異端黙示録  世にも不敵な冒険者達☆ミ


フォーセリア………

太古の昔巨人より生まれし往古の世界………

神々が創りたもうたかの地での

悠久なりし時の流れの一滴…………

運命の悪戯に導かれし者達の小さな輝き………

祖は聡明なりし蛮族の子
祖は静寂なりしドワーフの戦士
祖は心優しき東方の賢者
祖は忠実なりしラーダの司祭
祖は夢を求めし魔術師の少女
祖は優雅なりしエルフの娘

かの地に集いし彼らを待つは

栄光と光破滅と暗黒現実と幻想…………

時の流れに虚いし永久なる一瞬を瞬く

幾多の光の物語…………

1.出会いの始まり

1−1 とある偶然

 彼女は心の底から後悔していた。

 酒場と宿が一つになった建物など、この大陸に渡ってからよく見かけるものだから、ここもいつもと同じだろうと入ったのだ。
 一階は軽食と酒を嗜む場所。階段を上がれば、宿泊用の部屋がいくつも並ぶ長屋。
 そう、他と何も変わることのない、普通の酒場宿といえる。なのに、彼女はこの目の前の光景を見て、この大陸に渡って以来つとめて覆い隠すようにしていた感情……後悔……がわき上がるのを抑えることは出来なかった。

 何ら変哲のない、普通の酒場には、酔っぱらいがいた。
 いや、酔っぱらいなら探すまでもなく、宿屋にはいるものだ。だが、この酔っぱらいはレベルが違った。
 普通の少年。とび色の髪を短く切り、同じ色の瞳を輝かせた少年。その横にまだ髪が黒々としたドワーフ。
 ある意味風変わりな、ある意味ありふれたこのコンビは、しかしある一点に置いて他を凌駕していた。

「がはははははっ、ほらほら、オッサン、飲め飲め飲め〜〜!」
「ぐふはははははっ、なんの、お前こそ飲んでるつもりか、それで?」

 騒々しさ。そして、その行動の過激さ。
 目の前でグラスの中身がドワーフの頭部から顔に満遍なく垂らされるかと思えば、今度はそのドワーフの手にしたカップが、少年の頭部に叩き付けられて中身を少年の全身に馳走する。
 呆れるばかりの暴れん坊ぶりに、さすがに彼女は閉口していた。

 彼女にしたところで、この大陸にあって特に目立つ風貌をしていた。
 漆黒の、闇色の髪。そして、同じ色の目。対照的な白い肌。そして、特徴的な着物。
 髪は長く、背中の半ば辺りまで。闇を溶かして染め上げたような見事な黒髪である。肌は、黒い髪とともにあると際だって白く見える。
 瞳は髪と同じ闇の色。だが、その中をもし垣間見る者が居たとしたら、そこに強く暖かい意思の光を見いだしたことだろう。
 ほっそりとした体つき。無駄な肉は何処にも付いていない、にも関わらずきわめて健康的な肉付きをしている。つまりは、体型は理想に近い体型といえる。
 衣装もこの地方では見られない特殊なものである。白い「裲襠」(うちかけ)は短く、腰の辺りを帯で止めている。その下には長いスカートのような……いわゆる所の「袴」をはいている。ただの袴ではなく、脇にスリットが入り、動きやすさを確保している。
 殆ど肌の見えない服装だ。だが、身体のラインを崩さぬように慎重にデザインされているのであろうこの衣服は、彼女が本当に女性らしい女性である事を雄弁に表している。
 裲襠の袖は半袖で、そこだけが彼女が肌を晒している唯一の場所といえる。……顔を覗けば、だが。
 指先に至るまで優美なラインを描いているが、華奢ではない。旅を続けていくにおいて、華奢さは何ら役には立たないのだから。
 そう、彼女は旅人だった。
 彼女の名は緋黒(ひこく)。本名は誰にも名乗ってはいない。通り名は『東方の賢者緋黒』。
 まだ勉強中の身ではあるが、知識を求め、見聞を広める旅をする者である。

 この大陸では彼女のような出で立ちの者は滅多にいない。彼女の故郷はこの大陸のいかなる地方との交流も持たぬ閉鎖された国で、そのため彼女のようによほど強い意志をもって旅を続ける者でもなければ大陸に訪れる事すらない。
 様々な種族が交わるこの地域とは違い、彼女の国には彼女のような黒髪黒瞳の男女だけが住まう、小さな島国なのである。
 そう、この大陸には多くの種族が存在し、その出で立ちは様々であるがカラフルな髪の色、瞳の色、肌の色を持つ。珍しく感じていた緋黒は、彼女の故郷のような場所こそが珍しいのだと徐々に理解しはじめていた。
 たとえば、森妖精『エルフ』と呼ばれる一族がいる。ほっそりとした身体に、淡い色の瞳と髪を持ち、何より特徴的な長い耳を持つ。繊細で、人間よりずっと身近に精霊……様々なものに宿る霊……の存在を感じ、意思を交わす。
 長い寿命(ほぼ無限の種族もいる)は、彼らに高い知性と見識を与えるが、その外見から想像する通り、腕力や体力には恵まれては居ない。
 そのエルフと人の間に生まれた、両方の種族から忌まわれる半妖精『ハーフエルフ』もいる。エルフほどに淡い印象はないが、人ほどに濃い色彩は持たない。
 双方の良いところと悪いところを併せ持つ種族である。
 ドワーフとは、目の前で先ほどから騒々しく酒を飲んでいる片割れである。背丈は人間の子供ほど。だが横幅ときたら立派な大人をもう一回り立派にしたかのようで、腕周りなどはヘタをすれば人間の女性の腰ほどもある事もある。
 その見た目通り凄まじい膂力を持つが、酒好きで種族によっては好色、という欠点も併せ持つ。だが、総じて勤勉で、その手による細工は世界中で珍重されている。
 そして、人間。緋黒のような黒髪の民もいれば、金髪碧眼の民、肌の浅黒い民等、単一の種族の中でもっとも数の多い一族といえる。

 緋黒から離れたカウンターで大立ち回りを演じているのはかたやドワーフの青年、かたや人間の少年だろう。人間の方は服装からすれば恐らく西方の辺境の部族の生まれであろうか。
 まだ若くみずみずしい身体には、幾つかの傷痕もあり、この少年がそれなりの経験を積んできていることを物語っている。ドワーフの方に至っては、身体中傷だらけで、こちらは百戦錬磨の強者といった所であろうか。
 いずれにせよ、この二人は見ての通り冒険者、と呼ばれる者達である。
 緋黒のように旅をして、様々な厄介事……主に荒事だが……を解決したり、遺跡に潜ってはその謎を解いたりする事を生業とする者達である。
 旅から旅を続ける者も居れば、一つ所に留まって依頼を受けては動く者もいる。彼らは見たところ緋黒と同じく、旅支度を調えている所からおそらくは旅を続ける流れ者であろう。

「うらぁ!! オヤジ、濁酒三つ!」
「こっちぁエールを五つ!」
「あにをう、それならこっちはビールを七つだ!」
「馬鹿にするな! 吟醸を十杯!」

 誤解の無いように言っておくと、これらは全て彼ら二人だけが注文している量である。この僅かな時間に、相当な量の酒を浴びるように飲みながら、しっかりとした足下を保っている。
 酒場にいる他の酔っぱらいや、酔っぱらい候補生達が、ため息をついてテーブルに向き合う。恐らく、自分の酒に対する考え方を少し改めよう、とでも思ったのだろうか。

「ね、レイア、レイア……凄いね、あの人達…」
「…ほっときなさい、シャール。これだから人間って……」

 彼女のそばのテーブルから会話が流れてくる。緋黒は先ほど、この酒場に入った直後の記憶をたどる。
 確かそこには、エルフとハーフ・エルフの二人組が座っていた筈だった。
 レイアと呼ばれた方はエルフ。若草色のロングヘアと、木漏れ日の色の瞳を持つ、美しい女性だった。
 ハーフエルフの方はシャールと呼ばれていた。くすんだ色の金髪を短く切った、こちらはややボーイッシュな感じの少女だった。
 どちらも、なめし革の胴衣を来ており、武器を携行していたあたり、やはり冒険者である事が伺い知れる。レイアは木製のクロスボウを持ち、シャールは腰の辺りに銀製の短剣を提げている。

 冒険者は人の集まる場所に寄ってくる。そこにはうわさ話と言う名の貴重な情報源があり、また冒険者に仕事を依頼する者も、それを知っているのか酒場に訪れる事が多い。
 ……と、そこに新たな客が訪れる。緋黒が顔を上げると、やはりエルフとハーフエルフの二人組である。
 そういう組み合わせは多いのだろうか?
 露骨に顔をしかめたのは酒場の奥にいる老人であった。彼ら古くからこの町に住む者達は、エルフとハーフエルフを嫌っていると緋黒は噂で聞いた。
 なんでも、その組み合わせは毎回町に災厄をもたらしてきたとか。

「……マスター、ミルクとハーブ・ティーを…」
「……ここを何だと思ってるんだ?」
「…わかった。じゃ、エールを二つ」
「最初からそう言えば良いんだよ」

 ぶつぶつこぼしながらマスターはジョッキに注いだエール…発泡酒…を差し出す。エルフの方がため息をついてそのジョッキをハーフエルフの方に滑らせ、ハーフエルフもやはりため息をついてそのジョッキに口を付ける。
 ちっ、と舌打ちするマスターの目の前に空に開けられたジョッキが20程、突き返される。

「おいおいオヤジ、何してる、ビールとエールをそれぞれ20杯ずつ、大至急だ!」

 ……さっきの少年だった。顔は真っ赤になっているが呂律はしっかりまわっている。内心恐慌状態に陥りそうなマスターはそれでもダンディーさを崩さず、黙って頷いた。
 実はエールの樽があと一つで全部無くなってしまう。そうなれば…酒場に酒がないとなれば、一体どうなろうか?
 彼は一計を案じた。アラキフーワド…禁断のドワーフ殺しの酒…の瓶を手にすると、その中身を半分ずつ二つのジョッキに注ぐ。
 そして、エールをさらに注いでいく。ドワーフですら酔いつぶれると言われる強力な酒だ。これでこの二人にはお休み願うとしよう……彼はそう考えて、ジョッキをテーブルの上に差し出した。

「お二人、済まないがジョッキを洗わなきゃならん。その一杯、じっくり味わってくれ」
「……あぁ、そっか。じゃあしかたねぇな。オッサン、かんぱ〜い!!」

 そう言ったのは少年。

「オッサンじゃねぇ、テキサスだ、テキサス・ロングホーン二世。ったく、何時になったら憶えるんだこのスットコドッコイが!」

 ドワーフが答える。

「スットコじゃねぇ、ゼクス様だ、ゼクス・グランバス、バーバリアンの16歳だ!」
「なんでもいい、乾杯だッ」
「かんぱ〜〜い」

ガキン!

 ジョッキを叩き割るかのような勢いでお互いの手の中のそれをぶつけあう。マスターの眉毛が一瞬宙に舞いそうになる。
 ぐびりぐびりとまるで水を飲む馬のように、二人はその中身を一気に飲み干した。

「旦那様……」

 不意に声が聞こえ、緋黒は顔を上げる。
 ピンクの髪がさらりと流れ、フリルのついたエプロンドレスと濃紺のジャンパースカートをはいた少女が緋黒の前に立っていた。

「……エッタ、座らないか?」
「いえ…その、旦那様、お部屋の方、お掃除しておきましたです……」
「…………」

 彼女はこの酒場のウェイトレス、ではない。
 緋黒と共に(この格好で!)旅を続ける、彼女の友人である。名はアリエッタ。
 ピンクの髪はロングストレートに、空の色の瞳には快活であるが何かしら影を持った光をたたえている。背は低く、いつも持ち歩いている箒が彼女の身長に匹敵する。
 行く先々で、彼女は宿代を浮かせる為に手伝いを申し出る。大抵は好感をもってその申し出を受けて貰い、お陰で彼女と旅をしている間、宿に困ったことはただの一度としてなかった。
 ちなみに、『旦那様』は本来男性に対する敬称なのだが、何故か彼女はその敬称を緋黒に対して好んで使う。不快と言うわけでもなく(それは恐らくお互いがその言葉に対して深く理解していなかったからとも言えるが)慣習的にその呼び名を彼女は使っているし、緋黒もそれをとがめるつもりはなかった。
 ……そう、とがめるべき事は他にあった。

「……エッタ、頼むから座るんだ。まだ食事もとってなかっただろう?」
「あ、いえ、大丈夫です。まだ洗い物を済ませないといけないです……」
「私一人に食べさせるのか、エッタ。一人で食事すると寂しいぞ〜」
「……えっと……」
「そうか……エッタは私が寂しい食事を一人でぼそぼそと食べることを望むのか……あぁ、仕方ない、今日は食事を楽しむことは諦めて……」
「わ、解りました、すぐに洗い物済ませてお食事をお持ちするです。ご一緒させて頂くです…」
「何、本当か?! おぉ、エッタ、やっぱりお前は私の事をよく解ってくれているんだな…よく、私の望みを解ってくれた。すばらしい!」
「あはは……」

 微笑みながら彼女はカウンターの後ろへと消えていく。マスターが幾つか指示を飛ばし、アリエッタは早速腕をまくって洗い場に籠を運んでいく。
 その籠に満載されているジョッキを飲み干した張本人達がおとなしい事に緋黒は気付いた。

「ぐるるるう……」
「ぐごぉぉぉお………」
「……………」

 なるほど、と緋黒は内心呟いた。どんな手を使ったか、この二人は完全に酔いつぶれて眠っていた。もっとも、今までそうならなかったのが不思議なくらい大量に飲んでいたが。

「……ぎゅらららららら」
「んぐららららあああ」

 ……だが、不協和音になった分先ほどより始末に負えないと思っているのは緋黒だけだろうか?
 そうでは無かったようだ。先ほど入ってきたエルフが、何か小さな声で呪文を呟く。精霊語であることに緋黒は気付いた。

「……(音を運ぶ大気の精霊よ……今暫くだけ、その働きを……)」

 不意にゼクスとテキサス、という名の二人の鼾が止まる。否、止まったのではない。

「……沈黙の場…精霊魔法ね」

 隣の席に座っているエルフ……レイアが呟く。うんうん、とその側のハーフエルフの少女、シャールが頷く。
 だが、随分と大胆な。人の集まるこの場所で魔法を使うという事がどういう結果になるのか。

「……魔法使いかよ」

 奥の老人が聞こえよがしに、嫌みったらしく叫ぶ。

「エチケットってやつをしらねぇみたいだな? こんな町中で魔法なんぞ使いやがって」
「うるさいから音を遮断した…それだけ。何か悪い?」

 エルフが挑発的に応じる。老人はちっ、と舌打ちすると、再び手元のジョッキをあおる。
 彼らはみんな知っているのだ。魔法使いをどんなに忌み嫌っても、その彼らにしたところで魔法の恩恵に被っているのだ。あらゆる面で。

「……ま、うるさかった事にはちがいねぇ」

 老人がぶつぶつ呟きながらジョッキを傾けた。

1−2. 謎の二人

 洗い物を終えると、アリエッタはえっちらおっちらと重い籠を提げて酒場の中へと戻った。

「ふぅ……なんかいつもより沢山あった気がするです…」

 呟きながら彼女はジョッキをごとごとと棚の上に逆さにして並べていく。ようやく全てを並べ終えると、そのまま籠を側のフックにひっかけると、マスターの側に歩いていく。

「えっと、マスターさん、もう他にはありませんか?」
「…………」

 マスターが呆れたような顔で見ている。が、やがて首を左右に振り、すぐ側に置いてあるトレイを指さした。

「………えっと、えっと…」
「……持っていきな。あんたと、お連れさんの食事だ」

 トレイの上には、湯気を上げるホワイトクリームのシチューと、小麦色をしたパンが置かれている。

「今日はちょうど羊の良いのが入ったからな。それと、パンはシェファルディばぁさんの自慢のヤツだ。美味しいぞ」
「あ、でも……」
「終わったら部屋で休んでおいで。一日、ご苦労さん」

 無口で無愛想なマスターだと内心思っていたアリエッタは心の底から赤面すると、頭を深々と下げる。単に不器用なだけなのだ。彼は。

「……ありがとうございます。それじゃ、ありがたく頂くです」
「あぁ、ゆっくりな」
「エッタ」

 不意に彼女の『旦那様』が立ち上がる。緋黒の闇色の髪が薄暗いカンテラの灯りの中で流れる。

「……はやくこっちへおいで。食事にしよう」
「あ、は、はい、それじゃ……」

 マスターに再び頭を下げ、アリエッタは食事のトレイを緋黒の前のテーブルに載せる。緋黒が目を細めて嬉しそうにする様を見てアリエッタは幸せを感じる。
 ふと、水差しが空になっているのに気づき、彼女はそれを手に取るとカウンターに戻ろうとする。

「……エッタ?」
「あ、お水、貰って来るです。先に頂いてて下さい」

 そう言い残して彼女はカウンターの方へと向かう。その時だった。
 不意に足下で何かが蠢いたかと思うと、それは突然彼女の前に立ちはだかったのだ。

「うるああああっ!!」
「ひぃぃっ!!」

 腰を抜かして尻餅をつくアリエッタ。そのアリエッタの前には、一人の少年の姿があった。先ほどの少年……ゼクス・グランバスである。

「……これは……また……」

 呆れたような緋黒の声が聞こえる。
 だが、アリエッタにしてみれば死角から突然わき上がったこの青年にただ恐怖を感じることしか出来なかった。

「……わ、あ・あ・あ……」
「お、ねーちゃん、水くれ、水!」
「……え?」
「これだよ、さっさとよこしな」

 がしっ、とアリエッタの手から水差しを奪うとそれを一気に傾けるゼクス。だが、むろんその手にある水差しは空である。

「…………………………………」

 水差しをどんどん傾けるゼクス。だが、水は当然一滴も出ない。

「…………………………………」

どさっ。

 傾けすぎて仰向けに倒れたゼクス。

「……一体……」
「エッタ、気にしなくて良い。とりあえず、戻っておいで」
「は、はい……」

 水差しに水を汲んで貰うと、そのままアリエッタは席に戻る。

「『沈黙の場』はどうやら地面付近にだけかかってたみたいだな…」
「え?」
「あ、いや、それよりエッタ、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」

 ハーブで味付けされたシチューは温かく、身体の芯から暖まるような気がした。アリエッタが一口、一口と食べていると、不意に声をかけられる。

「……ねぇ、あなた、ウェイトレスさんじゃないの?」
「……いや、彼女は私の連れだが……」

 緋黒が答える。アリエッタは何も言えなかった。
 ……口の中に大きなジャガイモが入っていたのだ。

「そう? なら、頼めないわね…あの二人、上の部屋に運ぼうと思うんだけど……」

 エルフのすらっとした姿が視界に入る。銀色の髪が薄暗い灯りの下で流れる。

「……かまわない。手伝おう」
「助かるわ……。私、ドワーフには触りたくありませんもの」
「…わかった」
「私はリリス、連れはメスロン。ダンテラントラスピークの北から参りました」
「……私は緋黒。こちらは連れのアリエッタ。よろしく頼む」
「こちらこそ」

 自分の事を『わたくし』と呼び、ドワーフを嫌う。かつてエルフは高慢で、他種族を見下し、特にドワーフを毛嫌いしたとアリエッタは本で読んだことがあった。
 遠い昔の話で、今ではエルフも普通に他種族と交流を持ち、ドワーフとも和解した、と聞いていたが、未だにそれを引きずっているエルフがいるとは思いもしなかった。

「……何か?」

 思わずまじまじと見入ってしまったのだろう。アリエッタを睨むようにしてリリスが詰問口調で問いかける。

「あ、も、申し訳ありませんです…」

 あわてて視線をテーブルに提げると、残る食事を一気に食べてしまい、倒れているドワーフの所に駆け寄った。

「そ、それじゃ、運ぶです……」
「お嬢さん、一人では無理でしょう?」

 ハーフエルフ…メスロンと呼ばれた…が、アリエッタに声をかける。アリエッタが顔を上げると、驚くほど至近距離に近づいていたメスロンが、彼女に向かって手を差し出しているのが見えた。

「あ、いえ、大丈夫です…」
「しかし重たいよ、この筋肉ダルマは。手伝うよ」
「メスロン、ドワーフに触らないで。匂いがうつるわ」

 その言葉に一瞬手を引っ込めそうになるアリエッタ。だが、単にそれは偏見からくる発言であることをすぐに理解し、彼女はドワーフの脇から手を差し入れ、一気に身体を起こす。

「よっと」
「………おや」
「……えへへ、わたし、普段から重いもの、持ち慣れてますですから」
「そ、そうか…余計なお世話だったね」
「あ、いえ、そんな事ないです、ありがとうございましたです!」

ごすっ。

 あわてて頭を下げたため、ドワーフの額がカウンターに激突する。

「うむぅ……」
「わ、ごめんなさいですっ」
「………ぐがががが……」

 返答がない。どうやら酔いつぶれているようだ。ほっとしたアリエッタがそのまま再びドワーフを支えるようにすると、階段へと向かう。

(……凄い、身体中が古傷だらけ……この人、傭兵かな…。冒険者かな……?)

 旅をしているとはいえ、まだ戦いらしい戦いに巻き込まれたことのないアリエッタにしてみれば、戦いの渦中に身を置いている姿を間近に見るのは初めてであった。

「エッタ、そういえば……」

 不意に背後で緋黒の声が聞こえる。

「この人達の部屋は知っているのか?」
「あ、そう言えば……」

がすっ!

 あわてて振り返った拍子に、階段の脇の壁にドワーフの額がぶつかってしまう。

「うむぅ……」
「わ、ご、ごめんなさいっ……」
「……ぷしゅるるる……」
「……丈夫なもんだな……」

 緋黒が呟き、アリエッタは再びドワーフの額をなで回してやる。

「入って一番手前の部屋に放り込んで下さいます?」
「…はい…」
「鍵は開いてますわ」

 リリスの言葉に頷くと、アリエッタは重いドワーフの身体を階段の上までなんとか持って上がる。言葉通り、一番手前の部屋の前にくると、その扉を引いた。
 荷物が幾つか運び込まれており、そこにはメスロンが既にもう一人の少年の方を運び込んでいた。

「ああ、そこら辺に寝かせて置いて下さい。あとは僕がやりますから」
「は、はい……」

 そのままベッドの側に持ち寄ると、布団の上に載せる。

「何してるのッ!!」

 不意に背後から叫び声が聞こえると、リリスが凄まじい形相でアリエッタの方へと走ってきた。

「そのベッドには私が寝るのよっ!! それなのにドワーフを乗せるなんて!!」

がごんっ!

 シーツの端を掴んで一気に持ち上げるリリス。当然ドワーフの身体は転がって地面にたたき落とされる。

「うむぅ……」
「わ、わぁぁっ……」
「ぐふるるるる……」
「……ホントに頑丈だな……」

 メスロンが呆れたように呟く。そのとなりに少年を寝かせると、そのままアリエッタに向き直る。

「さ、お嬢さん、ありがとう。もういいよ、戻ってゆっくりしておいでなさい」
「で、でも……そんな所に二人寝かせて……」
「二人とも部屋なんか取ってないからね。今日はここに泊めてやる事にしたんだ」
「…………でも……」
「早くお行きなさい、生に急ぎ死に急ぐ御友人」

 その言葉がエルフの古語で『人間』を示す事をアリエッタは知っていた。それは、決して歓迎されていない者を示して言う言葉だった。

「わ、わかりました……失礼いたしますです」

 頭を下げ、そのままアリエッタは部屋を辞する。緋黒がちょうど部屋の前に来ており、アリエッタの頭をぽん、と撫でると彼女にだけ聞こえる声で言った。

「エッタ、お前は本当に良い子だな」
「…旦那様……」
「さ、部屋に帰ろう。明日はここで仕事を探すんだから、朝は早いぞ」
「は、はい…」

 緋黒の手が温かかった。そして、耳から入ってきた彼女の言葉が、心の中に暖かい風を送り込んでくれる。いつものように。
 アリエッタは少し頬を染めてうつむいていたが、やがて緋黒の後について部屋へと向かう。

 アリエッタは知っていた。緋黒の言う『朝は早い』は、恐らく日が或る程度高く昇ってからであろうということを。
 そんな彼女を起こすのが、アリエッタ自身の役目である事も忘れては居なかった。



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戻ります〜