5−1.戦い(後編)「旦那様っ!」アリエッタが叫びつつ突進する。彼女の背後には、今や戦いの準備を整えたレイアとシャールが続いている……はずだ。 しかし、彼女たちが体勢を整えるより早く彼女は現場へと戻ろうとしていた。今まさに、緋黒に一体のゴブリンが飛びかかり、彼女にたたき落とされた瞬間だった。 数の暴力。アリエッタはその効果をよく知っていた。いくら緋黒が手練れでも、あの数が相手では不利だし、いつか不覚をとりかねない。 走り寄りながら、不意を突いて背後から一体のゴブリンに体当たりをしかける。アリエッタの身体は小さく軽いが、それでも勢いでゴブリンはもんどり打って倒れる。 ついさっき緋黒に投げられたゴブリンは、同じ場所を再び痛打して地面をのたうち回る。 「旦那様っ、今行きますっ!!」 「エッタ、気をつけろ! 精霊使いがいる!!」 緋黒の言葉が終わらぬうちに、新たな詠唱の声が聞こえてくる。精霊魔法には全く疎いアリエッタと緋黒には、次に起きる事の予測が立たず、対応が後手に回らざるを得ない。 ぼこっ!! 地面が一瞬揺らいだかと思えば、次の瞬間には小石のつぶてが緋黒の身体を襲う。かろうじて片手で顔をカバーして致命傷を負うことを避けたものの、再び手足が鋭い小石に切り裂かれていく。 血が流れ、地面に落ちるとゴブリン達が一斉に奇声を上げる。血を見ると興奮する種族なのだ。 「……っ!!」 アリエッタは握った箒の柄を槍のように構えると、そのまま背後から頭部を薙ぎ払う。 奇声を上げていたゴブリンがつんのめって倒れ、一斉に視線がアリエッタの方へと集中する。 「エッタ!!」 「こっちが相手ですっ!! かかってくるですっ!」 「よせ、数が違いすぎる! ほかのみんなが来るまで待つんだ」 「………もう来てますわよ」 高い、澄んだ声とともに精霊魔術の詠唱が響いた。先のゴブリンシャーマンのだみ声と違い、天使が賛美歌を歌いながら降臨してくるかのような、妙なる詠唱だった。 「大地司る者よ、無数の拳を礫となして敵を打たん!」 レイア・ティス・テリア。若草色の髪をしたエルフが、詠唱を終え、精霊力を解放したその瞬間を緋黒は目の当たりにした。 彼女を襲った礫が、数も大きさも数倍になって周囲のゴブリン達を打ちのめし始めたのだ。 彼女自身も巻き込まれるのを避けるために身体を低くして武器を抱えるようにしなくてはならなかったが、さながら砂嵐が突如発生したかのようなすさまじい威力の魔法は畏怖を憶えさせるに十分だった。 「旦那様ぁぁっ!!!」 アリエッタが悲痛な声で彼女を呼ぶ。 だが、緋黒とて下手に動けばその瞬間に石礫の嵐に巻き込まれそうになる。 嵐が収まったその瞬間を見計らって、緋黒は地面を蹴る。嵐を避けて、生き残ったゴブリンがその姿を見て奇声を上げる。 「遅いっ!!」 武器を構えるいとまもなく、緋黒はそのゴブリンの首をはねとばす。 素早く身を翻して、次の攻撃に備えた緋黒は、すでに周囲のゴブリンが全て物言わぬ姿になって転がっているのを見た。 「……なんと……」 すさまじい魔法の威力か。 おそらく、あのレイアと名乗る精霊使いは相当な使い手なのだろう。 「……旦那様……っ!」 走り寄ってくるアリエッタの姿を見て緋黒は力を抜く。 彼女が胸につけている聖印に触れながら、レイアとは違う、鈴のような声で詠唱する。 「父なる神よ、光もて力を我が朋にあたえたまえ」 「え、エッタ、大丈夫だ。怪我はしてな……」 緋黒の言葉が止まる。 アリエッタが、緋黒を抱きしめて……というか、緋黒にしがみついて……軽傷治癒の祈りで得た力を行使する。 かすり傷程度だった腕や脚から、跡も残さずに傷が消えていく。 「……エッタ……」 「旦那様、ご無事で良かった……です……」 「あぁ、心配かけたな」 緋黒がアリエッタの頭を撫でてやると、アリエッタは目を細めて甘えるように緋黒に身体を預ける。 と、緋黒はゴブリンの死体の向こうにたたずむ人影に気付いた。エルフとハーフエルフ……レイアとシャールである。 「……レイア殿であったか?」 「レイアで良いわ」 「レイア、助かった。それにしてもすさまじい威力の魔法だな」 「ここでは、精霊達の力が強いみたいね。私も驚いた……」 不意にレイアの言葉が切れる。 アリエッタが、にらみ付けるような表情でレイアを見ていたからだ。 「どうしたのかしら?」 「……貴女、仲間を巻き添えにして魔法かけたです」 「あの状態からなら、最良の方法だと思うわ」 「でも、旦那様を危険にさらしたです……」 「エッタ、おいエッタ……」 「なんで……なんでそんな事するですかっ!!」 ぱしっ!! 乾いた音が響く。 皆一様に驚いた表情を浮かべて、小柄な、おとなしそうな少女の顔を見ていた。 「……あ……」 「エッタ!!」 レイアと緋黒の声が重なる。が、次の瞬間、白皙に朱を浮かべてレイアが冷たく言い放つ。 「……味方を援護したのに、どうして責められなくてはならないの?」 「旦那様を巻き添えにして、あんな危険な魔法を行使したからですっ!!」 「あれは最良の選択と言ったはずよ」 「もし、あの威力の魔法が旦那様に……当たったら、どうなると思うですかっ!」 「……エッタ!!」 「………っ!!」 強い緋黒の声に、アリエッタが思わず言葉を失う。 「……エッタ。少しあっちで休みなさい」 「だ、旦那様……」 「いいから」 優しく肩を、馬車の方へと押してやる。 手持ちぶさたで様子を見ていたゼクスとテキサスが、道をあけてやると、アリエッタは少し俯き加減のまま馬車の向こうへと歩いていく。 「……すまない、レイア。彼女は……その、あまり戦い慣れて無くてな」 「戦い慣れ、と言うよりは世間知らずという気がしますわ」 「……すまない」 緋黒が頭を下げる。 レイアが一瞬、不愉快そうな表情を浮かべる。 「貴女が頭を下げる問題ではありませんわ。これからも、援護するたびにああやって責められてはたまりませんけれど。それに……」 「………」 「それに、教えてあげてくださいな。精霊の魔力は、敵意を持たぬ相手には決して危害を加える事はないと」 「……わかった」 再び、緋黒が頭を下げる。 「……緋黒さん、でしたっけ」 「あぁ、緋黒と呼んでくれていい」 「緋黒さん。……私も言い過ぎましたわね。彼女に、そのことは伝えてあげてください」 「……解った」 「あのっ!!」 レイアの横に立つハーフエルフが、緋黒の方へと歩み寄りながら声をかける。 「……あの、緋黒さん、レイア、口は悪いけど根は善人なんです。どうか、恨まないであげてください……」 「……シャール」 「あ、いえ、悪いのは本当に口だけでそのあの……」 「……そういう事言うのはこの口なの? えぇ?!」 「ひほふはん、はひへっははんひほ、ほうふはえへあへへふははひ………」 「……わ、解った、解った」 何となく、彼女のいわんとする事は解る緋黒が、もう一度レイアに目礼を送り、それから馬車の方へと歩いていく。 「……なぁ、オッサン」 「……なんだ?」 「オレ達が言うのもアレだけどよぉ、相当変わり者が居るみたいだな」 「お前が言うな」 「だからオレ達が言うのもアレだって言っただろうが」 「その一言で許されるほどお前の変さは甘いもんじゃない」 ゼクスとテキサスの会話を聞き流しながら、緋黒はアリエッタの姿を探す。 アリエッタはといえば、暗い崖の縁に立って暗闇を……遠くを見通そうとしているかのように見えた。 「エッタ……」 「……だ、旦那様……」 怯えたような目で、緋黒を見上げる。 訳知らず、緋黒はその表情を見ると心が痛んだ。 「……エッタ、そんな顔をするな。……お前が私を気遣ってくれたのは解っている」 「………申し訳ありませんです、旦那様。……エッタは、一時の感情で旦那様に酷く恥をかかせてしまいましたです……」 「私の事はいいよ、エッタ。それより……お前、怪我は無かったか?」 「……え、エッタは大丈夫です。旦那様は……」 「エッタの力で、すっかり良くなったよ。ごらん、腕もすべすべだ」 そう言って、アリエッタの小さな手を掴んで緋黒の二の腕に触れさせる。 「……エッタ。レイアが言っていたよ。精霊魔法は、敵意を持たない相手を傷つけたりはしないって」 「……はい、知ってたです……」 「知ってたのか?」 「オフランの、ラーダ神殿で一度読んだ事があるです。……精霊魔法は、悪意を持たない相手を傷つけることはないです」 「………そうか……」 消え入りそうなアリエッタの声。 俯いて、涙をこぼしながら、時折しゃくり上げながら、それでもなんとかアリエッタは言葉を紡ぐ。 「でも、旦那様が、あの嵐の中にいらっしゃる時に、エッタは何も出来なかったです。それが……」 「……八つ当たりだな、エッタ」 「……申し訳ありませんです……」 「謝る相手が違う、エッタ。その言葉は、レイアに向けるべきだ」 「………はい……です」 緋黒が、アリエッタの髪飾りに触れる。細い指が、髪飾りを直し、髪をゆっくりと梳いてやる。 「……さ。アリエッタ。レイアはあっちにいる。それに、我々の見張りはまだ続いてるんだ」 「……はいです」 「行こう」 アリエッタの肩をそっと抱いて、緋黒は馬車の方へと向かう。その先には、気分を落ち着けたレイアが立っているのが見えた。 5−2.ハーフ・エルフ旅はおおむね順調だった。アリエッタはあの後レイアに謝罪し、レイアもそれを素直に受け入れた。 ただ、ビンタ一発分は貸しという形になっていた。それをいつどのような形で返済するのかは、緋黒には解らなかったが。 そして、ゼクスとテキサスは相変わらずマイペースだった。 「なぁ、オッサンよぉ」 などと御者に話しかける。 どうやら、彼にかかればどんな人間でも男は『オッサン』、女は『ねーちゃん』になるらしい。 「アパレンタイズ村はまだかよ」 「まだまだだ」 「どのくらいかかるんだ?」 「まだまだだ」 「急いで行ったりしねぇのか?」 「まだまだだ」 会話が成立しているとはテキサスにはとうてい思えなかったが、それでもゼクスは御者に執拗に話しかけていた。 夜になれば見張りをする。 しかし、ゴブリンの住処であった森を抜けると夜は平和になり、むしろ日中飛んでくる巨大虫や、蛇などに馬が驚かされる事が多くなった。 素早い相手には軽装のゼクスが、重装甲の相手には膂力のあるテキサスが立ち向かい、そのたびに旅の歩みは遅くなる。 一行はやがて、大きな広場にたどり着いた。 その日の歩みはそこで止まるのだろう。御者達がめいめい、馬車や馬の手入れを始める。 夕暮れの太陽が、周囲をオレンジ色に染め上げていた。 護衛である冒険者達も、それぞれ馬車から離れて見張りの場所を決めるべく話し合いを始める。 各馬車から一人ずつ、食事係を出して全員分の食事をまかなう。 アリエッタはそんな食事係としてキャンプの各所をまわっては食事を届けていた。 「……ったく、エルフ臭ぇんだよっ!!」 「………?!」 その声は、アリエッタのすぐ側から聞こえてきた。 身をすくませた彼女が停車している馬車の影からのぞき込む。 「………あ……」 見慣れた顔。ついさっきまで彼女とともにいた姿。 シャール・コーブルである。 その側に立っている4人組の男達の姿も、彼女は憶えていた。 別の馬車に乗り込んでいった冒険者のグループだった……。 「……あ、あたし……は……」 「ハーフエルフがよぉ、一体なんでこんなところに紛れ込んでるんだ?」 「しかも見ろよ、魔法書持ってるぞ。半端物が半端な気持ちで持つ物じゃねぇよ」 「あっ……」 アリエッタの見ている前で、シャールは魔法書を取り上げられてしまう。 「か、返して……っ」 「ふん、こんなもの、お前みたいな半端物には必要ないね」 「それ、父さんの大事な……お願いです、返してくださいっ!」 「うるさいっ!!」 魔術師風の男が、シャールから取り合えた魔法書を後ろ手に隠してしまう。。 泣きそうな顔で男にすがるシャールを見て、アリエッタの怒りが爆発した。 「待つです、そこの人たちっ!」 「……なんだ、お前は」 「それ……返してあげるです。あなた達に、そんな事する権利なんかないですっ!!」 「……んだとぉ、お前、この半耳の仲間か?」 「そうですっ。だから、その手を離してシャールさんに魔法書返すですっ!!」 「……っ!!」 シャールが息をのみ、男達は顔に残酷な笑みを浮かべる。 「……へっ……」 「こいつ、半耳を仲間にしてやがるのか。……人間の裏切り者め」 ゆっくりと男達がアリエッタに向き直る。大柄な戦士が剣を鞘ごと腰のベルトから外すと、無言でアリエッタの側頭部に振り下ろした。 「……っあっ!!」 声もなく倒れたアリエッタを、僧衣に身を包んだ、太った男と軽装の戦士風の男が取り囲んだ。 「……う……く……っ、な、……何する……ですかっ!」 「裏切り者が。半耳の片を持つような奴には、制裁を加えてやらないとな」 「半耳共がおれ達人間に何をしたか憶えてないわけじゃなかろうな」 勝手なことを言いながら、太った男が倒れた彼女の左腕を踏みつける。 「うあっ……!!」 「何するの、止めなさいっ!!」 シャールが男に取りすがるが、太った男は腕を振って彼女を突き飛ばす。 「次はお前なんだよ、半耳。おとなしくしてろ」 軽装の戦士が、倒れているアリエッタを蹴り上げる。さっきアリエッタを殴った戦士は彼女の頭を踏みつける。 抵抗しようにも、左腕を踏みつけられて身動きすら取れない。 「やめてえぇぇぇぇっ!!」 シャールが絶叫し、魔術師風の男が慌ててシャールを蹴倒す。 「このっ、おとなしくしろ、半耳の分際で!!」 「いやっ、やめてぇぇっ!!」 「こん畜生っ!!」 二度、三度とシャールの頬を張る。乾いた音が響き渡り、シャールの悲鳴がすすり泣きに変わった時だった。 「何をしている!!」 凛とした声が響き渡る。 闇の色の髪と瞳。茜色の世界の中でも、彼女の姿は異質でありながら美しかった。 「……東方の……人間か?」 「お前もこの半耳の仲間か?」 「そうじゃないのなら引っ込んでろ。女の出る幕じゃない」 「その『女』を、数人がかりで足蹴にしているのは貴様達だろうが!!」 怒気もあらわに、緋黒が一気に太った男との距離を詰める。 握られた長刀が、怒気をはらんでまるで揺らぐように走る。 「ひぃっ!!」 激しい金属音。 男の首が飛ぶ寸前に、一本のロングソードが長刀の刃を止めた。 「……!!」 「よせ、東方の賢者緋黒。……今はこんな者達でも必要な時だ」 「………お前は……」 「私の名はステューシア・ランダースだ。この商隊護衛のまとめ役をしてる」 「おい、引っ込んでろ。お前だってこいつら半耳がどんな奴らか位は知ってるだろうが?」 「……少なくとも、何の罪もないハーフエルフと女の子をリンチするような連中よりは良い奴らだって事は知ってるさ」 ステューシアの手が一閃し、アリエッタを踏みつけていた男が二人、吹っ飛ばされる。 もう一人、軽装の戦士は慌ててステューシア達から距離を置こうとする。 緋黒が踏み出そうとするその先に、再びステューシアの左腕が突き出された。 「……ここは私の顔を立てて頂けないか。このバカ共には必ず裁きの鉄槌が下るはずだ……」 「……………」 「それより、そこで倒れている子を手当てした方がいいだろう」 「……わかった。エッタ……っ!」 倒れて動かないアリエッタの側に緋黒がかけより、身体を助け起こす。 「大丈夫か、エッタ……」 「だ……旦那……様……? げほっ……申し訳……ありませんです……」 「良いから。手当をしてやるからな。……痛いところは無いか?」 「大丈夫です……っあ……」 蹴り上げられた腹を押さえたアリエッタがうずくまる。 緋黒が肩を貸しながらゆっくりとその場を去っていき、シャールがステューシアに頭を下げる。 おもしろくなさそうな顔をした男達は、そのまま背を向けて立ち去ろうとする。 戦士がぺっと唾を吐き、振り返ったとき、目の前に一人の小柄な男の姿があった。 「っなっ!!」 「おっと」 小柄な男……ゼクスは、ギリギリで身をかわす。 脚がもつれて、大柄な戦士が地面に倒れ込む。 「……ってめぇ!!」 「おいおい、一人で転んで何を粋がってるんだ、オッサンよぉ」 「オッサンとはなんだ!!」 「おい、いい加減立ち去れ。出ないと私の我慢も限界を超えるぞ」 ステューシアの声が低く響く。剣の柄にはすでに右手が当てられ、今にも一閃しそうな怒気を放っていた。 「……ちっ!!」 戦士達がめいめい自分の馬車の方へと戻っていく。 途中にある水を入れた瓶を蹴倒して、辺りに唾をまき散らしながら。 5−3.戦士と盗賊「……下品な男だな……全く」言いながら、ゼクスはシャールに魔法書を手渡してやる。 男が倒れたときにさっとかすめ取ったのだ。 「あ、……あ、ありがとう……」 「いいってコトよ。あんな馬鹿が未だに居ることが信じられねぇが、な」 「……シャール……」 背の高い影。流れる若草色の髪。すらっと伸びた手がシャールに伸ばされる。 無表情な顔をシャールに向けながら。 「……あ、れ、レイア……」 「………早く立ちなさい。そして、礼を言うべき人に礼を言いなさい」 「うん…………っ」 立ち上がったシャールが、ゼクスに再び頭を下げる。 「……えっと、ゼクス、さんですよね? ありがとうございます」 「おいおい、頭ぁ下げられるのは好きじゃないんだ。勘弁してくれ」 「でも……」 「いいっていいって。ほら、それより、飯食ってこい」 ゼクスがシャールの頭をぽん、と軽く叩いて、それから馬車の方を親指で指す。 「……シャール、行きましょ」 「あ、うん……。それじゃ、ゼクスさん、また」 踵を返すと、シャールはレイアの後について馬車の方へと向かう。 途切れ途切れに会話の断片が聞こえてくる。 「シャール、傷は?」 「平気……むしろ、あの子の方が心配だよ……」 「そうね、後で治癒の精霊を呼んであげないと……」 「……でも……初めてだった……」 「うん?」 「あんな風に、はっきりと仲間って言ってくれたの……」 「そう……」 ゼクスが大きくため息を吐くと、そのまま踵を返して立ち去ろうとした。 と、彼の目の前に大きく太い腕が突き出される。 ステューシアの二の腕だった。 「……おいおい、なんだよ?」 「魔法書をかすめ取った腕は流石だな。いい腕をしている」 「そりゃどうも」 「というわけで、さっき懐に入れたその袋を返して貰おう」 「これは……あんたのじゃあないぞ」 「そして君の物でもない。そうだな、ドワーフの戦士よ」 ステューシアの言葉に、テキサスが渋面を作る。 「ああ。ゼクス、おとなしくした方がいいぞ。この兄ちゃん、案外やる」 「……ちっ……」 懐から小さな革袋を取り出すと、ゼクスはそれをステューシアに放り投げる。 受け取った袋はそれなりに重く、銀貨が詰まっているのが見て取れる。 「……あいつら、随分小金持ちだよなぁ、ええ? 悪いことでもしてるんじゃないか?」 自覚が皆無なゼクスの台詞に苦笑しつつ、ステューシアは手を除ける。 「……なぁ、兄ちゃん」 「なんだ?」 「あんた、一体何モンなんだ? 俺のスリを見抜いたヤツぁ、未だに……二人だけだ」 「……そのうちの一人、だ」 「だから何モンなんだ?」 ステューシアはその質問を無視して、手元の小さな革袋をもてあそんでいた。 呆れたようにゼクスが肩をすくめ、その場を去ろうとする。 「なぁ、盗賊君」 「オレぁゼクス・グランバスだ」 「ゼクス君、君のスリを見抜いたもう一人はなんていう名なんだ?」 「それを聞いてどうするんだ?」 「聞いてみたくなっただけさ」 「……オレの……」 眉をひそめたゼクスが逡巡する。 「……君の?」 「兄貴……だよ」 聞き返す間もなく、ゼクスはさっさとその場を立ち去っていく。 「お、おい、待てよ、ゼクス……」 テキサスが後を追い、ステューシアは手元の革袋を再び空中に放り投げる。 「……なかなかやるじゃないか……なぁ、砂嵐の弟子ってのは」 「そうね……」 背後から声が響く。 妙なる声で。歌うように。 それは、いつも彼の背後から響いてくる声だった。 「……『砂嵐』も随分腕の立つ盗賊でしたわね」 「相変わらず人の背中に立つのが好きだな……エルフさんよ」 「相変わらず機嫌が悪いのね、ステューシア」 「……お前達の声を聞くと機嫌も悪くなるさ」 苛立ったように、ステューシアが剣の柄を叩く。 「それにしても……嫌われたものね。メスロンの同族は」 「……そういう言い方は好きじゃないな」 リリスとメスロン。見慣れた姿を視界に認め、ステューシアが大きくため息を吐く。 「……この革袋……な」 堪えるような低い声で、ステューシアが語りかける。 「……あのクソ馬鹿共の荷物に戻して置いてくれないか?」 「親切ね」 リリスが小馬鹿にしたような声で笑う。 「……こんなクソ忌々しい小袋ごときで、事を荒立てたくないだけだ。その方があんたらにとっても好都合だろうが?」 「……わかった」 メスロンが一歩進み出ると、ステューシアから袋を受け取るべく手を伸ばす。 「……その……ステューシア君……」 「気安く呼ぶな、ハーフ・エルフ。お前達がやった事を考えれば、あのクソ馬鹿共の意見にも耳を貸したくなるんだ」 「……………」 「私はお前達を決して………決して許しはしない。私がお前達の為に働いているのは……」 怒りに満ちた目でリリスとメスロンを睨むステューシア。 その目を逸らすことなく、息を吸い込み、そして吐き出す。 「……姉さんの為だ。……それ以外になんら義理はない」 「結構よ。それだけでも充分な理由になるわね」 「…………っ!!」 そのリリスの一言に、明らかにステューシアはたじろいだ。 メスロンの手に押しつけるように革袋を渡すと、そのまま踵を返して彼らに背を向ける。 キャンプからは食事をとる音が聞こえ始める。 仮にステューシアが振り返ったとしたら、おそらくそこにはもう誰もいないだろう。 彼らはいつもそうやって、彼の前に現れては消える。 「………くそったれめ!!」 吐き捨てるようにつぶやくと、ステューシアはキャンプの方へと足を運んだ。 |