7.静寂7−1.襲撃直後馬車はようやく静かな街道へと戻った。静か……というよりは、後ろ寂しげなこの地域にあって、彼らの馬車はまるで蝸牛に様にゆっくりと進んでいた。 「……オッサン、もう大丈夫なのか?」 「今まではな」 落ち着きを取り戻した御者が、馬を操りながら揺れの少ない様に馬車を操縦する。 荷台の上に座った女性陣も、心なしか精彩を欠いた表情でそれぞれの前方を見つめていた。 危険なまでに気が緩んでいる。だが、それも無理なからぬ事だった。 「……今までは……か。オッサン、あんな風に狙われたことはあったのか?」 「いや、今回が初めてだ。そして、多分狙われて生き残ったのも……多分始めてだ」 「……運がいいじゃねぇか」 「全くだ」 少し饒舌になった御者とやりとりをしているゼクスを眺めながら、シャールは思索していた。 不自然だった。あの魔法の消え方は。 迎撃では無かった。迎撃なら、爆発四散するだろうし、あの距離であれば抗魔法障壁の効果があったとしても防ぎきれるかどうか怪しいところだった。 抗魔法障壁も今は効果時間切れとなり、光の粒は既に見えないほどに細かく風に乗って散っていた。 だが、彼女の知るいかなる方法であっても、あのように魔法をかき消すことは……。 「………あっ!!」 彼女は急いでバックパックを外し、その中の魔法書を探り始めた。 レイアが物憂げに彼女を見たが、何も言わずにまた前方に視線を移した。 もう、シャールに質問する気力すら無いかのようだった。 「……これ……」 彼女が見つけた項目。そこは『魔法消去』とかかれた一節だった。 『魔法消去:効果時間を持つ魔法の効力を相反する魔力で相殺する』 具体的方法は彼女の理解出来る範疇には無かった………即ち、彼女の今の力量では使いこなせないという事だ。 だが、この魔法は……。 シャールは何度も何度も読み返す。 『効果時間を持つ魔法の……』 火炎弾の様な即時性の魔法には効果はないはずだった。 いや、よしんばあったとしても、一体どこからどうやって仕掛けたのだろうか? 魔力は相当な量動くことになるだろうし、そうなれば彼女の魔力感知能力で感知出来るはずだった。 斜光が、夕暮れを告げる頃には馬車は緩やかな坂道を下り始めていた。 「この坂を下りきればそこがアパレンタイズ村だ」 「ホホウ、酒場はもちろんあるんだろうな?」 「ある訳ないだろう」 無愛想に御者が応じる。 愕然としたゼクスとテキサスをよそ目に、御者は言葉をつなげる。 「この田舎村にそんなしゃれたモンがあるわけないだろうが」 「そんな、そんな、酒、酒の補充が……」 「贅沢品なんだよ、酒なんてな。村長のところにでも行けば別だろうがな」 「何っ?!」 瞬間的に目を光らせたゼクスが御者の側に座り込む。 ぎょっとした御者が、それでも冷静に言葉をつなげる。 「あそこの村はな……全部物資を村長が管理してるんだよ。だから、この荷物も全部村長のところに行く。酒の類も全部そこにあるはずだ」 馬車が村にはいると、数人の村人が家の窓から顔を出す。 ゼクスが不審に思い、御者に顔を向ける。 「……さっきも行っただろう。この荷物は村長のところへまず行くんだ。村の人たちの手にはいるのはそれからさ」 やがて馬車はひときわ大きな屋敷が見える広場に到着する。 御者がゼクス達に向けて手を振り、下りるように促す。 ゼクスが飛び降り、両脚を伸ばす。尻が4つに割れていないか確かめるように、掌でなで回す。 「………ぷっ」 思わず笑ってしまった、といわんばかりの声に、ゼクスが思わず振り返る。 その先に居る姿は、彼が想像した通りの姿だった。。 「テメェ、またか!! このヒラヒラ女!!」 「ひぃっ?! ご、ごめんなさいですぅっ」 「ごめんじゃねえんだよ、ごめんじゃ。テメェ、このオレのキュートなケツに何か文句あるのか、ええ?」 「い、いえ、文句なんかないですっ」 と、テキサスがゼクスとアリエッタの側を通り抜けざまに声をかけていく。 「……ああ、気にしなくて良いぞ、お嬢ちゃん。やっとバカから解放されたんだから、アンタもアンタの連れのところに行きな」 「おい、バカって誰のことだ」 矛先を自分に向けておきながら、さっさと立ち去るテキサス。 何かわめきながらその小さな(それでいて威圧感のある)後ろ姿を眺めていたアリエッタは、しかしすぐに気を取り直すと彼女の『旦那様』を求めて振り返った。 その『旦那様』……緋黒は、馬車の丁度反対側にいた。 御者から情報を仕入れるべく、彼を捕まえて居たところだったのだ。 「……さっきの話で気になることがあるんだ。教えて貰いたい」 「別に何もないさね」 「いや、あるんだ。……この物資、今から村長のところに運ぶんだろう?」 一瞬動きを止めた御者は、しかしすぐにまた作業に移る。 手に縄を持ち、荷物を覆っている布の解れを直していく。 「ああ。……あんた、手伝ってくれるのか?」 「かまわないさ。手伝おう。だが、その前に聞きたい」 即答した緋黒に、御者が再び不審な顔を向ける。 「本当かね? ……ま、助かるよ。これを積みおろしする連中がみんな死んじまったからなぁ……」 「……で、その村長が物資を全部管理してるというのは本当か?」 「ああ、事実だよ」 御者が答え、それからゆっくりと御者台の方へと向かう。 「……村長のところに行くのはかまわんが……」 「何か不都合か?」 「……行けば解るさ……早速もめてるみたいだしな」 御者があごでさした方を見ると、見慣れた人影が屋敷から追い出されてくるところだった。 「……あの村長、冒険者の類を嫌うんだよ、すごくな」 呆れたような声に、緋黒がため息を付く。 見慣れた人影……それはついさっきまで彼女たちと一緒にいた人物。 ……ゼクスとテキサスだった。 「………ったくよう!!」 憤怒の形相もあらわに、ゼクス達が振り返る。 丁度その視線の先に緋黒達を見つけると、そのままの表情で猛然と歩み寄ってきた。 「おい、黒ねーちゃん、あの唐変木のところに行くのか? 止めた方がいいぞ」 「……いきなりどうしたんだ?」 「どうもこうもねぇ、あのクソ親父、酒を分けてくれって頼みに言ったら何も言わずに追い出しにかかりやがった」 「……確かに、ああいう扱いを受けたのは初めてだ」 ゼクスもテキサスも、不満を顔に出して緋黒達の側で止まる。 御者がにやり、と笑いながら緋黒に「な?」と問いかけた。 「……ああ、確かにそのようだ」 「村長から何を聞き出すつもりかしらないが、まぁ何を言っても聞きゃしないさ」 「………酒場も、宿屋も無いのか?」 「ああ、この村には無い。冒険者を歓迎する気持ちはおよそ皆無だな」 ゼクスが憤懣やるかたないといった顔で御者を睨む。 「……ったくよぉ、その冒険者に守って貰って荷物運んでるんだろうがよぉ」 「そうだな、傭兵のキャンプなら村のすぐ外にあるぞ。有料だけどな」 そういいながら、御者が門の前に立つ男に手を振る。 「おい、荷物が届いたと村長に伝えてくれ」 「……わかった」 門番にしてはやせぎすだな、と緋黒は思った。 シャールとレイアがいつしか荷車の後ろについており、六人と一人が屋敷に招き入れられる。 「……バーレイ、久しぶりだな。今日は食料が無事だったよ」 「ガダン、お前は本当に運のいい男だな。今回も当たりを引かなかったのか?」 「………いや」 御者が御者台から降りると、荷車の覆いを外し始める。 緋黒が前に出て手伝おうとすると、村長が厳しい顔で彼女をにらみ付けた。 「……手を出すな、野良犬。この荷物は村の大切な資産だ」 7−2.激昂「なっ!!」その言葉に反応したのは緋黒ではなくアリエッタだった。 「旦那様になんて事言うですかっ!!」 怒りの表情をあらわに村長に向かっていくアリエッタ。だが、緋黒は彼女を左手で制すると、村長に頭を下げる。 「申し訳ない、村長。この御者殿に、荷物の積み降ろしを手伝うと約束したので……」 「それは事実だよ、バーレイ。疑り深いのは仕方ないが、今回位は大目に見ろ」 「……しかし……」 不満そうに顔をゆがめる村長。だが、バーレイがもう一度「いいから」と言葉をかけて、緋黒に布の端を解くように指示する。 アリエッタがその動きを真似て荷物を解きにかかる。 「……おいおい」 ゼクスが不満そうに御者に食ってかかる。 「オレ達ぁ人足じゃねぇんだ。なんで手伝う必要があるんだ?」 「彼女らが手伝うと言ってくれたから、手伝って貰ってる。あんたらにそうしろとは言わんよ」 「………」 やりとりの間に、村長は渋々屋敷の蔵に荷物である革袋を運び込むように指示する。 屋敷の使用人達も現れ、大きな馬車の荷物はすぐに蔵の中へと運び込まれていった。 使用人達が頭を下げ、屋敷に戻っていくのと入れ替わりに、一人の少女が小走りに出てきた。 「珍しいね、お父様。冒険者の人たちに荷物触らせるなんて」 「……ウェルファか。仕方ないさ。ガダンのヤツが……」 栗色の髪をヘアバンドで留め、額をあらわにした、小柄な姿がゼクス達の前に現れた。 大きな目がくりくりと動いてゼクス達をじっと見ていたが、やがて頭を下げて礼を述べた。 「お兄さん達、ありがとうね。いつも荷物無事に運んでくれて……」 「おっ………」 ゼクスが一瞬気をのまれたかのように動きを止める。 ウェルファ、と呼ばれた少女が、首を傾げてゼクスを見上げる。 「ごめんね、またお父様が酷いこと言った? 悪く思わないで欲しいんだけど……」 「あ、ああ、いや、いいんだ……」 ゼクスがペースを崩されてしどろもどろになる。 「……ウェルファ、いいから部屋に戻ってなさい。……おい、ガダン」 「ああ?」 「これが今回の報酬全額だ。お前の方から奴らに配ってやってくれ」 「……わかった」 「野良犬……いや、冒険者の諸君、今回の協力に感謝する」 それだけを残すと、バーレイと呼ばれた村長は娘のウェルファを伴って屋敷へと戻っていく。 流石に最後の一言にむっとしたゼクスだったが、ガダン……つまり、御者……が革袋から銀貨を何枚か取り出したのを見て深呼吸して気を落ち着ける。 「……流石にギャラ貰いながら依頼主をブチのめす訳にもいかないからな」 そういいながら、ゼクスはガダンから銀貨を受け取る。 なんだかんだ言って、小遣いを貰う瞬間は気分がいいものなのだ。 「で、どうする? オッサン」 「あん?」 「宿だよ、宿。酒場もねぇ、酒もねぇじゃどうしようもないだろ」 「御者のオッサンが言ってた、傭兵のキャンプにでも行くしかねぇだろ」 「酒は?!」 手を振り動かすゼクス。 それを見ていたアリエッタが、誰に言うともなくぼそりとつぶやいた。 「………鳥さん……」 「……え、エッタ、聞こえたら飛んでくるぞ」 もちろん、ゼクスの耳には入っていた。一瞬彼女の言うとおり『飛んで』やろうと思ったが、それより早く御者が口を挟んでくる。 「多少高いが、キャンプで分けて貰えなくはないぞ。もっとも、元々はお前さん達が運んできた酒なんだがな」 「………ガダン殿、と仰ったか。……一つ聞きたいことがある」 「あん? 何を聞きたいんだ?」 面倒くさそうに応じる御者は、それでも律儀に馬車の手入れをする手を止めて緋黒に向き直る。 「……こういう、荷物を運ぶ馬車は何便出てるんだ?」 「大体、今頃次の便が出てる位さ。これからこの馬車は戻って、また戻ってくる」 「帰りは大丈夫なのか?」 「ああ、帰りに襲われたことは一度もないな。それに、今回みたいに両方を襲うという事はそうそうは無い」 腕組みをしたまま緋黒が考え込む。 アリエッタはしばらく所在なげにしていたが、やがて何かを思い立ったかのように姿を消した。 緋黒もゼクスも、そのことには気付かなかった。御者は気付いても何も言わなかった。 「……確かに物資が貴重なのは解るが、これだけの蔵に物が一杯集まっているのだからそこそこの量届けられてるんだろうな」 「ああ、まぁな」 「……充分な量の物資が村人達に行き渡っているとは思えないのだが……」 「…………」 緋黒の問いに御者が黙り込む。ゼクスが首を傾げ、テキサスが考え込むように緋黒の横顔を見つめる。 「……あのバーレイのヤツに意見してやりな」 御者が再び馬車に飛び乗る。驚くほど敏捷に。 馬に鞭を入れて馬車が走り出すまで、まるで隙がなかった。 「……ま、待て……」 「おい、よせ」 不意に鋭い叱責が飛ぶ。緋黒の動きをすら止める鋭さと重みを持った叱責だった。 「……え?」 「よせ、と言ったんだ。それ以上追いつめると危険だぞ」 テキサスだった。小柄でいて、威圧感のあるその姿が緋黒の顔を見ながらゆっくりと歩み寄る。 「……お前さん……冒険者としては長いのか?」 「…………?」 「おそらくそんなに長くないんだろうな? あんな風に遮二無二押し込むような聞き込み方は危険だって、解ってないようだしな」 「……危険……か。なるほど、冒険者としての先輩が仰る事なら確かに受け止めるべきだな」 緋黒が素直に頭を下げる。 しばらくそんな緋黒を眺めていたテキサスではあったが、頭をがりがりとかきむしりながら大きく息を吐いた。 「……無防備過ぎる。あんたは……」 「……え?」 「それがまぁ、良いところになるのかも知れないが……。緋黒……さんだっけか?」 「あ、ああ、緋黒、と呼び捨ててもらってかまわないが」 その仕草を見たテキサスが、しゃがみ込むと緋黒の下から顔を見上げる。 「……今もし、俺がお前さんの頭を上からかち割ったらどうなるだろうな?」 「なっ?!」 驚いて緋黒が頭を上げる。 「……俺達ぁ確かに一緒に仕事はしたさ。だが……それが終わったら赤の他人……いや、むしろ商売敵なんだぜ」 「………」 「山分けした筈の報酬を独り占めする為にさっきまでの味方を殺す……そんな連中はうざるほど居るんだ。あんまりホイホイ人を信用するモンじゃない」 「……気をつけよう」 「良い心がけだ」 何度か頷いてから、テキサスはゼクスの方へと向き直る。 御者も、ゼクスも、そしていつしか馬車の上に座っていたレイアとシャールも、みんなが一様に驚いた顔をしていた。 「……なんだよ、お前ら、なんて顔してやがる」 「いや、オッサンがよぉ……」 ゼクスが頬を指先で掻きながら首を傾げる。 「えらいしゃべるモンだからびっくりしてるんだよ。普段全然しゃべらねぇのに」 「そうでもないさ」 そういいつつ、彼は顔を背ける。 途端に、時間が流れ出したかのように、それぞれがめいめいの作業に戻る。 シャールは魔法書を再び開き、レイアは何時の間に用意したのか例の金属カップで紅茶を飲む。 そして、ゼクスは報酬の銀貨を数えはじめ、緋黒はアリエッタの姿を求めて歩み去った。 御者だけは、御者台からじっとテキサスの姿を眺めていた。 7−3.嫌悪と好意「……ウェルファ、説明して貰えるかな」バーレイ村長の声は低く、かすかにふるえているのが解る。 目の前のウェルファは、すぐ側にへたり込んでふるえている彼女の友人の肩を抱き寄せながら、堂々と言い張った。 「お友達をあたしの部屋に泊めるんだ。いいでしょ?」 「……ウェルファ………」 「何か悪い事でも?」 「あ、あの、その………」 ウェルファの隣りにへたり込んでいる少女……。 パープルの髪に紺のメイド服………アリエッタであった。 「え、エッタがおじゃまでしたら、か、帰りますから、その……」 「何言ってるの。頼ってきた友達を放り出すほど薄情者にはなりたくないわよ。そんな訳で、お友達泊めるから。いいわね、お父様?」 「……く………」 何かを言い返したげにしていたバーレイだったが、やがて忌々しげにため息を吐くと、そのまま踵を返した。 「………勝手にしろっ!」 足音が遠ざかる。 アリエッタはというと、すっかり蒼白になってウェルファにしがみついていた。 「あ、あの、ご、ごめんなさいです……」 「何が? 泊まるところで布団のあるところ無いかって聞くから、ここって言ったの。どうせ、貴女じゃなくてあっちの黒髪のお姉さんの為なんでしょ?」 「え?」 「その格好みたら解るわよ。貴女、彼女の従者か何かなんでしょ? で、ご主人様に気を利かせて……良い従者ね、貴女は」 「……は、はい……」 従者……。彼女は元々緋黒に対してそうあろうと心がけてきた。 とはいえ、しばらく緋黒に友人として扱って貰っているうちに、そういう感覚が薄れてきていたのだろうか? 「……えっと……」 「良いわよ。あたしの住んでるのは別館だし、そこなら幾ら使って貰っても平気よ」 「……でも……」 「お父様の事なら心配しないで。あんな人だけど、あたしとの約束は守る人だから」 「………はい……」 とりあえず立ち上がると、アリエッタはウェルファに向き直る。 背はウェルファの方が高く、少し年上に見える。実際にはいくつぐらいなのだろう? とアリエッタは心の中で思った。 「……では、お言葉に甘えるです……。旦那様連れてくるです」 「うん、待ってるから。……ね、アリエッタ?」 「は、はい、ウェルファ様?」 「……様は止めてね。……あのさ、冒険の間の話とか、聞かせて貰える?」 「……え? お、お話ですか?」 「うん。嘘じゃない、本当の冒険者の冒険談を聞きたいの。いいでしょ?」 「……あ、はい、じゃ、旦那様にお願いするです」 彼女が振り返って駆け出す。 ウェルファは一人残されて、首を傾げる。 「……旦那様って……? あの人、どう見ても女の人だけどなぁ……」 身分を偽って……という感じでもない。 不思議ではあるが、不信感は湧かない。むしろ、清々しい感じを受ける二人組だった。 だからこそ彼女は、緋黒とアリエッタを部屋に迎え入れる事にしたのだ。 「……ウェルファ」 不意に彼女に声がかかる。村長の……そして、彼女にとっては父親の……バーレイだった。 「……ウェルファ、どういうつもりだ?」 「何が?」 「あんな野良犬を入れて……。ただでさえ、今は我々は……」 「しっ」 ウェルファが鋭く叱責する。 「その話は後で聞くわ。今は……もう彼女たちが戻ってくるから」 「………」 無言のままに立ち去るバーレイ。 ウェルファは扉を大きく開き、緋黒を伴って歩いてくるアリエッタの姿を目で追う。 「……ウェルファ様、あの……旦那様……緋黒様です」 「様は止めてってのに。……あ、ウェルファです、緋黒さん」 「緋黒だ。故あって見識を広める旅をしている。このたびは迷惑をかける……」 「いいんですよ。お宿代は緋黒さんのお話って事で」 「……すまないな」 彼女が頭をさげ、別館へと足を踏み入れる。 「……ところで、村長は冒険者嫌いとお聞きするのだが……」 「ええ、父は……あまり冒険者の方々が好きではないのです。報酬を取るだけ取って逃げたり、邸内でいきなりさっきまで仲間だった人たちを殺しはじめたり……」 「…………」 さっきテキサスに言われたことを緋黒は思い出した。 なるほど、冒険者というのは癖の強い人種らしい………。 「……で、すっかり冒険者が嫌いになっちゃったの。……悪い人じゃないんだけど」 「まぁ……もし私が同じ立場だったら、同じように冒険者が嫌いになるだろうな」 緋黒が頷くと、ウェルファに頭を下げる。 「……すまない。同じ冒険者として恥ずかしく思っている」 「緋黒さんはそういう人じゃない事ぐらい知ってるよ」 ウェルファが微笑んで緋黒に頭を上げるように促す。 「それに、お父様もそのうち解ると思うんだ。……そういう人ばっかりじゃないって」 「……そう思って貰えると嬉しい」 緋黒も微笑みながら、出されたティーカップに口を付ける。 アリエッタはと言えば、部屋の隅で既に丸くなっていた。 「……あの子は……従者? 随分おねむみたいだけど」 「いや、友人だよ。……彼女がなんと言おうと、私にとっては……」 「………」 「かけがえのない友人だ」 「……うん……」 ポットを手に取り、カップに紅茶を注ぐ。瓶を一つ手に取り、中身をカップに垂らすとかすかにアルコールの香りが湯気にのって漂う。 「……解るよ。すごく」 「そう……か?」 「うん。緋黒さんは彼女のこと大事にしてるし、彼女も緋黒さんの事大事にしてる。ちょっとズレてる子だけど、いい子だよね」 「……ああ」 嬉しそうに頷くと、彼女は再びティーカップに目をやる。 「ね、それよりさ。話してよ。あたし、ここから出たこと無いし、お父様があの調子だから……話してくれる人が居なくて」 「……心得た」 緋黒が微笑みながら話を始める。 経験は浅いとはいえ、彼女も立派な冒険者だ。 吟遊詩人のように、とまでは行かないものの、丁寧に、わかりやすく。 彼女の師である、パーンバレッタがそうであったように、彼女の語りはゆっくりとしたものだった。 ………………………… 「……レイア」 「何、シャール」 少し離れた森の木の上で、彼女たちは大樹にもたれるように座っていた。 「……明日はいよいよ……タニス村だね」 「そうね……」 「……レイア……」 「だから、何?」 振り返ったレイアは、不安そうなシャールの顔がすぐ近くにあることに驚いた。 いつもならもう少し距離をあけて座っているところなのだが……。 「……どうしたの?」 「うん……。なんだか怖いんだよ。理由が解らないんだけど……ただ……」 「ただ?」 「……すごく、怖い。ひどく強い力が……私達を飲み込もうとしてるような、そんな感じがするんだよ」 「………気のせいよ」 レイアが前を再び見据える。緑の精霊達が、闇の精霊と語らう姿を眺める。 ……が、ややあって、シャールの方に向き直る。 彼女は魔法書を手に、魔法の灯りの下で本に見入っていた。 「……ほら、シャール」 「え?」 「冷えるから、少し寄りましょう」 「……え? う、うん……」 驚いたように、レイアのそばにシャールが寄る。 二人のマントを合わせるようにして、身体を寄せ合う。 まるで冬の小鳥のように。 「……貴女って、いつまで経っても変わらないわね」 「レイアだって……」 「うん?」 「……うぅん。……レイア、ありがとう。安心して眠れそう」 「……はいはい」 レイアの手がシャールの頭を抱き寄せる。 ……いつも、こうやっていたのだ。エルフの里に居る頃から……。 不安がるのはいつもシャールで、それをあやすのはレイアの役目だった。 レイアの腕に抱かれながら、シャールはエルフの里の夢をみながら眠る。明日にはまた彼女たちは二人で旅をするのだから。 |
続きを読みます?