CNGS第七分隊 ジュエル・ボックス


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第6話  深緑の龍姫  〜エメラルド〜

「先日、奪還されました第23受電設備が復旧し、そのため市内での電力供給の単価は大きく下がりました。公式発表では、キャパシティを大きくし、セキュリティを強化した設備の為、都心部へ供給される電力は従来の3倍以上になるとの事です」

――CNBCニュース 1月27日の放送より――


■CNGS本部駐車場
1月28日 10:00

「お疲れさまです!」

 警衛に立つ青年が、片手をあげて敬礼しながら彼女を門の中へと誘う。
 スロットルを少し煽ると、彼女は乗り物に乗ったまま本部敷地内へと乗り入れる。

「あ、今日は煩い司令なんです、すいません、降りてください」
「……面倒くさいなあ」

 愛車の4サイクルDOHC4バルブのエンジン音が、すっとカーテンを引いたように消える。イグニッション・スイッチを『OFF』の位置にすると、彼女はその大きな二輪車、愛車GPX750の車体を押して行く。

「ホント、きっちりメンテナンスされて……いいバイクですよね」
「君も、良くまぁこんな古いバイクを知ってたものだな」
「そりゃ、大好きですからね」

 笑いながら、彼女……エメラルドは、フルフェイスヘルメットを外す。チョコレート色のロングヘアが、さらりと滝のように流れ落ちた。
 長い間ヘルメットに閉じこめられていたことを抗議するように風にたなびく。
 
「おい、ロンスタット、警衛の任務の中には、隊員の護衛までは含まれてないぞ」

 不意に背後で声がする。今日の警衛司令の顔が、彼女のヘルメットのシールドに写った。

「あ、いや、その……」
「さっさと持ち場に着け、このうすら馬鹿が!」

 警衛司令が一瞬、エメラルドをじろっと眺め、それからロンスタットと呼ばれた青年を蹴とばしながら去っていく。
 あれは誰だったか。運幹の腰巾着の……そうだ、ロッツェとか言ったか。
 彼女は記憶力には自信があった。見たもの、聞いたことはたいがい忘れる事はなかった。そして、好奇心旺盛な親友のおかげで、社内隊内の様々なニュースを毎日のように聞かされていた。

「あ、エメラルド、おかえり」

 その親友が、丁度駐車場の入り口から出たところで声をかけてくる。青い髪の毛が、一瞬風に巻き上げられて宙に舞う。
 風が収まっても、前髪の一部が立ったままになってしまい、それを悲しそうに彼女、トパーズが手でなでつけるようにする。

「もう、今日って風強くてやんなっちゃう」
「そうだな。今から外出か?」
「うん。買い物行ってくる。明日から忙しくなりそうだし」
「ああ、そうか。気を付けてな」
「うん、それじゃ、また明日ね」

 笑いながら、彼女は街へと出ていく。エメラルドのテスト運用も昨日で終わり、明日からは実際に部隊に配属され、勤務に就くことになる。
 彼女は、ドアを押し開けると、隊舎の中へと足を踏み入れていった。

■第七分隊司令室
1月29日 08:30


「エメラルド、サファイア、お疲れさま。楽にして」

 ディーの声に、二人は休めの姿勢を取る。
 微笑んだディーが、勇人にファイルを差し出す。
 試験結果は良好、本日より部隊配属を命ずる、と書いてあった。
 
「二人とも、もっと楽にして。形式はもう十分だ」

 笑いながら勇人が、二人をソファへと案内する。

「お偉方が見てる時でもなけりゃ、好きにしてくれていいよ。で、二人ともスーツの具合はどうだい?」
「悪くないよ、分隊長」
「……良好です」

 エメラルドが、早くも灰皿を手で引き寄せながら、制服の胸元から煙草の箱を取り出す。
 制服、といっても戦闘服ではない。濃紺色のタイトスカート、装飾ボタンの一杯ついた、むしろ儀礼用とも言えるジャケット。その内側には白いシャツ、えんじ色のリボンタイ。

「え?」
「いいかい?」
「あ、ああ」

 勇人が苦笑しながら、煙草に火を点けるエメラルドを見る。なかなかの神経の持ち主のようだ。

「あ、あの……」

 ディーが何かを言わんと口をぱくぱくさせるが、言葉がなかなか出てこない。
 吐いた煙が頭上にたゆたい始める頃に、ようやくディーは大きく息を吐いた。
 
「じ、事務室は禁煙よ、エメラルド!」
「じゃ、なんで灰皿おいてあるんだい?」
「そ、それは………」
「いや、いいんだ、ディー。話を続けるとするか」

 手元のファイルに目を落とす。
 サファイア。無口で、忍耐強い。目が良く、高性能センサーで捉えた遠距離画像のさらにピンポイントを狙撃出来る、希有な腕の持ち主。
 ディーの署名があり、彼女がCNF時代にともに戦い、その腕を見込んで推薦した、と書いてある。
 彼は、目の前のおとなしそうな少女を見て少し考え込む。
 雪のように白い肌、とはまさにこういう事を言うのだろう。シミ一つない、綺麗な素肌をしていた。
 銀色の髪、青い目。淡い色彩で統一されたような姿をしている。
 エメラルドの方は、チョコレート色のロングヘア、榛色の瞳。色彩も、態度も対照的である。
 だが、それ以上に、ジュエル・ボックスに初めて訪れた『喫煙者』に、彼もディーもとまどっていた。
 さらに言うなら、彼女……エメラルドは重火器を扱う、とされている。
 いわば歩く弾薬庫の様なものなのに、その彼女が唯一煙草を喫うとは……。
 
 面食らっている勇人は、それでも平静を保っていた。だが、ディーは喫煙者に恨みでもあるかのように、エメラルドにまくし立てる。

「よくありません、分隊長! いい、エメラルド、今回だけは大目に見るけど、次からは室内は一切禁煙! もし事務所で喫ってるの見つけたら叩き出すわよ!」
「なんで? そんな権利が誰にあるんだい?」
「わ・た・し。私よ。室内の火気取締役は私なの。解る? その私が室内禁煙と言ってるからには禁煙なの」
「………うっ」
「さ、解ったらさっさと灰皿にその忌々しい煙草を押しつけて話を聞きなさい。わかったわね」
「でも、火を点けちゃったしな」

 心地よさげに煙草の先端の火を輝かせて、それから口元から白い煙をこれまた心地よさそうに吐き出すエメラルド。
 なおも言い募ろうとするディーを、勇人は抑えた。お小言は程々にとどめておくことだ。
 
「よし、じゃ、早速だが君たちの話に入ろう、エメラルド。吸い殻はちゃんと灰皿へ、頼むよ」

 頷いたエメラルドを後目に、勇人は自分の机の上に置かれた、二通の命令書とその上にあるバッヂを手に取る。

「これがIDにもなるから、常に身につけて置いてほしい。待機時は基本的に戦闘服待機だけど、インナーさえ着てればあとは上に何を来ていても大丈夫だ」
「普段は普通の格好していていいってことかい?」
「ああ」

 バッヂの裏側には安全ピンの他に、丸いチェーンフックがあり、そこにチェーンを通して首から提げることも出来るようになっている。

「サファイアの役割は、通常はトパーズと組んでの巡回。エメラルドは本部で対応待機要員って事になってるな」
「ふむふむ。アタシは巡回組には入れないのかな?」
「ああ、君のスーツの火力は、市街地で使用すると大変な事になる。だから、本部での非常時対応要員って事になってる」

 勇人が立ち上がり、そのまま二人の前を横切って歩いていく。エメラルドとサファイアがふ同じように彼の動向を見守る。

「作戦展開時には、サファイアは主に監視任務についてもらうことになるかな。狙撃を行う必要のある場合はそうするが、君のスーツには、試験運用時から光学迷彩機能が備わっている。それは知ってるね?」

 頷くサファイア。

「それと、君自身の特性は、敵中監視任務に欠かせない、というわけだ。そして……」

 再び振り返った勇人が、エメラルドに向かって言う。

「エメラルド、君は火力担当だ。正直、CNGSで一番火力の充実しているのが君だ。それに、君の射撃の技量も、サファイアに負けず劣らずすばらしいようだね」
「それほどでもないさ。なぁ?」
「…………」

 気軽に声をかけたエメラルドは、しかしサファイアの沈黙に突き当たる。

「……ま、まぁ、やれと言われたことはやるよ」
「そう願ってるよ」

 勇人が今度は自分自身の机の上に腰掛ける。ディーが目を剥いたが、あえて口を出さなかった。彼女の基準からすれば、とんでもなく『行儀が悪い』ことになる。
 と、彼のすぐ側で電話が鳴る。

「ほら、来た。――第七分隊です。……ええ、着任は完了しました。今から受領して、それから向かいます」

 電話を切ると、悪戯っぽい顔で勇人は笑う。

「さぁ、スーツを受領に行こうか。その後で、お偉方に見せる為のパレードさ」

■CNGS屋外演習場

 ディープ・グリーンのスーツをまとったエメラルドが、ゆっくりと立ち上がる。サファイアと並ぶと、蒼と緑、という、すがすがしい色合いのコンビが出来ることになる。
 
「注目」

 勇人が指揮官の顔で言うと、全員の顔が引き締まる。

「4キロ先の仮想敵拠点に攻撃をかけ、麻薬の押収を行う。拠点は、強化兵によって保護されている。目的地への移動は徒歩で行う」

 全員が頷く。

「トパーズとサファイアは先行して敵の状況を確認。トパーズはその後報告と誘導。サファイアはさらに敵に接近し、報告を行う事」

 それぞれが頷く。

「エメラルドは、ここ……」

 地図上の、やや小高い辺りを指さす。

「この位置で待機、接近するディーとガーネットを支援」
「了解」
「ディーとガーネットは、援護射撃の元、接近して最後の仕上げをしてくれ。相手も本気で撃ってくるから、気を付けろ」

 全員が頷くと同時に、ぱっと走り出す。
 トパーズとサファイアは一直線に、ディーとガーネットはその側面をカバーするように。そして、エメラルドはまっすぐに別の方向へと。
 勇人がその後を、ゆっくりと前進していく。
 
 エメラルドから、指定場所への到着が報告される。同時に、トパーズとサファイアからも報告が入り始める。

『こちらジュリエット03。00、応答願います』

 トパーズからだ。勇人はすぐに無線機のチャンネルをトパーズにあわせる。

「どうぞ、03」
『こちら03。目標地点を確認、エコー・ノヴェンバー10』

 敵は10機の強化兵、ということか。彼自身はすでにその情報を得ていたが、それはおくびにも出さずにエメラルドに指示をとばす。
 
「05、こちら00。ディーとガーネットの為に道をあけてやってくれ」
『了解、00』

 しばらくして、エメラルドが立ち上がり、片膝を突いた状態で両腕を突き出すのが見えた。
 12.7mm三砲身ガトリング砲を二門ずつ、両腕にくくりつけたエメラルドは、両腕から4つの光条を迸らせた。彼のところからは見えないが、その先には『仮想敵』の、CNF部隊がいるはずだった。

■演習場 エメラルド

 訓練弾の射撃は、すでに何度も経験していた。
 両腕がだるくなるような、巨大なガトリング砲が両腕から四本、突き出ている。その先は、マズル・フラッシュでオレンジ色の光に包まれている。
 
 すぐに、トパーズから目標が与えられ、そのたびに彼女はそちらに向けて四本の光の爪を目標に突き立てていく。
 目標はどれもCNFの強化兵だった。12.7mmの砲弾はいともたやすく強化兵の装甲を貫通するだろう。
 ……もしこの弾丸が本物なら。今は、彼女はその訓練弾が次々と強化兵に命中し、弾体に仕込まれたペイントが強化兵の全身を染めていくのを見守っていた。
 が、強化兵の一体がこちらに腕を向ける。口径は解らないが、腕の両脇に取り付けられた二連装砲が火を噴いて彼女の側の地面をえぐる。
 射撃を止めた彼女が身を伏せると同時に、ディーの声が響く。
 
「前進!!」

 ディーは、両手にサブマシンガンを構えて猛然と突進していく。そのすぐ後ろを、ガーネットがぴったりと付けて歩いていく。その姿に気付いた強化兵が彼女たちに砲口を向ける。
 安全を確認したエメラルドがぱっと身を起こし、右腕のガトリング砲だけを突き出して射撃を開始する。
 上腕部に装備されたリコイル・キャンセラ(反動相殺器)が、鈍い音を立てて彼女の腕や肩を、強力な機関砲の反動から守っていた。
 
■演習場 トパーズ

 驚くべき効果を上げているエメラルドの砲撃に、彼女は見入っていた。
 彼女の想像するよりずっと遠くから、砲弾は立て続けに飛んできては強化兵を真っ赤に染めて『破壊して』行く。
 
 一方でトパーズは、周囲の状況を見守らなくてはならない立場でもあった。
 戦術的、戦略的指示を勇人が下す為の情報を集め、彼に送らねばならない。だが、彼女は砲撃に夢中になって重大な兆候を見逃していた。
 拠点からさらに3体の強化兵が現れ、彼女の視野の端を通って彼女の監視網の外側へと出たのだ。
 
「動くな」

 背後で声が響く。低い、少し割れたような声は、強化兵の無表情な顔から発せられている。
 泡を食って振り返ると、目の前に3体の強化兵が彼女に銃を向けて立っていた。

「降参するか? 少なくとも、その服が真っ赤に染まるのは防げるぜ」

 割れた雑音の様な音は、おそらく笑い声なのだろう。
 少し怒りがわいてきたが、それ以上に現状自分ではどうしようもない事に歯がみしていた。
 
「スコア的にはもう俺達の負けだな」
「ああ、まったく……化け物みたいなお嬢ちゃん達だ」

 強化兵二人が口々に言う。背後では、ディーとガーネットが『生き残った』強化兵達を相手に最後の戦いを演じているところだった。
 だが、逆転のチャンスがあるとしたらまさに彼女の存在がそれであった。
 『撃破』されるより、『捕獲』されるほうがポイントは高い。強化兵達はほとんど『破壊』されていたが、それでもトパーズを『捕獲』して、今回の戦闘を『フィフティ・フィフティ』に、戻す事は出来る。
 ……いや、そうするならさっさとそうするべきだったのだろう。
 立て続けに銃声が響き、強化兵の顔面に次々と赤い塗料が飛び散った。
 
 トパーズのやや後ろから、サファイアがまだ硝煙の立ちのぼるライフルを構えて姿を現した。

■CNGS本部会議室
1月29日 19:00


「見事な攻撃だった、間宮君」

 フランク・サーヴァス、とかかれた名札に向かって、勇人ははぁ、と返事をした。
 それほどにサーヴァスは背が高く、勇人の目にはその広い胸板と胸に止められた名札、そしてそこにかかれた役職――『保安部隊監査官』――ぐらいしか見えなかった。
 
「ありがとうございます、監査官」
「各員の配置、それに、緊急時対応。全ては満点に近いな。すばらしい部下を良く育ててくれたな」

 サーヴァスの背後で、運幹が忌々しげな表情を浮かべており、隣では対照的に得意げな顔をした本部長が胸を張って立っている。
 それを見て勇人は吹き出しそうになるのを、必死で押さえているのだ。
 
「CNFへの支援と、CNGSへの予算投入のいずれを優先させるか、決めあぐねていたところだが……これでほぼ確定だな」

 振り返って、サーヴァスがCNGSの二人の幹部に向かって言う。

「助かります」

 本部長は必死で表情を隠しているに違いない。
 一方で運幹は、さっきまでの表情を瞬時に切り替え、まるで満面の笑みを浮かべているような顔でサーヴァスに一礼する。

「わが部隊の中でも、第七分隊は特に新しい分隊です。他の分隊はもっとよくやると思いますぞ」
「そう期待しているよ、運幹」

 サーヴァスが部屋を出ると、運幹がそれに続いて退出する。
 残された本部長と勇人が、顔を見合わせてずっと我慢してきた行為を行った。
 つまり、吹き出して大笑いしたのだ。

「いいぞ、勇人! 俺達の給料はお前のおかげで捻出されたぞ!」

 むろん、そんな訳はないのだが、勇人も素直に喜んで本部長に笑顔を向ける。

「いえ、みんなが良くやってくれたおかげです。トパーズにはとりあえず一言言ってやらないとダメですけどね」
「いいんだ。結果オーライ。今日はみんなゆっくり休んでくれと伝えてくれ。夜間パトロールは他の分隊にやらせよう」
「……いいんですか?」
「大丈夫だ。元々、ジュエル・ボックスは他の分隊とは性質が違う。彼女たちを必要としているような事態は、そうそう起こりはしないよ」

 それならいいんだが、と思いながら勇人は会議室を後にした。

■Sα8シャードの一角
1月30日 10:00


 スチーム・サウナから吹き出る湯気は、室内の全員の肌に水蒸気を付着させていた。
 情報部長、アナトミア・ミハイロヴィッチ・ヴォルコフは、彼の前にひざまずいている少女の頭を抑えると、自分の逸物を舐める動作を促す。
 普段はさらさらの栗色のショートヘアは、この数時間熱気に満ちたサウナの中での『奉仕』の所為で、汗でべったりと張り付いている。
 くりくりした大きな目が、上気した身体を休めたいと懇願しているが、それをヴォルコフは無視した。
 目の前で、緊張して座っているのは、対CNF兵器奪取担当、コロヴェッツだった。
 全身にびっしょりと汗をかいており、彼の前でひざまずいている少女は、縮みあがった彼の逸物をなんとか役に立てるようにしようと奮闘していた。

「武器のたぐいは高く売れる。だが、そのためには最新のものを用意しないとダメだ。そうでないのなら、おそらく危険を冒すだけの代価を得るのは難しいな」

 ヴォルコフは、コロヴェッツを見下ろしながら低い声で宣言した。
 一瞬、たじろいだように見えた彼が、それでも反論する。
 
「し、しかし、CNF自体のセキュリティレベルが上昇しているおかげで、我々の仕事も急速にやりづらくなっています。あの忌々しいCNGSが、ことあるごとに介入してくるのです」
「言い訳を聞かせろとは言っていない、同志コロヴェッツ。君の上司が君に命じた事は何だ?」
「同志情報部長、お聞きください。与えられた装備ではCNGSの部隊には……」
「君の上司が命じたことはなんだ?」
「…………」

 言葉を失い、がっくりとうなだれる。ヴォルコフは目の前でうなだれる男を見下ろす。この、憔悴した男を叩きのめす快楽は、ある種の麻薬のような物だった。
 彼の股間で懸命に舌を使っている少女の、へたくそなフェラチオより遙かに強い快楽だ。
 
「君の上司が君に命じたのは何か?」
「武器の奪取です、同志情報部長。CNFの所有する、新型兵器を奪取することを命じられています」
「君に言って解る事かどうか知らないが、我々のもっとも大きな資金源の一つが、先日潰されたのだ。君の言う、忌々しいCNGSの手でな」
「………存じております、同志」

 ヴォルコフが、不意に栗色の髪の少女の頭を鷲掴みにして、強い力で押し込む。手足が一瞬痙攣し、彼の汗ばんだ太股を滑ったが、それでものどの奥へと押し込むように彼は少女を虐待した。
 その一方で、その動作を怒りと取ったコロヴェッツがさらに震え上がる。

「どうした、イアン・イワノヴィチ? 私のプレゼントしたそれは、気に入らないかね?」
「め、滅相もありません、同志情報部長」
「その割にはあまり楽しんでいないようだ。気に入らないなら、代わりを持ってこさせるが?」

 涙目で彼を見上げる少女を見て、コロヴェッツはさらに恐怖を感じた。
 黒髪をお下げに、黒縁の眼鏡をかけた少女は、今でも必死でヴォルコフの逸物をなんとかいきり立たせようとしていた。
 桜色の頬と、黒目がちな大きな目。黒髪は三つ編みにしてお下げにされている。
 彼女のことを、彼は十分に知っていた。彼の実家のあるSα5シャードの、パン屋の店主の娘。鈴華、という名前だったと記憶している。
 幼い頃から顔を見知った彼女が、今は恐怖と麻薬でずたずたにされた心を抱いて、彼の上司から『プレゼント』されたのだ。
 複雑な気持ちで、眼鏡を曇らせながら真剣に奉仕する鈴華を見下ろした。

「いいえ、同志情報部長、最高であります」
「なら、もっと楽しみたまえ。このように」

 強い力で頭を押さえつける。とうとう、絶叫をあげたヴォルコフの前の少女が、つい彼の逸物に歯を立ててしまう。

「……………」
「………あ…………あ…………あぁ………」

 おびえながら、彼女は慌ててその傷を舐める。すでに殺される事は逃れようのない事態だった。だが、せめて楽に死ねるように機嫌を取らなくては………。
 
 だが、ヴォルコフは興味なさげにその光景を眺めてから、父親の様に優しい口調でコロヴェッツに声をかける。

「その、忌々しいCNGSを撃退する為に、君が持ってくる武器をあてにしている。それは解るね、イアン・イワノヴィチ?」
「……は、はい」
「だが、現にCNGSの……ジュエル・ボックスといったか、あれが出てから我々は後手に回りすぎている。今日、君に『プレゼント』したのは、その君に奮励してもらいたいがためだ」

 プレゼント、とはよく言ったものだ。彼の初恋の相手でもある鈴華を、捕らえてこのような姿にしたのだ。今、彼には恋人がいた。
 エレナは、声優になりたいと願ってやまない少女で、学校に通いながら彼のところに通っていた。
 その恋人に、同じ事をすることだって出来るのだという、暗黙の脅しではないか。

 ヴォルコフが指を鳴らすと、サウナの扉が開き、副官の一人が、ファイルを取り出して震えているコロヴェッツに渡す。

「これは……」
「面白いだろう? CNFが今現在極秘裏に進めている計画だ。面白いことを考えているよ、同志」
「磁石を用いた高機動兵器……」
「そうだ。操縦系にまだ問題があるが、その性能を私は『エージェント』の送ってくれた資料で見た。すばらしい性能を持っている」

 彼が指さすと、ファイルの中の写真に、白い無骨な兵器が、残像を残して短時間で移動している様が映っていた。
 知らぬ間に、コロヴェッツは自分の逸物がいきり立っているのを感じた。鈴華は彼の幼なじみで、初恋の人だ。
 いや、そうではない。その事実以上に、彼は驚くべき目標を与えられた事に対する昂奮が、彼に快楽をもたらしていると自覚した。

「何よりすばらしいのは、この計画が我々の『エージェント』のすぐ側で行われている事だ。今回、私から君に頼みたいのはこの計画の奪取だ」

 ページをめくるコロヴェッツが、必要としている情報を読みとろうとしているのを見てヴォルコフは満足げに頷いた。
 この男は無能ではない。ただ、少々緊張感を持続させるのが苦手なだけだ。
 必要な情報を見つけて微笑むコロヴェッツに全てを任せる決心をつけると、最後に強くこすりあげて栗色の髪の少女の口の中に精を放つ。
 むせて転げ回る少女を蹴倒すと、彼は出口に早足で歩いていく。

「同志情報部長! 必ずや、手に入れて見せます!! この、『ギガント』を!」

 うなずきを返す。昂奮した声で、彼の幼なじみである鈴華の頭を掴んで好き勝手に振り動かしている様を見て、ヴォルコフは満足して扉を閉めた。
 鈴華が、苦しそうにうめき声をあげても、その動きは一向に収まりそうになかった。
 
 控えていた副官に、彼は顔を向ける。

「あの下手くそは『処分』していい。好きなようにしろ」
「はい」
「コロヴェッツの……『幼なじみ』は、そうだな。終わったらしばらくコロヴェッツに使わせてやれ。へまをしたらいつでも取り上げられるようにな」

 笑いながら、男達が部屋の中を見る。
 栗色の髪の少女の『処分』は彼らの手で行われるのだろう。それが、死ぬまで彼らに輪姦される事だと解っていたなら、彼女は今すぐにでも舌を噛んででも死ぬべきだろう。
 
 いつでも身柄は抑えられる。コロヴェッツの恋人がどこに住んでいるかも、全て熟知しているのだから。
 
 ヴォルコフは、次の仕事をこなしに早足で歩き去った。

■第七分隊司令室
1月30日 14:00


「――以上が、今回の輸送計画のあらましです」

 CNFから出張してきた、少尉の階級章を付けた男性がスクリーンから離れると、トパーズは何度目かのあくびをかみ殺した。
 全く、どうすればこの中身のわずかなブリーフィングをこれだけ長く出来るのか、不思議なものだ。
 
 隣に座っているのがディーだから、彼女は目を開けているに過ぎない。そうでなければ――彼女が勇人の手伝い等で席を空けていれば――、早速目を閉じて居眠りをしていたに違いない。
 
 要するに、輸送計画の護衛だというのだ。CNFがまたぞろ予算を投入して(しかもそれは彼女たちの会社から出ているのだ)、重火力重装甲の戦闘車両を、研究施設へと移送する際の護衛をする。
 ただそれだけのことなのだ。

「あふぁ………いたっ」

 大あくびをつい漏らしてしまい、ディーに頭を小突かれる。
 壇上の、今度は大尉の階級章を付けたえらい人が、今回の作戦の重要性についてくだくだと説明しているのを、彼女は適当に聞き流していた。

「ねぇ、エメラルド」
「ん?」

 メモを取っていたディーが、ペンを軽く振りながら彼女の方を見るが、あえて気にせず彼女は反対に座るエメラルドの方に声をかける。

「戦闘車両って、そんなに大事なの?」
「そうだな。なんか、今回の車両はAIと遠隔操作を併用して、無人で戦えるってのが売りらしいな」
「へぇ……」

 銜えた煙草には火がついていない。ディーが見ている前で火を点けたら何を言われるかわかったものではない……。

「じゃあ、ね、エメラルド、今回のこれ、バグが狙ってくる可能性って高いの?」
「そうだな、基本的にはね」

 そこに何かを感じ取ったのか、トパーズが顔を上げる。
 彼女のことをとろくさいと言う人間は、随所で見せる勘の鋭さを見たことがないのだろう、とエメラルドは思った。

「どういう事?」
「何が?」
「エメラルド、基本的に、って言ったよ?」
「そうだな」

 エメラルドが悪戯っぽい表情を浮かべる。さすがに私語が耳についたのか、ディーが手を伸ばしてトパーズの頭を抑えて、そのまま前を向かせる。
 彼女の視線の先に、決まり悪そうに咳払いをする勇人と機嫌の悪そうな大尉の姿が見えた。

■CNF第9駐屯地
1月30日 23:00


 駐屯地の灯りは全て落とされ、暗夜の中の作業は困難を極めた。
 それでも、数人はスターライトスコープと呼ばれる、微光量増幅装置を利用してトレーラーの上の装甲車両をカムフラージュする。

「……間宮分隊長」

 作業を監督していたCNFの軍曹が走り寄ってくると、勇人に敬礼する。
 ぎこちない手つきで敬礼を返す。軍隊式の、まるで直線で構成された像のような敬礼は彼にはなじみのないものだった。

「まもなく、準備が出来ます。あと、少尉が話があると言っております」
「解りました」

 控え室には少なくともエアコンが入っているか、と思いながら、ふと勇人はこの寒空の下、あの露出の高い戦闘服で待機している、部下の少女達の事を思った。
 むろん、プロテクトスーツには外気温から装着者を護る能力はある。だが、それも気休め程度のもので、現に冷たい物体に触れるとやはり冷たく感じるのだという。
 
「間宮勇人、入ります」

 ノックの後にそう言うと、室内で横柄に入るように命じる声が聞こえてくる。
 
 ドアを開け、室内を見回す。移送小隊の指揮官である、なんといったか、そう、シャーウッド少尉だ。
 
「少尉殿、ご用のむきは?」
「おお、来たか。民間人である君たちに駆け足を強要するつもりはないが、もう少し早く来てもらいたいね。私は忙しいのだ」

 椅子に座ったままふんぞり返った男を見て、勇人は内心ため息を吐いた。まるで大福を組み合わせて作ったのではないかと思えるような丸い身体。
 その中にある顔は、愛嬌があると言えなくはない、黒目がちな顔がある。いつも汗をかいているのか、表面がてらてらと光を反射するし、目は常にせわしなく室内を行き来している。
 彼のことを、『油団子』と呼んでいる軍曹を、少なくとも勇人は3人知っていた。
 
「失礼致しました」
「うむ。まもなく移送車が出る。各車両に一人ずつ、君の部下を配置してくれたまえ」
「………はい」

 複雑な気分である。この少尉は、彼女たちを吹きさらしの荷台に載せろというのだ。彼女たちは人間であり、荷台に載せる荷物ではないと抗議した勇人は、なんとか荷台に幌を付けて風をしのげるように協力を取り付けた。
 半ば事後承諾に近く、その行為に少尉は少なからず不満を持ったことは、彼に対する態度で十分に解る。なに、かまうものか。
 
「この移送計画は、非常に重要だが簡単な任務だ。最新鋭の技術を盛り込んだ戦闘車両は、『バグ』にとって必要なテクノロジーを満載している」

 そして目標としては容易で、保護するには困難なデカブツだ。
 彼は心の中で付け足した。実際、襲撃を受けた場合、彼女たちは苦戦を強いられるだろう。移送車の足を止められると自力では動けない戦闘車両を護衛するのが、どれほど困難か彼には十分過ぎるほど解っていた。
 
「期待している。では、各人を配置に付けたまえ。下がってよろしい」

 まるで子供を呼びつけて指示する教師のように、横柄に手を振る少尉を後目に、彼は早くも部屋を飛び出した。
 あの油団子とずっと一緒に部屋に居るのは御免蒙るが、かといって部下の少女達を必要以上に寒いところにいさせるつもりもない。
 勇人がディー達の控え室へと足を向け、その扉をノックするまで彼の気分はなかなか収まらなかった。
 だが、少女達が顔を出すと怒りはすっと収まった。いや、収めたというべきか。
 指揮官たる者、不機嫌な顔をするのは部下がへまをしたときだけにするべきだ。違うかな?
 
「あ、分隊長?」
「ディー、みんな、そろそろ準備をしてくれるかい?」
「はい、そろそろですね」
「防寒用のパーカーをCNFが用意してくれた」

 正確にはCNFの気の利いた軍曹が。

「荷台は寒いぞ。一人一着ずつ借りていくとしよう」
「ええ、解りました」

 その軍曹は彼女たちの刺激的な格好に前屈みになっていたが、それは彼女たちもよく解っていた。とがめるのは酷だ。CNFの女性隊員の数はまだ決して多くはないのだ。

「たいちょー?」
「どうした、トパーズ」
「……これ」

 一枚の紙片を、彼女は差し出す。
 過去1時間の、空気中の電子の移動状況を記録した物だった。
 
「たいちょー、この1時間ばかり、通信を頻繁に行ってる人が駐屯地内にいるよ」
「……ああ」
「通信先を、他の駐屯地、軍車両をのけてフィルタリングすると……」

 トパーズが、もう一枚の紙片を差し出す。

「10分に一回、正確に送信してる人がいるよ。たぶん……」
「ああ、襲撃があると見ていいだろうな。ありがとう、トパーズ」

 それと解っていても、出発はしなくてはならない。移送計画自体を変更するのは今からでは遅すぎるし、CNF内部の監査機関はすでに骨抜きになっている事は十分彼も承知していた。

「内部に誰か潜り込んでるって事だろうね」

 エメラルドがそう言うと、口に銜えた煙草を上下に振る。もちろん、火はついていない。
 彼女がそういう行動をとるときは、自分の考えに自信がもてないときだ、とトパーズは思い起こしていた。

「よし、エメラルド、君は2号車に乗ってくれ。サファイアと二人でいつでも前後を射撃できるように、待機していてくれ」
「了解」
「はい」

 エメラルドとサファイアが答え、そのままトレーラーの方へと走っていく。
 勇人が振り返ると、ディーとガーネットに目で合図をする。
 それぞれが一号車と三号車に向かって走り、トパーズだけが彼の元に残る。

 勇人は、壁に預けてあったAM−180リニアライフルを取り上げると、ストラップをのばして肩から提げる。
 トパーズに、ついてくるように指示すると、彼は早足でアイドリングしている四台のトレーラーの最後尾車両に近づいていく。

「トパーズ、君はいつでも味方に指示を出せるように俺の側にいてくれ。いいな」
「はい」
「よし、行こう」

 リニアライフルを放り出すように荷台に投げあげてから、反動をつけて一気に身体を荷台の上に投げ出す。
 トパーズがその後から、おっかなびっくり身体を荷台の上に持ち上げる。

「床が冷たい〜」
「しょうがないな、冬だし」
「ぶーぶー」

 勇人が身体を幌に預ける。ぶーたれているトパーズに、全員配置完了を確認させると、勇人は通信機を通して先頭車両の運転手を呼び出す。

「こちらジュエル・リーダー。全員配置完了」
「ジュエル・リーダー、了解した。これより出発する」

 前のほうで、トレーラーのエンジン音がひときわ高くなる。がくん、と衝撃が来ると同時に車はゆっくりとゆっくりと動き始めた。
 
■Sα8シャード 3号線道路上

 予想以上に、トレーラーの荷台は乗り心地が悪かった。
 エメラルドがゆっくりと体の向きを変えると、サファイアの姿が視野に入ってくる。
 彼女は、眠っているかのように身体を幌に預け、身じろぎ一つしない。冷たい床に直接尻をおろしているのを見て、石の上にも3年ということわざを何となく思い出した。
 あれは誰が言ったっけ……。

『エメラルド、サファイア、こちらジュエル・リーダー』

 不意に、無線から声が入る。目をあげると、サファイアも同じように彼女の方を見ていた。

「こちらエメラルド」
『よし、聞こえるな、二人とも』

 サファイアが小さな声で答えているのが目に入る。

『トパーズが、頻繁な交信から一つのパターンを読みとった。ヤンキー・デルタ399820にある交差点付近が一番怪しいそうだ』

 言葉とともに、データ着信の信号が入る。地図が、トパーズを通して彼女たちの頭に流れ込んでくる。

「10分ってところだね」
『ああ、その通りだ、エメラルド。襲撃に適した障害物もある。注意してくれ』
「あいあいさー」

 少しおどけたエメラルドが、サファイアの方を見る。相変わらず無口な彼女は、それでも表情に少し緊張が見える。
 まさにその表情を見た瞬間、彼女の身体は荷台の床へと投げ出された。
 あっと叫ぶまもなく、彼女が床に倒れ込む。サファイアが小さく声をあげて壁に手をついて身体を支える。

『警告、警告、先頭車両が攻撃を受けた、ジュエル各員は戦闘態勢を取れ!』

 マイクがカチリ、と鳴る。エメラルドもまた、自らのマイクを二度、軽く叩いてから体勢を立て直す。
 
「……どこだ……っ」

 急停止したトレーラーは、ガードレールを破って路外に飛び出していた。荷台が高く持ち上がり、地面までの高さは乗り込んだ時より遙かに高かった。

『各員へ、こちらジュエル・リーダー。0−6−8の方位よりアルファ・タンゴ・マイク20……いや、25。エコー・タンゴ・アルファ30』

 エメラルドが目を向けると、オレンジ色の炎の矢がまっすぐに彼女たちの方へと……彼女たちの背後のトレーラーへと向かっている。
 25発、着弾まで30秒……。

「こちらエメラルド、AIWS始動、トパーズ、待機せよ!」
『こちらトパーズ、準備よし!』

 間髪入れずに返ってくるトパーズの声。エメラルドは、トパーズから送られてくる『情報』を受け取ると、『評価』して最優先目標を設定する。

「こちらエメラルド、アーム・オープン」

 両腕に、二門ずつの12.7mm三砲身ガトリング砲が『生成』される。同時に、彼女の視界に、緑色でマークされた対戦車ミサイルが投影される。
 その間、わずか1秒半。

「射撃開始!」

 エメラルドの号令とともに、彼女の両腕に装備された、合計四門のガトリング砲が、一斉に射撃を開始した。
 オレンジ色のマズル・ファイアの先から、明るい色の曳光弾が、光の触手の様に、飛来する炎の矢に向かってのびていく。
 ガトリング砲の砲弾は、対戦車ミサイル本体に命中すればそれを粉々に粉砕して地面へ叩きつける。その時には、ひときわ明るい光が花を咲かせ、周囲を明るく照らして消滅する。
 彼女自身がロックした目標の至近で炸裂した砲弾は、ミサイルのデリケートな弾頭部分を破壊したり、あるいは単に爆圧で進路を無理矢理変更する。

『こちらトパーズ、マイク残り9』
『こちらジュエル・リーダー。ジュエル各員は個別に攻撃せよ。極力トレーラーから離れろ!』

 サファイアが走り出す。彼女の迎撃でミサイルの数は9に減った。だが、現に9発のミサイルは今なおトレーラー目指してつっこんでくる。

『こちらジュエル・リーダー、エコー・タンゴ・アルファ15!』

 すぐ側で、サファイアが立て続けに狙撃用のライフルを撃ち放つ音が聞こえる。一発がミサイルを直撃し、エメラルドの前方100mのところで破壊した。破片が彼女の側を通過して、トレーラーの側板に当たって固い音を立てる。

「……ロック!」

 エメラルドが叫ぶと、ガトリング砲を個別モードにして射撃する。まだ500メートルも離れているところで、またミサイルが一つ爆発する。
 ディーが両手に握ったサブマシンガンが立て続けに火を吐き、まさに命中する寸前のミサイルを3つ、たたき落とす。
 だが、そのミサイルの爆炎を貫通して、一発のミサイルが一号車の運転台へと向かう。

 元々、最初のミサイルをエンジンルームに食らって停止していたトレーラーが、爆発で一瞬浮き上がり、運転台が粉々に吹き飛んだ。破片が辺り一面にまき散らされる。

『ディー!!』
『こちらディー、異状なし!!』
『ガーネット!!』
『………』

 ガーネットが立ち上がる。その下では、運転していたCNFの伍長が目を回しているのが見える。

『ガーネット、異状なし』

 ディーが再び射撃を開始するが、迎撃が失敗に終わり、警告の声を発する。

「二号車!!」

 運転手の、こちらは軍曹が必死で彼女の側を走って逃れようとするのが目に入る。
 エメラルドが身体を伏せて身を低くすると同時に、背中を熱波が走っていった。

「………っ!」

 息をのむ声が聞こえる。サファイアのスーツは防御力を犠牲にしている為、飛んできた破片を完全に防ぐことが出来なかったのだろう。左腕が真っ赤な血に染まっている。
 顔を向けると、さっき逃げようとしていた軍曹が倒れていた。地面にみるみる真っ赤な血が広がっていくのを見て、エメラルドはもう軍曹を助ける手段はないことを知った。

「エメラルドよりジュエル・リーダー、サファイアが負傷した」
『わかった』

 再び爆発音。
 燃料に引火したのか、あるいはミサイルがまた命中したのか、一号車の前半分がオレンジ色の炎に包まれて、銀色の側板が見る見るススで染まっていった。

「サファイアは?」

 走ってきた勇人が、エメラルドの横に駆け込んできた。

「……そっちだよ」
「君は大丈夫か?」
「ああ、だが、軍曹がお亡くなりになった」

 倒れている軍曹を顎でしめす。

「……仕方ない。……このライフル、使えないな……。全然当たりゃしない」
「勇人君の腕が悪いんじゃないの?」
「うるせぇよ」

 振り返ると、サファイアの左腕にスプレー式の止血剤と保護材を吹き付ける勇人。
 
「ミサイルは?」
「残りは全部落とした。だが……」

 忌々しげに、勇人は燃えさかる一号車と二号車を見た。

「くそっ、これじゃ、自走はもう無理だ。三号車と四号車は被弾してないな?」
「たぶんね」

 彼女の見えないミサイルがあればだが。

『トパーズよりジュエル各員へ。ボギー、0−6−8より6接近』
「トパーズ、ボギーの識別を急げ!」
『は、はいっ!』

 勇人の命令で、トパーズが各個のボギー……つまり正体不明機……の識別を始める。移動速度、レーダーの反射波、そして最後には目視だ。
 
「サファイア、君は運転手達の安全を確保してくれ」

 サファイアが、一瞬ためらってから頷く。

「エメラルド、君はここにいろ。2000を切ったら報告、1500で攻撃開始だ。OK?」
「ああ」

 勇人は身を翻すと、ディーとガーネットの元へと走る。その間にも、トパーズからの報告が各員に入る。

『トパーズよりジュエル各員。ボギーはアルファ・パパ92、繰り返す、アルファ・パパ92』

 AP……アドヴァンスト・パーソン、つまり、強化兵だ。
 92とは、92式。彼女たちが相手にしてきた強化兵と違い、CNFで制式採用されている、本格的な戦闘兵器だ。

「こちらジュエル・リーダー。ディー、エメラルド、対AP武装へ切り替え」
『了解』

 二人から同時に了解の声が聞こえてくる。

「ガーネット、準備いいか?」
『…………』

 返事を待たず、彼はトパーズの待っている四号車の側へとかけよる。

『了解』

 今頃ガーネットからの返事が届く。

『こちらエメラルド、ジュエル・リーダーどうぞ』
「こちらジュエル・リーダー」

 エメラルドからの報告に、勇人が答える。

『ボギーが2000を切った。こちらはHEAT弾準備よし』
『ジュエル・リーダー、ディーも準備よし』

 勇人が目を凝らすが、茫漠たる闇が広がるばかりで何も目に入らない。

「ディー、エメラルド、目標は捉えているか?」
『エメラルド、よし』
『ディー、よし』

 頷いた勇人が、射撃命令を出す。

「よし、エメラルド、ディー、射撃開始!」

■3号線の砲撃戦

 最初に発砲したのは、ディーだった。
 支持脚を展開し、砲身を預けた状態で彼女は腹這いになり、照準機を通して迫ってくる強化兵を捉える。
 照準機の視界に、縦の線と横の線がゆっくりと動いている。その中心に敵の強化兵が見える。距離や移動方向にあわせ、砲口の向きを調整しながら交差する線の中心に標的の強化兵を捉えようとする。
 イヤホンにブザーの音が響く。目標をロックした!

「発射!!」

 ディーがかけ声とともに、引き金を引く。照準機が一瞬真っ白に染まる。マズル・ファイアが視野を埋めたのだ。
 同時に、直径90mmの砲弾がまっすぐに彼女の狙った標的……強化兵の腹部……に向かって飛んでいく。1000メートル以上の距離は、一瞬で詰まった。
 弾体はHEAT弾。つまり、着弾と同時に指向性爆薬が敵の内部に高温の燃焼ガスを送り込むようになっている。
 彼女の放った砲弾は狙い過たず強化兵の腹部に着弾し、その装甲を高温のガスが貫いた。溶解した装甲が、自ら武器となってその内部を貫いていく。
 この強化兵は、腹部に収まった内蔵は強化されていなかった。生身の内臓は一瞬でずたずたに、血液は蒸発する。声もなく倒れた強化兵は、そのまま二度と動かなかった。
 
 それを見て急停止した別の強化兵は、別の位置で光った砲炎を見た。
 エメラルドの放ったそれは、直径120mm。初速もディーの90mm砲よりも早く、そして弾体は同じHEAT弾。何より、エメラルドは精密射撃に必要な高性能照準機を持っていた。
 気がついた時、120mm砲の砲弾は強化兵の身体を両断し、上半身は数メートル後方で目障りな音を立てて地面に接吻した。
 下半身はそのまま一歩進んだところでがっくりとくずおれた。

 4体の強化兵は、すぐさま自分たちの誤りを知った。
 あれだけ撃ち込んだ対戦車ミサイルは、護衛のジュエル・ボックス達を殲滅どころかろくに傷も付けていない事が解ったのだ。
 慌てて、身を伏せた一体は、すぐ側で120mm砲に貫かれて倒れる仲間の破片を浴びた。90mm砲の砲弾がすぐ目の前に着弾し、土とアスファルトの混じり合ったものが2メートル以上の高さまで舞い上がった。
 
 不利を悟った強化兵が、再び対戦車ミサイルの攻撃に切り替えようとした時、容易にロックできるはずの巨大目標にミサイルをロック出来ないという事態に気付いた。

「………!?」

 それでも、当てずっぽうに発射されたミサイルは、数メートル進まないうちに中空へと舞い上がり、むなしく爆発四散した。
 
■3号線 四号車トレーラーの荷台

 荷台に載っているのは、遠隔操縦の出来る自動攻撃兵器である。その司令塔ともいうべき指揮車は、四号車に乗っているそれだった。
 負傷したサファイアが、同じく負傷した運転手達の安全を確保すべく、安全な場所へと移動している時、彼女の背後で黒い影が滑るように荷台へと向かっていった。
 不幸なことに、丁度彼女に再接近した時、彼女は負傷した軍曹に肩を貸して歩いていた。その軍曹があげる呻き声は、普段の彼女なら気付くような黒い影の存在を結果として隠蔽し、発見を困難にした。
 
 黒い影が、荷台の指揮車に取りつく。彼、アンソニーは、この指揮車の詳細な仕様書をすでに熟読して完全に暗記していたから、指揮車を起動するのはそう難しくはなかった。
 
■3号線の砲撃戦 エメラルド

 不意に、背後でばりばりという、物を裂き砕くような音が聞こえた。
 トパーズの妨害で、対戦車ミサイルを無効化したが、強化兵達もそれ以上前進してこうようとせず、砲撃戦は停滞していた。
 完全に隠蔽位置に隠れた強化兵達をあぶり出す事も出来ず、照準機とにらめっこしていた彼女は、その背後の物音に飛び起きそうになった。

 四号車のトレーラーの側板が破壊される。同時に、一号車、二号車、三号車からもそれぞれ彼女たちが護衛してきた戦闘車両が顔をのぞかせていた。

「な………っ!!」
『ジュエル・ボックス各員、気を付けろ、あれは味方じゃない!!』

 勇人の声が響く。

「乗っ取られたのか?!」
『こちらトパーズ、エメラルド、ディー、前方のボギーに気を付けて!!』

 トパーズの声にはっとしたエメラルドが、照準機をのぞく。
 照準機の中で、彼女に向けて砲口を向けた強化兵が射撃姿勢を取るのが見えた。

「いけないっ!!」

 身を低くした彼女のすぐ上を、スズメバチが飛ぶような音を立てて銃弾が通過する。
 何発かは、伏せた彼女の指先数センチのところに着弾した。驚くほど正確な射撃だった。
 
「畜生っ!」
『ガーネット、あの悪党を抑えてくれ!!』
『……………っ!』

 深紅のスーツをまとったガーネットが、矢のように飛び出すと強化兵の一体に突進する。強化兵が狂ったように乱射する銃弾を、まるで見えているかのように回避しながら。

『ディー、援護射撃……』

 言いかけた勇人の声がとぎれると同時に、エメラルドは数メートルも吹っ飛ばされた。
 身体を地面に何度も打ち付けながら、彼女はまるで木の葉の様に吹き飛ばされてから地面に倒れ込む。視野の中に、赤い警告灯が点灯する。

「………ったぁ」

 伏せていた場所からわずか1mのところに、巨大な弾痕があいているのを見て、彼女はさすがに肝を冷やした。
 二号車から這い出してきた重戦車が、とうとう砲塔を彼女たちへ向けたのだ。

「やばいよ、勇人君……」
『エメラルド、大丈夫?』

 ディーの声が聞こえる。だが、その彼女の周囲に雨霰と降り注ぐ砲弾が、一瞬見えた彼女の白いスーツの姿を覆い隠す。

『うっ……』
『ディー、ディー、大丈夫か?』

 ディーの声と勇人の声が錯綜する。
 状況の逆転を認めざるを得ない、とエメラルドは思いながら、照準機に再び目を当てる。
 だが、照準機に現れるはずの二本のラインが現れない。
 不審に思った彼女が、照準機のスイッチを一度切って再度入れる。
 だが、表示されない。忌々しげに、彼女は舌打ちしながら自分自身のスーツの機能をチェックしようとして、原因に思い当たった。

「こちらエメラルド。データリンクユニット故障」
『……エメラルド……っ!!』

 トパーズの声に動揺が走る。エメラルドが、安心させるように言葉を続ける。

「エメラルド自体に負傷なし。スーツ能力は90%で安定」

 再び、今度はより近いところから機関砲の射撃音が聞こえる。25mm機関砲から放たれた砲弾が、彼女のすぐ目の前を掃射した。アスファルトをえぐる音と、彼女の頬をかすめて飛ぶ破片の音が彼女の聴覚を満たす。

「……けど、このままだと動けないよなぁ……」
『エメラルド、今目の前の奴にガーネットが向かう。援護射撃は出来るか?』
「……試してみる」

 手を伸ばすと、彼女は砲身をゆっくりと手元に引き寄せる。射撃姿勢を取ると、赤いスーツとその先に見える2体の強化兵が見えた。
 
「ガーネット、こちらエメラルド。2秒後に右!」
『…………』

 きっかり二秒後、ガーネットの左側の敵に向かって彼女は砲撃を行う。同時に、ガーネットは地面を蹴って右側へと身体を流す。彼女の送った指示が伝わっていたのを知って、エメラルドは安堵のため息を吐く。
 あまり口数の多くないガーネットとの連携に、わずかながら不安を感じていたのだ。
 
 120mm砲の砲弾は、強化兵をわずかにそれた。移動しながら攻撃していた強化兵に、砲弾を直撃させる事は難しく、夜間、照準機も持たないエメラルドはそこまでの技量を持たなかった。
 だが、砲弾が飛んできたことを察知した強化兵の足が一瞬止まる。まさに、ガーネットが求めたのはそんな一瞬だった。地面を蹴って、彼女は瞬時に間合いを詰めると彼女の右に位置した強化兵……つまり、わずかに前に来ている方……へと突進した。
 
 強化兵の腕がもちあがり、その腕に装備された25mm機関砲が彼女の動きを追随して動く。愚かな行為だった。接近戦で機関砲など!!
 
「…………っ」

 火線がまともに彼女の方へと向かってくる。もちろん、その先にとどまるような愚かな行為はしない。弧を描く矢のように、彼女は砲撃を避けながら接近する。
 彼女の拳は、最高に速度が乗っている時は、120mm砲弾を凌駕する運動エネルギーを持つ。腰のバネ、踏み込み、そして肩。
 ジュエル・ボックスの他のメンバーが彼女のように接近戦を挑もうものなら骨がバラバラに砕けてしまう事だろう。
 そうならないのは、ひとえにガーネットのスーツに装備された、ZERO慣性システムのおかげといえる。ZERO慣性システムが、彼女の強力な攻撃の反動を、全て吸収する。それは、彼女が文字通り『全力で』攻撃する為には必須の装備だった。
 
 その、巨大な運動エネルギーを持つ拳が、強化兵を捉えた。機関砲はむなしく彼女の残像を追いかけていたところだったから、彼女は脇腹を火線が通過するのを感じた。
 だが、それが熱と感じられるよりはるかに早く、機関砲を持つ本体……強化兵自体は、ぐしゃりとひしゃげた鉄のかたまりになっていた。
 胸にあたる部分がへこむ。へこんだ装甲は内臓を押しつぶす。
 彼女の目の前で、強化された腕と頭部が飛び出してきた内臓に押されてバラバラに飛び散った。
 
 たった一撃で破壊された同僚を見た強化兵は、すぐに向き直って同僚の死体越しに猛烈な25mm砲の連射を浴びせる。
 ぼこ、ぼこと音がして強化兵だった物体がたちどころに原型をとどめないほどに叩きのめされる。身体を右へ右へ流しながら、彼女はその瞬間を待った。
 その瞬間は、思ったより早く訪れた。轟音とともに、120mm砲弾が飛来し、彼女の目の前の敵に命中したのだ。
 否、命中……というよりは、かすったのだろう。機関砲を積んだままの腕が粉々に吹き飛び、目の前で大きく体勢を崩した状態で彼女のほうへと倒れ込んでくる。
 左足を軸に、大きく体を回転させ、弧を描いた右足のかかとが、強化兵の頭部を吹き飛ばした。強化兵は地面に倒れたまま二度と動かなかった。

「…………了解」

 エメラルドの指示に対する了解報告を、彼女は口にした。

■3号線の砲撃戦 ディー

 90mm砲の向きを変えるのに、彼女はひどく苦労した。
 片方からの襲撃が完全に終わると同時に、彼女は砲の三脚架を畳んで向きを変えようとした。その大きな動きが目に付いたのか、背後の、彼女たちが護ってきた一号車と二号車の戦闘車両が、彼女に向けて12.7mm機銃を乱射しながら前進してきたのだ。

「………つっ!」

 機関銃弾は、彼女のスーツの防護フィールドで完全に防げる。だが、それでも熱エネルギーと化した銃弾は彼女の素肌を焼く。また、やけどの薬を塗らないと……と思いながら、彼女は90mm砲の向きを変えようとして脚を踏ん張った。
 動けない、無防備な状態の彼女に、銃弾が雨霰と降り注ぐ。90mm砲自体に防弾用の楯はついているが、その楯のすぐ裏側に弾倉を取り付ける構造からして、開発者はあまりその楯を有効活用してほしいとは思っていないようだった。
 
『ディー! エメラルド、ディーを支援出来るか?』
『無理いうな!! アタシはランボーじゃないんだよ!』
『トパーズよりガーネットへ、後方の戦闘車両を……』

 爆発音がして、トパーズの声がとぎれる。
 三号車から顔を出した戦闘車両が、主砲から硝煙をたなびかせていた。

『トパーズっ!!!』

 ディーとエメラルドの声が、通信回線の中を走る。
 トパーズの隠れているところが、砲撃を受けたのだ。

『……ったぁ……た、たいちょー……』
『ジュエル・リーダーより各員。トパーズは無事だ。急いで戦術反転せよ』
『……っ、了解……』

 ディーがなんとか90mm砲の向きをかえると、射界を確保しようと砲架を路面の高台へと載せようとする。
 一足早く、エメラルドは120mm砲を設置したが、その時丁度二号車の砲塔が旋回しながら彼女を探るのが見えた。

「………しまっ………!!」

 叫ぶと同時に、彼女は砲を放棄して路面を転がるように回避する。彼女のいたところを、150mm砲が粉砕し、ぐしゃぐしゃにねじ曲がった彼女の主砲が宙を舞うのが見えた。
 
「……こちらエメラルド。砲撃を受けた。主砲は死亡、エメラルドは……」

 忌々しげに、破片で受けた切り傷を見る。左腕の付け根から、まるで滝のように血があふれ出て、緑のスーツを黒く染めている。

「軽傷」

 とだけ通信機に向かっていうと、ゆっくりと体を起こす。
 そこで、彼女は負傷の影響をはっきりと感じた。足下が不意に彼女の下で傾き、膝から彼女は倒れ込んだ。

「………っ!」

 地面と接吻してしまうと、もう起きあがれそうにない。それほどの出血と衝撃だった。応急止血キットを『生成』するが、マテリアルの残量が危険な迄に減っている事を告げる警告が彼女の脳裏に浮かんだ。
 
「……つっ……しみるぅ」

 止血剤を吹き付けながら、彼女は萎えた両脚を鼓舞して立ち上がる。目を上げると、3号線のガードレールがまた一部吹っ飛ばされるのが見える。
 いかん、あれはディーの………。

「こちらエメラルド、ジュエル・リーダー」

 返答はない。
 
「こちらエメラルド、ジュエル・リーダー、聞こえますか?」

 通信機から反応がない。いらだった彼女がアンテナを確認しようとして、通信機も機能を停止している事を知った。砲弾の破片は、彼女から一気に戦闘能力を奪ったようだった。
 
「……くそ……っ」

 震える脚で一歩ずつ前進する。120mm砲の残骸は、もう救いようのない状態で転がっていた。それでも、回収してマテリアルの足しに出来ないかと、彼女は残骸に近づいた。
 奇跡的に、弾倉が2つ、無傷で転がっていた。あるいは無傷ではないかもしれないが、彼女の『中』に戻せるぐらいにデータフォーマットは無事だった。120mm砲自体は、もう彼女の『中』に戻せないぐらい、フォーマットが壊れて使い物にならなかった。
 
 だが、良いことはいくつかあった。回収したマテリアルから、M−2ミサイルランチャーと、多目的弾を一発だけ準備する事が出来た。
 照準機は死んでいるので、ロケット弾みたいな撃ち方になる。彼女は、射界を得るため、再び3号線のほうへと足を向けた。

■3号線 トパーズ

「エメラルド、エメラルド!!」
「応答はないのか?」
「……たいちょー、たいちょー………エメラルドが……」
「危ないっ!!」

 勇人が身を躍らせ、トパーズを押し倒す。目の前で砲弾がまた爆発し、その爆圧でとばされた土砂が、二人の上に降り注いだ。

「………ちっ!」

 40mmリニアライフルに徹甲弾を装填し、照準機をのぞく。砲塔が旋回して今度はまだ近距離で90mm砲を撃ち放つディーを捉えようとしている。

「食らえっ!!」

 リニアライフルから、音もなく徹甲弾が放たれる。一瞬、火花が視野に広がり、砲塔側面は炎に包まれたように見えた。
 だが、戦車は依然健在で、砲塔はゆっくりと今度は勇人達のほうへと向き直ってくる。
 
「たいちょー、リンクしてくださいっ!」

 トパーズの声に、勇人は無意識にライフルの側面についている射撃モードを『リンク』に切り替えた。
 画面内に表示された縦横二つの線が、ゆっくりと戦車の砲口に向けて収束していく。
 彼は、トパーズの意図を知った。

「……ロックオン!」

 勇人が、真っ正面から150mm砲の砲口へとライフル弾を撃ち込む。今度は効果があった。丁度射出されようとしていた150mm砲弾が、砲塔内で爆発した。無人の車内の精密な電子機器がずたずたに切り裂かれ、その先にある弾薬庫の砲弾に引火した。
 まるでボール紙細工のように、何トンもある砲塔が空高く舞い上がった。それより高く炎が吹き上げ、戦車の最期を告げていた。
 ライフルをコッキングすると、徹甲弾の重い薬莢が転げ落ちる。

「……さっすが、たいちょー」
「サンキュ、トパーズ。良い判断だった」

 勇人が手を伸ばしてトパーズの頭を撫でると、嬉しそうにトパーズが目を細める。

「……ディー、聞こえるか?」
『こちらディー……一体どんな魔法使ったんですか?』
「こっちには、いい魔法使いがいるんだよ」

 笑いながら答える勇人。だが、その耳に聞き慣れない声が入ってくる。

『……ちら………研究所………くりか…す……襲撃を………奪取………』
「………?」

 トパーズと勇人が顔を見合わせる。

『……こちら、第四駐屯地研究所……バグ……襲撃、ギガント………奪取……』
「………ギガント………?」

 聞き慣れない響き。だが、駐屯地研究所といえば新兵器の開発機関ではないか?

■3号線 エメラルド

 最後の一発だった。
 エメラルドは、照準機のないまま、ランチャーを構えると、指揮用戦車に照準を合わせる。正面から撃っても勝ち目はない。
 だが、天井を打ち抜けば……。
 
 瞬間、彼女の視野がミサイルの噴射炎で満たされた。だが、まっすぐに、ひたすらまっすぐにミサイルは指揮戦車へと向かっていった。

■3号線 指揮戦車

 無人で戦い続けていた指揮戦車は、頭上から迫ってきたミサイルに『気付かなかった』。
 照準機を通して狙われたなら、それを感知できたのだが、まだ『経験の浅い』コンピューターは、照準機を通さずにミサイルを直接当てるなどという戦い方を『知らなかった』のだ。
 
 飛び込んできたミサイルが、室内で爆発する。破片が『彼』の脳をずたずたに切り裂いて一瞬で『彼』の思考能力は失われた。同時に、彼の『部下』の戦車達は一斉に動きを止める。
 白いスーツの女が最優先目標だった。思考を停止した彼が、最後に照準した位置に砲弾を撃った。
 あたったともあたらなかったとも評価出来ず、戦車が粉々に爆発した。
 
■3号線 ディー
 
 爆発。
 彼女の目の前で、150mm砲弾がまた爆発した。スーツの防御力はすでに限界一杯になっていたが、指揮戦車が破壊された事で戦いは終結した。
 
 ディーが見上げる。煙草をくわえ、心地よさそうに煙を吐き出しているエメラルドの姿目に入った。負傷しているのか、身体の左半身が黒く染まっていた。
 
「……エメラルド……」
「よ、ディー。元気そうでなにより」
「………もう」

 ため息とともに、彼女は90mm砲を取り落とした。弾倉にはもう一発も弾が入っていない事に、今初めて気付いたのだ。
 
「……こちらディー。ジュエル・リーダー、エメラルドを確認。負傷している模様」
『………エメラルド!!』

 トパーズの声が響く。泣き声になる一歩手前、といった感じの声に、ディーは自分自身も安堵の為に泣きそうになっているのがわかった。
 
 ――だが………

『ジュエル各員、こちらはCNFシャーウッド少尉!! 緊急報!!』
 
 奇妙にせっぱ詰まった声に、全員が動きを止める。

『CNF第四駐屯地研究所より、研究中の新兵器『ギガント』が奪取された。現在、CNFの護衛部隊が追撃しているが、火力が違いすぎて話にならん!』
「……なんだって?」
「データ、来ます」

 トパーズが全員にデータを送る。さっき戦った戦闘車両が子供の様に見える、凄絶なスペック表が各人の頭に送られる。

「……なんだってこんなものが……」
『ジュエル各員、破壊しても構わない。ギガントだけは奪われる訳にはいかないんだ。頼む、止めてくれ!!』
「……無茶いわないでよ!!」

 トパーズの声が通信網を揺るがした。ディーも、サファイアも、勇人さえも何も言えずに立ちつくしていた。
 
「……あたし達、もうボロボロなんだよ……。CNFが止められないもの、あたし達が止められる訳ないじゃない!!」
「………トパーズ……」

 勇人がトパーズをなだめようとする。だが、トパーズはさらに強い口調で言い募る。

「これ以上、あたし達をあてにしないで。自分たちの武器ぐらい、自分たちで止めてみなさいよ!!」
「トパーズ!」

 ディーが駆け寄ってくる。足下をふらつかせながら、エメラルドも歩いてくる。

「任務だ、トパーズ。……『ギガント』の位置を索敵してくれ」
「………………イヤ」
「トパーズ!!」

 ディーがトパーズにつかみかかる。だが、トパーズは首を左右に振って命令を拒否した。

「……トパーズ、頼む」

 だが、彼女は答えなかった。

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