する。と同時に、身体を大きく捻ったガーネットの回し蹴りがディーの側頭部に迫る。 ダッキング……膝と腰を曲げ、身体を大きく前屈させた姿勢で、ディーはその疾風のごとき蹴撃を回避する。 小柄ながら、ガーネットの瞬間的な筋力はディーのそれを上回る。しなやかな身体と相まって、その攻撃は機関銃の一連射に匹敵する攻撃力を持つようになる。 ディーがバックステップで距離を取ろうとしたとき、彼女の背中が壁に当たる。 圧倒されていたディーが、気が付けば壁際にまで追い込まれていたのだった。 「わ、わ、わ……ちょ、ちょっと………」 「……………」 どんっ!! 室内に響き渡る音とともに、ディーのブロックした腕をかいくぐった拳が、ディーの横隔膜のあるみぞおちへとめり込む。 ………否、めりこむ寸前に拳を止めている。寸止め、というやつだ。 音は、床を踏みしめたガーネットの足の下から聞こえたのだ。 「………参った〜」 壁に沿って崩れ落ちたディーに、ガーネットは無言で手を貸す。 「…………」 「相変わらずね〜。一撃一撃が重いから、いつの間にか追いつめられてる」 「大丈夫ですかぁ?」 「大丈夫よ、ガーネット。それより、勇……分隊長が目を丸くしてるわ」 「ディーさんも少しずつ、捌きがお上手になってきましたですね……」 「もうお昼時だしね〜。午前中はこれで上がりましょ?」 「隊長さん、驚かれました……? 別に怪我はしないようにしてるのに……」 「はいはい、大丈夫だから、ガーネット。さ、行きましょ」 歩き始めたディーの後ろから、小柄な彼女が小走りに付いていく。 「あ、お昼ですね〜。それじゃ、お疲れさまでした〜」 文字通り、丸く目を見開いた勇人が、ディーを迎える。 「だ、大丈夫なのか?」 「はい、怪我はしないように手加減はしてくれてます」 「君だって充分強いのに……すごいな、ガーネット」 「………?」 きょとん、とした顔で勇人を見上げるガーネット。ついつい癖で、勇人は小柄なガーネットの頭にあてがい、撫でてしまう。 彼女も充分オトナなのだが、ついその事を忘れてしまいがちになるのだ。 顔を赤くして、目線を落としたり上目遣いで勇人を見上げたりするガーネット。 「………みぅ〜みぅ〜……」 「あ、ガーネット、ごめんごめん」 奇声をあげるガーネットに、思わず頭から手をのける勇人。 それらを見ていたディーも、笑いながら防具を外し、時報が鳴るのに耳を傾けた。 「はいはい、それじゃ、お昼にしましょ。分隊長……司令室で少しだけ待っていただけますか?」 「ああ、いいよ。じゃ、15分後に司令室で会おう。とりあえずはシャワーだな」 「はい!」 訓練場の鍵を閉めると、彼女たちは裏手にあるシャワー室へと駆けていく。 勇人もそれを見送ってから、すぐ側にある男子シャワー室へと向かう。 司令室に着くのは彼が先になるだろう……。 ■CNGS 第七分隊司令室 1月21日 12:20 「お待たせしましたぁっ!!」 それなりに走ってきたのであろう、ディーが少し息を弾ませながら室内に入ってきた。 勇人自身は、自分の机に座ってテレビのリモコンを弄んでいたところだったので、彼女が廊下を走ってくる音から、ドアに手をかける前に実は一度足を滑らせていることまですべてお見通しだった。 「ディー、危ないから気をつけるんだよ……」 「え? ええ??」 「転んだ? 大丈夫?」 「だだ、大丈夫ですっ!」 「本当に? 怪我なんかしてないね?」 「大丈夫ですよぅ……」 「わかった。それじゃ、お昼にしようか。どこか行きたいところ、あるの?」 「……あ……え、えっと……」 俯いたディーの顔が赤い。あらわな額は、白皙に朱をさしたかのような、うっすらとしたピンク色に染まっている。 そうして勇人が見つめていると、その朱は顔に広がり、耳までが染まっていく。 「ど、どうした、ディー? 具合でも悪いのか?」 「い、いえ、そうではなくて、あの……その……」 「………? 暑いのかい? エアコン、止めようか?」 「い、いいえっ、そうじゃないんです、えと、その……」 「だーめだめ、たいちょー、女の子をそうやっていじめる人はダメダメなのっ!」 不意に、ディーの背後から声が聞こえてくる。 ディーが弾かれたように振り返り、勇人が思わず目を上げる。 その先には、彼女が居た。 顔の半分を占める丸眼鏡。青いショートヘア。小柄な身体。 「……トパーズ……君?」 「たいちょー、なんでそうたたみかけるようにするかなー。女の子はね、落ち着いてしゃべらないと思うようにしゃべれないんだから」 「そうなのか?」 「さぁ………」 思わずディーが首を傾げる。 「ダメだってばー、ディーは優しすぎるんだからぁ。こういう時にはぁ、びしぃぃぃぃーっ!!!」 といいながら、勇人の目の前に指先を突きつける。 「………っと言ってあげないとダメなんだよぉ?」 「ッて言われても判らないんだけど……」 勇人が頭を掻きながらトパーズの顔をのぞき込む。 「……だいたい、君はなんでここにいるんだ?」 「あ、と、そうだった。ほんぶちょーって人から伝言預かってきたんだった」 「なんだって?」 「お昼食べたら来てくれって」 メモ用紙に書かれた大量の落書きの中に、確かにそれらしい文章が書かれているのを見て取った勇人が、ため息とともにそのメモ用紙をポケットに入れる。 「わかった。伝言承る。で、君はどうするんだ?」 「どうって?」 「昼、食っていくかい?」 ディーが一瞬気色ばんだのは、勇人には気付かなかった。 「あたしはそーんな野暮じゃないモン。というわけで、トパーズ、開発室に戻りまーす」 きびすを返すと、小走りとも言える速度で立ち去っていくトパーズ。彼女の背中を見送りながら、勇人は再びため息を吐いた。 「……なんだろうな、あの子は……」 「にぎやかには、なりそうですけど……」 「……うん。で、そういえばディー、どうしたんだい?」 「……え??」 「いや、さっき、何か言いかけて無かった?」 「……あ……」 時計は既に12時半を回っている。 「……大変、……分隊長、これ、良かったら、食べてください。味はあんまり保証できないですけど、その……」 そう言いながら、一抱えある包みを(どこから取り出したのか判らないが)勇人に差し出す。 上目遣いで見上げる顔と見合った勇人が、一瞬の間を置いて手を差し出す。 「………あ、ありが……とう」 「いえ、あの、その、量の加減が実はうまくいかないんです、私……」 「……いや、丁度いいと思うよ」 「本当ですか?!」 嬉しそうに笑いながら、ディーが司令室へと入っていく。小躍りする様な足取りが、先日の彼女を思い出させる。 「でも、どうしたんだい? 弁当作ってくれるって……ずいぶん時間かかっただろう?」 「いえ、そんな事無いです。ただ……分隊長、見てたらいつも同じモノばっかり食べてるんですもの……」 「あ、ああ、俺、あんまり食にはこだわらないんだ。毎日同じモノ食べても平気だからね……」 「ダメです。そんなんじゃ栄養偏っちゃいますから」 と、扉が開き、ガーネットがこれまた嬉しそうに包みを抱えて入ってきた。 「………♪」 「あ、ガーネットもいらっしゃい。みんなでお昼にしましょ?」 「お、ガーネットも弁当作ってきたのか? 二人とも偉いぞ」 「………??!!」 二人から同時に声をかけられたガーネットが、混乱したように顔を左右に向ける。 一瞬顔を見合わせたディーと勇人が、微笑みながら暗黙の了解を交わす。 「ごめんごめん、ガーネット。とりあえず、食事の時間だ。弁当、自分で作ったのかい?」 「………?」 「よし、じゃ、そっちを片付けよう。誰かと卓を囲むなんて久しぶりだよ」 「はい、自分で……その、ディーさんと一緒に」 「そうか、ディーと一緒に作ったのか。料理は得意?」 「そうですね……。私も、本当に久しぶりです」 テーブルの上に包みを置くと、ガーネットの目が丸くなる。 「……どうしたんだい?」 「得意というほどでは……ないのですが……」 それでも会話のテンポは変わらない。 「……あの、その……包み……」 だが、珍しくガーネットの方から話を振ってくる。 「……うん?」 「……………」 「どうした? ガーネット」 「あの………ディーさんの、お弁当……ですよね?」 「いや、ディーが俺のために作ってくれたみたいなんだ」 ガーネットが首をふるふると振りながら、それでも一生懸命言葉を続けようとする。 「あの、……おいしいですから……食べたら……」 「??」 今度は勇人が首を傾げる番だったが、ガーネットはそれ以上は何も言わずに席を立って給湯室へと向かう。 おそらく麦茶を取りに行ったのだろう。 「はい、分隊長」 紅茶の入ったカップを渡されると、一瞬勇人は戸惑う。 「ありがとう」 とは言ったモノの、食事の時は水ですましていた勇人である。 「あ、ガーネット、また麦茶に砂糖を入れてる……」 「………♪」 「まぁまぁ、いいじゃないか。それじゃ、早速頂くかな」 ディーが見守る中、勇人は包みをほどいた。 「…………………」 「……………………」 ガーネットまでが、その弁当に注目する。 ディーも、緊張の面もちで勇人を見つめる。 すさまじい色彩だった。 米を炒めたピラフと思われる、茶色い固まり。揚げ物であろう、緑色の何か。ぱりっとした皮に包まれた春巻きとおぼしきモノは赤かった。 そして、青い、真っ青な何か。 見事なまでの原色である。 さらに、それらが弁当箱一杯に花畑のように一面に広がっているのだ。 そして、勇人は…………。 「……いただきま〜す」 「……………」 全く意に介さないという様に、弁当に箸を付ける。 ガーネットがふるふると震えながらその様子を眺めている。だが……。 「……こ、これは………」 ディーが緊張の面もちで彼の箸を見つめる。自分自身の弁当も開けたまま、彼の動きをひたすら注視していた。 「美味いぞ……」 「ほ、本当ですか?」 「ああ、こりゃ凄い、美味いよ……マジで」 茶色いピラフ状のモノは、しかし口の中に運ばれたとたんに一風変わった味わいを見せる。辛くもあり、甘くもあり、あるいはほのかに酸味も感じる。 だが、不味いという言葉は出てこない。不思議な不思議な、きわどいバランスの上に成り立つ味わいだった。 「……すごいな、ディー。おいしいよ……」 「あ、ありがとうございますっ!!」 顔中が花になったような、満面の笑顔を浮かべたディーが、嬉しそうに自分の弁当に箸を付ける。 ガーネットも、ほっとした様な顔で自分自身の弁当をあけた。 ■CNGS 本部管理中隊 本部長室 1月21日 13:06 「間宮勇人、入ります!」 勇人がドアを開けると、丁度本部長が立ち上がったところだった。 「……早いな」 「そうですか? そんなに急いだつもりはないんですが」 「……そうか」 煙草に火を付けると、深々と吸い込む。 ソファに座っているトパーズが、煙たそうに目を細めた。 「……まぁ座れ、勇人。大事な用事だ」 「……何事ですか? まさか、酒でもおごってくれるんじゃないでしょうね」 「ちゃかすな。……第七分隊に出動要請だ」 「……コールじゃなくて?」 「そうだ。特別な任務として指示が出てる。詳しくはそれを見てくれ」 そう言いながら本部長が机の上を指さす。十数枚にわたる何かの報告書の様なモノで、勇人がそれを手に取り、中を読み進めていく。 「……第23受電施設……ですか」 「ああ。『ワーム』と呼ばれる無人兵器プログラムの所為で、人間も強化兵も近寄れたモンじゃない。何回かCNFが出ていったが、悉く返り討ちだ」 「……で、我々におはちがまわってきたと。……ですが……」 「わかってる。この……」 座っているトパーズの方に手を差し出す本部長。 「トパーズは今日から分隊に配置になる。彼女の力を借りればそれほど厄介な任務じゃない筈だ」 「……トパーズはまだ訓練中じゃなかったんですか?」 「う〜ん、あたし、あんまり訓練しても意味なさそうだし……」 頭に手をやりながら、トパーズが答える。本部長が少し顔を左右に振ってから、彼女に向き直る。 「……そうじゃない。我々の都合なんだ。……本当にすまないが……」 「本部長、正気ですか? ……それに、トパーズ、君も君だ。命懸けの現場に行くのに、訓練も無しでは……」 「……勇人!」 本部長が不機嫌そうに声を荒げる。 「……命令だ。第七分隊は、第23受電施設に向かい、これを制圧、奪還せよ」 「………………本部長」 「頼む、勇人……」 いらだたしげに、本部長が勇人を見る。頼む、という口調ではなかった。 彼自身も何か引っかかるものを感じていたが、これ以上本部長と口論しても無意味だ、と思い、勇人はゆっくりと敬礼する。 ……ことさらゆっくりと。 「……了解。第七分隊は、任務を遂行します」 「移動手段その他はこちらで確保する。指揮車の運転は君に頼むことになりそうだ。他に必要なモノはあるかね?」 「トパーズのスーツは?」 「もう今頃届いてる筈だ。機能については既に本人に伝えてある。他に質問は?」 「……いえ、ありません」 勇人が背を向け、トパーズと共に部屋を出る。 本部長は何も言わず、煙草を灰皿に押しつけ、しばらく考える。 全く。ヤツみたいに怒れたらどれだけ楽だろうな、と。 ■CNGS 第23受電施設 1月21日 18:00 辺りはとっぷりと暮れている。 勇人も、よもやこんな時間に現場に着くとは思いもしなかった為か、精彩を欠く表情をしている。 「……ディー……」 「はい、準備出来てます。正面から進入して……コントロールルームにある、制御端末を確保、そこから駆除システムを構築して建物全体を制圧します」 「……トパーズ、大丈夫か?」 「だ、だいじょーぶ……」 やや緊張気味なトパーズを見て、勇人は再びため息を吐きそうになる。 「……トパーズ、ディーとガーネットは君を守ってくれるさ」 「わ、わかってるよっ!!」 思わず声を荒げてしまったトパーズが、ちょっと上目遣いに勇人を見る。 「し、信じてない訳じゃないよっ……。ただ……全然緊張してない事はないっていうか……」 「……わかってる。トパーズ、俺だって初めての任務の時は怖かったさ」 「たいちょー……が?」 「まぁな」 暗がりの中。純白のスーツと、深紅のスーツがゆっくりと彼らの前を歩いていく。 勇人とトパーズが、ディーとガーネットの後ろから着いて歩いているのだ。 「……たいちょー……」 「うん?」 「……やっぱり、ディー達も怖いのかな……」 トパーズがぼそり、と呟く。 「……どうだろうな……。怖くない筈はないと思うけどな」 「あたしは……ちょっと怖い。VRSで一日訓練しただけだけど、その間に……エメラルドも、あたしも……何回か死んじゃった」 「…………」 VRSの訓練の事を、勇人はよく知らない。ただ、ディーやガーネットが実戦であれだけの動きが出来るのは、VRSでの訓練あっての事だという。 「……トパーズ。訓練は、実戦で死なないためのものだ。だから、君が訓練で死んだことは無駄にはなってない」 「…………」 「いいか、訓練で何故死んだかを考えるんだ。そして、同じ事をしないようにするんだ。……それが……」 「分隊長!」 ディーの声に、勇人が顔を上げる。 目の前に、第23受電施設の、職員用非常口が見える。 「……この辺りから、真っ直ぐに突入すれば制御端末まではすぐです。ガーネットが先行して道を開き、私がトパーズを保護しながら前進します」 「わかった。……ディー、ガーネット、それにトパーズ……。怪我をしないでくれよ。……気をつけて」 「……はいっ!」 3人の少女達が、力強く頷く。勇人はこれ以上進むことは出来ない。いざというときのバックアップの意味もかねて、この場にとどまるのだ。 「じゃ、行くよぉ」 トパーズが、両耳から出ているセンサー・アッセンブリからケーブルを引き出すと、扉の横にある端末に接続する。 同時に、彼女の脳から発信される指示が扉を開けようとする。 瞬間、ぱちっ!! とスパークが走る。 ディーと勇人が気遣わしげにトパーズを見る。 「……やっぱりトラップだったけど、もう大丈夫」 幾分自信を取り戻した顔で、トパーズが微笑む。 ガーネットが扉に手をかけると、自動ドアをゆっくりと押し開けていく。 軋むような音を立てて、ゆっくりと建物の内部が彼らの目の前に現れてくる。 「……ひどいな……こりゃ」 勇人の声が、誰も居ない廊下に響く。 ガーネットがゆっくりと歩を進めると、ディーとトパーズが後に続く。 祈るような気持ちで、勇人は彼女たちの後ろ姿を見送っていた。 ■第23受電施設内 中央廊下 同時刻 ごぅん………。 背後で扉の閉まる音。ディーとガーネットが眉をひそめたが、トパーズには予想されていた事だった。 「開けっぱなしにすると、ワームが外に出ちゃうから……」 そう言ってトパーズはかすかに笑った。 だが、かすかに膝と声が震えるのを止める事は出来なかった。 ディーが、微笑みながらトパーズの側に立つと、彼女の方に手を置いた。 「大丈夫よ、トパーズ。私から離れないでね」 「………」 頷くと、トパーズは前方の暗闇に目を凝らす。同時に暗視センサーが機能し始め、暗い廊下の先の方までが見通せるようになる。 「……いる……」 トパーズが呟く。 同時に、暗闇を切り抜いたかのように、幾つかの影が通路の隅から蠢きだしてくる。 「……行くわよっ!」 ディーの気合いと共に、両手の中に20mm対人ライフルが、『生成』される。 ガーネットはそのまま『影』に向かって突進する。 「……ガーネットっ、気をつけて! 相手は5体居るよっ!」 そう言いながら、彼女は既に敵の移動パターンを解析し始める。 暗闇からは、5体の『ワーム』が、早くも突進してきたガーネットを包囲しようと動く。 「ディー、ガーネットの左側面、12/10エリアに2秒後に攻撃、ガーネットは1.7秒後に右のワームを攻撃してっ」 「了解」 ディーが武器を構える。返答の無かったガーネットは、しかし彼女の指示通り右にステップし、襲いかかろうとしてたワームに立ち向かう。 「…………っ」 左右の連撃を打ち込むと、一瞬ゼリーを殴ったような感触があったが、拳圧がその身体を吹っ飛ばす。壁にたたきつけられ、ぐずぐずに崩れた姿が、徐々に壁の中に溶けるように消えていく。 同時に、ディーが20mm対人榴弾を3発、射撃する。 地面に薬莢が転がり落ち、乾いた音を立てて転がる。 背を受けたガーネットに、身体の一部を引き延ばして攻撃しようとしていたワームは、横っ面から榴弾を受ける。 潜り込んでから炸裂した砲弾が、ワームの身体の9割を粉砕し、残った1割は地面に溶けて消える。 「ガーネット、左っ!」 反応して左を向いたガーネットが、三本の『触手』を伸ばしてくるのを見る。咄嗟に、その触手を左手一本で捌き、相手の懐へと飛び込む。 触手が彼女の身体を絡め取ろうと、イソギンチャクのように収縮していく。 だが、その触手が彼女に触れる前に、彼女は母体となるワームを捉える。 「…………ええ〜いっ!」 気合いの抜けた……否、本当は入れてるのだが……声と共に、右のアッパーカットがワームにめり込む。ワームがその衝撃てへこみ、たわみきったところに今度は右足を軸足とした回し蹴りが入る。 鋭いナイフで斬られたかのように、ワームの身体が上下に分断される。 それぞれが地面に落ち、溶け落ちていくのを見届けると、ディーとガーネットが身体を寄せ合って警戒する。 「……あ……」 トパーズが、眼鏡に映る暗視画像を見ながら、安堵の表情を浮かべる。 「……もう大丈夫……。あいつら、逃げていったから」 トパーズの声に、ディーとガーネットが構えを解く。 「……ガーネット、大丈夫?」 トパーズが心配そうにガーネットに声をかける。ディーが振り返ると、肩の辺りにかすかに切り傷があった。 「…………?」 「あら、怪我してるわね」 「………??」 肩を見て、ガーネットがため息を吐いた。まだまだだなぁ、といわんばかりの顔で肩の辺りをぺちぺち、と叩いて、 「………大丈夫です〜」 とだけ答える。 「わかった。無理しないでね、ガーネット」 そう言いながら、ディーが前に立って前進する。 トパーズが、その後ろに続き、ガーネットは後尾を担当する。 「……制御端末室……ってここ……だっけ?」 「………書いてあるし……」 トパーズが、扉に取り付き、センサーからケーブルを引き出して接続する。 数秒もしないうちに、扉が自動で開く。 「……電気設備はまだ生きてる……。気をつけて……」 ガーネットがゆっくりと足を踏み入れる。ディーがそれを援護すべく、ライフルを構えて室内を見渡す。 トパーズが、室内をスキャンしようとした時だった。 ディーのすぐ背後に、突然『それ』が落ちてきたのだ。 顔を硬直させ、全裸のまま落ちてきたもの……。 ディーとトパーズが、咄嗟にIDを識別しようと彼女の方を見る。 まさにその一瞬をついて、扉が突然閉まったのだ。 「あっ?!」 トパーズが慌てて振り返り、扉を開く信号を送ろうとする。 ばちばちばちっ!!! 「うああっ!!」 引きちぎるように扉からケーブルを引き剥がす。接続部分が黒く焦げているのを、ディーは見てとった。 「ど、どうしたの?! 一体何が……」 「あ……わ、罠だ……ディー、罠だよっ!」 「……なんですって?」 振り返ると、数歩離れてディーは再び『生成』を始める。 今度は口径の大きなモノで扉を…… どんっ!! その瞬間、目の前の扉に何か重い物がぶつかった音がした。 「ガーネット? ガーネットなの?? 扉から離れて……」 「ダメっ、ディー、撃っちゃダメっ!!」 トパーズが蒼白な顔で叫ぶ。 扉の透明度が下がり、徐々にその中が見えてくる。あたかも、それを見せるのが目的であるといわんばかりに……。 ガーネットは、扉に貼り付けられていた。 大量の、ゲル状物質が、次々と彼女の両腕両脚にまとわりつき、扉に大の字に貼り付けていく。抵抗しようともがいているガーネットが、まるで子供のように軽々と操られている。 「……今までのと違う……これ……」 トパーズが蒼白な顔で彼女を見る。ガーネットの顔が、苦悶に歪んでいる。 「……ガーネット! ……トパーズ、一体どうしたらいいの?」 「……部屋の中に入らないと……」 不意にトパーズが振り返る。 ディーの背後に、ワームの姿を見て取ったのだ。 「ディー、危ないっ!!」 振り返りざまに、ディーが肘うちをたたき込む。 だが、ワームはそれを『知っていた』かのように、身体を歪めて回避する。 「……っ!」 「気をつけて!! さっきまでの奴らとは違う……これ、戦闘用のワームだ!!」 「なんですって??」 同時に、ワームの四隅が大きく引き延ばされると、彼女の身体を取り込もうと触手のように伸びてくる。 「………っ!!」 武器を再生成すべく、収納してしまったのが失敗だった。徒手空拳で戦える相手ではないと、彼女はすぐに悟ったのだ。 「トパーズ、逃げてっ!! こいつ、強いっ!」 「ディー!!」 助けに行かなくては……。ガーネットが捕らえられ、今ディーもまた、徒手空拳で忌むべき相手と戦っているのに、彼女には武器がないのだ。 ……勇気さえも。 「早く、逃げて! 分隊長に報告するのよ!!」 「でも……」 「いいから!! あっ!!」 とうとう、捌ききれなくなったのか、左腕に『触手』が巻き付く。同時に、両脚を絡め取られ、ついに地面にディーが引き倒される。 「逃げなさいっ!! トパーズ!!」 その声を聞きながら、トパーズは背を向けて走り出す。 泣きながら、彼女は入り口の方へと走っていった。 ■第23受電施設 ガーネット 同時刻 「……あ………………うぁ………」 怯えるガーネットの表情を楽しむように、『それ』が、ゆっくりと彼女の唇を犯していく。 彼女の脳裏にどういう光景が展開されているのか、用意に想像出来る。 唇にねじ込まれてくるモノの感触を、彼女は知らない。 もとより、そのようなモノを口に含むという事すら考えつかなかった彼女にとって。その異質な感覚は強烈な嫌悪感になって襲いかかってきた。 「……んんっ………んんん〜〜〜っ!!」 首を左右に振りながら、自由にならない両腕をなんとか動かそうと無駄な努力をした。 幼い頃知り合いだった少年が虐められているのを見て、彼女は怒りに駆られて彼らの前に姿を現した。 その少年を守りたいと思って護身術をならい、格闘技を習い、小さな身体で大きな男達を圧倒できる力を手に入れた。 だが、男達にはその技が通用しなかった。おかしい、と彼女は思った。 少年は死んだ筈だ。虐めに耐えきれずに。その時、号泣したのも、葬儀に出向くのが怖くて家の外へすらでなかった事も憶えている。 そうだ。あの時、私はやっつけた筈だ。あの、少年を虐めていた男達を、完膚無きまでにやっつけて、それでも……むなしいと感じていた筈だった。 そんな事をしても少年は帰ってこない………。 胸を強く握られると、痛みだけが体中をさいなんだ。 やっつけた筈の男達は、彼女をかるがると押さえつけ、両手両脚を押さえて、体重をかけて指一本動かせないようにしてしまった。 これ以上力をかけると折れる……というところまで押さえつけられる。激痛が四肢をさいなみ、目の前で再び少年を殺されるのを目の当たりにして、彼女は首を左右に振ろうとした。 だが、その頭を押さえ、目を開かせ、何度も何度もむごい光景を見せつける。 少年は自殺したのだ。守りきれなかった彼女を恨んで……。 「……んんっ!!」 『どうして、もっと早く来てくれなかったんだい? 待っていたのに……』 「………………っ!」 少年が、何度も目の前で死んだ少年が、今度は恨みの目を向けて彼女の方へと歩いてくる。 胸を揉む強さが微妙に変化する。先端をつまんだり転がしたりする動きをする。くすぐったい感触が、手足を動かせないもどかしさに変わって身体から力を奪う。 「……う………あ………」 身体から完全に力が抜ける。両脚が大きく割り開かれると、その中心にある、小さな泉へと触手が這い進んでくる。 少年が、蔑むような目で彼女を見下ろす。その感触に身震いして、ガーネットは泉から何かがわき出そうとする欲求を感じた。 『……見苦しい姿だね……。ガーネット、君はそんな姿を初恋の相手にさらして悦んでるんだ』 いつしか少年は勇人の姿になっていた。ディーが、トパーズが、そんな彼女を見て嗤っていた。 そして、彼女は泣きながら大きく口を開けてあえいだ。 「………みないで………くださ………い……」 だが、その懇願を無視するかのように、多くの人の目が彼女に集中する。ぶるっ、と身震いして、彼女は秘芯にかかった触手を嫌がる事無く受け入れてしまう。 「……だめ……ですぅ………それ以上は………され………たら……」 『おい、見ろよ。こんなところでオナってるヤツがいるぜ』 顔をあげると、今度は彼女は誰もいない教室に一人で座っていた。いつの話だろう……と思って左右を振り返った。 そうだ。確かに、テストが終わった後、彼女は鉛筆で秘芯を弄っていた事があった。 あれは……。 「………ああああ………」 秘所に押し入ってくるモノの感触に彼女があえぐ。その顔を、かつての級友達が、あるいはディーが、あるいは勇人が、じっと見下ろしている。 「………ひああ………あああっ……いい……です……もっと、見て……下さい……」 腰が自然に蠢くのを止められない。彼女は、自分がこんなにいやらしい人間であることを恥じながら、それでもそれを見られる悦楽に浸りながら、再び叫ぶ。 「ひあ………おね…………が……い……ですぅ、もっと………強く………」 ■第23受電施設 ディー 同時刻 「……勇人……さん?」 『もう大丈夫だよ、ディー。よく頑張ったね』 低い声が、ディーの頭の芯に響く。 そうだ。今、私は彼に身体を預けようとしていたんだ。 そう思って、彼女はゆっくりと身体を横たえる。勇人がそれを見下ろしながら、ディーの胸や脚をじっと見つめている。 「あの、あんまり……見ないで……」 そう言いながら、手で胸を隠そうとする。だが、手は動かなかった。 そうだ。今は私は手を押さえられてるんだ。 そうじゃない。 彼女は手を挙げようと努力するが、手足は彼女の意志に従わなかった。 そう。動くはずもない。さっき触手に絡め取られた筈だ。 「………っ!!」 目をあける。 目の前に、『それ』がゆっくりと迫ってくるのがわかり、彼女は咄嗟に左手で顔をかばおうとする。 だが、両手両脚が完全に動かなくなっている。ゲル状物質で出来た檻の中で、彼女は手足を埋められた状態で捕縛されていたのだ。 「……くっ!!」 顔を背けて、『それ』が唇を犯すのを辛うじてかわす。だが、それは無意味な抵抗だった。 『それ』が頭に貼り付く。スーツの防御機能が充分に働いていないな、と思った瞬間、再び『それ』が彼女の口の中へと進入してきた。 勇人の手が、彼女のスーツの内側へと入り込んでくる。 違う、これは勇人じゃない。 そう思っても、手が乳房を覆い、ゆっくりと指の一つ一つに力を入れて揉み始めると頭にもやがかかる。 いつのまに、私はこの人をこんなに意識しているのだろう? 指先で、乳首の先端を弾くようにすると、そこから甘いしびれる感覚が体中に走る。 力の萎えていく両脚を支えるように、彼女は目の前の勇人にすがった。 「……は………ぁ………」 唇を重ねると、甘い液体が口の中に広がる。 飲み干す瞬間に恍惚の表情を浮かべて、彼女は身も心も勇人に預けていく。 『ディー、さ、脚をあげて……』 言われるままに、彼女は膝に力を入れる。 片足が地面について、片足を大きくあげたはしたない状態で、彼女は勇人の手が太股を滑り、股間へと近づいていくのを感じていた。 「……ああ……ああ………」 誰だっけ。この人……。 掌で太股をさすっているのは、誰………。 指が、ゆっくりと秘芯へと近づいてくる。 誰でもいいや、もう……。早く触って欲しいな。もう、じんじんしびれてきてて……。 「んああっ!!」 秘芯に触れた時、思わず彼女は声をあげていた。 初めて自慰を憶えたときにそういえば、びっくりして声をあげちゃったっけ、と彼女はもうろうとした意識の中で思う。 いつのまにか、ベッドにうつぶせになって寝ていた彼女は、言われるままに右手で秘芯をこすっていた。 左手は乳首を転がすようにして、秘芯を人指し指と中指で挟んで、包皮の上から何度も何度もこする。 時折、指を秘裂に向けて、ぬるぬるした液体を指に付けながら、何度も何度も秘芯をこする。 『……綺麗な色だね、ディー』 誰かが彼女にささやきかける。その声がまた、高揚感をもたらす。 「……い………ん………の………もっと、………ああっ」 指の動きにあわせて、腰が左右に揺れる。勝手に動いていく腰と、漏れてくる声はもう彼女が制御できるものではなかった。 もっと、もっと………。 ■Sα8シャードの一角 民家 同時刻 「いい、いいぞ……」 画面の中では、二人の天使が悶えている。二人とも、スーツの上から秘芯をもどかしそうにこすっているのだ。 彼が作った檻の中で、彼の作ったあらゆるシチュエーションを体験しながら、二人は焦点の合わない目で、ひたすら自慰にふけっていた。 その画像を、彼のマシンが記録している。これは外には流すまい。 彼自身の、最高のコレクションの一つだ。 もう少し彼女たちを嬲ってやろう。今度は、二人を絡ませてやろうか。 そして、力を完全に奪ったところで回収しよう。 あのスーツと、彼女たちと。スーツは『バグ』の連中がほしがっていたが、中身は彼のモノだ……。 「……ほら、もっともっと……今度はガーネット、脚をあげて……ディーは、仰向けになって、両脚をもっと広げて……」 スーツを脱がす事だけがどうしても出来ず、それだけが彼には不満だった。 だが、もうすぐだ。脳が抵抗する気力を完全になくせば、彼女たちの人格を乗っ取って……後は彼の思いのままだ。 彼の逸物に食いついている、この……『セリア』と呼ばれていた少女のように。 ■第23受電施設 一角 トパーズ 同時刻 トパーズは、絶望的な顔で扉を見上げた。 ディーや仲間を見捨ててしまった、という罪悪感もさることながら、彼女の力ではもはや扉を開くことも出来ないと知っていたからだ。 「………コネクタが……」 溶けて壊れているコネクタを、彼女は呆然と見ていた。修理は出来る。だが、そうしている間に、またワームが襲ってくるだろう。 「……どうしたら……」 『トパーズ、ディー、ガーネット、大丈夫か? どうしたんだ?!』 「………たい……ちょ……?」 『トパーズか? 俺だ、勇人だ。一体何があったんだ?』 指揮車の、強力な無線機の電波が、妨害を圧倒して彼女の耳に届いた。 「……あ、……たいちょー……あたし………」 『トパーズ、報告してくれ。一体何があった?』 「罠に……かかって、あたし、ディー達を……見捨てて………逃げたの……」 『………トパーズ……おちついて。今ディー達は何処にいる?』 勇人の声が、トパーズをなだめているのが解る。苛立っている感情が伝わっては来るのだが、それに答えるべく冷静に話せるほど、彼女は落ち着いてはいないのだ。 「たいちょー……ディー達を助けて……。ワームに捕まってる。このワーム達……思ったより強力で、倒せないの」 『倒せない?』 「すごい数なの!! このままじゃ、あたし達、全滅しちゃう……」 『おちついて。一体どれだけの数いるんだ?』 「……こんな数のワームを放し飼いにしてたら暴走する筈なのに……」 ふと、彼女が言葉を止める。何故だ? 数が多すぎると、個々のワームを制御出来ない筈なのに。 それなのに、何故ワーム共は暴走も共食いもせずに、共存している? 答えは一つだ。……まだ、ワームの飼い主は、ここにアクセスしている。 「……たいちょー」 『トパーズ、トパーズ、頼む、どうすればいい? 倒せないワームを、どうやって倒すんだ?』 「まって、たいちょー。ここに繋がっている何か……電話でも、無線でもいい。調べてくれない?」 『どういう意味だ?』 「このワームの飼い主は、ここにずっとアクセスし続けているの。それなら、無線や有線でここに接続している筈なの。お願い、それを調べて」 『わかった。少し待て』 無線機の横でキーボードを叩いている音が聞こえる。彼女も、ドアに寄りかかりながらアッセンブリーから伸びるケーブルのコネクタを修理し始める。 『トパーズ、無線も有線もここには接続されてない』 「そんな筈ないよっ、たいちょー! 絶対、あいつらはここに……」 不意に、廊下の電気が点灯する。 ワーム達が、ゆっくりと彼女の方へと進んでくる。 「………っ!!」 『トパーズ、トパーズ、どうした? 返事しろ、トパーズ!!』 「たいちょー……。あたしも、見つかっちゃったみたい……」 『くそっ……なんとか逃げられないか? トパーズ、指揮車をここに突っ込ませるぞ』 「ダメ。そんなんじゃ……。……接続(アクセス)………接続………」 彼女が、焦って周囲を見渡す。 「……たいちょー……アンテナ探して、アンテナ………」 『アンテナ……だと?』 「そう、アンテナ……大きなアンテナ、ない?」 『………あるぞ……』 ■第23受電施設 指揮車 同時刻 それは、晴天の霹靂のように突然やってきたのだ。 ……霹靂、とは実に言い得て妙だ。 「……アンテナ……って、あれかっ!!」 受電施設は、他のシャードからマイクロウェーブの形で電力を供給されている。その為のアンテナ線が、敷地内を屋根のように覆っている。 「……これ………」 『たいちょー、たいちょー? 見つけたの?』 「……トパーズ……まさかとは思うけど、この受電アンテナが……そうじゃないのか?」 『………ッ!!』 トパーズが息を呑んだのが解る。 『……たいちょー、それ……全部壊せる?』 「制限時間は?」 『……1分ぐらい……かな……っ!!』 「どうした?!」 『ダメ……みたい、1分、もたなそう……』 「トパーズ!!」 『……受電アンテナ……も、一つのところに集まる筈……。どこ……』 「トパーズ、おい、トパーズ!!」 走っているのだろう。 荒い息が、ヘッドフォンの向こうから聞こえてくる。 『たいちょー、受電アンテナ、何処に収束してる?』 「……そうか! 収束しているところを破壊すれば……」 キーボードを叩き、施設全体の見取り図を表示させる。 アンテナ線が一カ所に集中する場所………。 「トパーズ………わかったぞ」 ■第23受電施設内 トパーズ 同時刻 『トパーズ、わかったぞ』 その声が、救いの声に聞こえる。 トパーズが、まだ電気のついていない廊下を走ると、そのすぐ後ろからずるずると音が聞こえてくる。布を引きずるような、ぞっとする音が。 「……たいちょー……何処?」 『建物の中心線上にあるよ。最上階が受電変換設備になってる』 「……一番……上……。たいちょー、ミサイル持ってる?」 『ないんだ、あれを破壊できる武器が手元にない。どうすればいい?』 「…………」 考える時間が欲しい。少しでいい、考える時間が……。 「……たいちょー、お願いしていい?」 『なんだ? 何でもするぞ』 「んじゃ、陽動して? 外にある変電機を片っ端から壊していって」 『それでどうなるんだ?』 「どうにもならないよ。でも、相手はあたし達が馬鹿なことしてるなって思うだろうから、その間に……」 『どうする?』 「たいちょー、ガーネットとディー、どっちの火力が強いの?」 『……ディーだ。だが、彼女とは連絡が取れない……』 「わかってる。……たいちょー、陽動お願い。あと、一番威力のある武器ってどれ?」 無線機の向こう側で、勇人がキーボードを叩く音が聞こえる。 はやくして、はやく………。 もう、すぐ側にまでワーム達が迫っている。 もう、逃げる場所はない……。 『大口径のコアフィールドキャノンがある。105mmの口径のリニアキャノンで、ビーム粒子を帯電させて打ち出すタイプだ』 「ID教えて。急いで!!」 『…………っ!!』 IDを受信すると同時に、彼女は身を躍らせる。 目の前の、ワーム達の群の中に。 飛び込む寸前、彼女は最後のメッセージを送信した。 「……たいちょー、陽動、お願い……」 アクセスコネクターをむき出しにすると、彼女は身体をワームに飛び込ませる。 すぐに、彼女はワームをコントロールしているところを見つけだした。アクセスが『上の施設』から来ているのだからすぐにそのポイントを見つけだす事が出来る。 「……あった」 そこから、今度はディーを弄んでいるワームへとアクセスする。彼女のIDはまだプロテクトで守られているが、既に5つあるプロテクトを3つまで解除されている。 このままではスーツがハッキングされてしまう。恐るべきスキルの持ち主だ。 「けど……」 すぐにディーにアクセスを開始する。『裏口』と呼ばれる方法で、彼女の人格にアクセスする。 「ディー、起きて、ディー!!」 「んんっ……あ……だ………れ……?」 「寝惚けてる場合じゃないよ、ディー!!」 「いいの……もう、気持ちいいの……そっとしておいて………」 「ダメだって!!」 彼女が、強い刺激を彼女に送り込む。痛みに近いそれを感じて、ディーの身体が物理的に跳ねるのを感じる。 「……っ!! 何するのよっ!」 「起きた? ディー、お願い。……両腕、持ち上げて」 「は? 何のこと??」 「あたしの言うとおりにしてっ!! ね、腕を、…そうそう、あともう少し……右に+7度……」 「……何をしようって言うの?」 「今の貴女に武器をコントロールする力、ないでしょ?」 彼女がIDをスーツに入力する。ディーの両腕に、大口径砲が『生成』される。 ■Sα8シャードの一角 民家 同時刻 モニターの中で、ワーム達から突然筒状のモノが突きだしてくる。 だが、彼はそれを見ていなかった。 屋外で見当違いのモノを次々と破壊している男の無様さをせせら笑っていたのだ。 あるいは、この画像を新聞社にでも流すのも面白い。設備を破壊するCNGS隊員……。 ついで、彼は画面を切り替える。 あえいでいるガーネットの表情を見る。もう陥落寸前だ。あと10分もあれば、人格を守るプロテクトに手をかける事も出来るだろう……。 画面をさらに切り替えた男が、ふと異質なモノを見た気がした。 それは……砲口だった。はっきりと、それは、彼のアクセス源……受電変換設備……へと向いている事がわかった。 「……っ!! しまっ………」 モニターが白色に染まり、同時にアクセスが切れた事を意味するシグナルが室内に響いた。 ■第23受電施設内 同時刻 扉が重い音を立てて開くと、勇人が心配そうな顔で中へと飛び込んでくる。 「……トパーズ!! ディー、ガーネット!」 トパーズが、ずり落ちかけた眼鏡を支えながら、ゆっくりと歩いてくる。 「……ちょっとしくじっちゃった。あんな威力があるなんて思わなかったし」 天井が見事に抜けていた。105mm荷電粒子砲は、見事にその役割を果たしていた。 「あいたた……。落ちてきた瓦礫で腰うっちゃった」 「おいおい……」 その奥に、ディーが、ガーネットをささえて戻ってくるのが見える。 ガーネットは完全に意識を失っており、ディーも動きが鈍い。 「……そりゃあ、ね……。ディー、何回もイカされてたし……」 「トパーズ!! もう、なんて事言うのよ!!」 と怒る声も元気がない。身体を引きずりながら、顔を真っ赤にしてディーがゆっくりと指揮車の方へと向かっていく。 「……でも、結局犯人は見つけられずか……」 「大丈夫。もう二度とあんな事出来ないから」 「………え?」 ■Sα8シャードの一角 民家 同時刻 「くそっ!!」 怒りに満ちた声で、男は『セリア』を放り出した。 人形の様に倒れた彼女は、うつろな目で彼を見ている。 「畜生……こうなったら、あの画像を使って……奴らを………」 キーボードを叩き、画像を呼び出そうとする。 と、画面に一人の少女の顔が表示される。眼鏡をかけたショートヘア。 「………なんだ?」 『ご苦労様。HDの中身、それから繋がってるすべてのデバイスに、あたしの分身が入ってます。もちろん、今こうしている時に中身が確実に消えてるわけで……』 「なんだとぅ!!」 慌てた男が強制終了のコマンドを入力するが、受け付けない。 片っ端から電源を切っていくが、彼自身にはそんな動作が間に合うとは思えなかった。 再度電源を入れると、画面には真っ暗な中に No system file とだけ表示される。 「……くそっ!!」 画面を殴りつけた男が、痛みに顔をしかめる。 「………憶えてろよ………ジュエル・ボックスめ。畜生……」 低い声が、いつまでもいつまでも狭い部屋に響いていた……。 |